9 / 57
二つの異能者組織
どうしたものか
しおりを挟む
「……なぁ、いい加減に帰ってくれないか? かれこれ六時を回ったんだが」
優雅にソファーに座りながらテレビなんかを見てらっしゃるお隣のご令嬢様を一瞥して、俺は幾度目かの不満の声を投げかける。
そして帰ってきたのは、先程から同様に「あなたが認めれば帰ってあげるわよ」の一点張りだ。実に頑なである。
しかし今回はそれに加えて、
「いい加減分かりなさい。あのトランク、中身が何だか予想がついてないの?」
「……中身?」
彩乃は視線をテレビに向けたまま、ソファーの傍らに置かれているトランクを指さした。
……そういえば、あったな。何に使うんだと気になっていたが……結局のところは知らない。まぁまぁの大きさだから大型の銃でも入ってるのか?
「お泊まりセットよ。こうやって断られるのは想定済み。だから私は粘り続ける」
……大型銃よりヤバいのが入ってたわ。
そんな俺宅にお泊まりの予定らしい彩乃は、ドン引きする俺を無視して更に言葉を続ける。
「まぁ、あなたとしては美少女が部屋に泊まったことなんてないだろうと思うし、これからの練習としてね。いい機会でしょ?」
「…………もう、好きにしろ」
反論する気も起きなくなった俺は、ゲンナリとして返す。
それを聞いた彩乃は嬉しそうに「許可したってことで良いよね?」と聞いてくるが、無言でスルーしてやった。
だがそれだけでは彼女の中では信用ならないらしく、俺が一番気になっていたことをぶち込んできた。ここで聞いてきたのも、恐らく計算の内なんだろう。
「……あの黒い影の正体、知りたくないのかしら?」
「……知りたいといえば、知りたいが」
「だったら、私の執事に──」
「やっぱりそう来るよなぁ……」
正直なところ、知りたい。小さい時からの疑問であり、不安であり、時に恐怖の対象である、ソレの正体を。
やはり彩乃はそれを知っているらしいな。交渉しよう、ってことか。
だが──そう来られると、真剣に考えなくちゃいけないワケだ。
「……もう少し、考えさせろ。返事はあとだ」
「やっと考える気になったかー。えらいえらい。いい子いい子」
彩乃は今度こそ「やった!」というような笑みを浮かべ、俺の頭をなでなで。
反射的に拳銃自殺したくなるが、もういいや。ケセラセラ。
……というか、執事とかありえんだろ。俺が求めてた普通の日常に執事になることは入ってないぞ。
しかも異能者組織に属すると思しき彩乃の専属となると、少々複雑そうにも思える。
「ねぇ、志津二」
うーん……と考えていると、不意に彩乃に名前を呼ばれた。初めて。
そして、ズイっと俺の傍に顔を近付けてから、
「お腹空いた。ごはん。作って」
「誰のせいで時間使ったと思ってるんだよ……」
まぁ、たまには人と食事するのもいいかもな。しばらく家では一人だったし。
そう決めて、俺はキッチンへと移動して二人分の夕食の準備を始めていった。
◇
コトン、とリビングとは別のダイニングテーブルに並べられたハンバーグを見て、彩乃が呟く。
「……冷凍ハンバーグ?」
「失礼にも程があるぞ。生憎、手料理だ」
教育がなってないな──と思いつつ、次いでサラダやオニオンスープを食卓へと並べていく。芳醇な香りと共に湯気を立ち上らせているのは、全て俺の好物であり、得意料理でもある。
料理が得意かと問われれば得意だが、どちらかというと、去年に両親が仕事の都合で海外に転勤したのが事の始まりか。
両親がいない。必然的に一人暮らしになる。なら、家事全般は一人で出来なければならない。それを切磋琢磨し、丸一年続けるうちに並大抵のスキルは身についたのだ。
料理を全て運び終えた俺は彩乃と向かい合うようにして椅子の上に座り、「いただきます」と手を合わせる。そしてハンバーグを一切れ箸で切り、口の中へと運ぶ。
「……うん、美味いな! 肉汁ヤバいぞ、これ」
「……え、ウソ。こんなに料理の腕が高いとか──何処かのコック長に弟子入りすればもっと上がるんじゃないの!?」
「弟子入りって……そこまでしなくても良いだろ。これでも普通に美味しいと思うが」
「美味しくて損はないわよ? ……あ、オニオンスープもスパイスが効いてて美味しいわね。サラダのドレッシングは手作り?」
どうやらご令嬢様もご満説のようだ。……まぁ、美味しいと言ってくれるなら良かったな。正直なところ、嬉しい。
そんな気持ちの反面、俺は先程から思案し続けている。コイツの執事になるべきか、ならざるべきか。
彩乃の切り札は『黒い影』の正体。そして、それを俺が見えていることも知っており、深くを知らないと判断したが故の言動だろう。
別になってやってもいいのだが、あの《鷹宮》の執事だ。簡単に事が運ぶとも思えない。それこそ彩乃の提示した条件からも読み取れる。
──強くて、頭が良い人。即ち、武闘派と頭脳派の二つの能力を兼ね備えた人間。
《鷹宮》は異能者組織だ。彼女もそれは否定していない。
《鷹宮》が何を欲し、何を成そうとしているのかは定かではないが、《仙藤》という組織の一端である仙藤一族らとしても、看過は出来ないだろう。
何せ、同胞が他組織に関わろうとしているのだから。
「……どうしたものかな」
向かいの彩乃に聞こえぬよう、小さく呟いた。
~to be continued.
