『平凡』を求めている俺が、チート異能を使ったりツンデレお嬢様の執事になるのはおかしいと思うんだが

水無月彩椰

文字の大きさ
上 下
50 / 57
《紫苑》

夏、祭りの日

しおりを挟む
今日のためだけに学園都市内は午後3時から車の使用禁止となり、かの大通りでは山車が幾つも用意され、関係者の人々は夜に行われる総踊りの準備を着々と進めていた。

それを横目に見つつ、俺たちは学園都市内唯一の神社──稲荷神社と呼ばれる神社へと、歩を進めていた。
 
この神社は京都にある伏見稲荷の千本鳥居を模した神社で、都内でも名が知られている。
 大鳥居から本殿まで鳥居の中を潜っていき、そこを抜ければ、本殿と共に屋台が出店されているハズだ。

そんなことを思いつつ隣に視線をやれば、


「……どうした、彩乃」
「ちょ、ちょっと歩きにくい……だけ……っ! うわっ!?」
「おい、ちょっ──!」


恐らくは、慣れていない浴衣と下駄で、歩きにくかったのだろう。
 おぼつかない足取りで、俺の方へフラリと倒れ込んできた彩乃を──


「……っ、と。大丈夫か?」


何とか、間一髪で支えてやることが出来た。
 ……危なかった。数瞬遅かったら、コイツは今頃倒れてたぞ。顔面から。
 まぁ、そうならなくて良かった──と安堵の息をつき、彩乃の顔色を伺う。
 しかし前髪で隠されているせいで、上手く表情が見えない。


「……おーい?」
「……っ、だいじょーぶ……かな? うん、だいじょぶ。問題ないわ」


俺の肩に置かれた彩乃の腕を掴みながら問いかければ、彼女は少し躊躇ったような声を上げてから、いつもの笑顔に戻った。 
 ……どうしたんだ、コイツ。何かいつもと違うぞ。


「どうした、お前。今日はやけに態度が変だぞ。熱でもあるのか? また夏風邪でもぶり返したか?」
「ううん、ホントにだいじょぶ。志津二が心配する必要はないわ。……でも、まぁ──」


そこまで言いかけた彩乃はまた少し俯くと、袖口で口元を隠すようにして、「」と何かを呟いた。
 しかし俺にはそれが聞き取れなかったので、もう1度聞き返すハメになる。


「……ん、何だ? 聞き取れなかっ──」
「べ、別に何でもないわよっ。ほら、早く行こ! 日が暮れちゃうからさ!」


また顔を紅くした彼女は、慣れない足取りで俺よりも早く歩道の向こうへと歩いていってしまう。
 言い知れぬ違和感を感じながら、俺も慣れない差し下駄で、それについて行った。







「……着いたな」
「……着いたわね」


稲荷神社の大鳥居を眼前に、俺たち2人は境内へと続く千本鳥居へと足を運ぼうとしていた。 
 だが夏祭りということもあり、俺が以前来た時とは打って変わって、境内は人混みでごった返している。
 俺はしばらく悩んでから、彩乃へと視線を移した。


「結構な人がいるな」
「えー。私は行きたい」
「……まだ何も言ってないだろ」
「行きたくないって顔に書いてあるもん」


俺の顔は落書きされた黒板か何かですか。彩乃さん。


「……じゃ、行くか。行かないことには意味がないしな」
「そうね」


人混みの中に紛れるようにして、再度歩き出す。
 そして千本鳥居の入り口に差し掛かった頃、彩乃に浴衣の袖を小さく引っ張られた。


「何だ」
「……手」
「手がどうした」
「……手を繋げって言ってんのよ。はぐれちゃ困るから。ほら、早くするっ」


半ば強引に手を繋がされた俺だが、いやはや、まさかここでとは。
 傍から見ればカップルのように思える光景だが、実際ははぐれないように。

……今日で何度目か。チラリと彩乃を見る。
 口元が若干緩んでいるような、引きつっているような。
 顔も暑さのためか、はたまた他の何かの要因でか、紅くなっていた。


「……綺麗だな。鳥居」
「そ、そうね。木漏れ日とか」
「というか、出口までかなり長くないか? 数十メートルは歩いてると思うんだが」
「うん」


……うーん。何だか会話がぎこちない。というか、一部成立してない。
 ホントに大丈夫か、コイツ。流石に心配になってきたぞ。特に頭の方。
 物理的じゃなくて、精神的な方を。


「……無理しなくたって良いんだぞ? 俺と居たくないんなら帰ってもいいし」
「やだ。今日は何が何でも志津二といる。アンタは私の執事」 
「重労働の間違いだろ」
「うるさい」


彩乃はそのままそっぽを向き、しかし手は繋いだまま──歩幅をどんどん広げながら歩いていく。
 もちろん俺もそれについていくのだが、


「…………」
「…………」
 

……会話が続かない、というか、そもそも言葉が出ない。
 気まずい沈黙が数分続いた後、鳥居の出口が見えてきた。
 賑わう人の波と屋台が遠目に見える。


「随分と賑わってるな。……おい、いつまでそっぽ向いてんだ。機嫌直せ」
「……やー」
「子供か」
「じゃあ私のぶんだけ奢りなさい。それで許してあげる」


あーあ、出ちゃったよ。お嬢様の本性が。
 渋々と財布の中身を確認する俺を横目に、彩乃はスタスタと俺の手を引きながら走っていき──


「これ! これやりたい!」
「……射的か? 武警がやるモンじゃないだろ」


彩乃が指さしたのは、射的の屋台。
 駄菓子やらオモチャやらが並んでいる、極々普通の屋台だ。
 
しかし、そんな屋台でも──特に武警は──出禁を喰らうことがある。
 景品を取り過ぎたせいで、営業妨害とか何とか言われたことが過去にあったらしい。
 ……なのにやろうってか。クレイジーだな。


「2人で」
「あい、まいどありー」


ねじり鉢巻きを頭に巻いたおじちゃんにお金を渡し、俺たちは一般人を横目に、慣れた手つきで銃を構える。
 スコープが無いのが不満だが、まぁ、俺は元狙撃科だからな。大丈夫……と思っておこう。


「……さて」


照準をココアシガレットの箱に定める。それが倒れて別の箱を倒すような地点に、だ。
 ……武警が出禁を喰らうのは、主にこれが原因である。

──引き金を引く。
 乾いた音と共に、コルク弾が発射する。
 箱と箱の間を跳弾するように飛んでいったコルク弾は、バックヤードの垂れ幕に当たって落ちた。

残りの弾は4発。
 チラリと彩乃を見れば、割りと大きめのぬいぐるみの箱を手にしてピースサイン。
 どうやら2発で仕留めたらしい。流石はSランク武装警察。

そんなぬいぐるみの箱に視線を移せば、箱の上が妙に凹んでいた。
 それを見て、あぁ、と思い出す。


「てこの原理、か。よく覚えてたな」
「今日のためにたくさん調べてきたもん。存分に発揮してやるわ」
「……出禁喰らわないレベルでな」
「志津二もぬいぐるみ取れば? カワイイよ」


ご機嫌そうな笑みを浮かべた彩乃が言う。
 ……俺はぬいぐるみなんていらないが、まぁ、武警の本領発揮といきますか。
 
再度、照準をぬいぐるみの額辺りに定める。これなら数発撃てば落ちるハズだ。
 乾いた音と共に、コルク弾が発射。
 プラスチック製の箱に当たり、パタン、と倒れた。

おじちゃんや周りの客が歓声を上げる。
 悪い気もしないな──と思いながらも、残弾で軽いお菓子を獲得していく。
 景品を袋に入れながら、おじちゃんが言う。


「随分と取ったねぇ。兄ちゃんたち、武警かい?」
「えぇ、まぁ。そんなとこです」
「俺も数年前は武警だったかんな。そうやって周りの人を驚かせてたモンよ」


頑張りな、と俺たちの肩を叩いたおじちゃんは、
 「俺たちがいつも武警にお世話になってるお礼や。持ってけ」
 と爽健美茶を2本くれた。


~to be continued.
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...