『平凡』を求めている俺が、チート異能を使ったりツンデレお嬢様の執事になるのはおかしいと思うんだが

水無月彩椰

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二つの異能者組織

依頼人と請負人

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学園都市内に位置する、とあるオフィス。『《伊能》生物研究部』の看板を掲げたそれを一瞥した細身の男は、持っていたカードキーを使って施錠し、一切の迷いなく中へと進んでいく。
 
明けの明星が見えた事に焦りを覚えたのか、エレベーターのボタンを執拗に押すその姿は、何処か不審な印象を受けた。

チン、という音が響くやいやな、細身の男は中に入り、最上階へ運ぶボタンを押した。ここの最上階は研究部リーダーの部屋。早朝からこんなところに用事がある人間など、研究員でもそうそう居ない。

エレベーターから降り、目の前にあるダークオーク材の扉を合図もなく開け放った細身の男は、部屋を見渡してから一人の男を確認する。
 天盤付きのPCデスクに向かうようにして座っている白髪混じりの小太りの男。彼こそが、この研究部のリーダーだ。

小太りの男は手にしていた書類から顔を上げると、


「……ご苦労。お前が請負人で間違いないな?」
 「あぁ、間違いない」


小太りの男の耳に返るは、一切の抑揚がなく、感情すら感じさせないほどに無機質な声。機械音が如くそれに気味が悪いとも思いつつも、小太りの男は、自身の目標の遂行の為だと切り捨てた。
 
そんなことなど知る由もない細身の男は、対峙している小太りの男の目を見据えて、淡々と告げた。
 

「……一つ、こちらから要望がある。情報の更なる提示を求む」
 「お前は確か、大卒……いや、高校中退だったか? なら、この文面で理解出来ずとも仕方があるまいな」
 「情報を求む、と言っているのだが」


皮肉混じりの言葉にさえ一切の興味を示さない細身の男が欲しているのは、ただ一つの情報だけ。その一つが、彼に与えられた役割の基盤を担っていると言っても過言ではない。
 
彼の一言で小太りの男は笑みを引っ込め、手にしていた書類と鍵付きのデスクラックから『重要機密』と判の押された封を取り出した。
 そして、細身の男の足元へと放り投げる。


「……これは?」
 「例の少年についての詳細だ。目を通しておけ」


言い、細身の男のプロフィールを脳内で反芻していく。
 高校中退、浪人生、そして──『元・《仙藤》分家筋異能者』ということも、彼は見逃していなかった。


「仮にも、元・《仙藤》の分家筋なら、本家筋と分家筋、《長》との関係は知っているだろう?」
 「勿論」
 「なら、それについての詳細は必要ない。今回の件において重要なのは、本来秘されているべきである本家筋の人間が、表舞台に現れたという事だ」


儂の得た情報が誤りでなければな、とも続けて。

──表舞台に一切の姿を現さず、その存在さえも危ういが、絶対に存在しているといわれている本家筋の人間。
  本家筋はどの異能者組織においても、《長》を排出する最重要な一族。その一人の身元が割れるだけでも、かなりの事態だという事はそれら組織に通ずる者ならよく知っているハズだ。
 
そして、その情報を知ってしまえば、自らに危害が及ぶという事も、また。
 彼がそこまでして本家筋の人間を狙うのには、それなりの理由があるのだろう。


「本家筋は分家筋をも凌駕する『万能』が如く異能を扱う事で名が知られているのは、お前も知っているだろう。それさえあれば、それに関するDNAを採り入れて自身のモノにする事だって容易になるワケだ。強い者が頂点に立つ。その理に基づけば、分家筋の儂らでも《長》の座は狙えるぞ」


小太りの男は不敵な笑みを浮かべつつも饒舌に語り、細身の男に書類の詳細を見るよう促した。
 彼が取り出した一枚だけの書類に書かれていたのは、『仙藤志津二』という姓名と備考。そして、数枚の貼付されている顔写真だけである。

細身の男はそれを見、視線を上げた。


「この少年が、本家筋の人間……だと」
 「そうだ。……故に、捕獲しろ。なるべくだが、無傷の状態でな。それさえ出来れば、後は儂らが何とかする」


だが、と付け加え、小太りの男は続ける。


「最大限の配慮を以て、《長》にはバレぬようにしろ」
 「……クライアント。それは、了承しかねる」
 「…………何だと?」


あまりにも簡単に発された言葉故、小太りの男は理解をするのに数瞬要したが、それを理解すると同時に激昴した。


「お前も分かっているだろう!? 《鷹宮》に次ぐ勢力を持つ《仙藤》を統べる、あの《長》だ! 万能と呼ばれる本家筋から選抜された万能の中の万能──それが、《長》に他ならない!」


怒り紛れに天盤を叩き付ける小太りの男とは対称に、細身の男は何処吹く風でその様子を傍観していた。
 それが小太りの男の火に油を注いだのか、怒りは更に高まっていく。


「ヤツに目を付けられれば最後、瞬きの間に首が飛ぶ! 文字通り、だ!! お前も無事では済まないぞ!?」
 「それを知っているが故に、だ。保証はしかねる」


頑なに細身の男が『保証しかねる』と言うのには、真っ当な理由があった。
 彼は言わば、殺し屋スイーパーだ。しかし、自分でそれを名乗って金を得ているワケではないのである。
 
そして、殺し屋には殺し屋なりの暗殺の方法があるのだ。暗殺といえば遠距離狙撃、というのがポピュラーだが、それは状況に応じて大きく変わる。

単に殺すのではなく、証拠を残さず、地に足のつかない殺し方なら──木の枝での刺殺やや転落死によるモノ。凶器の処分が簡単であるし、何より事故にも見せかけられる。
 
しかし、『暗殺』ではなく『捕獲』である今回。細身の男がどのようにするのかは定かではないが、それが一筋縄ではいかないことは重々承知しているだろう。


「失礼する」


短く告げた細身の男は資料も何もかもを放置したまま身を翻すと、制止する小太りの男の声を聞き留めもせず、部屋を出ていってしまった。
 既に朝日が昇り始めた頃、一人取り残された小太りの男は拳を固く握り絞めると──


「……ならば、与えられた役目を成してもらおうじゃないか。暗殺者、久瀬くぜ


──そう、自嘲気味に呟いたのだった。



~to be continued.
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