あやかし観光専属絵師

紺青くじら

文字の大きさ
上 下
43 / 94
第4章 神社とご老人

叶う訳ないんだから

しおりを挟む
「? どういう意味かな?」

 ヤイさんはトボけたフリをして、ラーメンを食べる作業に戻る。

「俺が、ツバキさんと同じバイト先なこと」
「そうだね。世間って狭いよね」
「俺が、ツバキさんと小さい時会ってた事も」

 ヤイさんはレンゲでスープをすする。表情は変わらず、動じた様子はない。

「何か問題かい?」
「ヤイさん、はじめて会った時何も言いませんでしたよね。まるで、偶然出会ったみたいに言って。でも、違うんじゃないですか?」

 鋭い視線が注がれる。思わずうろたえそうになるが、こらえて続ける。

「ずっと、違和感があったんです。はじめて会ったはずなのに、全部知られてるみたいな感じがして」

 そういう風に感じるだけだと思った。ヤイさんは頭が良さそうだし、妖怪だから感じるものもあるのかと思った。でも、そうじゃなくて。

「全部知ってて、俺の前に現れたんですか……?」

 俺が視線を落とし口を閉じると、ヤイさんは「せっかくのラーメンが冷めるよ」と告げてきた。不服だったが、冷めたラーメンは嫌なので食べる。

「君が何にこだわっているか知らないが。気に障ったんなら謝るよ。確かに俺は君がツバキの想い人な事、ツバキが絵を描いてもらった事も知ってるよ。でも、それの一体なにが問題なんだい?」
「……なんで、黙ってたんですか」
「言う義理もないんじゃないかな。嘘をついていた訳でもないし。大体、ツバキと君が再会したのは、私と君が会った後の話だ。覚えてないかもしれない子の話をしても困るだけだろう」

 確かにそうだ。でも、なんか腑に落ちない。俺の不満を察してか、ヤイさんは諭すように言う。

「君の絵がいいと思ったのは、本当だよ」
「……妖怪が見えるからですか」
「まぁね」

 否定しない。その事にひどく落ち込む。

「でも、妖怪が見えるからと言って、妖怪が喜ぶ絵が描けるとは限らない。その点も君は完璧だった。ツバキも喜んでいたからね」
「……ツバキさんは、妖怪という訳では」
「姿を見たんだろ? あれがツバキの本来の姿だよ」

 言われ、思い出す。真っ白の、大きな犬の姿を。

「ヤイさんは、ツバキさんと俺が親しくなるのは反対なんですよね」
「どうしてそう思うんだい?」
「……イブの時、ヤイさん怖かったですよ」

 言葉で何があったという訳ではないが、目線や態度が怖かった。

「そんな事ない。ツバキは自由にさせてるよ。好きなようにすればいい。どうせ、叶う訳ないんだから」

 ラーメンを食べきったヤイさんは、手を合わせた。

「美味しかった。君の後輩さんは、お土産のセンスいいね」
「どうも」
「それで、今日は次の依頼の相談に来たんだ。少し遠くに行く予定でね、君も一日空いてる日がいいんだが」
「え……と」

 どうしよう。断るか悩んでいると、ヤイさんが淡々と告げてきた。

「辞めるなら、次回が終わってからにしてくれないか。次の客は君の絵を楽しみにしてるんだ」
「……分かりました」

 俺が渋々頷くと、ヤイさんはにっこりと笑った。日程を確認し終わると、ヤイさんは席を立つ。

「じゃあ、また。ご馳走さまでした」
「はい。また」

 そのまま玄関を出て行こうとしたヤイさんに、声をかける。

「叶わないなんて、どうして決めるんですか」

 尋ねると、ヤイさんは振り向いた。その顔には笑顔が張り付いている。

「君は人間で、あいつがあやかしだからさ」
「そんなの」
「君も結婚するなら、普通のかわいい女の子がいいだろう?」

 その言葉に、思わずビクついた。ヤイさんは俺の様子に、微笑んでドアを閉めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...