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手掛かりの1つ

社会見学

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「──ふわぁ……」
「今日27回目の欠伸。……笑えるわね」
「うるせぇ」


場所は本部の《長》の部屋。そこのダークオークのデスクにて、俺は目の前の資料に目を通しつつも欠伸をする。
 隣でずっと突っ立っているだけの彩乃の言う通り、幾度目だかしれない。  
 というのも、今日は武警高を休んで本部に入り浸っているのだ。主にデスクワークのせいで。
  

「……はぁ、後もう少し」


現在は昼過ぎ。朝からずっと眼精疲労と戦いながらここまでやってきたんだ。あと少し。頑張れ、志津二っ……!
 
辛い頭痛に眉間を抑えつつも、俺はそれに目を通していき、更に印を押す。
 《長》の仕事の大半はデスクワークだ。重要書類の選考・訂正や了承、時には内容全てを暗記しなければならない事もある。地味に面倒な作業だ。

そうこうして10分近くが過ぎ、やっと訪れたその時。


「終わっ、たぁ……!」
「おつかれ。はい、お茶ね」
「気が利くな。助かる」


いつの間にか用意してくれていたコップを手に取り、会話も手短に飲み干す。
 脳が生き返る感覚を感じながら、俺は高く積み上げられた書類をリングホルダーに閉じていった。


──ブブッ。
 ふと、デスク上に置いておいたスマホのバイブレーションが鳴る。
 しかし、どうやら着信が来たのは俺だけじゃないらしい。彩乃も、だった。
 同時に、とは珍しいな──。
 

「……桔梗か。もしもし?」
『もしもし、どちら様!?』


いきなり、聞いたことも無いような凄い剣幕で怒鳴りつけてきた。
 というか、自分からかけてきたのにどちら様って。そうとう動揺してるな、こりゃ。


『今は立て込んでるから後にして!』


いや、そういうワケにもいかないからね。
 そう心の中でツッコんで、俺はそれを実行に移す。


「《長》だ。どうした、桔梗」
『長長詐欺かしら、新しく出たのねぇ。……で、本物を出しなさいよ!』
「俺が本物だよ!《長》の仙藤志津二!」
 

ドラマでは見たことあるが、リアルに受話器に向かってここまで怒鳴ったことは初めてだよ。アンタ凄い。俺を怒鳴らせたアンタは凄い。
 そう関心しながら、互いに呼吸を整え。再度口を開く。
 

『……取り乱しました』
「取り乱すってレベルじゃないだろ。で、何の用?」
『いや、《長》の家のお近く──お台場のビルなんですが。《仙藤》の支部が襲撃を受けまして』
 

お台場って、ホントに近所じゃん。学園都市の真隣じゃないか?


「大丈夫なのか?」
『そこの被害はアレですが、本部──《仙藤》においての被害は微々たるモノですから安心して下さい。関連企業扱いのオフィスです』
「ふーん。……あ、今から俺も行っていい? いや、行く」
『え? 冗談も程々にお願いしま──』
  

はい、切断。人の話を聞かないとか何とか言われるだろうが、こちとらそれどころじゃないんだよ。
 また面倒事に巻き込まれるかもしれない。前回同様、俺やその周辺を狙った者が現れるかもしれない。

──本家筋であり、万能という異能を有している以上はね。

そして、《長》が直接的に手を下す事件は数少ない。最近が珍しく続いただけで、年に1回でも起これば大騒ぎだ。
 なんと言っても、本家筋……本部に問題が生じるワケだから。

そして彼女はあぁ言いつつも、既に安全確保はしているハズ。処理班や隠蔽班も連れてね。
 なら、これは──またとないチャンスだろう。

そう決意してから、俺は彩乃へと視線を向ける。彼女も同じようなタイミングで通話が終わったらしい。
 ……問題は、そのなのだが。


「彩乃。鷹宮結衣から何の話だ?」


何故分かったのかと小首を傾げている彼女だが、今の俺には察しがついてしまっているのだ。それも、良くない方の、な。
 そう言外に告げれば、彼女は苦虫を噛み潰したような顔で、


「──《鷹宮》の支部が、何者かに襲撃を受けたらしいわ」


よし、決まりだな。 







「やー、お疲れ様です。メールありがとうね」
「……結局来ましたか。分かってたけど」
「こん……にちは」


軽く手を振って笑う俺と彩乃に、ビル入口前に立っていた桔梗は怪訝そうな顔をする。隣には隠蔽班班長の彩も同行していた。
 俺たちと同様に、彩乃率いる《鷹宮》の支部も襲撃を受けたらしいが、結衣さんやらに全て任せるらしい。バリバリ放任主義。

