あやかし観光専属絵師

紺青くじら

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第6章 願うのは君との一瞬

彼に彼女は救われた

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「お母さん!」

 焦った叫びが聞こえ振り返ると、看護師さんに連れられた五十代くらいの女性が病室に入ってきた。
 俺は立ち上がり、お辞儀をする。そめさんは、ベッドの上で眠っている。女性は駆け寄りその顔を見ると、気が抜けたような長い息をはいた。そうして、こちらに振り向く。

「沢木さんですよね? 電話してくださった。有難うございます」
「あ、はい、そうです。すみません。お母様の携帯勝手に触ってしまって……」
「とんでもない! 貴方が見つけてくれなかったら、どうなってたか。その上私への連絡や付き添いまでしてくださって。本当に、有難うございます」

 彼女は深々と頭を下げる。なんだか申し訳ない。これ以上ここに居るとボロが出そうだったので、お辞儀をして部屋を出て行く。
 そんなに感謝される事はしていない。見つけたのは、俺じゃないんだから。

「ノラさん」

 病院を出てすぐの小道に、その姿はあった。俺が駆け寄ると、ノラさんもこちらに近づいてくる。

「そめさん大丈夫だよ。娘さんも今来た」
「そうか」

 ノラさんは低く、そう答えた。
 病院に連絡した後、ノラさんから遠方に住んでる娘さんに連絡するように教えられた。そめさんの携帯着信履歴の一番上に名前があり、連絡する事が出来た。
 倒れたそめさんを見た時は、息が止まりそうになった。一命を取り留め、ホっとしている。
 でも……

「お前があの時いてくれて良かった。悪い事したな。仕事だったんだろう?」
「バイトは入ってたんですけど、大丈夫ですよ。代わってもらえたんで」

 俺は周りを見る。ここは病院前だ。人が通るかもしれない。

「場所、移しましょうか。そめさんの容体、気になりますよね」
「いや、いい。なんとなく分かる。すまなかったな」

 ノラさんはそう言って、背を向け駆けていく。俺は止めようとして、やめた。なんて言っていいか分からない。
 俺はノラさんのおかげで、そめさんは一命を取り留めたと思ってる。でも彼はそう思ってはいないのだろう。
 それに、たぶん気づいてる。そめさんは今日は落ち着いたけど、病気は重く完治は見込めないようだった。

 俺は車の通りから逸れた場所まで出ると、携帯を鳴らした。バイトを代わってくれたツバキさんにだ。

『はい』
「もしもし。本当ごめん、今日。いきなり代わってもらっちゃって」
『そんな、気にしないでください。それより大丈夫でしたか? お知り合いのおばあさん』

 その声に、ホッとする。知らず緊張していたようだ。

「うん、大丈夫みたい。娘さんが来たから、俺はもう出たんだけど」
『そうなんですね。良かったです』
「本当にありがとう。今度埋め合わせするから」
『大丈夫ですよ、ゆっくり休んでくださいね』

 電話を切り、病院を見る。そめさんは持病の為、ここに通っているらしい。痩せてるとは思っていたけど、元気に笑う印象だったから驚いた。
 死というものに直面したのは、小さい時におばあちゃんが死んだ時以来だ。あの時は何がなんだか分からず、ただ親に連れられ病院に来て、気づいたらおばあちゃんは亡くなっていた。

 ノラさんは、化け猫だから普通の人には見えないはずだ。病院に入ることを勧めるべきか悩んだが、ノラさんは決して入ろうとはしなかった。彼にとっての、人間世界への接し方の決まりがあるんだろう。

 そめさん、すぐに目を覚ますといいな。
 俺は病院に背を向けると、バス停に向かって歩き始めた。
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