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《紫苑》
恋の季節は事態の進展
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医務室のベッドでゴロンと寝転がっている私のもとに、一通のメールが来た。
メルアドを交換しているのはほんのひと握りの人間だけだから、まぁ、誰かはだいたい察しがついてしまう。
例えば……私のことを心配してくれているであろう、アイツとか。きっと誰かから耳に入れたのかな。
半ば嬉しくもあり、ホントにそうか? という疑懼の念もあり。
ニヤケが止まらないまま、制服の内ポケットからスマホを取り出した。
「……やっぱりアイツじゃん」
そのメールの差出人は、紛れもなく──仙藤志津二そのもの。
その内容を目で追っていけば、ふと疑問に思う一文が見えた。
「夏祭り……私と一緒に? 浴衣もあるんだぁ……へぇ」
「彼氏さん? 夏祭り行くの?」
「ひぇっ!?」
「そうかー。そういうお年頃だもんなぁー」
突如後ろから降りかかった声。反射的に振り返れば、そこにはレースカーテンを開けた養護教諭の先生が。
茶髪のポニーテールを手櫛でとかしながら、先程の私と同様、ニヤニヤしながらそのメールを覗き込んでくる。
というか……聞こえてたのか。意識が散漫だったなぁ。めっちゃ恥ずかしい。
そう思うのも一瞬。私は即座に身を翻し、ベッドの上に正座する。
「まだ行くって決まったワケじゃないですし! お誘いですから! ……というか、勝手に人のメール見るのはご法度ですよぅ!」
「お誘いでもなんでも、男から来たんでしょう? なら、それは受ける他ない。浴衣も用意してくれてるんだから、紛れもない好意の証よ。『俺色に染まれ』ってね」
いや、アイツが私を好きなんて──
一瞬、そんな言葉が喉から出かかる。
しかし、志津二が私を好きか嫌いかは、単純に2択。確信は持てない。
俯く私を他所に、先生は髪をかき上げると、
「逆に、あなたはどうなの? 単純に言って、好き? その人のこと」
「……それは」
嫌い、ではない。好きか、と言われれば……好きな部類に入る。
容姿もそれなりだし、性格的にも。
アイツは私のお父様の事件を解決しようと懸命に頑張っていてくれるし、何より私を守ろうとしてくれている。
久世颯の時の一言で、それは確定してる。
『女を置いて、逃げることは出来ないんだなぁ』って。アイツは言ってた。
《雪月花》戦の時も。月ヶ瀬美雪に雷電の攻撃を受けた時、アイツはさりげなく私の手を掴んでくれた。
力強いし、何より、温かい。一緒に居て安心する。
……あれ、何だか身体が火照ってきたみたい。妙に暑く感じる。
先生もそれに気が付いたのか、私にベッドに潜るよう促し、レースカーテンを閉め、かけてから──
「まぁ、行くか行かないかは自分で考えな。……でも、気を付けた方がいいよ?」
「……何で?」
「夏は──色々な事態が発展するからね。恋も、悪事も」
そう言って、私の視界から消えていった。
1人残された私は、またスマホの画面をボーッと見る。
そしてぎこちなくフリック入力をしながら、手短に返信した。
◇
「……よし」
グレーをベースにした浴衣。《仙藤》の家紋ともなる藤の花をモチーフとした幾何学文様。
キッチリと結ばれた帯は、紗綾形という模様らしい。よく分からんが。
改めてスマホの内カメラで確認しながら、不備がないかを確かめる。
見た目も、だが、巾着に仕舞った金銭類や武警手帳諸々も。万が一のために、帯銃もしている。
……大丈夫、だな。何かを間違えて笑われたりすることは無い、ぞ。一応は。
その上で、現在時刻を確認する。
──13時28分。約束の時刻からは30分近く過ぎているというのに、アイツはまだ来ない。
……浴衣を着るのに手間取ってるのか? いや、まさか。鈴莉が手助けに行くと言っていたし、それはないだろう。俺自身、今日は寮に寝泊まりしてたからよく分からないが。
