15 / 57
二つの異能者組織
依頼人と請負人
しおりを挟む
学園都市内に位置する、とあるオフィス。『《伊能》生物研究部』の看板を掲げたそれを一瞥した細身の男は、持っていたカードキーを使って施錠し、一切の迷いなく中へと進んでいく。
明けの明星が見えた事に焦りを覚えたのか、エレベーターのボタンを執拗に押すその姿は、何処か不審な印象を受けた。
チン、という音が響くやいやな、細身の男は中に入り、最上階へ運ぶボタンを押した。ここの最上階は研究部リーダーの部屋。早朝からこんなところに用事がある人間など、研究員でもそうそう居ない。
エレベーターから降り、目の前にあるダークオーク材の扉を合図もなく開け放った細身の男は、部屋を見渡してから一人の男を確認する。
天盤付きのPCデスクに向かうようにして座っている白髪混じりの小太りの男。彼こそが、この研究部のリーダーだ。
小太りの男は手にしていた書類から顔を上げると、
「……ご苦労。お前が請負人で間違いないな?」
「あぁ、間違いない」
小太りの男の耳に返るは、一切の抑揚がなく、感情すら感じさせないほどに無機質な声。機械音が如くそれに気味が悪いとも思いつつも、小太りの男は、自身の目標の遂行の為だと切り捨てた。
そんなことなど知る由もない細身の男は、対峙している小太りの男の目を見据えて、淡々と告げた。
「……一つ、こちらから要望がある。情報の更なる提示を求む」
「お前は確か、大卒……いや、高校中退だったか? なら、この文面で理解出来ずとも仕方があるまいな」
「情報を求む、と言っているのだが」
皮肉混じりの言葉にさえ一切の興味を示さない細身の男が欲しているのは、ただ一つの情報だけ。その一つが、彼に与えられた役割の基盤を担っていると言っても過言ではない。
彼の一言で小太りの男は笑みを引っ込め、手にしていた書類と鍵付きのデスクラックから『重要機密』と判の押された封を取り出した。
そして、細身の男の足元へと放り投げる。
「……これは?」
「例の少年についての詳細だ。目を通しておけ」
言い、細身の男のプロフィールを脳内で反芻していく。
高校中退、浪人生、そして──『元・《仙藤》分家筋異能者』ということも、彼は見逃していなかった。
「仮にも、元・《仙藤》の分家筋なら、本家筋と分家筋、《長》との関係は知っているだろう?」
「勿論」
「なら、それについての詳細は必要ない。今回の件において重要なのは、本来秘されているべきである本家筋の人間が、表舞台に現れたという事だ」
儂の得た情報が誤りでなければな、とも続けて。
──表舞台に一切の姿を現さず、その存在さえも危ういが、絶対に存在しているといわれている本家筋の人間。
本家筋はどの異能者組織においても、《長》を排出する最重要な一族。その一人の身元が割れるだけでも、かなりの事態だという事はそれら組織に通ずる者ならよく知っているハズだ。
そして、その情報を知ってしまえば、自らに危害が及ぶという事も、また。
彼がそこまでして本家筋の人間を狙うのには、それなりの理由があるのだろう。
「本家筋は分家筋をも凌駕する『万能』が如く異能を扱う事で名が知られているのは、お前も知っているだろう。それさえあれば、それに関するDNAを採り入れて自身のモノにする事だって容易になるワケだ。強い者が頂点に立つ。その理に基づけば、分家筋の儂らでも《長》の座は狙えるぞ」
小太りの男は不敵な笑みを浮かべつつも饒舌に語り、細身の男に書類の詳細を見るよう促した。
彼が取り出した一枚だけの書類に書かれていたのは、『仙藤志津二』という姓名と備考。そして、数枚の貼付されている顔写真だけである。
細身の男はそれを見、視線を上げた。
「この少年が、本家筋の人間……だと」
「そうだ。……故に、捕獲しろ。なるべくだが、無傷の状態でな。それさえ出来れば、後は儂らが何とかする」
だが、と付け加え、小太りの男は続ける。
「最大限の配慮を以て、《長》にはバレぬようにしろ」
「……クライアント。それは、了承しかねる」
「…………何だと?」
あまりにも簡単に発された言葉故、小太りの男は理解をするのに数瞬要したが、それを理解すると同時に激昴した。
