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異戦雪原

~諜報員~

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「―長、これもお願いします。これで最後ですので」

「......っ!?」

放課後、本部の長の部屋にて。
俺は鬼畜だと思われた、資料諸々を整理するデスクワークをこなしていた。 判を押し、最善な決断を降し、脳を......身体を虐使する。前々からキツいとは思っていたが、今回はいつもより作業量が明らかに多い。それはアイツらのせいで―

そして結衣さんが追加で運んできた資料の数々。

―またまた異戦雪原に関する資料だった。ったく、どんだけ迷惑かければ気が済むんだよ。

「分かった。あと、抹茶を用意してほしいんだが」

「かしこまりました」

最後の壁を突破するため、一時の脳の休息として抹茶をリクエスト。結衣さんは俺の要望を聞くと、部屋を出て厨房へと向かっていった。

「ふー......。あと少し」

「頑張れ、あと少しっ!」

右から聞こえてきた声に顔を向けると、資料を覗き込み、ガッツポーズをしながら小さく呟くお嬢様がいた。

「リサに夕食は用意させておくから。もうひと踏ん張りだよー」

「お嬢様が激励ですか、珍しいなぁ」

「何で!?私だって応援くらいするよ!?」

「まぁ、それは有難く受け取っておきます。だからお嬢様は、自身のやるべき事をやってくださいな」

その激励を内心嬉しく思いつつも、テーブルの上に放棄されている『宿題』を指さす。......あぁ、また生物か。いい加減直らないかなぁ。生物嫌い。生き物が嫌いってワケじゃないらしいんだけど。むしろネコちゃんとか「だいしゅきホールド」らしいんだけど、本人曰く「生物の勉強は難しいから勘弁なー」だってさ。

「だって分からないんだもん。出来ないのはしょうがないの!」

「出来ないからこそ克服するんでしょうが!良いですか?人の脳の造りと勉強は密接に関係していてですね―」

「うるさいうるさいうるさーい!私も休む!!抹茶飲むー!!!」

脳の造りを説明しているというのに、お嬢様はホント騒がしいな。それでもJKかと。ご令嬢なのかと。そもそも自覚あるのかと。 

「彩乃、さん......うるさい」

「「ごめんなさい......!!」」

珍しく彩が怒ったので、お嬢様だけでなく、咄嗟に俺も頭を下げる事に。部下に頭下げるってシュール。

「しつじ、様は......大丈夫。問題は、彩乃さん」

「ごめんなさいっ!」

そしてお嬢様がお辞儀をするという誠にシュールな光景が、長の部屋に出来上がった。途中で入ってきた結衣さんは、その光景に我が目を疑っている。

「長、何が......?」

「お嬢様がうるさいって彩に言われて、頭下げてるところだ」

「あぁ、なるほどね。はい、抹茶よ」

結衣さんは小さく頷くと、俺の机―資料が乱雑と並べられている―の空きスペースに、湯呑みを置いてくれた。うん、この芳醇な香りが堪らないねぇ。まさに日本。日本人で良かった!

なんて事を脳内で叫びつつ、また資料に目を通す。それらの内容はもちろん、―『異戦雪原による器物損壊』『異戦雪原による公務執行妨害』『異戦雪原(ry』―異雪尽くしだ。

「......謝るなら、許してあげる」

「あ、ありがとうございますっ!」

異雪尽くしの資料を見て目眩が続いていたが、俺もそちらも何とかなったかな。平穏に和解だ。そして2人はご機嫌なようで、「食堂行ってくるっ!」だってさ。......いや、良いんだけど。お嬢様の宿題どうすんの?

