【書籍発売中】バーン・ホワイトウェイブ ─夏の終わりに消滅した、花のような彼女─

水無月彩椰

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第二章

彼女のいぬ間に

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 サバゲーが終わった後、僕たちはその流れで四宮家に足を向けた。別に解散しても良かったんだろうけど、たったワンゲームやっただけで解散というのも寂しい。そんなわけでいつもの通り、四人でリビングに集まった。


「あー、涼しい……。一枚くらい脱いでもええ?」

「あっ、そういう、その……えっちなのはダメですよっ」

「……下着、着てるで?」

「それならギリギリ……いやいや、アウトです!」


 エアコンの風下で風を受けている凪に、白波は本気だか天然だか分からないようなツッコミをする。脱ぐとかそういうのは、うん、よくない。ぶっちゃけみんな、下着の上に仕方なく何かを着ているだけだと思うけど。

 ソファに寄り掛かりながら、圭牙が気怠そうに言う。


「別に脱いでもいいが、誰もお前には興奮しねぇぞ」

「別にそういうこと期待してるわけやないしっ! はぁーあ、阿呆はいつまでも阿呆なんやなぁ……」

「事実を言って何が悪ぃんだよ。不都合でもあるか」

「あー、そんなのないわ。アンタもう黙っとり」


 なんだかんだ言い合いをしながらも、結局、二人はいつも隣同士に座っている。自分たちがこれでワンペアってことが、昔から染み付いてるんだろうな。幼馴染だし。恋愛感情みたいなのは皆無で、兄妹のそれに近い。

 残った僕たちも、適当なところに腰掛ける。やはりというか当たり前というか、白波が隣だ。いつものこと。これはいつものことだから、何も意識しない。うん。


「昨日今日って遊んだけど、こんな感じでこれから毎日続けてくん? そのうちネタも尽きるで」

「そしたらローテーションして遊びましょっ!」

「んー……。白波が楽しいならそれでええよ」

「はいっ。それで、明日は何をしますか?」


 前のめりになりながら、白波は楽しそうに凪と圭牙を見る。こうしていると、彼女の言った『楽しい夏休みを過ごしたい』という言葉が、しっかりとした実感を帯びて感じられた。本人がいちばん楽しめていれば、それでいい。あくまでも僕たちは、それを一緒に楽しむだけで。


「つっても、島でできることなんか限られてるぞ」

「遊びに飽きたら、マスターと永遠にお喋りします」

「……お喋りに飽きたらどうするの?」

「たぶん飽きないと思うので、大丈夫ですよ?」


 僕の方を向いて、いかにも『当たり前のことですけど、なにか?』みたいな顔をしている。楽観的すぎでしょ。そう思ってもらえるのは、僕としては嬉しいけど。


「ほんっとにマスターのこと好きやなぁ……今までそういうキャラやったっけ? もしや夏月、アンタ裏でヒューマノイドに変なことやらせてんじゃないやろな?」

「…………いや、なにも。変なことって?」

「変なことって、それは、その……人には言えないえっちなこと──やなくて! 今のその数秒の間はなんや!!」

「なんでもないって……。ね?」

「んー……。……まぁ、そうかもしれませんねっ」


 意味ありげな笑みで白波は答える。僕への疑惑が増した。どうしよう。何もないといえばないんだけど、例えば数日前に抱きついたのとか、あの添い寝とか、膝枕したのとかはカウントしなければならないのだろうか……。こんなこと言うのは恥ずかしすぎる。黙っておこう。


「いいから白波はお茶でも持ってきて。四人ぶん」

「はいっ! ようやく私にもお手伝いが……!」

「グラスは絶対に落とさないように。しっかり持ってて。ゆっくりでいい。慌てなくていいから」

「りょーかいですっ!」


 張り切ってキッチンの方へと向かう白波を横目に、僕は小さく溜息を吐く。人相の悪い目つきのまま、「で?」と圭牙が切り出した。腕を組みながら、いよいよ本題に──とでもいうような雰囲気を醸し出している。


「わざわざポンコツを行かして、なんの話だよ」

「……ふふっ、バレた?」

「バレバレや。アンタは絶対に白波に何かさせんもん」


 呆れたように笑う凪を見て、僕もつられて笑う。これは帰路に着く途中から、ずっと考えていたことだ。


「あのね、昨日今日で言われたけどさ、その……僕と白波の距離感が近くなってるってやつ。あれ、僕としてはイチャイチャしてる感じじゃなくて、白波の方が結構グイグイ来てるって思ってた。理由はよく分かんないけど」

「……ま、夏月の性格的にそういうんじゃないわな。でも白波って、その……恋愛的な意味かは分からんよ? 分からんけど、アンタのことめちゃくちゃ好きやん?」

「あれは単なる忠誠心だ。区別つけろ、恋愛未経験」

「うっ……今それを言わんでもええやん……」


 凪は分かりやすくたじろぐと、居心地悪そうに肩をすくめた。それから平静を保とうとして頭のお団子を触る。


「要するに、あのポンコツがなんでお前にベタベタしてくるのか気になるんだろ? 違うか?」

「それは……なんとなく予想できてる」


 白波がアクティブになったのは、本当にここ数日の話だ。そこで何があったかといえば、あれしかない。


「あの子、僕と昔に遊んでたことを思い出した。……これはあくまで予想だけど、今のスキンシップって、その時の感覚に近いんじゃないかな。白波は意識してないのかもしれないけど、それが行動に出てる……みたいな」


