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第二章
苦悩、そして
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──あれから二、三日、雨が続いていた。天地をひっくり返したような豪雨が、島と海とを叩きつけていく。そんな天候と比例していくように、僕と白波の仲は、どこか重々しくて、他人行儀なものになっていた。
もちろんお互いに、圭牙や凪の前では、そんな素振りを見せない。ただ、こうして家にいる時は、もはや名前も知らぬ他人同士と居座っているような、そうした不快で気まずい気持ちに陥ってしまっている。窓を伝う雫を、僕も、彼女も、雨音とともに呆然と眺めていた。ときおり聞こえる雷の音に、白波はやや怯えていたらしい。
その原因が数日前の告白であることは、僕自身がいちばん分かっていた。夕食後、救いを求めて逃げるように駆け込んだ脱衣所のなかで、乱雑に服を脱ぎながら、今日もそんな後悔をする。浴室へと繋がる扉を開けると、言いようのないほど湿っぽい空気が、汗ばんだ肌へと張り付いていく。すぐにファンのスイッチを入れた。
「……はぁ」
目に見えて、溜息を吐くことが増えたと感じる。告白をした僕の心労、告白をされた彼女の心労、どちらが重いとは言わない。ただ、お互いにこのままで良いはずがない──ということは、とっくに分かりきっていた。冷めかけの関係をなんとか、元に戻さなければならない。
朦々と立ち込める湯気に肌を洗われながら、僕は足先から浴槽に浸かる。適温の四十一度が、今は少しぬるいように感じた。けれど、そのまま。そのまま肩まで沈む。
──私、八月三十一日に、寿命で消滅しますから。
白波があの時、去り際に言った言葉だ。寿命、寿命と聞くと、彼女の話したあれを思い出す。白波は自分の寿命に、まったく執着していないこと。ヒューマノイドの宿命として、淡々と受け入れていること。それが僕のような人間にとっては、妙に達観したように感じられた。
不安と焦燥感だけが募っていく。握りしめた拳を振り下ろす場所もなくて、力の限り水面へと叩きつけた。わずかな抵抗と、張り詰めるような痛みが走る。飛沫が頬にかかる。胸臆にこびり付いた心地の悪さは、取れない。
「……あの、マスター?」
磨硝子の向こうから、白波の声が聞こえた。咄嗟のことに驚いて、思わず肩が跳ねる。ここ数日はあまり会話もしていなかったから、ものすごく、気まずい。扉一枚を隔てて、シルエットのように彼女の影が見える。
「うん、どうしたの」
「いえっ、あの……通りがかりに物音が……聞こえて」
「それは、なんでもない……。うん、大丈夫」
僕の声が、浴室の壁に反響しては消えていく。その余韻も失せた時、ファンの音だけが、お互いの無言を邪魔していた。けれどそれが余計に、居心地の悪さを際立たせる。特に意味はないけれど、そっと手で水音を立てた。
「……あのっ、マスター。その……」
言い淀むような白波の声を、僕は扉越しに聞く。
「……私のせい、ですよね。ごめんなさい」
か細い彼女の声音が、僕の心臓を抉った。そうして白波に謝らせてしまったことの罪悪感が、微細な硝子片のように、胸のどこかへと突き刺さっていく。何かを言おうとしても、喉が締まって言葉にならなかった。無理やりにでも吐き出そうとすれば、それが嗚咽にでもなって、もっと酷いことになるのは目に見えていたから。
「マスターの気持ちは、分かってます。ずっと近くにいるので、私が気付かないことも、ないです。でも──」
「……寿命が近い、から?」
「はい」
『でも』と『はい』だけは、やけにはっきりと聞こえた。それが何を示唆しているのか、今の僕にはだいたい分かる。この数日間、ずっと考えてきたことだ。
