あやかし観光専属絵師

紺青くじら

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第7章 破滅の足音

まだ

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「ヤイの母親は、人間でも妖怪に負けないぐらい特異な力を持つ人間だった。あいつの父親は、その人を妖界に連れ帰り、自分の妻にしたんだ。妖界を牛耳れるほどの子を授かるために」

 だけど産まれたのは、見た目は美麗だが妖力は低い子ども。彼らは、孤立していった。

「ツバキは、別の妖怪との間にできた子だ。彼女の母親は彼女を産んだ直後に亡くなった。ツバキも父親を満足させるほどの力がなく、半ば捨てられた。ヤイの母親は、ツバキも側に置いて育てたんだ」
「それで、人間界に……」
「ああ。父親が謀反を起こそうとした際の混乱に乗じて、逃げたって聞いてる。それからは、世間から逃げるように暮らしてきたそうだ」

 俺は、彼らの母親を、もしかしたら危険な人物だったのではないかと思っていた。だが、今の話を聞いた後なら分かる。彼女はヤイさんたちを、守ろうとしていた。でも。

「ヤイさんは、お母さんの事を恨んでるようでした」
「事情があったとはいえ人間界に連れ帰り、閉じ込めていたからな……彼らは謀反を起こした父親がいるし、禁忌を犯した身では入界は許されないだろう。勝手に生き方を選ばれたんだ。恨むのも無理はない」

 確かに、彼らの意思を尊重した選択ではなかったかもしれない。

「ムゴは、父親と一緒に謀反を起こした人間だ」

 その言葉に、点と点が繋がった気がした。ムゴは反逆者として、妖界を追放された。

「話し過ぎたな、もう普通に話せてるし大丈夫だろう。俺はいく」
「ノラさん、俺も」
「お前は駄目だ。知ってるだろう? 界渡りには、時間が決まってる。危険な目に合うかもしれないし、そんな状況でお前に来てもらう訳にはいかない」

 聞いた。時間を越えれば、界渡りのドアは正常に働かなくなると。それに、妖界を自分は言葉でしか知らない。考え込んでいると、「タカヒロ」と呼ばれた。

「本当にありがとな。そめが、お前の絵を見て何度も喜んでた。優しい絵だって。才能がないなんて思ってるかもしれないけど、妖力関係なく好きだと思った人間がいた事、覚えててほしい」

 優しい絵。
 それは、亡くなった祖母にも言われた言葉だ。
 何も言えない俺に背を向け、ノラさんはツバキの後を追った。俺は、動けない。体が、鉛のように重い。

 妖界がどうなってるのか、気になって仕方ない。ツバキは、無茶しようとしてないだろうか。後悔する。俺が、ヤイさんに協力しなければ。

 テーブルを見る。そこには、白い封筒が置かれていた。ギャラリーの運営に応募した分の選考結果が書かれている。結果は、不採用だ。

 ツバキにあきられて仕方ない。
 自分は、色んなものを見失っていた。

 足に力を込める。震える体を壁で支えながら、立ち上がる。

 まだ、間に合うだろうか。
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