あやかし観光専属絵師

紺青くじら

文字の大きさ
上 下
38 / 94
第4章 神社とご老人

年の暮れ

しおりを挟む
「おかえり~」

 呼び鈴を鳴らすと、母と父が笑顔で出迎えてくれた。夏には帰ったが、久しぶりに見る顔にホッとする。

「ただいま」

 十二月二十九日。
 バイトも終わり、年末年始は実家で過ごす事にした。

「駅でバスから帰るんは大変やったやろ。迎えに行く言うたのに」
「荷物バッグ一つだけだし、待ってるの寒いじゃん」
「コタツつけてるから入り。あったかいよ」
「わーありがと! あったけぇ~」

 一人暮らしの部屋はコタツがないから、久しぶりの温もりに感動を覚える。そこに、にゃ~と鳴き声が聞こえた。

「ニョロ、ただいま」

 実家で飼ってる猫の名は、ニョロ。父いわく、白くてニョロニョロ動くからだそうだ。俺が高校入ってぐらいから飼い出した猫だが、あまり俺には懐いていない。今挨拶しても、首をふいっと向ける。

「ニョロ、少し太った?」
「年々丸くなっとるのぅ。母さんはほら、少し痩せたじゃろ」

 父の問いに、母を見る。特に変わりなく、ぷっくりしてる気がする。

「何キロやせたの?」
「聞いて驚きなさい。夏から2キロも痩せたのよ!」
「2キロかーじゃあ全然分からないや」
「まっ! 2キロ痩せるのって、すごい大変なのよ!」

 そんな取り留めない話をやんや喋り合う。やっぱり、実家は落ち着く。

「タカヒロ、就職の方はどうだ?」

 昼飯を食べて一息つくと、大掃除を始めた。父はそんな中、窓を拭きながら尋ねてくる。

「あ~……ごめん、まだ決まってない……」

 俺はモップをかけながら、フローリングに目線を落とし答える。世間は好景気だと言う中で、ちゃんと就職先を決めてれてないのは居心地が悪い。自分がいろいろ、選り好みしてる面も否定できないからだ。

「そうか~。まぁ大丈夫だろ、タカヒロなら。今もちゃんと働いとるしな」
「バイトだけどね」
「今のお店でずっと働いててもいいんじゃない。お母さんあの店好きだな。美味しいし、ほら、社員さんも皆いい人だし」
「飲食は大変だぞぉ」
「どの仕事も大変よ~」

 二人のやり取りを俺はぼんやりと聞く。父も母も優しい。優しいから有り難くも、やっぱり申し訳ない。

「特に、あの人名前なんて言ったかしら。髪を後ろで縛ってて」
「恵理さん?」

 俺が答えると、母さんは「そうそう、恵理さん!」と弾む声で言った。

「すごい美人さんよね。歳上って言ってたけど、そんなに違わないんでしょ?」
「なんか話逸れてない? 言っとくけど何もないからね?」

 俺が牽制すると、母さんは「ちっ、ないのか」と残念そうに呟いた。

「タカヒロは今彼女いないんか?」
「いないけど」

 父さんが話を広げてきた。まずい。就活の話も嫌だが、恋愛話なんてもっと嫌だ。大体親とこんな話、普通しないんじゃないか?

「誰かいい子いないのー?」
「いないよ、そんな子……」

 言いながら、ツバキさんの顔が頭をよぎった。そういえば、あれ? 俺って、告白されたのか?

「……いるのか」
「あらぁ! ね、ね、どんな子」
「じゃあ俺モップ終わったから、自分の部屋少し片付けるわ! 実家に届いた荷物の整理とかあるし!」

 俺はそう言ってダッシュで部屋に逃げる。しゃがみこみ、深い息をつく。

「なーにしてんだろ、俺……」

 ツバキさんの顔と共に、ヤイさんの顔がよぎった。ツバキさんは、俺がヤイさんと知り合いだという事を知らなかった。まぁ、そういう事もあるだろう。知り合いが知らず他の知り合いと繋がってる事は、よくある事だ。
 でも、ヤイさんの方は?
 俺がツバキさんと知り合いである事を、知らなかったんだろうか。
 あの日公園で会ったのは、偶然だったんだろうか。

「……偶然、だよな……?」

 俺はその問いの答えを知らない。
 ヤイさんともツバキさんとも、あの日を最後に会っていない。ツバキさんとシフトは被らなかったし、ヤイさんはどうしてるかも分からない。

 年の暮れが近づく中。
 俺は自分の未来を、想像できていない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...