「結衣さん、これ。全て終わらせたよ」

俺は出ていく2人を目で見送ると、書類を結衣さんへと向ける。

「ご苦労さま、そこに置いといて。あとで上層部に提出しとくから」

「はいよー」

そんなやり取りを終え、椅子に深く腰掛け、独りごちて呟く。「疲れたー......」と。 それと同時に、前々からの疑問が舞い降りた。

「『匂わせたのは誰なのか』、だな......」

異戦雪原が欲しがっていた情報、『自らが鷹宮よりも上位の存在である』と知らしめる事が出来る情報。......恐らく、『鷹宮の記憶マスターデータ』だろう。そしてそれを扱えるのは、長とその秘書。そして一部の上層部だけ。

「俺は除外として―」

上層部で身近な存在と言えば、と。

「―結衣さんか......?」

ソファーでPSPを弄っていた結衣さんに目をみやる。

「何でアタシになるのよ!?」

「勤務中にゲームとは、解雇も考えとくかねぇ」

「待って、ご検討を改めて頂けます!?」

まぁ、冗談だけど。そこら辺は長直々に、洗っていこうかね。

「後日、本部の巡回だなー。......結衣さん、『鷹宮の記憶』を見れる人って何人くらい居たっけ?」

「え?えーっと、アタシと長を含めて―確か5人もいないわよ」

結衣さんはPSPの画面に目を固定させつつも、俺の問いに答える。脳フル稼働だね。

「それなら仕事が楽だ」

......俺は部下を信頼している。異常な程に信頼している。そして、それは部下も同様に。だから、本部内での怪しい人間は出てこないと思いたいが、現に今、『上層部』という括りが出来ちゃってるからねぇ。

「長が部下を異常な程に信頼しているのは分かってる。けど、それが必ずしも良い方に向くかは分からないわよ?」

「それは重々承知しているさ。いざと言う時の処分内容も想定済みだ。だが―諜報員、という可能性は否めなくないか?」

「スパイ......?」

予想斜め上の発言に、眉間にシワを寄せる結衣さん。いや、有り得なくはないんだ。それが。

それは極めて困難な事だろうが......可能性としては、無くはない。某国の工作員が国会議員として政党に入り込んでるように、ね。

を装って、平然と本部内で生活していたとしたら......俺たちは気付かないだろうね、恐らく。だってみんな、そんな事をしているとは思わないじゃないか?」

「......なるほど。でも―」

やや思案して口を開く結衣さんだが、俺はそれを遮って言う。その内容が分かっていたから。

「どうやって侵入するか、でしょ?」

「えぇ」

俺は2本指を立て、結衣さんに示す。その犯人はどうやって侵入したのか、その、手段を。

「考えられる手は2つ。......1つ目はもちろん、そういう系の異能だ」

1つ、と中指を折り―

「そしてもう1つ。......高度な技術を駆使した、変装だ」

「変、装ぅ?」

―残っていた人差し指を折る。

マヌケな声を上げる結衣さんだが、その可能性も大いにあり。この学園都市にそういう施設があるのだから。最先端技術を研究する施設が、ね。

「先ずは、変装って点から潰していこう。どちらにしろ、ただの被り物には違いないからね」

一応本部の人間全員を集めて、ほっぺをギューッとつねる事にしよう。それで怪しいヤツが出なかったら、次の策を考えるだけ。

「異能者なら少々厄介だが......鷹宮の人間が反旗を翻したのなら、ソイツにはそれ相応の罰を与える事にしよう。まぁ、他組織の諜報員という事もあるがね」

「なるほど。長もたまには頭が働くのね」

「たまにはって何だ。この間使ったばかりだろうが―じゃない。ツッコんでる場合じゃない」

ここ最近、ツッコミ回数が増えた気もしなくもなくもないが。

「兎に角、明日の昼。結衣さんも俺たちも学校を早く切り上げて、本部の人間を検査するからね。分かった?」

「承知しました」

「......うん。で、『鷹宮の記憶』を使用出来る人物はしっかり監視しておいてね。ソイツらが1番怪しいところだから」

「承知しました」

さて、結論は出た。出たところで―

「そろそろ帰るかな。送りの車はあるだろう?」

「そうね。玄関前に待機させてあるわ」

「おっけー」

―お嬢様を呼んで、帰らないとね。リサの夕食が待ってるし、宿題もやらせなきゃだから。

......ご主人様たちが海外へ移動してから、俺の仕事が増えたなぁ。ま、頑張るか。


~Prease to the next time!
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