あやかし観光専属絵師

紺青くじら

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第7章 破滅の足音

お前と一緒だ

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 ツバキが出て行ったドアを、俺は立ち上がれないまま呆然と見つめた。視線に気づき、ノラさんの方を見る。

「すみません、ノラさん。俺のせいで」
「かまわない。俺は、ツバキみたいに怒れる立場じゃないんだ。お前に絵を描いてもらったからな」
「そんな。ノラさんは何も悪くありません」

 俺が否定すると、ノラさんは首を振った。

「俺は知ってた。ヤイが何をしようとしてたのか。確信はなかったが……ムゴと切れてないようだったから」
「あの、ムゴさんは、一体どんな方なんですか? 彼は妖怪ですか」
「妖怪ではない。君のような存在だ」

 ノラさんの言葉に、首をかしげる。俺のような?

「先祖に、妖怪と人間が混じってる」
「え……?」

 その言葉に、思考が停止した。妖怪?

「どうした? いただろう、先祖に。妖怪が」
「いいません! まったく覚えがないです!」
「では親戚に、お前のような力を持つ者は一人もいなかったのか?」
「誰も……いや、祖母も、あったのかもしれません」

 はっきりと本人に確認した訳ではないが、彼女は見えないはずのツバキが見えていた。

「でも祖母は、妖怪だったなんて事はありません。人間です」
「では遠い祖先にいるんだろう。とにかく、お前のその力は隔世遺伝だ」
「そんな……」

 自分は母と父の子どもだし、生まれも育ちも日本だ。自分の先祖やルーツなんて、考えた事もなかった。

「知らなくても不思議じゃない。人間と妖怪が一緒に暮らしてたのなんて、はるか昔だ。人間界にいれば、妖力を使う機会もそうそうない」
「ムゴさんは、自分が妖怪の血も引いてると知ってたんですか」
「ああ。というか、あいつの場合逆だ。妖界で生まれた彼は、妖力が不十分だったんだ」

 先祖に人間がいた彼は、妖怪の子でありながら不十分な存在として生まれた。

「彼の親は、彼を人間界に放った。いらないものだとしてな」
「そんな、ひどい……」
「どうかな。妖界は、弱肉強食の世界だ。あちらにいたら、今頃すぐに死んでたかも分からない」

 自分ももし妖怪の間で生まれた子どもだったら、捨てられてたのかもしれないのか。その想像は、なまぬるい環境で育った自分には想像も出来なかった。

「だからあいつは、妖界を恨んでる。そうして妖界を破壊する事を望んだ。その誘いに、ヤイは乗った」
「どうして……?」

 俺の問いに、ヤイさんは一瞬言うのをためらった。だがすぐに、タカヒロを真っ直ぐに見て告げる。

「お前も気づいてるかもしれないが、ヤイもお前と一緒だ。妖怪だけど、人間の血が混ざってる」
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