優雅にソファーに座りながらテレビなんかを見てらっしゃるお隣のご令嬢様を一瞥して、俺は幾度目かの不満の声を投げかける。
そして帰ってきたのは、先程から同様に「あなたが認めれば帰ってあげるわよ」の一点張りだ。実に頑なである。
しかし今回はそれに加えて、
「いい加減分かりなさい。あのトランク、中身が何だか予想がついてないの?」
「……中身?」
彩乃は視線をテレビに向けたまま、ソファーの傍らに置かれているトランクを指さした。
……そういえば、あったな。何に使うんだと気になっていたが……結局のところは知らない。まぁまぁの大きさだから大型の銃でも入ってるのか?
「お泊まりセットよ。こうやって断られるのは想定済み。だから私は粘り続ける」
……大型銃よりヤバいのが入ってたわ。
そんな俺宅にお泊まりの予定らしい彩乃は、ドン引きする俺を無視して更に言葉を続ける。
「まぁ、あなたとしては美少女が部屋に泊まったことなんてないだろうと思うし、これからの練習としてね。いい機会でしょ?」
「…………もう、好きにしろ」
反論する気も起きなくなった俺は、ゲンナリとして返す。
それを聞いた彩乃は嬉しそうに「許可したってことで良いよね?」と聞いてくるが、無言でスルーしてやった。
だがそれだけでは彼女の中では信用ならないらしく、俺が一番気になっていたことをぶち込んできた。ここで聞いてきたのも、恐らく計算の内なんだろう。
「……あの黒い影の正体、知りたくないのかしら?」
「……知りたいといえば、知りたいが」
「だったら、私の執事に──」
「やっぱりそう来るよなぁ……」
正直なところ、知りたい。小さい時からの疑問であり、不安であり、時に恐怖の対象である、ソレの正体を。
やはり彩乃はそれを知っているらしいな。交渉しよう、ってことか。
だが──そう来られると、真剣に考えなくちゃいけないワケだ。
「……もう少し、考えさせろ。返事はあとだ」
「やっと考える気になったかー。えらいえらい。いい子いい子」
彩乃は今度こそ「やった!」というような笑みを浮かべ、俺の頭をなでなで。
反射的に拳銃自殺したくなるが、もういいや。ケセラセラ。
……というか、執事とかありえんだろ。俺が求めてた普通の日常に執事になることは入ってないぞ。
しかも異能者組織に属すると思しき彩乃の専属となると、少々複雑そうにも思える。
「ねぇ、志津二」
うーん……と考えていると、不意に彩乃に名前を呼ばれた。初めて。
そして、ズイっと俺の傍に顔を近付けてから、
「お腹空いた。ごはん。作って」
「誰のせいで時間使ったと思ってるんだよ……」
まぁ、たまには人と食事するのもいいかもな。しばらく家では一人だったし。
そう決めて、俺はキッチンへと移動して二人分の夕食の準備を始めていった。
◇
コトン、とリビングとは別のダイニングテーブルに並べられたハンバーグを見て、彩乃が呟く。
「……冷凍ハンバーグ?」
「失礼にも程があるぞ。生憎、手料理だ」
教育がなってないな──と思いつつ、次いでサラダやオニオンスープを食卓へと並べていく。芳醇な香りと共に湯気を立ち上らせているのは、全て俺の好物であり、得意料理でもある。
料理が得意かと問われれば得意だが、どちらかというと、去年に両親が仕事の都合で海外に転勤したのが事の始まりか。
両親がいない。必然的に一人暮らしになる。なら、家事全般は一人で出来なければならない。それを切磋琢磨し、丸一年続けるうちに並大抵のスキルは身についたのだ。
料理を全て運び終えた俺は彩乃と向かい合うようにして椅子の上に座り、「いただきます」と手を合わせる。そしてハンバーグを一切れ箸で切り、口の中へと運ぶ。
「……うん、美味いな! 肉汁ヤバいぞ、これ」
「……え、ウソ。こんなに料理の腕が高いとか──何処かのコック長に弟子入りすればもっと上がるんじゃないの!?」
「弟子入りって……そこまでしなくても良いだろ。これでも普通に美味しいと思うが」
「美味しくて損はないわよ? ……あ、オニオンスープもスパイスが効いてて美味しいわね。サラダのドレッシングは手作り?」
どうやらご令嬢様もご満説のようだ。……まぁ、美味しいと言ってくれるなら良かったな。正直なところ、嬉しい。
そんな気持ちの反面、俺は先程から思案し続けている。コイツの執事になるべきか、ならざるべきか。
彩乃の切り札は『黒い影』の正体。そして、それを俺が見えていることも知っており、深くを知らないと判断したが故の言動だろう。
別になってやってもいいのだが、あの《鷹宮》の執事だ。簡単に事が運ぶとも思えない。それこそ彩乃の提示した条件からも読み取れる。
──強くて、頭が良い人。即ち、武闘派と頭脳派の二つの能力を兼ね備えた人間。
《鷹宮》は異能者組織だ。彼女もそれは否定していない。
《鷹宮》が何を欲し、何を成そうとしているのかは定かではないが、《仙藤》という組織の一端である仙藤一族らとしても、看過は出来ないだろう。
何せ、同胞が他組織に関わろうとしているのだから。
「……どうしたものかな」
向かいの彩乃に聞こえぬよう、小さく呟いた。
~to be continued.
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける
緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。
中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。
龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。
だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。
それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。
そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。
黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。
道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる