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第八話
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「オギャー」
優斗の泣き声を聞いてふと我に返った。いけない、物思いにふけっていたらもうこんな時間になっていたなんて。いまだに手紙を眺めている姿を見られたら、またなんと言われるかわかったものでは無い。
私は慌てて手紙をテーブルに置き、そばに置いてあった本を手に取り読書しているていを装った。
「いやー参ったよ。優斗がウンチしちゃうもんだから時間かかっちゃた」
下手な嘘だ。こちらに気を使ってゆっくり時間をかけてくれたことは分かっている。そんなさりげない気遣いが夫の素敵なところではあるのだが、その目は相変わらず隙あればからかってやろうというイタズラ心に満ちている。
「あれー?本読んでるの?てっきり、まだ返事も書けずに感傷に浸りながら手紙を見つめているかと思ったよ」
「そんなわけないでしょ」冷めた態度を装って呆れたようにそう言い放ったが、まるで監視カメラで見ていたかのように言い当てられ、内心ドキドキしていた。
「でもね、返事はまだ書いてないの。あなたも招待されていたから都合を聞こうと思って。ほら、この日なんだけど大丈夫?」
「え、僕も行っていいの?嬉しいなぁ。予定ないから大丈夫だよ。参加にしといて」
「わかったわ」
「それはそうとなんだけど、本逆さまだよ」
そんなはずはないと思いつつも、反射的に視線を落とした。するとやはり逆さまになどなってない。
やられた!気まずい思いで上目遣いに夫を見ると、鬼の首でもとったように満面の笑みでこちらを見ている。
「やっぱりね、君はさっきまで手紙を見てたんだ。それを僕に見られるのを恥ずかしがって慌てて読書してるように見せかけたんだね。でも言ったじゃん、信じてるから大丈夫って、何もコソコソしなくていいのに」
この人は本当は名探偵なのではないかと時々思う。
「それでどうだった?愛しの久恵様からの手紙は?」
私は、なおもからかいの手を緩めない夫の双眸《そうぼう》を真っ直ぐに見つめ心からの気持ちを彼に伝えた。
「あなた、愛してるわ」
予期していなかったその言葉に夫は顔を赤らめ狼狽《ろうばい》した。
「ちょ、ちょっと突然何言い出すの。やだなぁ酔ってるんじゃないの?あ、もう優斗寝かせる時間じゃん。さぁ優斗ちゃんおねんねしましょうねー」そう言い残し逃げるように部屋を出て行った。
意図せず夫をやりこめたことに自然と顔が綻ぶ。
「ザマミロ」
私はペンを手に取り出席表明した。
今でこそ多くの自治体がLGBTに配慮した、結婚と同様のサービスが受けられるパートナーシップ制度を導入している。
人生のゴールは一つではない。何が正解で何が間違いかなのかは人それぞれだと思う。でもこれだけは言える。当時唯一その制度を採用していた渋谷区に生活拠点を移し、一緒になろうと久恵と共に駆け抜けたかけがえのない日々は決して間違いでも無駄でもなかったんだと。
久恵と別れた日、彼女は私のこともQだと言った。確かにその通りだった。それまで男性を恋愛対象として見ていなかったはずなのに、こうして男性と結婚し子供も授かった。そこに幸せを感じている。レズであることを告白して以来、溝が出来てしまった父との関係も急速に修復され、それまでのように言葉を交わすようになった。今ではもっと孫の顔を見せに来いと口うるさいくらいだ。
ちゃんと産んであげられなくてごめんなさいと謝ってばかりいた母も、もうその言葉を口にすることは無くなった。そして、久恵からの結婚の知らせ。こんなに嬉しいことはない。
不意に一筋の涙が頬を伝った。涙はいくら流しても尽きないものね。
「久恵お幸せに」
私は、by all means と書き添えてペンを置いた。
優斗の泣き声を聞いてふと我に返った。いけない、物思いにふけっていたらもうこんな時間になっていたなんて。いまだに手紙を眺めている姿を見られたら、またなんと言われるかわかったものでは無い。
私は慌てて手紙をテーブルに置き、そばに置いてあった本を手に取り読書しているていを装った。
「いやー参ったよ。優斗がウンチしちゃうもんだから時間かかっちゃた」
下手な嘘だ。こちらに気を使ってゆっくり時間をかけてくれたことは分かっている。そんなさりげない気遣いが夫の素敵なところではあるのだが、その目は相変わらず隙あればからかってやろうというイタズラ心に満ちている。
「あれー?本読んでるの?てっきり、まだ返事も書けずに感傷に浸りながら手紙を見つめているかと思ったよ」
「そんなわけないでしょ」冷めた態度を装って呆れたようにそう言い放ったが、まるで監視カメラで見ていたかのように言い当てられ、内心ドキドキしていた。
「でもね、返事はまだ書いてないの。あなたも招待されていたから都合を聞こうと思って。ほら、この日なんだけど大丈夫?」
「え、僕も行っていいの?嬉しいなぁ。予定ないから大丈夫だよ。参加にしといて」
「わかったわ」
「それはそうとなんだけど、本逆さまだよ」
そんなはずはないと思いつつも、反射的に視線を落とした。するとやはり逆さまになどなってない。
やられた!気まずい思いで上目遣いに夫を見ると、鬼の首でもとったように満面の笑みでこちらを見ている。
「やっぱりね、君はさっきまで手紙を見てたんだ。それを僕に見られるのを恥ずかしがって慌てて読書してるように見せかけたんだね。でも言ったじゃん、信じてるから大丈夫って、何もコソコソしなくていいのに」
この人は本当は名探偵なのではないかと時々思う。
「それでどうだった?愛しの久恵様からの手紙は?」
私は、なおもからかいの手を緩めない夫の双眸《そうぼう》を真っ直ぐに見つめ心からの気持ちを彼に伝えた。
「あなた、愛してるわ」
予期していなかったその言葉に夫は顔を赤らめ狼狽《ろうばい》した。
「ちょ、ちょっと突然何言い出すの。やだなぁ酔ってるんじゃないの?あ、もう優斗寝かせる時間じゃん。さぁ優斗ちゃんおねんねしましょうねー」そう言い残し逃げるように部屋を出て行った。
意図せず夫をやりこめたことに自然と顔が綻ぶ。
「ザマミロ」
私はペンを手に取り出席表明した。
今でこそ多くの自治体がLGBTに配慮した、結婚と同様のサービスが受けられるパートナーシップ制度を導入している。
人生のゴールは一つではない。何が正解で何が間違いかなのかは人それぞれだと思う。でもこれだけは言える。当時唯一その制度を採用していた渋谷区に生活拠点を移し、一緒になろうと久恵と共に駆け抜けたかけがえのない日々は決して間違いでも無駄でもなかったんだと。
久恵と別れた日、彼女は私のこともQだと言った。確かにその通りだった。それまで男性を恋愛対象として見ていなかったはずなのに、こうして男性と結婚し子供も授かった。そこに幸せを感じている。レズであることを告白して以来、溝が出来てしまった父との関係も急速に修復され、それまでのように言葉を交わすようになった。今ではもっと孫の顔を見せに来いと口うるさいくらいだ。
ちゃんと産んであげられなくてごめんなさいと謝ってばかりいた母も、もうその言葉を口にすることは無くなった。そして、久恵からの結婚の知らせ。こんなに嬉しいことはない。
不意に一筋の涙が頬を伝った。涙はいくら流しても尽きないものね。
「久恵お幸せに」
私は、by all means と書き添えてペンを置いた。
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