『平凡』を求めている俺が、チート異能を使ったりツンデレお嬢様の執事になるのはおかしいと思うんだが

水無月彩椰

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手掛かりの1つ

総本山

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──悲しいことに、鷹宮家の生活にもだいぶ慣れてしまった。
 執事という名目で家事をさせられたり、彩乃の要望を聞いてやったり。無給料だけど。まぁ、俺も了承しちゃったからな。しょうがない。


「これで良し、と」


自室の一角、オーク材のテーブルの上に置かれている書類の数々を手提げ鞄に入れ終えた俺は、誰にともなく呟く。
 それらはかなりの量であり、万が一鞄を落としたら悶絶するレベル──で痛いだろう。

チェーンに繋がれている懐中時計を見れば、約束の時刻まであと三十分。かなりの余裕がある。
 ここでボケーッとしていても時間の浪費になるだけだし、準備が終わっているであろう彩乃の元へでも馳せ参じようか。

そう思いつつ、俺はリビングまでの長い廊下を歩いていった。







「彩乃ー、準備は出来てるか?」
「バッチリよ。……この際、キチンとした服にしないとね。《鷹宮》の《姫》を名乗って行くんだから」


そう言って、彩乃は自分の身だしなみを確認し出す。
 季節も初夏に差し掛かった頃。半袖の純白キャミソールワンピに身を包んだ彼女は、やはりお嬢様感が満々だ。元からの素質というか、何かがあるのだろう。こういう人らには。

俺はそれをざっと眺めてから、率直な感想を告げる。


「ん、似合ってるじゃないか。……といっても、《仙藤》の本部の制服は、基本的に和服なんだがな。逆に目立つぞ」


そう苦笑しながら告げてやると、


「え、和服? 何で?」
「《仙藤》は古来よりの伝統に重きを置く組織なんだよ。だから男女関係なく、制服は和服。武器も日本刀や薙刀、和弓が一般的だ。で、それに異能を組み合わせてな」
「へぇ……。私のところの本部はガチガチのフォーマルスーツなのに。面白いわね」
「本来ならスーツが一般的なんだがな」


伝統と言われると、やはり格調高いモノと思いがちであり。高い敷居というか何たるかを感じる。
 《長》である俺もそのことに否定はしないが、職員らの間では賛否両論なようだ。

まぁ、どちらを着ても似合うであろう彩乃は、壁掛け時計を一瞥して、


「それより、もう行くの? まだ時間が空いてるでしょ」
「そうだな……。仮眠でもとるか? 昨夜はあまり良く寝れなくてさ」
「あれ、珍しいわね。何で?」


不思議そうに聞いてくる彩乃に、俺は一瞬どう返していいか分からなくなった。
 というのも、先日に行われた中間テスト。新学期1発目のそのテストの点数が、あまり宜しくないのである。

武警高は、将来のためになる人材を育成するための教育機関。故に学力のレベルもそれなりに高い──と思われがちだが。違う、そうじゃない。


「順位とかはどうだったの?」
「……約330人中の300位だった」
「……深刻ね」


武警高の偏差値は、約40。底辺に近いこの数字の中でも下位に位置する俺の学力は、相当なモノなのだ。彩乃の言う通り、深刻な状況である。 
 勉強しなくてはならないとは分かっているが、如何せん……ねぇ?


「ま、まぁ……というワケで、少し仮眠をとる。いいな?」


そう前置きした上で、現実逃避気味に、俺は顔を伏せた。




──ブブッ。

スマホのバイブレーションの音で、俺は目を覚ます。というか……寝てたのか。余程疲れてたのかもな。
 そう思いながら、スマホの画面を見ると──どうやら、メールらしい。宛先は……桔梗か。

……うん? 桔梗?
 その名に何か思い当たる節があるが、寝起きのために頭も回らない。出来る限りの思考力を以て、俺はメールを開く。


「『車のクラクションがうるさいと近隣から苦情が来ましたよ。早々に来て下さい』、と」


苦情か。それはいただけないな。ただでさえこちらは疲れているというのに。
 俺たちがクラクションに気付かなかった理由は言うまでもないが、『早々に来て下さい』……? 何かあったっけ。