そう呆れつつ、俺はくだんのビルを見上げる。


「それにしても、綺麗なビルじゃないか。辺りも静かだし、海も見えるし。良い物件だな」
「まぁ、それが中に入ってからも言えますかね?」


モナ・リザの如く微笑を称えながら、桔梗は俺たちをビル内に案内してくれる。
 言われるがままに自動ドアを抜けた俺は、酷い煙臭さを感じた。思わず、腕で口元を押さえてしまうほどだ。


「これは……酷いね」
 

観葉植物は燃え、パイプラックらしき物体は溶けて原型を留めていない。天井には煤がついており、床には灰が散らばっていた。
 見ただけで分かる。異能者の仕業だな。ただの炎では、ここまでは出来ない。

そう確信して、更に奥へと進んでいく。
 着いたのは、PCやラックが並ぶオフィス部屋。だが、棚は荒らされ、床には灰となった書類が散乱している。机の上のPCも、ところどころ溶けていたり。

大まかな惨状を確認した後、俺は壁に背を預け、


「桔梗、彩。詳しく話を聞こうか?」
「……取り敢えず、関係者への事情聴取・現場検証は全て終えて──」
「待て待て待て。早くないか?」


予想外の言葉に、思わず目を見開いてしまう。
 というのも、俺がここに来るまで20分そこらしか経ってないのだ。普通、こんなに早く出来るモノなのか?


「この子、《長》が来るって言ったら喜んでやってくれたんですよ」


と言って桔梗が指さしたのは、お隣のヒラヒラフリルを付けた和風少女。彩である。
 ……あぁ、なるほど。合点がいった。
 水無月彩は隠蔽班の班長。つまり、班長がやる気になれば、


「ものの数十分で終わるワケか」
「……《長》の手を煩わせるまでもない、ですよ」


無表情ながらも自慢げに胸を張る彩。その顔はどこか誇らしげだ。
 この年齢ながら、部下にも信頼されてるもんね。この子は。通りで仕事が早いワケだ。

それにしても、今回の件は──本当に、物珍しい。平成の《仙藤》の歴史でも数少ないレベルだろう。
 というのも、問題は相手がということにあるのだ。


「……不干渉協定を結んでいるのに、わざわざ支部へと赴いて襲撃を起こす。組織間で対立するのも目立つが、こちらとて多かれ少なかれ、本部に支障を来される。相手の求めているモノは、何なのか」


俺を狙った暗殺者、久世に、支部の襲撃。未だ2回とはいえ、どうしてここまで続くのかねぇ。不思議でしょうがない。


「あ、続きを頼む」


俺がそう言うと、2人は待ってましたとばかりにお揃いの黒革手帳を開いて、詳しい概要を説明し始めた。


「この有様だけど、幸いなことにケガ人は無しです。器物損壊として、観葉植物やPC。それにラック──このオフィスのほぼ全ての物品ですね」
「殆どが……溶かされてるか、灰になってた」


なるほどね、と俺は顎に手をやり、考える仕草をする。
 相手は異能者。しかも、物体を溶かすことや灰にすることから考えると、


発火能力イグニッションの亜種──上位互換だろうね。」
「そうですね。恐らくは」
「現在は証言を、元に……記録と照らし合わせてる、です」


証言、ね。とすると、


「目撃者がいたのか?」
「えぇ、初めに全員追い出されたそうですわ。出勤者に攻勢異能者はおらず、従うしかなかったらしいです」
「うん、正しいと思うよ。下手に刺激する必要もないだろう。逆に返り討ちにあうかもだからね」


物は買い直せるが、人間は、そうはいかない。
だから俺は、第1に自身の安全確保を優先させるように努めた。まさかこうして実現するとは思わなかったけどね。


「なら、その目撃者の証言を元に異能者を洗い出して。怪しいと思った者は1人残らず」
「それなら今、本部に任せてます。数日もあれば出るでしょう」


なら、そこは部下に任せよう。次の問題は、彼らが何者なのか。
 異能者、というのは確定しているが、大元が分からなければ意味が無い。
 

「にしても、《仙藤》の反乱分子っていう可能性はあるのか?」
「バカ言わないで下さい。こないだの事件で反体制派は一人残らず挙げました」
「私、も……頑張りました、よ?」
「ふむ。と言うことは、だ。はぐれ異能者とは考え難い。有益なのは、《仙藤》内の新たな反乱者か、外部の異能者組織、だな」
 

まぁ、


「照合には出来るだけ時間をかけないようにしてほしい。異能者なら何処かで尻尾を掴めるハズだ」
「……承知しました、《長》」


~to be continued.
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