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不夜燦然編

62.不夜の色彩

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 潮騒と喧騒。
 香水と陶酔。
 感激と耽溺。
 月下に在って昼の街。
 私たちは不夜国テレサクロームへと到着した。

「あれがテレサクローム!明るい!てか眩しい!」
「キレー!」
「なんかウエディングケーキみたいで映える~!」

 海の上に作られた街は、篝火でも焚かれているかのように煌煌としていた。
 往来する馬車や船。
 身なりがいいのはどこかの国の貴族か、それともお忍びの王族か。
 みんな楽しみに来てるんだろう。
 今の私にみたいに気持ちを逸らせて。

「くーっ、新しい国はいつでもワクワクすんなぁ」
「ワクワクしておるのは新しい国にだけではなかろう?」
「ニシシ、全部含めてワクワクしてーんの♡」
「リコ」
「うぃっす」
「羽目を外しすぎたら…わかっていますね?」

 目のハイライトが消えてやがる…
 でもそれは保証しかねる!だって私だもの!

「だいたいなんでアタシたちがいるのに、わざわざお金払って他所の女を買おうとするのよ」
「そりゃ…ご飯とパンみたいな…?」

 どっちもでおいしくて、どっちを食べてもお腹はいっぱいになるけど、そのとき食べたいものは気分だし、甲乙つけ難いっていうか…ね?

「どっちかだけだと飽きるものね」
「あ、飽きられるんですか…?」
「あらあら、酷いですねリコリスさん」
「ちゃうわ!みんなのこと大好きリコリスさんが飽きるわけねえだろ!」
「でも他の女に目移りするんでしょ?」
「するけども!それはしょうがないじゃん性分だもん!」
「浮気者~」
「姫さーいてー♡」
「ひいいいん!みんながいじわるするー!私はこんなにもみんなを愛してるのにー!」
「当然の報いでは?」

 全員敵かよつら。

「そういえばマリアてゃとジャンヌたそは?」
「馬車の中で着替えですよ。ドロシーの薬を飲まないといけませんから」
「ちゃんと副作用どうにかしてくれたんだろうな」
「当然でしょ」 
「よろしい。大人になる薬か…ギャクトキシンと名付けよう」
「人の作った薬に勝手に名前付けないでくれる?」
 
 数分後。

「お待たせー!」
「遅くなりました!」
「わあああああああ!!!ふふふ、二人がおとっ、大人ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「お二人ともとてもキレイですね」

 プラス10歳の20歳くらいの姿かな。
 マリアは活発なイメージが鳴りを潜め、花も恥らう美しさ。
 刀を差しちゃって、なんて凛としてるのこの子。
 ジャンヌはこれでもかと清楚で、物憂げな儚さがまるで深窓の令嬢のよう。
 庇護欲半端ねえ。

「ふつ、ふつくし…大きく…大きくなっだね゛ぇ…」
「お姉ちゃん泣いてる?」
「よしよしです」
「ふええええええええん!!」
「娘が嫁入りする父親の如く咽び泣くじゃないですか」
「ふぐっ…ひっぐ…!!」
「な、なんでドロシーさんも泣いてるんです、か?」
「だって、だって…二人とも…!!」

 ボイーン。
 バイーン。

「胸が!!!」

 彼我の差を突きつけられている…
 可哀想に…私はそっと泣き崩れるドロシーの肩に手を置いた。
 安いもんだ胸の一つくらい、とかボケそうになったのだけゴメン。



「何はともあれ、これで街に入れるようになったわけだ」
「ドロシー、薬の効果はどのくらいですか?」
「グス…三時間で切れるわ。予備を渡しておくから忘れずに飲むのよ」
「ありがとうドロシーお姉ちゃん!」
「ありがとうございます!」
「抱きつくな乳で挟むな可愛い妹たち!!」

 ギルドカードは【遊戯神の加護】で詐称したし、これで問題無しと。
 そうだ。新しい加護を授かったことで、思わぬ副産物が誕生した。
 それは…

「リコリスさん、ありがとうございます。私のギルドカードまで」
「いつまでも一人だけ冒険者登録出来ないってのは可哀想だからね。あんまり大きい声で言えないのが残念だけど」

 そう、シャーリーの冒険者登録。
 犯罪歴の有無を調べる水晶も、加護の前では素通り。
 やってることがグレーなのはさておき、無事にシャーリーも冒険者になれたのだ。

「いいえ。私のことを思ってくれているリコリスさんの気持ちが、とてもあたたかく思います」
「そっか。シシシ」

 ロキに感謝だなぁ。

「そんじゃ準備も出来たことで、行くぞお姉さ――――テレサクローム!」
「抑えきれぬ欲望…」



 街へと続く石造りの大橋が一本。
 徒歩で五分ほどかかるそれを渡りきると、円形の高い壁が聳え、関所を越えたその先がテレサクロームが誇る歓楽街。

「ようこそーテレサクロームへ♡」
「楽しんでいってねー♡」
「うちのお店おいでよー楽しいよー♡」
「こっちこっちー♡」

 入口からまあ~美しいお姉さんたちがお出迎え。
 すでに客引きは始まっているらしく、ずらりと並ぶお店の前では薄い格好をしたお姉さんたちがこぞって手招きしていた。

「おおー♡見渡す限りお姉さん♡幼女に美女、いろんな種族が選り取り見取り♡最高かぁ~♡」
「そんな美女たちの視線を独り占めして、さぞ気分がいいでしょうね」
「ほぇ?」