 それに白波は、こう言っていた──彼女は小さい頃の僕と一緒にいた記憶がほとんどないから、それがちょっと、残念だと。だから残された時間を楽しむために、最後の夏休みを楽しむために、マスターとの距離感を敢えて近付けている。あの時、彼女が言ってくれたことだ。


「白波については圭牙から聞いた。夏月がそう思うんやったら、多分そうなのかもなぁ。ウチらよりも、ずっと近くにいるアンタの方が分かってんやからさ」


 軽く頬杖をつきながら、僕の目を見て凪は言う。いつもよりも優しいその口調に、どこか懐かしさを覚えた。……これは、そう、そうだ。やっぱり、あの優しい声音は、いつもあの、昔の白波の声が思い起こされる。

 どこか微笑みそうになるのを手元で隠しながら、足を組みかえた圭牙の方に視線を移した。彼は僕を見据えると、いつもよりもやや穏やかな喋り方で話し始めた。


「俺と一昨日に話したやつ、覚えてるか」

「……好きか嫌いかなら、好き、ってやつ?」

「あぁ。あいつが初恋の相手だろ、何か思わねぇのか」


 ──やっぱり、そういう話になるかぁ。分かってはいるけれど、二人の前で恋愛の話をするというのは、少し気まずい。肩身の狭い思いをするというか、恥ずかしさもあるというか……。心臓の鼓動が早まりつつあった。どもりそうになりながらも、僕は返事をしようと口を開く。


「それは……多少、意識してるところはある」

「白波のこと、可愛いって思ってるん?」

「……うん。不覚にも」

「なーにが不覚や……。白波は黙ってようが喋ってようがとんでもない美少女でめちゃくちゃ可愛いで」

「ふふっ。凪に言われると、なんだかムカつくね」


 彼女はそれを聞くと、少しだけ目を丸くしてから笑った。言った僕の方が、どこか変な気持ちになる。


「ウチに言われて気に食わないんやったら、普通にあの子のこと好きなんやろ。独占欲強いなぁ……。昔から知ってる相手ならなおさらやし、しかも初恋の相手やで」

「このままの関係でイチャコラされても、こっちが目障りだからな。いっそのことマジで付き合え。ポンコツがどう思ってるかは知らねぇが、結果はお前次第だ」


 白波に告白……かぁ。キッチンの方で作業をしているらしい彼女を壁越しに一瞥しながら、深く溜息を吐く。初恋の相手を好きになりかけているのは間違いない。僕自身の意識が変わっていることも間違いない。ただ、それでも、自分にとっていちばん気がかりことがあった。


「……それでもやっぱり、夏休みが終わったら、あの子はいなくなっちゃうじゃん。それが辛いよ」

「テメェ、一昨日に俺の言ったこと忘れたか? 後から後悔してもおせぇんだよ。どうせなら全部やってから後悔しろ。やりたいことやり切って、そんで綺麗に終われ」

「……それは分かってる」


 結局は、僕の心の問題だった。白波は寿命のことを全く気にしていない。それを憂いているのは人間側だ。その中でも特に、僕が──彼女にいちばん近い関係である僕にとっては、いくら相手がヒューマノイドといえど、使い捨てが当たり前の存在だとしても、人間の身内に対する死と同等に感じられてしまう。だから、辛かった。


「……ありがとう。あまり、寿命のことは考えずにいたんだけど……結局は、僕次第だからね。圭牙の言う通り、やり切って後悔した方がまだマシだから、そうする」


 僕の言葉に、二人は笑いながら頷いてくれた。僕も照れ隠しの笑みを洩らして、告白はどうしようか、と、そんなことを考える。現実味を帯びた話のせいで冷静さを取り戻した僕は、今さら恥ずかしくなってきた。手櫛で髪を整えながら、凪にそれとなく質問してみる。


「……凪、告白って、その、どういうのがいい?」

「そんなんストレートにやったれっ。女の子は下手な言い回しよかストレートに来られた方が効く──あっ、これウチのことやないからな!? 世間一般の……!」

「──好きだぜ、凪」

「……っ、うるさい!!」

「痛って……!!」


 左頬に思いっきり平手打ち。これは圭牙が悪いとはいえ、もはや夫婦漫才だ。この二人の距離感は羨ましい。思わず吹き出してしまって、案の定、睨まれた。


「あの、お待たせしましたっ……! お茶です!」

「あっ、うん、ありがとう」


 キッチンから戻ってきた白波が、四人分のお茶をお盆に載せながら僕に言う。グラスに入った緑色の──あれ、受け取ったグラスが、熱い。湯気が朦々と立っている。これはまさか……こっちの方で今日はやらかしたか……。


「白波、これ……これっ、緑茶じゃんっ! あと熱いものをグラスに入れちゃダメ! 割れるよ……!」

「へっ……? ああぁーっ! 気をつけたはずなのに……!」

「だからもう、ほんっとに君はさぁ……! 家事なんか任せられないよこれじゃあ……。僕がこれキッチンに持ってくから、白波は麦茶入れといて! こぼさないでねっ」

「なんか、認知症で老老介護やってる夫婦みたいや……」

「凪、余計なお世話っ!」

「……もはやこのままでいいだろ。お似合いじゃねぇか」

「そういうこと言うやつには麦茶あげないから」

「あ? お前も生意気になりやがって……」


 ……なんだか、もうどうでもよくなってきた。
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