「……私がマスターの隣にいられるのも、あと三十一日です。人間は、私たちヒューマノイドが壊れたら、使い捨てにしますよね。ちょっと寂しい思いはするけど、それが現在の常識です。私とマスターも、きっと同じです。バーチャル・ヒューマノイドの最後は、消滅なので」
でも、と白波は続ける。
「それだけでも寂しいのに、私とマスターが恋人同士になっちゃったら、もっと寂しい思いするんですよ……! そんなの、私は嫌ですっ。マスターだって、嫌だと思います。だから、仕方なくて、我慢するしかなくて……お互いに我慢すれば、いちばん悲しくならないから……」
狭い浴室に反響するその声は、悲痛の色を帯びていた。白波の言いたいことも、分かる。彼女がどれだけ辛い思いをして、僕の告白を断ったのか──どうしてあの時、あんなに辛そうな顔をしていたのか──その理由が、彼女の口から、滔々と語られていく。それはまるで、お互いの胸の内を一挙に抉るような、一種の刃だった。
──けれどそれは同時に、白波なりの優しさで、覚悟なのだ。昔に一度、会っていたからこそ、僕と彼女の間にある関係性というものは、マスターとヒューマノイドのそれに留まらない。だから、それ以上を求めてしまうと、余計に辛いことになる。お互いの痛みを理解しているからこその、彼女なりの、最大限の覚悟だった。
「……そんなの、僕は絶対に嫌だ。わざわざ我慢して、それで後悔しても、もう取り返しがつかないんだよ。やらないで後悔するよりも、やって後悔した方がいい」
「意味が分からないです。そんなの、非合理的です」
「それが人間なの! 君はここで消滅したら、それでおしまいだからいいよ。でも、残った僕たちはどうなるの? 死ぬまで何十年も、ずーっと後悔するんだよ。あの時やっておけばよかったって思っても、もうどうしようもないんだよ? ……ヒューマノイドと一緒にしないで」
「私なんかに固執する方がおかしいんですよっ! 結局、ヒューマノイドなんです。使い捨てです。人間と恋愛とか、絶対、絶対に非合理的です! なんで人間よりも早くいなくなっちゃう相手のことなんか好きになるんですか! 絶対におかしいですよ、そんなの……。お互いに、好きになっちゃ、いけないんです。そういうものです」
聞いたこともないような彼女の声が、消え入りそうなほどにか細くなって、そうして、余韻を残して融けていく。磨硝子の向こうにしゃがみ込んでいる白波の姿が、影のように映った。お互いに出したこともない怒声を浴びせながら、そのたびに、罪悪感に苛まれる。けれどもお互いに、引かなかった──否、引けないのだろう。
「……好きになったって、いいじゃん。理由なんかいらないでしょ。僕は昔から、白波のことが好きだった。この島で再会してからも、結局、変わらなかった。それだけの話じゃん。いまさら、諦めなんか、つかないよ」
「──っ、マスターがそういうこと言うから! そういうこと言ってその気にさせるから、私だって我慢できなくなっちゃうんですよ……! 辛いです、こんなの……」
嗚咽混じりの、すすり泣きにも似た、そんな声が甲高く響く。それを耳に入れるたびに、なんとも言えない雑多な感情が、胸臆を渦巻いていく。罪悪感と、焦燥感と、後は、なんだろう──いや、もう、分からない。喉の奥から込み上げてきそうな嗚咽を無理やり飲み込みながら、滲みるように痛い鼻腔の嫌な感覚に苛まれる。眦から漏れかけていた涙を指先で拭って、お湯に浸した。
「……もう、我慢するのやめよう。お互いに辛いだけだよ。こんなの、僕も白波もやりたくないでしょ」
「でも……」
「白波が言ったんだよ。『この夏休みを楽しく過ごしたい』って。寿命を淡々と受け入れるのが嫌だから、最後まで楽しみたいって思ったんじゃないの? それなのに我慢した方がいいって、筋が通ってないよ。おかしいよ」
「……それは」
「どうせ消滅するなら、僕は最後まで楽しみたい。好きな人と最後まで一緒にいて、やりたいこともやりきって、それで綺麗に別れた方が、幸せだと思う。……もちろん辛いだろうけど、でも、絶対に、記憶に残るから」
僕の声が、余韻を伴って反響する。白波は無言のまま、けれど少しだけ荒い息遣いが、扉越しに聞こえていた。磨硝子の向こうでうずくまっている彼女の影が、少しだけ動く。その声は、今までのどれよりも明瞭だった。
「──好きになっても、いいんですか?」
「……うん」
「絶対、最後の時に辛くなっちゃいますよ? マスターが泣くよりもうるさい声でギャーギャー泣きますよ?」
「ふふっ……それでいいよ」
「今までよりもスキンシップとか、増えますよ?」
「そこそこ慣れたから、大丈夫」
「……えっちなことも、いい、ですよ?」
「……はい」
だんだんと、白波の声に明るさが戻っていくのを感じた。いつものように芯の通って、溌剌とした、年相応の少女のような、そんな声。それが浴室一帯にけたたましく反響して、融け消えて、僕の胸の内を温めていく。頬のあたりに汗が伝うのを感じながら、それを拭いとって──いや、違う、これは涙だ。いつの間にか、泣いていた。嬉し泣き、なのだろうか。よく分からない。
「あと、マスター。……最後に一つだけ訊きます」
「うん」
「……私のこと、ずっと覚えててくれますか?」
「──もちろん」
二人で扉越しに笑う。笑うタイミングも、同じだった。これでいいんだな、と、不意に思う。僕は僕で、彼女は彼女で、最適解を得ることができた。その結果が、今だ。残りのおよそ一ヶ月間を、どうに過ごしていこうか──そんなことを考えながら、ひとしきり笑う。
「ねぇ、マスター。最後の最後に、もう一個だけ」
「うん?」
「──私も、あなたのことが、好きになりましたっ」
満面の笑みで、けれどとても恥ずかしそうな顔をして、彼女は浴室の扉を全開にしてから、僕にそう告げた。かと思えばすぐに脱衣場を立ち去ってしまって、扉の開いた浴室のなかには、僕一人だけが残されている。わずかな雨音と雷鳴が、鼓膜の奥深くを振動させていった。
……こんな告白、ありなの?
もちろんお互いに、圭牙や凪の前では、そんな素振りを見せない。ただ、こうして家にいる時は、もはや名前も知らぬ他人同士と居座っているような、そうした不快で気まずい気持ちに陥ってしまっている。窓を伝う雫を、僕も、彼女も、雨音とともに呆然と眺めていた。ときおり聞こえる雷の音に、白波はやや怯えていたらしい。
その原因が数日前の告白であることは、僕自身がいちばん分かっていた。夕食後、救いを求めて逃げるように駆け込んだ脱衣所のなかで、乱雑に服を脱ぎながら、今日もそんな後悔をする。浴室へと繋がる扉を開けると、言いようのないほど湿っぽい空気が、汗ばんだ肌へと張り付いていく。すぐにファンのスイッチを入れた。
「……はぁ」
目に見えて、溜息を吐くことが増えたと感じる。告白をした僕の心労、告白をされた彼女の心労、どちらが重いとは言わない。ただ、お互いにこのままで良いはずがない──ということは、とっくに分かりきっていた。冷めかけの関係をなんとか、元に戻さなければならない。
朦々と立ち込める湯気に肌を洗われながら、僕は足先から浴槽に浸かる。適温の四十一度が、今は少しぬるいように感じた。けれど、そのまま。そのまま肩まで沈む。
──私、八月三十一日に、寿命で消滅しますから。
白波があの時、去り際に言った言葉だ。寿命、寿命と聞くと、彼女の話したあれを思い出す。白波は自分の寿命に、まったく執着していないこと。ヒューマノイドの宿命として、淡々と受け入れていること。それが僕のような人間にとっては、妙に達観したように感じられた。
不安と焦燥感だけが募っていく。握りしめた拳を振り下ろす場所もなくて、力の限り水面へと叩きつけた。わずかな抵抗と、張り詰めるような痛みが走る。飛沫が頬にかかる。胸臆にこびり付いた心地の悪さは、取れない。