なんて考えながら、辺りをキョロキョロと見渡す。
談笑するカップル。武警高の生徒や教師。一般人も来ているここは、学園都市中枢部である、大通り近くの広場。
デカい噴水があるので、よく待ち合わせの目印になる。
「来るって言ったのはアイツだろうに……」
事の発端としては鈴莉だが、アイツは俺が送ったとばかり思ってる。
ならば、それらしく振る舞わねばならん。……とは、言っても。
(そういう経験、ないしな……)
彼女いない歴=年齢の俺だ。無論、女と出かけるなど以ての外。
どうしよう──と1人項垂れる俺の視界の端に、何かが引っかかった。
しゃらん、と揺れて噴水の陰に隠れたツインテールの金髪。
……まさか、だが。
「……遅かったな、彩乃」
「みゃっ!? ……ひ、人違いではありませんの?」
数歩歩いて、噴水の陰を覗き込む。
そこに居たのは、俺が数日前に貸してやった浴衣を着ていた、鷹宮彩乃。
俺から顔を隠すように背を向け、誤魔化すようにツインテールに束ねた髪をいそいそと直している。
……何だか、落ち着きがないな。いつもにも増して。
「久しぶりに見たぞ、お前のご令状キャラ。……じゃないや。何分待ったと思ってるんだ。30分だぞ? いったい何処で何してた?」
一向にこちらを向く気配もない彩乃を肩を掴み、問いかける。
しかし彩乃は無言で俯いたまま。肩を掴んで顔をこっちに向かせようにも、抵抗するので容易じゃない。何気に力強いし。
「……ったく」
このままじゃ埒が明かないので、腕ごと引っ張ってみる。
くるりと半回転するように回った彩乃のツインテールが、しゃらんと揺れた。
甘い香りがふわりと漂う。
その白い肌を真っ赤に紅潮させていたご令状様は、俺を見るなり、
「……こ、こんな庶民的な浴衣じゃ外を出歩けないでしょ! 志津二のバカっ!!」
「どんな理由だよ、それ。というか、その浴衣……まぁまぁ高い方だからな」
果たしてその理由は真実か否か。
俺には知る由もないが──
「まぁ、行くか。早くしないと時間だけ過ぎてくからな」
「そ、そうね。行きましょ」
楽しませてもらうか。折角の外出だしな。
~to be continued.
メルアドを交換しているのはほんのひと握りの人間だけだから、まぁ、誰かはだいたい察しがついてしまう。
例えば……私のことを心配してくれているであろう、アイツとか。きっと誰かから耳に入れたのかな。
半ば嬉しくもあり、ホントにそうか? という疑懼の念もあり。
ニヤケが止まらないまま、制服の内ポケットからスマホを取り出した。
「……やっぱりアイツじゃん」
そのメールの差出人は、紛れもなく──仙藤志津二そのもの。
その内容を目で追っていけば、ふと疑問に思う一文が見えた。
「夏祭り……私と一緒に? 浴衣もあるんだぁ……へぇ」
「彼氏さん? 夏祭り行くの?」
「ひぇっ!?」
「そうかー。そういうお年頃だもんなぁー」
突如後ろから降りかかった声。反射的に振り返れば、そこにはレースカーテンを開けた養護教諭の先生が。
茶髪のポニーテールを手櫛でとかしながら、先程の私と同様、ニヤニヤしながらそのメールを覗き込んでくる。
というか……聞こえてたのか。意識が散漫だったなぁ。めっちゃ恥ずかしい。
そう思うのも一瞬。私は即座に身を翻し、ベッドの上に正座する。
「まだ行くって決まったワケじゃないですし! お誘いですから! ……というか、勝手に人のメール見るのはご法度ですよぅ!」
「お誘いでもなんでも、男から来たんでしょう? なら、それは受ける他ない。浴衣も用意してくれてるんだから、紛れもない好意の証よ。『俺色に染まれ』ってね」
いや、アイツが私を好きなんて──
一瞬、そんな言葉が喉から出かかる。
しかし、志津二が私を好きか嫌いかは、単純に2択。確信は持てない。
俯く私を他所に、先生は髪をかき上げると、
「逆に、あなたはどうなの? 単純に言って、好き? その人のこと」
「……それは」
嫌い、ではない。好きか、と言われれば……好きな部類に入る。
