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第6章 願うのは君との一瞬
忘れずにいられる
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「ノラさん」
そめさんの家をじっと見ていた彼に、俺は声をかける。手には、少し大きなトートバッグを持って。
「ああ、お前か」
ノラさんはそう言うと、踵を返し去って行こうとする。
「そめさんから、預かってるんです」
俺の言葉に、ノラさんは振り返る。その目に、光はない。そめさんの家の裏に回ると、トートバッグから額を取り出した。
「俺が描いた絵。ノラさんに、持っていてほしいって」
ノラさんはその額に、悩みながらも手を伸ばす。重いかなと心配したが、難なく受け取った。彼はいつもの普通の猫サイズより、少し大きくなっている気がする。改めて、ノラさんは妖怪なんだと感じた。
「あいつ、俺の事なんか言ってたか」
絵を見ながら尋ねられた質問に、俺は回想する。
「俺がノラさんは病院には来たのか聞いて、来てないって聞きました。ノラさんは、人間界には必要以上に入って来ないからって」
「そうか」
「近くにいる事は分かってましたよ。あの後、会えなかったんですか?」
「病院の中には入らなかったが、顔は見た。少しだけ病院のまわりを散歩してて」
「そうだったんですね」
俺は、少しホッとした。最後に会ったのが、そめさんが倒れた時じゃなくて良かった。
「近くに寄ったら、笑ってた。娘や孫もいて、幸せそうだったよ」
「そうですか……」
俺はそれ以上、なんて言えばいいか分からず言葉に詰まる。ノラさんは額をひっくり返し、俺に差し出した。
「なぁコレ、どう開けるんだ?」
「え。えっと、後ろの出てるところを……開けましょうか?」
「ああ、頼む」
なんでだろう。額は重いからいらないのか? そう思いながら開けると、中から封筒が出てきた。
「これは……」
「お前たちが帰った後、なんかゴソゴソしてたから」
俺は封筒を渡し、絵をまた額に入れる。ノラさんはその封筒を、大事そうに抱えた。
「有難うな、タカヒロ」
ふいに礼を言われ、俺は彼を見る。
「これでそめを、忘れずにいられる」
彼はお辞儀をすると、去って行った。封筒の中身を知る事はなかったけど、きっとそめさんからノラさんにあてた手紙だろう。
俺は気づけば、公園に足を運んでいた。
そめさんと出会ったのは、去年の終わり頃。接したのは、ほんのわずかな時間だ。それなのに、ぽかりと穴が開いたような、虚無感が体を支配する。
たぶん、妖怪について話し合える人だったからだろうと思う。もっと、いろんな話を聞きたかった。
雪が、静かに降ってくる。
寒いはずなのに、今はそれが心地いい。
「タカヒロ」
低く、響き渡る鐘のようなその音に、俺は目を向ける。
そこには、ヤイさんがいた。
そめさんの家をじっと見ていた彼に、俺は声をかける。手には、少し大きなトートバッグを持って。
「ああ、お前か」
ノラさんはそう言うと、踵を返し去って行こうとする。
「そめさんから、預かってるんです」
俺の言葉に、ノラさんは振り返る。その目に、光はない。そめさんの家の裏に回ると、トートバッグから額を取り出した。
「俺が描いた絵。ノラさんに、持っていてほしいって」
ノラさんはその額に、悩みながらも手を伸ばす。重いかなと心配したが、難なく受け取った。彼はいつもの普通の猫サイズより、少し大きくなっている気がする。改めて、ノラさんは妖怪なんだと感じた。
「あいつ、俺の事なんか言ってたか」
絵を見ながら尋ねられた質問に、俺は回想する。
「俺がノラさんは病院には来たのか聞いて、来てないって聞きました。ノラさんは、人間界には必要以上に入って来ないからって」
「そうか」
「近くにいる事は分かってましたよ。あの後、会えなかったんですか?」
「病院の中には入らなかったが、顔は見た。少しだけ病院のまわりを散歩してて」
「そうだったんですね」
俺は、少しホッとした。最後に会ったのが、そめさんが倒れた時じゃなくて良かった。
「近くに寄ったら、笑ってた。娘や孫もいて、幸せそうだったよ」
「そうですか……」
俺はそれ以上、なんて言えばいいか分からず言葉に詰まる。ノラさんは額をひっくり返し、俺に差し出した。
「なぁコレ、どう開けるんだ?」
「え。えっと、後ろの出てるところを……開けましょうか?」
「ああ、頼む」
なんでだろう。額は重いからいらないのか? そう思いながら開けると、中から封筒が出てきた。
「これは……」
「お前たちが帰った後、なんかゴソゴソしてたから」
俺は封筒を渡し、絵をまた額に入れる。ノラさんはその封筒を、大事そうに抱えた。
「有難うな、タカヒロ」
ふいに礼を言われ、俺は彼を見る。
「これでそめを、忘れずにいられる」
彼はお辞儀をすると、去って行った。封筒の中身を知る事はなかったけど、きっとそめさんからノラさんにあてた手紙だろう。
俺は気づけば、公園に足を運んでいた。
そめさんと出会ったのは、去年の終わり頃。接したのは、ほんのわずかな時間だ。それなのに、ぽかりと穴が開いたような、虚無感が体を支配する。
たぶん、妖怪について話し合える人だったからだろうと思う。もっと、いろんな話を聞きたかった。
雪が、静かに降ってくる。
寒いはずなのに、今はそれが心地いい。
「タカヒロ」
低く、響き渡る鐘のようなその音に、俺は目を向ける。
そこには、ヤイさんがいた。
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