【書籍発売中】バーン・ホワイトウェイブ ─夏の終わりに消滅した、花のような彼女─

水無月彩椰

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第一章

少年団の二人組

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 ──慣れたような手つきで、少年はモデルガンの銃口を僕と白波とに向けている。真正面に相対していると、彼の背丈がよく分かった。僕より少し上だ。それに顔つきも、僕とほとんど同じ年代っぽい。同学年の可能性も高い。そう思うと、何がなしに緊張してきた。

 見下ろすその目付きは、眦が上がっているような、つり目がかった、人相の悪い感じ──とでもいえばいいのだろうか。道路に舗装されたコンクリートの表面をそのまま映したような、無愛想な瞳の色をしている。向こうから走ってきたためか、紺がかった短髪も乱れていた。


「お前ら、どっから来た」

「な、なんですかっ。ぼーりょくはんたいーっ!」

「うるせぇな、お前……」


 迷彩柄のタンクトップで頬の汗を拭いながら、少年は呆れたように、低い声で呟いた。両腕を掲げて徹底抗戦の意を示している彼女だが、なんだか今朝と雰囲気が違う。ポンコツモードだ。昨日のそれとよく似ている。


「しかも着物じゃねぇか。誰だよ、こんな怪しいの島に連れ込んだの。……お前か? 何しに来たか吐け」

「あー……っと、その……」

「怪しいのじゃありませんっ! 私とマスターは──」

「ますたぁー? また変なのがやってきた……」

 
 彼は怪訝そうな顔で白波を見る。その人相の悪い目付きが、僕は少し、いや、かなり苦手だ。──と思った矢先、どこからか出てきた人影が目に留まる。


「新入りを変なのとか言うなっ」

「痛っ……てぇ……」


 一人、増えた。迷彩柄の少年をぶん殴りながら。


「あー、アホの圭牙がごめんなぁ。ウチが後で怒っとくから。アンタたち、たぶん昨日か今朝の船で来た人?」


 後頭部のあたりにお団子が二つ、揃えた髪と瞳の色は、この夏空によく似ている。溌剌とした雰囲気の少女だ。Tシャツにホットパンツと、かなりラフな格好をしている。殴るだけあって、圭牙と呼ばれた迷彩柄の少年と、面識があるらしい。同級生とか、そんな感じだろうか。
 
 彼女の問いかけに僕は頷いて、そのまま先を待つ。自分から口を開くだけの勇気が、少し失せてしまった。


「そうです! 今のマスターはこの四宮聡志のお孫さんで、聡志は元々、私の前のマスターだったんですよ! お亡くなりになったので、遺品整理のために来島です」 

「……ますたぁー? マスターって、あれ、アンタのこと? 四宮のおじいちゃん家のお孫さん?」


 少女は間の抜けた顔で僕を見る。無言で頷いた。


「四宮のおじいちゃんって最近、亡くなったやんね……。お孫さんなんだ。それで、マスターってなに?」

「凪、お前マジで馬鹿か? いい加減聞きゃ分かるだろ。どうせこの女、ヒューマノイドだよ。あー、痛ぇ……」


 圭牙は、少女──凪というらしい──に殴られた部分を手でさすりながら、白波と僕を交互に見て悪態を吐く。凪はその一言で合点がいったのか、納得したように大きな目を見開いて、白波のほうに向き直った。興奮を隠すことなく手を合わせながら、彼女の前に足を踏み出す。


「あっ、マスターって、ヒューマノイドだからか! ここ数年、島じゃ見んくなったからなぁ。すっかり忘れとったわ。アンタがこの子のマスターなんねぇ」

「しかし珍しいな、近くで見ても普通に人間かと思ったぜ。これだけクオリティがすげぇんだから、こりゃ相当高ぇはずだ。あのジジイがこんなもん持ってたのか」

「孫の前でジジイとか言うなっ」 

「痛ッ……!」


 今度は足を踏まれている。
 なんなんだ。


「あー、馬鹿の名前はしっかり覚えといて。こいつ、船瀬圭牙っていうんよ。こう見えて漁師の子。ウチは羽城凪。酒屋の一人娘。お互いに島の少年団やっててん」

「圭牙に凪、ですか。私は白波といいますっ。バーチャル・ヒューマノイドです。こちらはマスターの──」

「……四宮夏月、です」


 やばい。ちょっと声が掠れ気味だ。緊張してきた。


「見ない顔だから誰かと思った。ウチと圭牙、これでも少年団のメンバーやからさ、いくら平和でも、形式上のパトロールとかしなくちゃならなくて。まぁ、だからウチらは退屈な日課って感じでやっとるわけよ。一応、治安維持と社会学習っていう目的はあるんやけどね。

それで適当に歩いてたんやけど、知らないのが二人おるんね、って話しててん。そんなら職務質問しよか! ってなってな。圭牙はミリタリー好きのアホやし、いっつもモデルガン持ってんやけどさ、それを人に向けるなって言うてんのに、まぁ話を聞かないから大変で──」


