【書籍発売中】バーン・ホワイトウェイブ ─夏の終わりに消滅した、花のような彼女─

水無月彩椰

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第二章

夏休みの過ごし方

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 楽しい夏休みを過ごしたい──それが白波の願いごとだった。東屋のベンチに腰掛けながら、僕たちはそれを叶えるために、どうしようかと案を考えてみる。見回り業務の最中に通りかかった圭牙と凪も、途中参加だ。


「具体的には、なにかやりたいことってないん?」

「具体的、ですか……。夏休みにやることと言えば……」

「宿題だな。お前には縁がねぇだろうから丁度いい」

「おー、圭牙にしてはまともな案ですねっ」


 一つのベンチに四人で横並びになりながら、ああだこうだと言葉を交わす。僕と白波、圭牙と凪がそれぞれワンセットで隣に座る──これがお決まりになっていた。ときおり海から吹いている潮風に、髪が洗われていく。屋根の隙間から降り注ぐ陽光は、木漏れ日に似ていた。


「ウチ、今さら宿題なんてやりたかないわ……。そんなことするんやったら遊んだ方がええもん。白波、何やる? どうせ釣りとかやったことないんやろ?」

「釣り! できるんですか……?」

「桟橋のあたりに行けば、魚とかおるやろ」


 あまりにも適当な感じで、凪は笑う。とはいえ確かに、あそこなら魚もいそうだ。桟橋の基礎になっている丸太に遮られて、隙間から海面を抜けて、陽が射してくる──綺麗な光景が、容易に想像できた。波の音を聞きながらぼんやりと釣りをするのも、悪くない。


「おぉー! いいですねっ。マスターも釣り、どうです? 経験ありますか? 私はないですっ!」


 白波は食い気味に僕の袖を掴んで、楽しそうに言う。何をするか考えているこの時間が、いちばん面白いものだ。特に白波は、未経験のことの方が多いだろう。それをたくさん経験できれば、きっと良い思い出になる。

 
「僕は経験ない……あ、違う、釣り堀とかで何回か」

「馬鹿か、釣り堀は邪道だ。あんなの、もともと生簀のなかで飼われてるんだからな。餌を適当に撒いて寄ってきたところに針を引っ掛けりゃ釣れる。本物はそう上手くいかねぇぞ。だから邪道だってんだ、ポンコツ」

「……へっ、私が悪いんですか?」

「いや、白波は悪くないで……。まぁ、夏月もやけど」

「いや、僕が悪かったです……ごめんなさい……」

「謝るんか……。律儀やなぁ」


 あながち間違いではないかもしれない。そんなことを思いながら、足を組んでいる彼の太腿のあたりに目を向けた。レッグホルスターにハンドガンが収めてある。


「……圭牙って、いつもモデルガン持ってるじゃない。これってどのくらい種類あるの」

「なんだ、気になるか」


 僕がそう訊くと、圭牙は少しだけ嬉しそうに口元を緩めた。人相の悪い目つきも、今は僅かながら柔らかい。自分の好きなことになると語り出すタイプだろうか。


「メインとサブ合わせて、この四人でサバゲーできるくらいはある。おもしれぇぞ。やるか?」

「男どもで勝手にやるのはええけど、か弱い乙女のウチらまで巻き込むん、やめてくれる……?」

「えっ、凪はやらないんですか? 私はやりたいです」

「っしゃ、やるかポンコツ」

「待て待て待て立つな立つなっ! まだ決まっとらん!」

「は? 三対一の多数決だろ」

「さらっと夏月も加えとんかお前……。夏月はどうなん、痛いし疲れるのなんてやりたかないやろ? な?」


 目を見開いて説得してくる凪から、あからさまな圧を感じる。さりげなく僕の肩に手を置いて、プレッシャーをかけるのがお決まりの手段になっているらしい。とはいえ正直、サバゲー、気になっている。もともとゲームはやってるし、VRのガンアクション系は好きだ。


「いや、ちょっと気になる……楽しそうだし」

「おまっ……最近ウチ舐められてるんか……!?」

「可愛そうですね、凪……。飴ちゃんあげますっ」

「ああぁぁぁっ、また白波に煽られた……!!!」


 また凪が悶えてる。別に舐めてるわけじゃないんだけどな……。白波が煽ってるかどうかは別として。





 ──厳正な話し合いの結果、通りがかりの島民に、東屋周辺の草むしりを頼まれた。圭牙と凪が言うには、どうやらそこの管理人さんらしい。確かにここらへんには、落下防止の柵のあたりに、抜きがいのありそうな雑草が生えている。暇だったし、もはやなんでもいいや。

 
「せっかく人が話し合ってんのに、なんでジジイの頼みなんか聞かなきゃいけねぇんだよ……」

「別にいいじゃないですかっ。圭牙は、人に何かをしてもらって、嬉しいとか思わないんですか?」

「内容によるな」


 そんな話し声が、向こうのあたりから聞こえてくる。僕は片膝立ちになって、無心で雑草を抜きまくっていた。照りつける真夏の日射しが暑い。手扇で顔を扇ぎながら、額のあたりに滲む汗を、砂のついた手で拭う。

 こんもりと山になった草の集まりが、そこかしこに点在していた。これは放っておけば捨ててくれるらしい。あくまでも僕らは、草むしりを頼まれただけで。


「夏月ぃ、こっちもやってぇや……引っこ抜けん……!」


 凪の力むような声がして、そちらを見る。ベンチと柵の中間あたりに、いかにもそれらしき雑草が生えていた。ほんの十センチ弱、しかし見た目からして、抜くのに手間取りそうなものだ。彼女はそれを両手で掴みながら、全体重をかけて踏ん張っている……らしい。案の定だ。

