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3話

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 トイレから戻ると、さっき廊下で恨みを込めて言ってきた美香以外は全員座っている。男性トイレは女性トイレとは反対の位置にあるので、男子が、というか誠也君は立っていると思っていたのだが、彼は笑顔をこっちに向けている。

 うわ、要らない。

 私は元の席に座ると、進行役の女子が尋ねてくる。

「あれ?南部さん、美香は会っていない?」
「廊下ですれ違いました。」
「体調が悪いって言っていたけど大丈夫だった?」
「確かに悪そうでしたね(頭の中が)」

 私は心の中は一切出さずに返すと、なぜか、その子と他の女子たちが安堵したような表情をする。

 ??

 私の頭の中は疑問符だらけだ。彼らは長い付き合いなのか、知り合いのようだが、私は今日全員初対面だから全く関係性がわからないが、この状況でそんな表情をする関係性に虫唾が走る。

 本当に混沌カオス状態なんじゃないの??

 私は来たことを後悔する。
 しかし、ついてくることを引っ張られていて多少強引だったとはいえ、決めたのは私なのだ

 ここは最後まで付き合おうじゃないの。もう、誰が主人公かもわからないけどね。

 私はやけくそになり、飲み物のお代わりをする。もちろん、ソフトドリンク。

「南部さん、さっきの話の続きしたいんだけど。さっきは話の腰を折られたからね。」
「いいえ。」

 新しく追加された飲み物に口をつけていると、誠也君が話しかけてくるので、首振り人形になる。

「なんで、こんなに避けられているの?美香に何か言われた?」
「いいえ。」
「じゃあ、見た目?」
「いいえ。」
「じゃあ、何?」
「いいえ。」

 うっ、また言ってしまった。

 私はついさっき反省したばかりなのに同じ失敗を繰り返してしまいため息が出そうになる。
 誠也君はそれを見て笑って、

「また、引っ掛かった。」

 と、指をさして笑う。

「君は根が素直だから邪険にしてもすぐにそうやってボロが出る。」

 彼は顔を近づけて言う。それに対して反論の余地はないので私は何も返さない。

「人形は止めて話をしてほしいんだけど。」
「何をですか?隣の女子が帰ってくるまでなら。」
「うん、ありがとう。」

 条件を素直に飲んだ彼はさっそくテーブルの上で手を組んで真剣な姿勢で尋ねる。

「じゃあ、下の名前は?」
「あきらです。」
「どんな字?俺は誠実の誠と成りっていう字。」
「暁って書いてあきらです。」
「へえ、すごく素敵な名前を付けたね。」

 と、誠也君は優しく笑う。初めて褒められたので私は気恥ずかしくなる。
 彼は一発で漢字を分かったので素直にすごいと感心する。普通、漢字を言われてもなかなか使うことがないので知らない人が多い。そして、この漢字は”あきら”とは読めないので、間違える人も多い。

「でも、男子みたいな名前だな。」
「そうでしょうね。なんといっても私の家族は男児が欲しかったんですよ。だから、私が生まれるまでは男の名前しか考えていなかった。それが理由です。」
「そうなんだ。失礼だったね。」
「いえ、よく言われることです。」

 トイレに出たおかげか先ほどまであった顔の熱が冷めている気がする。
 そして、そのタイミングで追加の料理が運ばれてくる。それに一瞬喜びが湧いたのにすぐに地獄に落とされることになる。

 なんで、パスタとサラダ、スープの次が肉なの??
 炭水化物の次にたんぱく質を持ってくるのがフルコースの礼儀なの!?

 これには私も少しだけイラっとするが、その肉を誠也君に取り分けられてお皿の上に乗せられたので食べないわけにもいかなくなる。なぜなら、周囲の視線が集中していて顔をあげることも憚られる状態だから料理に集中している方が得策のような気がする。料理を食べている間に誠也君からの視線がすごくある。にやにやと笑っているのは視線を若干上にした時に見え、それが完全におもちゃを見つけた子供の顔をしている。

 私は遊ばれているってことなんだね。まあ、田舎者だから仕方ないか

 もう、私は気にしないことにして黙々と食べる。
 その間に長いトイレから美香さんが戻ってきて私の隣に座る。あれだけ泣いていたのに顔はここに来た時と変わらず、その廊下で会った時との変わり様に女優の才能を見て内心感嘆する。

「何を話していたの?」
「美香が帰ってくるのを待っていて世間話よ。料理も来たわ。これの次がデザートよ。」
「今日のデザートは有名なパティシエが作るチョコレートムースよね。楽しみ。」
「確かに、俺もそれが楽しみでここを予約したんだ。」

 甘党は男女変わらないようで男女はデザートの話題で持ち切りだ。

 ああ、私も楽しみ。
 それを食べたらこんな舞台からさっさと降りてやる!

 私は肉を敵のように思いながらゆっくり噛みしめる。

「暁ちゃんも甘いものが好きなの?」

 空気を意識して存在を消していたはずの私に誠也君が声をかけてくる。
 肉を食べている途中のまま顔をあげると、彼はニコッと笑いかける。

 せっかく空気になり切っていたのに、こういう時に役に立たない!

 食べかけの肉を食べながら頷くと彼は相槌をうつ。

「じゃあ、今度ブッフェに行かない?ホテルのスイーツブッフェの招待券があるんだ。男同士で行くのは気が引けるけど、おいしそうに食べる暁ちゃんとなら楽しめると思うんだ。」
「いいえ。」

 私は即刻断る。まだ、お肉が口の中に入っているためにイエスかノーでしか答えられない。

 なんでそんなに話しかけてくるの!?隣の幼馴染の人がすごく視線を向けてくるんだけど。
 超痛いよ。

 内心泣きそうになる。

「そっか。でも、タダだよ。それに、スイーツって言っているけど、軽食もあって飲み物も飲み放題だから。」

 誠也君はなぜかあきらめずに誘ってくる。
 しかも、私が田舎者と知っているからか、お得さをアピールしてくる。

 こいつお代官様なんじゃないの?

 私は彼を怪しむが、相変わらずチャラい容姿と爽やかさしか目に映らない。

「誠也、お前グイグイ行きすぎだぞ。お前らしくない。いつものお前はどこ行ったんだ?」
「いつもの?」

 ここで助け舟到来。
 困っていたら隣の男子が誠也君をからかうように話しかける。男子も全員知り合いのようだ。それも結構仲が良い部類だ。

「そうそう。お前、いつも美香ちゃんと話しているだろう。それに来るもの拒まず、去る者追わず。」
「そうだっけ?それより、竜也、手を肩に回すな。痛い。」

 誠也君は竜也と呼ばれた男子の手を払いのける。竜也君は軽く謝りながら手をどかす。それから、視線を一瞬こっちに向けたような気がするが、彼は何か気づいたように手を叩く。

「あ、いつもと席が違うからだな。じゃあ、俺が暁ちゃんの前に座るからお前は美香ちゃんの前に座れよ。」

 竜也君が椅子から立ち上がるが、誠也君は全く立つ気がない。

「竜也、何を言っているんだ?強要される覚えはないぞ。お前も俺も自由に座って美香と暁ちゃんも自由に座ったんだ。その結果がこれだ。だから、そんな風に言われる筋合いはない。」
「誠也、今日はなんだ?」
「合コンだな。」
「そう、そして、合コンでは席替えをするだろう?」

 竜也君に言われて誠也君は納得したように頷く。

「確かにそうだな。」
「じゃあ、変わっても問題ないだろう?」
「いや、ある。全員クジ引きなら乗ってもいい。俺とお前だけ変わるなんて不公平だろう?他の子たちだっていろんな人と話したいはずだ。特に暁ちゃんは俺らと違って顔見知りでもなんでもない初対面だぞ。」
「それもそうだな。」

 いつの間にか指導権は竜也君から誠也君に移行し、今回の議論は誠也君の勝利だ。
 
 というか、誠也君はわかっていたんだね。私が全員と初対面だって。

 私は彼を少しだけ見直、したいのだが、なんだか皿から上げたときに視界にチラリと見えた彼の笑みが気になる。

 今度は一体何を企んでいるんだろう?
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