あやかし観光専属絵師

紺青くじら

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第4章 神社とご老人

叶う訳ないんだから

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「? どういう意味かな?」

 ヤイさんはトボけたフリをして、ラーメンを食べる作業に戻る。

「俺が、ツバキさんと同じバイト先なこと」
「そうだね。世間って狭いよね」
「俺が、ツバキさんと小さい時会ってた事も」

 ヤイさんはレンゲでスープをすする。表情は変わらず、動じた様子はない。

「何か問題かい?」
「ヤイさん、はじめて会った時何も言いませんでしたよね。まるで、偶然出会ったみたいに言って。でも、違うんじゃないですか?」

 鋭い視線が注がれる。思わずうろたえそうになるが、こらえて続ける。

「ずっと、違和感があったんです。はじめて会ったはずなのに、全部知られてるみたいな感じがして」

 そういう風に感じるだけだと思った。ヤイさんは頭が良さそうだし、妖怪だから感じるものもあるのかと思った。でも、そうじゃなくて。

「全部知ってて、俺の前に現れたんですか……?」

 俺が視線を落とし口を閉じると、ヤイさんは「せっかくのラーメンが冷めるよ」と告げてきた。不服だったが、冷めたラーメンは嫌なので食べる。

「君が何にこだわっているか知らないが。気に障ったんなら謝るよ。確かに俺は君がツバキの想い人な事、ツバキが絵を描いてもらった事も知ってるよ。でも、それの一体なにが問題なんだい?」
「……なんで、黙ってたんですか」
「言う義理もないんじゃないかな。嘘をついていた訳でもないし。大体、ツバキと君が再会したのは、私と君が会った後の話だ。覚えてないかもしれない子の話をしても困るだけだろう」

 確かにそうだ。でも、なんか腑に落ちない。俺の不満を察してか、ヤイさんは諭すように言う。

「君の絵がいいと思ったのは、本当だよ」
「……妖怪が見えるからですか」
「まぁね」

 否定しない。その事にひどく落ち込む。

「でも、妖怪が見えるからと言って、妖怪が喜ぶ絵が描けるとは限らない。その点も君は完璧だった。ツバキも喜んでいたからね」
「……ツバキさんは、妖怪という訳では」
「姿を見たんだろ? あれがツバキの本来の姿だよ」

 言われ、思い出す。真っ白の、大きな犬の姿を。

「ヤイさんは、ツバキさんと俺が親しくなるのは反対なんですよね」
「どうしてそう思うんだい?」
「……イブの時、ヤイさん怖かったですよ」

 言葉で何があったという訳ではないが、目線や態度が怖かった。

「そんな事ない。ツバキは自由にさせてるよ。好きなようにすればいい。どうせ、叶う訳ないんだから」

 ラーメンを食べきったヤイさんは、手を合わせた。

「美味しかった。君の後輩さんは、お土産のセンスいいね」
「どうも」
「それで、今日は次の依頼の相談に来たんだ。少し遠くに行く予定でね、君も一日空いてる日がいいんだが」
「え……と」

 どうしよう。断るか悩んでいると、ヤイさんが淡々と告げてきた。

「辞めるなら、次回が終わってからにしてくれないか。次の客は君の絵を楽しみにしてるんだ」
「……分かりました」

 俺が渋々頷くと、ヤイさんはにっこりと笑った。日程を確認し終わると、ヤイさんは席を立つ。

「じゃあ、また。ご馳走さまでした」
「はい。また」

 そのまま玄関を出て行こうとしたヤイさんに、声をかける。

「叶わないなんて、どうして決めるんですか」

 尋ねると、ヤイさんは振り向いた。その顔には笑顔が張り付いている。

「君は人間で、あいつがあやかしだからさ」
「そんなの」
「君も結婚するなら、普通のかわいい女の子がいいだろう?」

 その言葉に、思わずビクついた。ヤイさんは俺の様子に、微笑んでドアを閉めた。
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