 何度やっても無理なことを察したのか、彼女は地面に胡座をかく。それから例の雑草を指さして言った。

 
「夏月がそれ持って。そしたらウチが後ろからアンタのこと引っ張ったる。大きなカブ方式でやってみよ!」

「え、そんな面倒臭いことやりたくない……。だったら、根元のあたりから折っちゃえばいいんじゃないの」

「あ、そっか」


 納得された。そのまま柵の向こうに放り投げている。……ギリギリ海のような気がするから、まぁいいか。


「ねぇねぇマスター、こっち! 見てくださいっ!」

「うん?」


 柵の隅っこから、白波が僕を手招く。しゃがみながら地面を覗いているようだけれど、何か見つけたらしい。隣にいる凪と顔を見合せつつ、彼女のもとに向かう。


「カブトムシです! 交尾してます!!」


 満面の笑みで、白波は地面の隅っこにいる、性行為中の雌雄を指さした。鈍く光る甲殻が、小刻みに動くたびに日射しを反射させている。虫の性行為を笑うな。僕は君を、それこそ生命の神秘を、愛の営みを、軽く笑うようなヒューマノイドに育てた覚えはないんだけど……などと思っていると、横から凪が顔を割り込ませてきた。


「へっ、カブトムシのセッ……交尾!? 見せてっ!」

「はい! これですっ」

「わ……初めて見たっ! こんなに動くん……!?」

「ですね! 雄にも個体差はあると思いますが」


 金属を擦り合わせるような音が聞こえる。二人はそれを、食い入るように見つめていた。燦燦と照り付ける真夏の陽光も気にしないまま、黙々と、カブトムシの性行為を観察している。しゃがんだまま微動だにしない。このまま交尾が終わるまで見続けているつもりだろうか。いっそ覗かれる立場になって考えた方がいいと思う。

 僕と圭牙が溜息を吐くのは、ほとんど同じタイミングだった。それに気付いた彼が、そっと僕に耳打ちする。


「凪は昔からあぁいう女だが、なんで白波まで一緒になってる。お前の教育、だいぶ悪いんじゃねぇのか」


 ホルスターから抜いたモデルガンの銃口を、僕のお腹のあたりに軽く押し当ててくる。苦笑しながら話す圭牙の様子を見て、どこか納得した。凪はきっと、昔からその手のものが好きなのかもしれない。他人の色恋沙汰とか、『そういうの』とか。多感な子なのだろう。


「それと、ちょっと来い」

「……なんで」

「いいから」


 雑な手招きに従うまま、圭牙についていく。白波たちはあのまま放っておけばいいものの……何の話だろうか。そう思いながら、東屋とは少し離れた道路側に移動する。いつになく真面目な雰囲気に、少し緊張した。さっき抜いたばかりの銃も、すぐにホルスターへ戻している。


「白波が昔のことを忘れてたっていう話、どうなった。あれから何も聞いてねぇが、いきなり話は、夏休みの間は何をするのかってことになってる。これって──」

「……おかげさまで、思い出したよ。全部が全部じゃないと思うけど、少なくとも、僕と一緒にいたことは。その上で、白波は『楽しい夏休み』が過ごしたいって」

「──よしっ」


 咄嗟に手のひらを差し出されて、一瞬だけ動揺する。けれどそれがハイタッチの合図だと分かって、僕も同じように手のひらを差し出した。軽快な音が小さく響く。滑らかな肌の感じが、少しだけ意外だ。もう少しゴワゴワしているイメージもあったけれど、全然違った。

 それと同時に、なんだか、ほんの僅かだけでも距離感が縮まったような気がして、少し嬉しくなる。学校ではクラスメイトと、こうやって話すこともなかったから。胸の奥が充実しているように感じるのは、きっと、本当。


「……で、お前はどうすんだ。ずっと探してた初恋の相手なんだろ。今度こそ後悔しないようにしろよ」

「うん」

「付き合ったりとかしねぇのか」


 冗談のような圭牙の質問に、僕は少しだけ肩が跳ねる。恋愛を絡めた話になるとは想像していなかった。気恥ずかしさと気まずさを覚えながら、歯切れ悪く返す。


「……そういうのは、よく分からないし」

「好きか嫌いかで言えば、どっちだ」

「それは、好き」

「なら付き合っちまえ。やりたいこと全部やれ」

「……最後には結局、別れるのに?」


 僕の返答に、圭牙は呆れたような深い溜息を吐いた。手で前髪を掻き上げながら、人相悪く睨んでくる。


「だからだろ。後から『これやっときゃ良かった』なんて思ったって無理なんだからよ。できる限りの最高のこと経験して、そこから綺麗に別れられりゃいいだろが」


 早口ぎみの彼の声が、それでもどこか、すんなりと納得できた。この結末は恐らく、これ以上なく悲しいものになるかもしれない。けれど、後悔は残らない。白波がいなくなったあと、僕は、今までのように生きていけるのだろうか。そこに過去の後悔を、背負いたくはない。


「……そっか。そうかもね」

「別に、マスターとヒューマノイドの関係を無理やり捻じ曲げるつもりはねぇし、そこはお前らが決めることだから、俺はなんとも言わねぇよ。ただお互いに、後悔はないようにしろ。何かありゃ、手助けくらいはする」

「うん。ありがとう」


 そう言って、圭牙に笑いかける。同級生と話すのにも、だんだん慣れてきた。白波が一緒にいてくれるおかげだ。結局、僕は、彼女に甘えている──まぁ、それが、彼女自身の存在意義でもあるのだろうけど。長いようで短い夏休みの過ごし方が、少しだけ分かった気がした。
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