「……あの、マスター?」
磨硝子の向こうから、白波の声が聞こえた。咄嗟のことに驚いて、思わず肩が跳ねる。ここ数日はあまり会話もしていなかったから、ものすごく、気まずい。扉一枚を隔てて、シルエットのように彼女の影が見える。
「うん、どうしたの」
「いえっ、あの……通りがかりに物音が……聞こえて」
「それは、なんでもない……。うん、大丈夫」
僕の声が、浴室の壁に反響しては消えていく。その余韻も失せた時、ファンの音だけが、お互いの無言を邪魔していた。けれどそれが余計に、居心地の悪さを際立たせる。特に意味はないけれど、そっと手で水音を立てた。
「……あのっ、マスター。その……」
言い淀むような白波の声を、僕は扉越しに聞く。
「……私のせい、ですよね。ごめんなさい」
か細い彼女の声音が、僕の心臓を抉った。そうして白波に謝らせてしまったことの罪悪感が、微細な硝子片のように、胸のどこかへと突き刺さっていく。何かを言おうとしても、喉が締まって言葉にならなかった。無理やりにでも吐き出そうとすれば、それが嗚咽にでもなって、もっと酷いことになるのは目に見えていたから。
「マスターの気持ちは、分かってます。ずっと近くにいるので、私が気付かないことも、ないです。でも──」
「……寿命が近い、から?」
「はい」
『でも』と『はい』だけは、やけにはっきりと聞こえた。それが何を示唆しているのか、今の僕にはだいたい分かる。この数日間、ずっと考えてきたことだ。
「……私がマスターの隣にいられるのも、あと三十一日です。人間は、私たちヒューマノイドが壊れたら、使い捨てにしますよね。ちょっと寂しい思いはするけど、それが現在の常識です。私とマスターも、きっと同じです。バーチャル・ヒューマノイドの最後は、消滅なので」
でも、と白波は続ける。
「それだけでも寂しいのに、私とマスターが恋人同士になっちゃったら、もっと寂しい思いするんですよ……! そんなの、私は嫌ですっ。マスターだって、嫌だと思います。だから、仕方なくて、我慢するしかなくて……お互いに我慢すれば、いちばん悲しくならないから……」
狭い浴室に反響するその声は、悲痛の色を帯びていた。白波の言いたいことも、分かる。彼女がどれだけ辛い思いをして、僕の告白を断ったのか──どうしてあの時、あんなに辛そうな顔をしていたのか──その理由が、彼女の口から、滔々と語られていく。それはまるで、お互いの胸の内を一挙に抉るような、一種の刃だった。
──けれどそれは同時に、白波なりの優しさで、覚悟なのだ。昔に一度、会っていたからこそ、僕と彼女の間にある関係性というものは、マスターとヒューマノイドのそれに留まらない。だから、それ以上を求めてしまうと、余計に辛いことになる。お互いの痛みを理解しているからこその、彼女なりの、最大限の覚悟だった。
「……そんなの、僕は絶対に嫌だ。わざわざ我慢して、それで後悔しても、もう取り返しがつかないんだよ。やらないで後悔するよりも、やって後悔した方がいい」
「意味が分からないです。そんなの、非合理的です」
「それが人間なの! 君はここで消滅したら、それでおしまいだからいいよ。でも、残った僕たちはどうなるの? 死ぬまで何十年も、ずーっと後悔するんだよ。あの時やっておけばよかったって思っても、もうどうしようもないんだよ? ……ヒューマノイドと一緒にしないで」
「私なんかに固執する方がおかしいんですよっ! 結局、ヒューマノイドなんです。使い捨てです。人間と恋愛とか、絶対、絶対に非合理的です! なんで人間よりも早くいなくなっちゃう相手のことなんか好きになるんですか! 絶対におかしいですよ、そんなの……。お互いに、好きになっちゃ、いけないんです。そういうものです」
聞いたこともないような彼女の声が、消え入りそうなほどにか細くなって、そうして、余韻を残して融けていく。磨硝子の向こうにしゃがみ込んでいる白波の姿が、影のように映った。お互いに出したこともない怒声を浴びせながら、そのたびに、罪悪感に苛まれる。けれどもお互いに、引かなかった──否、引けないのだろう。
「……好きになったって、いいじゃん。理由なんかいらないでしょ。僕は昔から、白波のことが好きだった。この島で再会してからも、結局、変わらなかった。それだけの話じゃん。いまさら、諦めなんか、つかないよ」
「──っ、マスターがそういうこと言うから! そういうこと言ってその気にさせるから、私だって我慢できなくなっちゃうんですよ……! 辛いです、こんなの……」
嗚咽混じりの、すすり泣きにも似た、そんな声が甲高く響く。それを耳に入れるたびに、なんとも言えない雑多な感情が、胸臆を渦巻いていく。罪悪感と、焦燥感と、後は、なんだろう──いや、もう、分からない。喉の奥から込み上げてきそうな嗚咽を無理やり飲み込みながら、滲みるように痛い鼻腔の嫌な感覚に苛まれる。眦から漏れかけていた涙を指先で拭って、お湯に浸した。
「……もう、我慢するのやめよう。お互いに辛いだけだよ。こんなの、僕も白波もやりたくないでしょ」
「でも……」
「白波が言ったんだよ。『この夏休みを楽しく過ごしたい』って。寿命を淡々と受け入れるのが嫌だから、最後まで楽しみたいって思ったんじゃないの? それなのに我慢した方がいいって、筋が通ってないよ。おかしいよ」
「……それは」
「どうせ消滅するなら、僕は最後まで楽しみたい。好きな人と最後まで一緒にいて、やりたいこともやりきって、それで綺麗に別れた方が、幸せだと思う。……もちろん辛いだろうけど、でも、絶対に、記憶に残るから」
僕の声が、余韻を伴って反響する。白波は無言のまま、けれど少しだけ荒い息遣いが、扉越しに聞こえていた。磨硝子の向こうでうずくまっている彼女の影が、少しだけ動く。その声は、今までのどれよりも明瞭だった。
「──好きになっても、いいんですか?」
「……うん」
「絶対、最後の時に辛くなっちゃいますよ? マスターが泣くよりもうるさい声でギャーギャー泣きますよ?」
「ふふっ……それでいいよ」
「今までよりもスキンシップとか、増えますよ?」
「そこそこ慣れたから、大丈夫」
「……えっちなことも、いい、ですよ?」
「……はい」
だんだんと、白波の声に明るさが戻っていくのを感じた。いつものように芯の通って、溌剌とした、年相応の少女のような、そんな声。それが浴室一帯にけたたましく反響して、融け消えて、僕の胸の内を温めていく。頬のあたりに汗が伝うのを感じながら、それを拭いとって──いや、違う、これは涙だ。いつの間にか、泣いていた。嬉し泣き、なのだろうか。よく分からない。
「あと、マスター。……最後に一つだけ訊きます」
「うん」
「……私のこと、ずっと覚えててくれますか?」
「──もちろん」
二人で扉越しに笑う。笑うタイミングも、同じだった。これでいいんだな、と、不意に思う。僕は僕で、彼女は彼女で、最適解を得ることができた。その結果が、今だ。残りのおよそ一ヶ月間を、どうに過ごしていこうか──そんなことを考えながら、ひとしきり笑う。
「ねぇ、マスター。最後の最後に、もう一個だけ」
「うん?」
「──私も、あなたのことが、好きになりましたっ」
満面の笑みで、けれどとても恥ずかしそうな顔をして、彼女は浴室の扉を全開にしてから、僕にそう告げた。かと思えばすぐに脱衣場を立ち去ってしまって、扉の開いた浴室のなかには、僕一人だけが残されている。わずかな雨音と雷鳴が、鼓膜の奥深くを振動させていった。
……こんな告白、ありなの?
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