「お前も分かっているだろう!? 《鷹宮》に次ぐ勢力を持つ《仙藤》を統べる、あの《長》だ! 万能と呼ばれる本家筋から選抜された万能の中の万能──それが、《長》に他ならない!」
怒り紛れに天盤を叩き付ける小太りの男とは対称に、細身の男は何処吹く風でその様子を傍観していた。
それが小太りの男の火に油を注いだのか、怒りは更に高まっていく。
「ヤツに目を付けられれば最後、瞬きの間に首が飛ぶ! 文字通り、だ!! お前も無事では済まないぞ!?」
「それを知っているが故に、だ。保証はしかねる」
頑なに細身の男が『保証しかねる』と言うのには、真っ当な理由があった。
彼は言わば、殺し屋だ。しかし、自分でそれを名乗って金を得ているワケではないのである。
そして、殺し屋には殺し屋なりの暗殺の方法があるのだ。暗殺といえば遠距離狙撃、というのがポピュラーだが、それは状況に応じて大きく変わる。
単に殺すのではなく、証拠を残さず、地に足のつかない殺し方なら──木の枝での刺殺やや転落死によるモノ。凶器の処分が簡単であるし、何より事故にも見せかけられる。
しかし、『暗殺』ではなく『捕獲』である今回。細身の男がどのようにするのかは定かではないが、それが一筋縄ではいかないことは重々承知しているだろう。
「失礼する」
短く告げた細身の男は資料も何もかもを放置したまま身を翻すと、制止する小太りの男の声を聞き留めもせず、部屋を出ていってしまった。
既に朝日が昇り始めた頃、一人取り残された小太りの男は拳を固く握り絞めると──
「……ならば、与えられた役目を成してもらおうじゃないか。暗殺者、久瀬」
──そう、自嘲気味に呟いたのだった。
~to be continued.
明けの明星が見えた事に焦りを覚えたのか、エレベーターのボタンを執拗に押すその姿は、何処か不審な印象を受けた。
チン、という音が響くやいやな、細身の男は中に入り、最上階へ運ぶボタンを押した。ここの最上階は研究部リーダーの部屋。早朝からこんなところに用事がある人間など、研究員でもそうそう居ない。
エレベーターから降り、目の前にあるダークオーク材の扉を合図もなく開け放った細身の男は、部屋を見渡してから一人の男を確認する。
天盤付きのPCデスクに向かうようにして座っている白髪混じりの小太りの男。彼こそが、この研究部のリーダーだ。
小太りの男は手にしていた書類から顔を上げると、
「……ご苦労。お前が請負人で間違いないな?」
「あぁ、間違いない」
小太りの男の耳に返るは、一切の抑揚がなく、感情すら感じさせないほどに無機質な声。機械音が如くそれに気味が悪いとも思いつつも、小太りの男は、自身の目標の遂行の為だと切り捨てた。
そんなことなど知る由もない細身の男は、対峙している小太りの男の目を見据えて、淡々と告げた。
「……一つ、こちらから要望がある。情報の更なる提示を求む」
「お前は確か、大卒……いや、高校中退だったか? なら、この文面で理解出来ずとも仕方があるまいな」
「情報を求む、と言っているのだが」
皮肉混じりの言葉にさえ一切の興味を示さない細身の男が欲しているのは、ただ一つの情報だけ。その一つが、彼に与えられた役割の基盤を担っていると言っても過言ではない。
彼の一言で小太りの男は笑みを引っ込め、手にしていた書類と鍵付きのデスクラックから『重要機密』と判の押された封を取り出した。
そして、細身の男の足元へと放り投げる。
「……これは?」
「例の少年についての詳細だ。目を通しておけ」
言い、細身の男のプロフィールを脳内で反芻していく。
高校中退、浪人生、そして──『元・《仙藤》分家筋異能者』ということも、彼は見逃していなかった。
「仮にも、元・《仙藤》の分家筋なら、本家筋と分家筋、《長》との関係は知っているだろう?」
「勿論」
「なら、それについての詳細は必要ない。今回の件において重要なのは、本来秘されているべきである本家筋の人間が、表舞台に現れたという事だ」
儂の得た情報が誤りでなければな、とも続けて。
──表舞台に一切の姿を現さず、その存在さえも危ういが、絶対に存在しているといわれている本家筋の人間。
本家筋はどの異能者組織においても、《長》を排出する最重要な一族。その一人の身元が割れるだけでも、かなりの事態だという事はそれら組織に通ずる者ならよく知っているハズだ。
