あやかし観光専属絵師

紺青くじら

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第1章 たぬきさんとパンケーキ

禁忌

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「界渡りの……禁忌?」

 俺は田貫さんと談笑しながら歩くヤイさんを見ながら、彼が先程言った事を反芻する。

「旦那。皆行っちまいますよ」

 肩に乗った八矢が、俺の髪を引っ張り教えてくれる。歩き始めながら、彼に尋ねる。

「八矢。ヤイさんは、特殊なのか?」
「そうですねぇ。今仰った通り、あっしらとは少し違いやすね」
「界渡りの禁忌って?」
「うーん。どこから話しやしょうかねぇ。昔妖と人は仲良く一緒に住んでたのはご存知ですよね?」
「ああ」
「ところが徐々に人間が、妖怪の住処を奪っていきやしてね」

 山や森、そういう彼らが好んで住んでいた場所は、どんどん減って行った。下界におりれば、術師に退治されるようになった。

「そこで妖怪の住む場所を守ろうってことで、大妖怪様たちが集まって妖怪の暮らす島を作ったんです」

 それはまだ人間が見つけていなかった、海にぽっかりと浮かぶ小さい島。彼らはそこに結界を張り、外界の侵略を防いでいる。

「その島を出ても、十時間以内なら大妖怪さんの加護を頂けるんです。でも十時間以上、下界に居たものはもう島には入れません」
「なんで」
「あっしらには分かりません。ただ、そういう掟があるんです」

 八矢はそこで首をすくめる。

「ヤイさんはじゃあ……その島には帰れないのか」
「そうです。今は人間界で暮らされています」

 八矢はそこで目をうるませる。

「かわいそうなヤイ様」

 何故彼が禁忌を犯してしまったのか。聞きたかったが、それを八矢から聞いてはいけない気がした。

 たどり着いた場所は、大きなスクリーンで3D映像が観れるというところ。今日は森の中をモチーフにした回だった。そんなに人はおらず、自分たち以外は二組しかいない。
 3D用のメガネをして、映像を待つ。しばらくして、このテーマパークのキャラ「もりっこ」が現れた。木を模したキャラクターで、丸々とした緑の体に木枝の目がついている。
 彼に案内され見る森の映像は、大迫力だった。鳥が飛んできたり、葉っぱが舞ったり、思ったより凝っている。

 隣で田貫さんたちが鼻をすする音が聞こえた。技術に感動したのか。もしくは何か昔の日々を、思い出したのかもしれない。

 その後、乗り物にひと通り乗っていく。メリーゴーランドやコーヒーカップ、どの乗り物もそんなに待たずに乗れた。あとは、観覧車だけだ。

「もうあと一時間。あっという間ね」

 田貫さんは、そう言ってため息をついた。楽しい時間は、あっという間に過ぎる。

「タカヒロくん。お願いなんだが、観覧車に乗ってる私たちを描いてくれないか」
「観覧車の中で、ですか」

 聞かれ驚く。ここの観覧車の一周時間は、大体15分ほどらしい。出来るだろうか。分からなかったが、頷いた。

「分かりました」

 仕上げは降りてからでも出来る。俺が承諾すると、田貫さんたちは喜んでくれた。4人一緒に乗り、田貫さんたちは乗って少しすると、タヌキの姿になった。
 絵具を八矢から受け取り、二匹仲良く並んだその姿を描いていく。彼らはタヌキの姿になっても、穏やかな目をしている。茶色に黄色や赤をまぜ、色を塗っていく。

「ここは、次は何になるのかしら」

 田貫さんは景色を眺めながら呟く。商業施設になるかもしれないという話は聞いたが、言うことは躊躇われた。

「あの茂みでよく、人間を驚かせていたのよ」
「びっくりして泣き出す子もいたなぁ」

 田貫さんはそう思い出を楽しそうに振り返る。その15分の旅も、あっという間に終わった。
 観覧車を出る際、スタッフの人は少し目を見開いたあと、笑顔で送り出してくれた。人数が減った事に気付いたのか。しかしすぐに、次の乗客に対応する。

 タヌキさんたちは、二足歩行で歩いていく。彼らの姿はもう人間には見えていない。

「ヤイさんは、人間の姿のままでいいんですか?」
「君が1人で歩くのは寂しいんじゃないかと思ってね」
「……それもそうですね。有難うございます」
「いい絵はかけたかい?」
「はい。あとは電車で描いて……」
「ままぁー」

 泣き声が聞こえ振り向くと、少し離れた場所で子供が1人、泣いていた。
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