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《紫苑》

夏、祭りの日

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今日のためだけに学園都市内は午後3時から車の使用禁止となり、かの大通りでは山車が幾つも用意され、関係者の人々は夜に行われる総踊りの準備を着々と進めていた。

それを横目に見つつ、俺たちは学園都市内唯一の神社──稲荷神社と呼ばれる神社へと、歩を進めていた。
 
この神社は京都にある伏見稲荷の千本鳥居を模した神社で、都内でも名が知られている。
 大鳥居から本殿まで鳥居の中を潜っていき、そこを抜ければ、本殿と共に屋台が出店されているハズだ。

そんなことを思いつつ隣に視線をやれば、


「……どうした、彩乃」
「ちょ、ちょっと歩きにくい……だけ……っ! うわっ!?」
「おい、ちょっ──!」


恐らくは、慣れていない浴衣と下駄で、歩きにくかったのだろう。
 おぼつかない足取りで、俺の方へフラリと倒れ込んできた彩乃を──


「……っ、と。大丈夫か?」


何とか、間一髪で支えてやることが出来た。
 ……危なかった。数瞬遅かったら、コイツは今頃倒れてたぞ。顔面から。
 まぁ、そうならなくて良かった──と安堵の息をつき、彩乃の顔色を伺う。
 しかし前髪で隠されているせいで、上手く表情が見えない。


「……おーい?」
「……っ、だいじょーぶ……かな? うん、だいじょぶ。問題ないわ」


俺の肩に置かれた彩乃の腕を掴みながら問いかければ、彼女は少し躊躇ったような声を上げてから、いつもの笑顔に戻った。 
 ……どうしたんだ、コイツ。何かいつもと違うぞ。


「どうした、お前。今日はやけに態度が変だぞ。熱でもあるのか? また夏風邪でもぶり返したか?」
「ううん、ホントにだいじょぶ。志津二が心配する必要はないわ。……でも、まぁ──」


そこまで言いかけた彩乃はまた少し俯くと、袖口で口元を隠すようにして、「」と何かを呟いた。
 しかし俺にはそれが聞き取れなかったので、もう1度聞き返すハメになる。


「……ん、何だ? 聞き取れなかっ──」
「べ、別に何でもないわよっ。ほら、早く行こ! 日が暮れちゃうからさ!」


また顔を紅くした彼女は、慣れない足取りで俺よりも早く歩道の向こうへと歩いていってしまう。
 言い知れぬ違和感を感じながら、俺も慣れない差し下駄で、それについて行った。







「……着いたな」
「……着いたわね」


稲荷神社の大鳥居を眼前に、俺たち2人は境内へと続く千本鳥居へと足を運ぼうとしていた。 
 だが夏祭りということもあり、俺が以前来た時とは打って変わって、境内は人混みでごった返している。
 俺はしばらく悩んでから、彩乃へと視線を移した。


「結構な人がいるな」
「えー。私は行きたい」
「……まだ何も言ってないだろ」
「行きたくないって顔に書いてあるもん」


俺の顔は落書きされた黒板か何かですか。彩乃さん。


「……じゃ、行くか。行かないことには意味がないしな」
「そうね」


人混みの中に紛れるようにして、再度歩き出す。
 そして千本鳥居の入り口に差し掛かった頃、彩乃に浴衣の袖を小さく引っ張られた。


「何だ」
「……手」
「手がどうした」
「……手を繋げって言ってんのよ。はぐれちゃ困るから。ほら、早くするっ」


半ば強引に手を繋がされた俺だが、いやはや、まさかここでとは。
 傍から見ればカップルのように思える光景だが、実際ははぐれないように。

……今日で何度目か。チラリと彩乃を見る。
 口元が若干緩んでいるような、引きつっているような。
 顔も暑さのためか、はたまた他の何かの要因でか、紅くなっていた。


「……綺麗だな。鳥居」
「そ、そうね。木漏れ日とか」
「というか、出口までかなり長くないか? 数十メートルは歩いてると思うんだが」
「うん」


……うーん。何だか会話がぎこちない。というか、一部成立してない。
 ホントに大丈夫か、コイツ。流石に心配になってきたぞ。特に頭の方。
 物理的じゃなくて、精神的な方を。


「……無理しなくたって良いんだぞ? 俺と居たくないんなら帰ってもいいし」
「やだ。今日は何が何でも志津二といる。アンタは私の執事」 
「重労働の間違いだろ」
「うるさい」


彩乃はそのままそっぽを向き、しかし手は繋いだまま──歩幅をどんどん広げながら歩いていく。
 もちろん俺もそれについていくのだが、


「…………」
「…………」
 

……会話が続かない、というか、そもそも言葉が出ない。
 気まずい沈黙が数分続いた後、鳥居の出口が見えてきた。
 賑わう人の波と屋台が遠目に見える。


「随分と賑わってるな。……おい、いつまでそっぽ向いてんだ。機嫌直せ」
「……やー」
「子供か」
「じゃあ私のぶんだけ奢りなさい。それで許してあげる」


あーあ、出ちゃったよ。お嬢様の本性が。
 渋々と財布の中身を確認する俺を横目に、彩乃はスタスタと俺の手を引きながら走っていき──


「これ! これやりたい!」
「……射的か? 武警がやるモンじゃないだろ」


彩乃が指さしたのは、射的の屋台。
 駄菓子やらオモチャやらが並んでいる、極々普通の屋台だ。
 
しかし、そんな屋台でも──特に武警は──出禁を喰らうことがある。
 景品を取り過ぎたせいで、営業妨害とか何とか言われたことが過去にあったらしい。
 ……なのにやろうってか。クレイジーだな。


「2人で」
「あい、まいどありー」


ねじり鉢巻きを頭に巻いたおじちゃんにお金を渡し、俺たちは一般人を横目に、慣れた手つきで銃を構える。
 スコープが無いのが不満だが、まぁ、俺は元狙撃科だからな。大丈夫……と思っておこう。


「……さて」


照準をココアシガレットの箱に定める。それが倒れて別の箱を倒すような地点に、だ。
 ……武警が出禁を喰らうのは、主にこれが原因である。

──引き金を引く。
 乾いた音と共に、コルク弾が発射する。
 箱と箱の間を跳弾するように飛んでいったコルク弾は、バックヤードの垂れ幕に当たって落ちた。

残りの弾は4発。
 チラリと彩乃を見れば、割りと大きめのぬいぐるみの箱を手にしてピースサイン。
 どうやら2発で仕留めたらしい。流石はSランク武装警察。

そんなぬいぐるみの箱に視線を移せば、箱の上が妙に凹んでいた。
 それを見て、あぁ、と思い出す。


「てこの原理、か。よく覚えてたな」
「今日のためにたくさん調べてきたもん。存分に発揮してやるわ」
「……出禁喰らわないレベルでな」
「志津二もぬいぐるみ取れば? カワイイよ」


ご機嫌そうな笑みを浮かべた彩乃が言う。
 ……俺はぬいぐるみなんていらないが、まぁ、武警の本領発揮といきますか。
 
再度、照準をぬいぐるみの額辺りに定める。これなら数発撃てば落ちるハズだ。
 乾いた音と共に、コルク弾が発射。
 プラスチック製の箱に当たり、パタン、と倒れた。

おじちゃんや周りの客が歓声を上げる。
 悪い気もしないな──と思いながらも、残弾で軽いお菓子を獲得していく。
 景品を袋に入れながら、おじちゃんが言う。


「随分と取ったねぇ。兄ちゃんたち、武警かい?」
「えぇ、まぁ。そんなとこです」
「俺も数年前は武警だったかんな。そうやって周りの人を驚かせてたモンよ」


頑張りな、と俺たちの肩を叩いたおじちゃんは、
 「俺たちがいつも武警にお世話になってるお礼や。持ってけ」
 と爽健美茶を2本くれた。


~to be continued.
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