そして、その情報を知ってしまえば、自らに危害が及ぶという事も、また。
彼がそこまでして本家筋の人間を狙うのには、それなりの理由があるのだろう。
「本家筋は分家筋をも凌駕する『万能』が如く異能を扱う事で名が知られているのは、お前も知っているだろう。それさえあれば、それに関するDNAを採り入れて自身のモノにする事だって容易になるワケだ。強い者が頂点に立つ。その理に基づけば、分家筋の儂らでも《長》の座は狙えるぞ」
小太りの男は不敵な笑みを浮かべつつも饒舌に語り、細身の男に書類の詳細を見るよう促した。
彼が取り出した一枚だけの書類に書かれていたのは、『仙藤志津二』という姓名と備考。そして、数枚の貼付されている顔写真だけである。
細身の男はそれを見、視線を上げた。
「この少年が、本家筋の人間……だと」
「そうだ。……故に、捕獲しろ。なるべくだが、無傷の状態でな。それさえ出来れば、後は儂らが何とかする」
だが、と付け加え、小太りの男は続ける。
「最大限の配慮を以て、《長》にはバレぬようにしろ」
「……クライアント。それは、了承しかねる」
「…………何だと?」
あまりにも簡単に発された言葉故、小太りの男は理解をするのに数瞬要したが、それを理解すると同時に激昴した。
「お前も分かっているだろう!? 《鷹宮》に次ぐ勢力を持つ《仙藤》を統べる、あの《長》だ! 万能と呼ばれる本家筋から選抜された万能の中の万能──それが、《長》に他ならない!」
怒り紛れに天盤を叩き付ける小太りの男とは対称に、細身の男は何処吹く風でその様子を傍観していた。
それが小太りの男の火に油を注いだのか、怒りは更に高まっていく。
「ヤツに目を付けられれば最後、瞬きの間に首が飛ぶ! 文字通り、だ!! お前も無事では済まないぞ!?」
「それを知っているが故に、だ。保証はしかねる」
頑なに細身の男が『保証しかねる』と言うのには、真っ当な理由があった。
彼は言わば、殺し屋だ。しかし、自分でそれを名乗って金を得ているワケではないのである。
そして、殺し屋には殺し屋なりの暗殺の方法があるのだ。暗殺といえば遠距離狙撃、というのがポピュラーだが、それは状況に応じて大きく変わる。
単に殺すのではなく、証拠を残さず、地に足のつかない殺し方なら──木の枝での刺殺やや転落死によるモノ。凶器の処分が簡単であるし、何より事故にも見せかけられる。
しかし、『暗殺』ではなく『捕獲』である今回。細身の男がどのようにするのかは定かではないが、それが一筋縄ではいかないことは重々承知しているだろう。
「失礼する」
短く告げた細身の男は資料も何もかもを放置したまま身を翻すと、制止する小太りの男の声を聞き留めもせず、部屋を出ていってしまった。
既に朝日が昇り始めた頃、一人取り残された小太りの男は拳を固く握り絞めると──
「……ならば、与えられた役目を成してもらおうじゃないか。暗殺者、久瀬」
──そう、自嘲気味に呟いたのだった。
~to be continued.
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける
緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。
中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。
龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。
だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。
それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。
そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。
黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。
道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる