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第5章 お猿と行く温泉旅行
いや、何も
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梅の間は、奥にある広い部屋だった。縁側を背にしてエンジ様が座り、俺は離れた場所に座る。この光景は、そめさんたちを描いた時に似てる。違うのは、張りつめた緊張感があることだ。エンジ様は品定めするように、こちらをジッと見ている。
ヤイさんも一緒に来ようとしたが、絵師と二人がいいとエンジ様が断った。
「……ご子息様は、一緒に描かないで良かったんですか?」
居心地が悪くなり、俺はそう尋ねた。エンジ様は「いらんいらん」と首を振った。
「あいつらはジッと座ったりしておれんよ。それに、何かあってからでは遅いからのぅ」
何かってなんだろう。俺が思案していると、エンジ様から「早う始めてくれ」と注意が入った。
「すみません、では始めさせて頂きます。願い草は、主線に使わせて頂きます」
「ああ、よろしく」
筆を走らせる。エンジ様は人間で言えば猿顔という表現が的確な顔立ちだ。しかし眉毛が凛々しく、凛々しい体格を持ったその姿は猿と似てるとは形容しがたい。妖怪とは、複雑だ。
「お前、やはり強いのぅ」
「え?」
「妖力じゃ。ワシの願い草の力を浴びながら、意識を持ち描けておる」
「願い草の……力?」
俺がそう聞き返すと、エンジ様は目を丸くした。
「なんじゃ知らんのか。願い草は、育てた者のいわば分身。育てた者の力が強ければ強いほど、願い草の力も強くなる」
エンジ様は、続けて話してくれた。願い草は、妖力によって咲く色も変わるらしい。一番弱いのは黄色、その次が緑色、青色、赤色、紫と続き、白色が最高だと言われている。
「と言っても、白色を咲かせられるのは本当にごく僅かだ。紫だってめったに咲かせられない」
「その花は……力を持ってるというのは、何か用途があるんですか」
「武器となるな。通常、体に溜められる妖力の最大値は決まっている。しかし願い草があれば、消耗した際すぐ補給も可能だし、武器を具現化する事も可能だ」
俺は愕然とした。あの植物に、そんな力があったなんて……!
「一方で、他の者の手に渡れば己の妖力を吸収されかねないからな。注意が必要だ」
「そうなんですね……有難うございます。知りませんでした」
「お前さんは、お人好しみたいだな」
「え?」
脈絡なく言われたその言葉に、思わず変な声が出る。
「コテツに冷たく当たったりもせんかったし。そんなに強い妖力を持っていながら、不思議な奴じゃ」
「そんな……コテツ様、頑張ってましたし」
答えながら、疑問を抱く。俺は、妖力が強いのか? 今まで全然、気づかなかった。妖怪が見えることさえも。
「出来ました」
「ほぅ、見してみろ」
ドキドキしながら絵を手渡す。エンジ様は渡すと、「ほぅ、これが……」と呟いた。なんか、あまりいい意味じゃないように聞こえた。
「噂通り、良い絵を描くな。期待以上の出来じゃ」
「あ、有難うございます!」
縁側の向こうに見える山の風景を背景に、どっしりと座るエンジ様を描いた。少しでも威厳が伝わるように描いたつもりだが、伝わったようだ。ほっとしつつ、大事な物を忘れていた。
「ちょっと待ってくださいね、ヤイさんのところに行ってきます!」
「ヤイを?」
「はい。額を用意するのを忘れてて。ヤイさんが持ってるはずなので……!」
「ほう」
俺は百合の間に戻り、ヤイさんに額を頼む。彼は、取り出してきた額を渡した。金色の額だ。
「わぁ、華やかですね!」
「エンジ様のお気に召す額をと思ってね」
「有難うございます!」
俺は喜び、その額を受け取る。
「エンジ様、何か言われてた?」
ヤイさんの問いに、「いや、何も」と俺は答えた。