 凪はひとたび話し始めると、そのまま饒舌に一人語りを続けていく。僕と白波はそれを止めるわけにもいかず、聞き流すかのように聞いていた。活発な少女という印象は間違っていないのか、かなりのお喋り者らしい。見かねた圭牙がそれを引き留めるまで、彼女は話し続けていた。聞くに、二人とも、僕と同じ高校三年生だった。


「あー……あはは、ごめんごめん。なかなかこの島に若い人って来ないから、つい興奮しちゃってん。っていうか、出てく人の方が多くてさ……。ま、船なんか一日に二便、物価も高騰、産業も衰退だし……そりゃ出てくか」

「出てく人、ですか……? どうして?」

「あ? 知らねぇのかヒューマノイド。この島は行政から見放されてる。やがて海の底に沈むんだから、死にたくねぇやつは早く移住しろってことだよ。八月三十一日までの最後通牒だ。この島にゃ何百人もいねぇさ。ってか、じいさんのところにいたんなら知ってるはずだろ」

「む……」


 白波は彼の説明もそこそこに、僕へと耳打ちしてくる。


「マスター、私、あいつが嫌いです。ヒューマノイド呼ばわりしてきますっ。私はヒューマノイドじゃなくて、バーチャル・ヒューマノイドですよ! そんじょそこらの個体とは違うんですっ。もっと性能が良くて──」


 ……拗ね方が独特だ。ヒューマノイド、いや、バーチャル・ヒューマノイドなりのプライドがあるのだろう。
 無言でこちらを睨み付けてくる圭牙の圧に押されて、僕は小さく頭を下げる。僕もあいつのことは、苦手だ。


「でもまぁ、これもなんかの縁やね。あとは海の底に沈むだけの島で、外から来た同年代の子に会って、どうせこれが最後の夏休みになるんやから。そんで夏休みが終わったら、結局みんな死にたかないし、本土に移住するんやろ? えぇ思い出になるやん、良かったな」


 凪は圭牙と僕たちを交互に見ながら、屈託のない笑みを零す。それはつまり、『友達になろう』とか、そういう意味で言ってるのだろうか。初対面の相手にここまで踏み込むことは、自分にはできない。凄いなぁ──と思いながらも、それを承諾するのは、少し難しかった。何故って、僕は、同級生との人付き合いが苦手だから。


「いいですね、これも素敵なご縁ですっ。マスター、さっそく凪とお友達になりましょう! 凪はいい子ですよ! いっぱい思い出、作りましょうねっ」

「うん、まぁ……そうだね」

「おいヒューマノイド、俺は無視かよ。つれねぇな」

「あなたは私のことを『ヒューマノイド』扱いするので嫌いです。私は『バーチャル・ヒューマノイド』なんです。訂正を求めます! じゃないと友達になりませんっ」

「……わぁったよ、バーチャル・ヒューマノイド」

「結構です。これで圭牙もお友達ですねっ」

「笑うな、馴れ馴れしい」


 ……圭牙とかいう少年、気が強そうで、意外に素直だ。見かけで僕がそう判断してしまっているから、なのだろうか。もちろん、初対面の相手のことなんか、たった数分で分かるわけもないんだけど。それでも、その心の柔らかさに、僕はどこか、ほんの少しだけ安堵した。


「んで、お前ら何してたんだ、こんなとこで。この先はもう何もねぇぞ。山に入って工場街くらいだ」

「いえ、マスターの初恋の人を探してました! 本当は散歩のつもりだったんですけど、ふと思い出しまして」

「初恋の人……? こいつのか?」


 圭牙と凪は、目を丸くして僕の方を見る。予想していなかった答えにと胸を衝かれて、思わず目が泳いだ。


「あ、えっと、違うんです……。いや別に違わなくはなくて、ちょっと、散歩に来ただけ、だから……」 

「夏月、誤魔化さんでいいからウチに教えて! その初恋の人って誰なん? ウチがめっけたる!」


 僕の肩に手を置いて、凪が凄い勢いで迫ってくる。好奇の色に煌めいた目が眩しい。好奇というか、嬉しそうな、楽しそうな、そんな感じの面持ちをしていた。
 
 いや、それよりも、思ったより距離感が近い。僕が都市部の学校にいた時は、初対面でこんなに仲を縮めてくる子はいなかった。島暮らしで島育ちの子というのは、これだけみんな、活発なのだろうか。ここまで勢いよく迫られると、僕としてはだいぶ、やりにくい。


「いや、その話はまた後で……! あの、いま、凄くお腹が空いてて、もともと帰る予定だったから、ちょっとごめんなさい、失礼しますっ。白波、そろそろ行こう!」

「え、えっ、マスター、そんなにお腹が空いてたんですか!? それならそうと早く言ってくださいよぉ……! あ、あー、手を引っ張らないでくださいっ! あの、圭牙、凪、ありがとうございました! さようならっ」


 僕は場の空気に耐えきれず、思わず白波の手を引いて、無理やり帰路につく。それがあからさまにおかしいと分かっていても、今の僕は、そうせざるを得なかった。呆気にとられた二人の顔を想像しながら、握った白波の手首の温かさに、心の中でずっと、謝っていた。
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