「あ、彩乃……今、何時だ?」


出かかった答えが限りなく正解に近いと分かっていながらも、身体がそれを受け入れることを拒む。
 俺に肩を揺さぶられて起きた彩乃は、寝ぼけ眼を擦って時計を見て。


「……12時。それが何?」


彩乃が言い終えた瞬間、またもや外からのイラついたようなクラクションが1発。……ううむ。これに気が付いていないのもどうかと思うが。
 まぁ、疲れていたのが悪いんだろう。それこそ──


「あ、彩乃! 早く支度しろ! 行くぞ!」
「……うぇ?」


──約束の時刻を、30分も過ぎるほどには、な。
 ふあぁ、と呑気そうに欠伸をしている彩乃へ、懐中時計の文字盤を見せる。しばらくはキョトンとしていたが、


「時間が……飛んでる……!?」


何はともあれ、分かってくれたのなら良い。
 俺は必死の形相で跳ね起き、館内の鍵を全て施錠、ガス諸々の確認を済ませ、先に玄関から出ていた彩乃の元へとダッシュで向かう。
 キチンと鞄も持ったし、忘れ物はない……ハズ!


「歩いてないで走れ! アイツ桔梗は怒ると怖いからな。特に時間には厳しいし、怒りは遅刻時間の2乗に比例するぞッ」


ヤバい! とにかくヤバい!
 ……ったく、起きてこないなら電話でもすれば──と思い、リダイヤルを見る。
 ……不在着信が30件!? しかもメールはその2倍って。もうやだ。

どんなものかと一件目を見てみれば、
 『早く来て下さい。待つの疲れました。駐禁切られたくないです』
 ……うん、これは普通だわな。許容範囲内。

しかし最後になると、
 『(黄泉への)ドライブって楽しそうですよねー?』
 だってさ。地味に顔文字も付けてある辺り、近いうちに俺の死は訪れるかもしれない。



──はい。黒塗りの高級車ロールスロイスに追突事故を仙藤志津二です。
 桔梗の運転する車は学園都市を抜け、既に車もまばらな田舎道へと差し掛かっております。

で、俺は先程から桔梗に遅刻した件についての弁明をしているのだが、


「それはどう考えても勉強不足なのが悪いです。標準の学生なら、武警高に入れば学年上位くらい簡単ですよ」
「なら、そういうお前は何位なんだよ」
「私が学校に行っていないのを知ってての発言。見損ないましたよ」
「……悪かった。遅刻した件は素直に謝る」


心が折れた俺は、仕方なく頭を下げる。
 桔梗はバックミラーでそれを見ると、ハンドルを人差し指でコンコン、と叩きながら、


「なら、焼肉でも連れてって下さいよ。職員全員連れて。……あ、経費はダメですからね」
「待って!? 1000人余りを俺1人が出すの!?」
「……はい。そうですが」


躊躇い無く言い切りやがった。コイツは冷酷だ。

はぁ……と溜息をついた俺は、渋々と窓の外を見る。大通りもとうに逸れ、塗装が不完全な脇道を、桔梗は運転していく。

この車が何処に行くのかというのは、じき分かる。だから俺は、桔梗に殺されないための策を練っておかねば。
 そうこうしているうち、車がブレーキ音を響かせて止まる。

窓の外に見えるのは、ホテルとも見間違えそうなほどに豪華な建物と、ロータリー。少し先には、全面ガラス張りの自動ドアがあった。

そこを彩乃を後ろに控えて通れば、俺の数歩前に立っていた桔梗と数人の職員が、恭しく頭を垂れた。


「お帰りなさいませ、《長》。……そして、ようこそいらっしゃいました。鷹宮彩乃様」


──古来より代々と続く、異能者組織《仙藤》の総本山。その、本部へと。


~to be continued.
 

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