あやかし観光専属絵師

紺青くじら

文字の大きさ
上 下
9 / 94
第1章 たぬきさんとパンケーキ

ヤイさんは変幻自在

しおりを挟む
 約束の十時。
 俺は公園に来ていた。

 画材はヤイさんたちが持ち帰ったので、持っているのは必要最小限の貴重品だけだ。

 ダウンジャケットを着てきたが、寒くて身震いする。

「やぁ、待たせたね」

 ヤイさんの声がしたので顔をあげ、そうして目の前の相手を凝視する。

「では行こうか。客との待ち合わせ場所はこの前と同じ、歩道橋だ」
「あの」
「ん?」
「ヤイさん……ですか?」

 尋ねると、目の前の男は少し不満気に眉をひそめた。

「もう忘れたのかい?」
「いやあの、その姿……」

 俺の指摘に、ようやくヤイさんは気づいたようだ。「ああ」と呑気に笑う。

「今日は人間に化けれる方たちだからね。俺も合わせて人間の姿をしてるんだ」

 そう笑う男は、黒髪短髪のさわやか好青年だった。美男子なのに変わりはないが、以前のような神秘さはない。紺色のコートに、黒いズボンとブーツ。長身で、まるでモデルのようだ。
 俺は自分の姿を省みる。ズボンはシワがついてるし、ダウンジャケットで着膨れしている。

「人間やめたくなってきた……」
「さぁ早く行こう。落ち込むのは家に帰ってからにしなさい」

 俺は少し感じた惨めさに蓋をしつつ、ヤイさんの後につづいていく。

「前回は君がぐずった為先にお客さんが到着してしまっていたが、本来ならこうして客を迎えるんだ」
 
 歩道橋の上には、扉が立っている。まだお客さんは来ていないようだ。

「あの、本日は一体どんな妖怪が」
「来るよ」

 その声を合図に、ドアのまわりに暗雲が立ち込める。まるで恐ろしい魔物が来る時みたいだ。
 俺は思わずヤイさんの後ろに隠れる。するとそこで、雷が鳴った。

「ヒィぃっ」
田貫たぬきさん、ようこそいらっしゃいました」

 叫ぶ俺とは対照的に、ヤイさんは営業スマイルで出迎える。

「やぁヤイさん、今日はよろしくお願いします」

 八矢と共にドアを超えて来たのは、二匹のタヌキだった。
しおりを挟む

処理中です...