容姿もそれなりだし、性格的にも。
アイツは私のお父様の事件を解決しようと懸命に頑張っていてくれるし、何より私を守ろうとしてくれている。
久世颯の時の一言で、それは確定してる。
『女を置いて、逃げることは出来ないんだなぁ』って。アイツは言ってた。
《雪月花》戦の時も。月ヶ瀬美雪に雷電の攻撃を受けた時、アイツはさりげなく私の手を掴んでくれた。
力強いし、何より、温かい。一緒に居て安心する。
……あれ、何だか身体が火照ってきたみたい。妙に暑く感じる。
先生もそれに気が付いたのか、私にベッドに潜るよう促し、レースカーテンを閉め、かけてから──
「まぁ、行くか行かないかは自分で考えな。……でも、気を付けた方がいいよ?」
「……何で?」
「夏は──色々な事態が発展するからね。恋も、悪事も」
そう言って、私の視界から消えていった。
1人残された私は、またスマホの画面をボーッと見る。
そしてぎこちなくフリック入力をしながら、手短に返信した。
◇
「……よし」
グレーをベースにした浴衣。《仙藤》の家紋ともなる藤の花をモチーフとした幾何学文様。
キッチリと結ばれた帯は、紗綾形という模様らしい。よく分からんが。
改めてスマホの内カメラで確認しながら、不備がないかを確かめる。
見た目も、だが、巾着に仕舞った金銭類や武警手帳諸々も。万が一のために、帯銃もしている。
……大丈夫、だな。何かを間違えて笑われたりすることは無い、ぞ。一応は。
その上で、現在時刻を確認する。
──13時28分。約束の時刻からは30分近く過ぎているというのに、アイツはまだ来ない。
……浴衣を着るのに手間取ってるのか? いや、まさか。鈴莉が手助けに行くと言っていたし、それはないだろう。俺自身、今日は寮に寝泊まりしてたからよく分からないが。
なんて考えながら、辺りをキョロキョロと見渡す。
談笑するカップル。武警高の生徒や教師。一般人も来ているここは、学園都市中枢部である、大通り近くの広場。
デカい噴水があるので、よく待ち合わせの目印になる。
「来るって言ったのはアイツだろうに……」
事の発端としては鈴莉だが、アイツは俺が送ったとばかり思ってる。
ならば、それらしく振る舞わねばならん。……とは、言っても。
(そういう経験、ないしな……)
彼女いない歴=年齢の俺だ。無論、女と出かけるなど以ての外。
どうしよう──と1人項垂れる俺の視界の端に、何かが引っかかった。
しゃらん、と揺れて噴水の陰に隠れたツインテールの金髪。
……まさか、だが。
「……遅かったな、彩乃」
「みゃっ!? ……ひ、人違いではありませんの?」
数歩歩いて、噴水の陰を覗き込む。
そこに居たのは、俺が数日前に貸してやった浴衣を着ていた、鷹宮彩乃。
俺から顔を隠すように背を向け、誤魔化すようにツインテールに束ねた髪をいそいそと直している。
……何だか、落ち着きがないな。いつもにも増して。
「久しぶりに見たぞ、お前のご令状キャラ。……じゃないや。何分待ったと思ってるんだ。30分だぞ? いったい何処で何してた?」
一向にこちらを向く気配もない彩乃を肩を掴み、問いかける。
しかし彩乃は無言で俯いたまま。肩を掴んで顔をこっちに向かせようにも、抵抗するので容易じゃない。何気に力強いし。
「……ったく」
このままじゃ埒が明かないので、腕ごと引っ張ってみる。
くるりと半回転するように回った彩乃のツインテールが、しゃらんと揺れた。
甘い香りがふわりと漂う。
その白い肌を真っ赤に紅潮させていたご令状様は、俺を見るなり、
「……こ、こんな庶民的な浴衣じゃ外を出歩けないでしょ! 志津二のバカっ!!」
「どんな理由だよ、それ。というか、その浴衣……まぁまぁ高い方だからな」
果たしてその理由は真実か否か。
俺には知る由もないが──
「まぁ、行くか。早くしないと時間だけ過ぎてくからな」
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