あやかし観光専属絵師

紺青くじら

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第6章 願うのは君との一瞬

惹かれる

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「タカヒロさん!」

 土曜日の朝九時。
 駅の改札前で待っていると、ツバキさんが小走りで駆けてきた。

「おはようございます! すみません、お待たせしましたか?」
「ううん、全然」

 ツバキさんは、バイト時と違い髪を下ろしている。コートの下はチェックのスカートに黒タイツで、カカトが低めのパンプスを履いている。

「タカヒロさん、いつもと少し雰囲気違いますね」
「え。そ、そうかな?」

 言われ少し恥ずかしくなる。バイト時に来ていくダウンとは違い、今日は細めの紺色のコートと黒のズボンを着ている。

「はい。カッコいいです!」
「あ、ありがとう……」

 褒められて、より恥ずかしくなる。これは、自分も褒め返すべきだ。分かっているが、スマートに言葉が出てこない。

「じゃあ、行きましょう! 十二分に二番ホームに来るそうです」
「あ、待って。ツバキさ」

 勢いよく改札に向かうツバキさんを呼び止めると、彼女は目を細めながら言う。

「ツバキでいいですってば」
「えっと、じゃあツバキ」
「はい!」

 今度はニコニコ笑顔だ。表情がよく変わる子だ。

「切符買った? あれだったら一緒に買うけど……」
「ご心配なく! ICカード持ってます! チャージも完璧です! タカヒロさん切符ですかね?」
「あ、そうなんだ。いや、じゃあ俺もカード使うよ」

 俺は答えながら自己嫌悪におちいる。なんか、完璧に空回りしている気がする。

「そういうの持ってないのかと思った」
「作ったの最近なんですけど。あると便利ですよね!」

 電車はツバキさんの案内のもと間違わずに乗り換えも済ませ、無事美術館にやって来た。土曜だが、程よい混み具合で並ばずに入れた。
 場内は少し暗く、絵のまわりにほのかな光が当たっている。今日見る作家はダークな世界観の作品も多く、館内のディスプレイもそれに合わせ黒や白のシンプルなものだ。
 中には子供が死ぬ絵もある。
 考えてみたら、初デートで見に来るにしては重かっただろうか。俺はすごく見たかったし、既に楽しいが。
 誘ってくれたのはツバキさんだが、俺が行きたいと言ってたから用意してくれたようにも感じた。自惚れだったら恥ずかしいが。
 一つの絵の前でぐるぐる考えているうちに、ツバキさんは先に進んでいた。俺もそうだが、作品を見ながら語り合うタイプではないらしい。じーっと、熱心に作品名や説明が書かれたパネルを読んでいる。
 良かった。彼女もこういうのは好きなようだ。ほっと胸をなでおろしていると、目が合った。

「その絵が好きなんですか?」

 俺がいる所に来て、そう尋ねてくれる。

「あ、うん。本で見た事はあるんだけど、こうやって見たの初めてで。見入っちゃってた。遅くてごめん」
「全然。混んでませんし、好きなペースで見ていいと思います。これ、絵本の挿絵なんですよね? 子供の時に見たらトラウマになっちゃいそう」

 ツバキさんはそう言って、中央に置かれたテーブルの方を見る。そこには展示されている絵が載った本や作品が展示されていた。俺はそこに行って、絵本を手に取る。

「なったなった。それこそ、俺これ見たの小さい時で。でも、不思議と惹きつけられたんだよね」
「怖いけど、必要以上にグロくはないですからね」
「うん。俺もこういう絵描けるようになりたいんだけどね」

 美大にいる時も、ダークな世界観の絵を描く人はいた。それもまた違うその人独自の個性があった。

 俺には、そんな個性がなかった。在学時も、賞などとは縁がなかった。受かったのが不思議なくらいだ。

「タカヒロさん」

 名を呼ばれ、我に返る。

「ごめん、卑屈なこと言っちゃった」
「いえ」

 絵本を閉じ、絵を見に戻る。

 ヤイさんに声をかけられ、絵の仕事が出来て嬉しかった。
 でもそれはたぶん、俺の絵に惹かれたからじゃない。ヤイさんはそんな事はないって言ってたけど。

 エンジさんの目を思い出す。
 ヤイさんは、俺にまだ何か隠してる。
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