あやかし観光専属絵師

紺青くじら

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第2章 おばあちゃんと化け猫

ノラさん

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「烏杜さんや田貫さんが妖界に帰ってね、君に描いてもらった絵をまわりの妖怪に見せたらしい」

 ヤイさんの言葉を、俺はどこか呆然と聞いていた。喜んでくれたとは思っていたが、そういう行動をしてくれるのは予想外だった。

「そうしたら、ぜひ俺も私もという妖怪が増えてね。これから忙しくなるやもしれないよ」
「嬉しいです……頑張ります!そんな喜んで頂けて嬉しいです。やっぱり、人間が描いたものは珍しいんですか?」
「まぁね。昔人間界にいた妖はよく絵師によって描かれたそうだが、最近は界を隔てたり妖怪を見える人間が減って、機会がなくなったからね。ましてや大妖怪でもない彼らが絵に描いてもらえる機会はなかなかない」
「へぇ~……」
「だがそれも、君に能力があってこそだ。誰でも出来る事じゃないよ」

 誰でも出来る事じゃない。
 そう言われて、知らず心が躍る。

 今まで就職の不採用の通知を見ては、自分の無力さを呪った。でも、今のこの絵師の仕事は、俺だから出来るんだ。

「それで頼みなんだが、うちを通して以外は妖怪からの依頼は受けないでもらっていいかな?」
「あ、はい。それはもちろん。俺、妖怪と他で知り合う機会ないですし」
「これから増えてくかもしれないからね。妖界でも、うちの専属絵師として伝えるから」

 ヤイさんの言葉にコクコクと頷く。分からないが、ヤイさんに任せてたら安全だろう。この人は隠してる部分はあるが、嘘は言わないだろう。なんとなく、そう感じた。

 約束の日。時刻は十三時に決まった。俺とヤイさんが歩道橋にいて、客の到着を待つ。結局今回もどんな妖怪が来るか教えてもらえなかった。界渡りのドアは、まだ現れない。
 すると、橋の向こうから猫がやってきた。白い体に黒の斑点がついた、可愛らしい猫だ。

「待たせたな」
「わっ!」

 その猫から予想以上に低い声が聞こえ、思わず俺は叫んだ。彼はそんな俺をじろりと睨む。

「す、すみません。あの、今日のお客様って……」
「ああ。化け猫のノラ。目つきと口が悪いだろう」
「おい。俺は客だぞ」

 ヤイさんが楽しそうにからかう。その様子から、旧知の仲なのを知れた。

「あの、界渡りのドアは……」
「こいつは俺と一緒だよ」
「え、一緒?」

 俺はノラさんを見る。その目は赤い光を放っていた。
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