「そうか。あと半刻ほどで出発するから、その旨伝えてもらえるか」
「分かりました!」
俺は元気に答え、部屋を出て行く。
ヤイさんに何か見抜かれそうで、振り返りはしなかった。
ヤイさんも一緒に来ようとしたが、絵師と二人がいいとエンジ様が断った。
「……ご子息様は、一緒に描かないで良かったんですか?」
居心地が悪くなり、俺はそう尋ねた。エンジ様は「いらんいらん」と首を振った。
「あいつらはジッと座ったりしておれんよ。それに、何かあってからでは遅いからのぅ」
何かってなんだろう。俺が思案していると、エンジ様から「早う始めてくれ」と注意が入った。
「すみません、では始めさせて頂きます。願い草は、主線に使わせて頂きます」
「ああ、よろしく」
筆を走らせる。エンジ様は人間で言えば猿顔という表現が的確な顔立ちだ。しかし眉毛が凛々しく、凛々しい体格を持ったその姿は猿と似てるとは形容しがたい。妖怪とは、複雑だ。
「お前、やはり強いのぅ」
「え?」
「妖力じゃ。ワシの願い草の力を浴びながら、意識を持ち描けておる」
「願い草の……力?」
俺がそう聞き返すと、エンジ様は目を丸くした。
「なんじゃ知らんのか。願い草は、育てた者のいわば分身。育てた者の力が強ければ強いほど、願い草の力も強くなる」
エンジ様は、続けて話してくれた。願い草は、妖力によって咲く色も変わるらしい。一番弱いのは黄色、その次が緑色、青色、赤色、紫と続き、白色が最高だと言われている。
「と言っても、白色を咲かせられるのは本当にごく僅かだ。紫だってめったに咲かせられない」
「その花は……力を持ってるというのは、何か用途があるんですか」
「武器となるな。通常、体に溜められる妖力の最大値は決まっている。しかし願い草があれば、消耗した際すぐ補給も可能だし、武器を具現化する事も可能だ」
俺は愕然とした。あの植物に、そんな力があったなんて……!
「一方で、他の者の手に渡れば己の妖力を吸収されかねないからな。注意が必要だ」
「そうなんですね……有難うございます。知りませんでした」
「お前さんは、お人好しみたいだな」
「え?」
脈絡なく言われたその言葉に、思わず変な声が出る。
「コテツに冷たく当たったりもせんかったし。そんなに強い妖力を持っていながら、不思議な奴じゃ」
「そんな……コテツ様、頑張ってましたし」
答えながら、疑問を抱く。俺は、妖力が強いのか? 今まで全然、気づかなかった。妖怪が見えることさえも。
「出来ました」
「ほぅ、見してみろ」
ドキドキしながら絵を手渡す。エンジ様は渡すと、「ほぅ、これが……」と呟いた。なんか、あまりいい意味じゃないように聞こえた。
「噂通り、良い絵を描くな。期待以上の出来じゃ」
「あ、有難うございます!」
縁側の向こうに見える山の風景を背景に、どっしりと座るエンジ様を描いた。少しでも威厳が伝わるように描いたつもりだが、伝わったようだ。ほっとしつつ、大事な物を忘れていた。
「ちょっと待ってくださいね、ヤイさんのところに行ってきます!」
「ヤイを?」
「はい。額を用意するのを忘れてて。ヤイさんが持ってるはずなので……!」
「ほう」
俺は百合の間に戻り、ヤイさんに額を頼む。彼は、取り出してきた額を渡した。金色の額だ。
「わぁ、華やかですね!」
「エンジ様のお気に召す額をと思ってね」
「有難うございます!」
俺は喜び、その額を受け取る。
「エンジ様、何か言われてた?」
ヤイさんの問いに、「いや、何も」と俺は答えた。
「そうか。あと半刻ほどで出発するから、その旨伝えてもらえるか」
「分かりました!」
俺は元気に答え、部屋を出て行く。
ヤイさんに何か見抜かれそうで、振り返りはしなかった。
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