 右を見れば、

「見てあの子たち♡」
「みんなすっごい可愛い~♡」

 左を見れば、

「特にあの子♡」
「あの赤髪の子でしょ?つい目で追っちゃうよね~♡」

 振り返れば、

「きゃーきゃー♡目が合っちゃった~♡」
「カッコいい~♡」

 …………ふぅ。

「決めた市民権買うわ」
「まだ着いたばっかりにも関わらず」
「絞られるだけ絞られて捨てられそうですね」
「【百合の姫】は当然抑えてるけど、それを抜きにしても女の子たちを虜にしてしまう罪な魔性」
「姫のナルシーなとこわりと好きになってきた」
「どんなことしても留まらない確かな私の魅力♡」

 ってのはさておき、ここにいるお姉さんたちは、全員が全員客への目が肥えたプロフェッショナル。
 私の表層的な美しさに留まらず、内面的な魅力にも惹かれているようだった。
 そして何を謙遜することがあろう、百合の楽園リリーレガリアは全員が全員国を揺るがすレベルの超弩級の美女美少女。
 目を惹かないなんてことありえないのだ。

「美女揃いの街で注目の的ってのは悪い気しませんなぁ。さてさてー、これからどうしようかね」

 とまあ、調子に乗ってばかりもいられない。
 マリアとジャンヌはあくまで外見だけを偽装しているので、じゃあ一緒に大人のお店に、とかは許されないのだ。
 というか私が許さん。
 ひとまず飲みながら考えようってことで、お姉さんの接客無しの酒場に入った。

「言っとくけどお酒とか禁止だからね。二人はジュース」
「ちぇっ、つまんないの」
「むー…」
「可愛い顔してもダメ。勝手に飲んだら怒るよ。けどダメダメばっかりもつまんないよねぇ。かと言って子ども禁止の街で子どもが遊べるような場所って…」
「このエリアは下層サードじゃからの。飲み食いする場所には困らぬし、ままごと程度にはなろうが、賭場でも遊戯場でも暇を潰せる場所はいくらでもあろう」
下層サード?」

 うむ、と師匠せんせいは木のジョッキを傾けた。

「テレサクロームは外から見たとおり、巨大な一つの山を切り崩した形をしておる。わらわたちが今いるこのエリアは下層サードと呼ばれ、酒場を含め全ての店は比較的安価なものが多い。まあ品質も相応じゃがな」

 所謂、平民向けのエリアってことか?
 にしてはお姉さんのレベルエグい高いけど。

「関所正面の大階段を上った真ん中のエリア。そこが中層セカンド。主に貴族や富裕層、上客と呼ばれる者たちが利用しており、サービスも価格帯も下層サードより上じゃ。そして、一番上のエリアが上層ファースト。王族や王侯貴族御用達の超一流店が立ち並ぶ他、国の内政を担う者たちの居住区となっておる。利用者も限られておる故、実質的なテレサクロームの経済を回しておるのは中層セカンドじゃがな」
上層ファーストか…そこまで行くとやっぱりお姉さんのレベルもすごいのかな?興味あるなぁ」
「残念じゃがあそこは完全紹介制じゃ。勝手に立ち入ることは許されておらぬ。街のルールを犯せば、待っておるのは…ん?おおちょうどよい。ほれ、見ておれ」

 師匠せんせいが顎をしゃくらせると、店の奥でグラスが割れる音がした。

「なんだァ?!やるってのか?!」
「先に喧嘩売ってきたのはそっちだろうが!!」

 男たち数人が争ってる。
 胸ぐらなんか掴んで、今にも殴り合いになりそうだ。
 
「止めますか?」
「よい。じきに来る」

 師匠せんせいがおつまみのナッツに手を伸ばすと、店の入口が開き、黒服を着た数人の女性たちがやってきた。

「困りますねお客様方。テレサクロームはお酒と色香を嗜む大人の社交場。暴力は罷り通っていないというのに」
「あぁ?!」
「なんだてめえら!!すっこんでろ!!」
「ああ失礼。申し遅れました。テレサクローム警備統括、守護嬢隊ガーディアンズ副長、リオ=エイルです。警告は一度までです。今すぐに店を出るならば痛い目を見ることはありません」
「うるせえってんだよ!!」

 柔和な笑みを浮かべる眼帯のお姉さんに、男たちは逆上して掴みかかろうとする。

「では、出禁で」

 笑顔の後、一瞬お姉さんの姿が消えた。
 男の一人に踵を落とし、もう一人のみぞおちに拳を叩き込む。
 その間、僅かコンマ数秒。
 男たちは悶絶する間もなく気を失った。

「ひゅー」

 ルウリが下手な口笛を鳴らした。

「身ぐるみを剥いで捨てておきなさい。守護嬢隊ガーディアンズの名に於いて、あなた方の今後一切のテレサクロームへの立ち入りを禁止します。次に視界に入ることがあれば、そのときは容赦なく殺しますので」

 うっわ、おっかね。
 目がガチだ。

「いいぞ守護嬢隊ガーディアンズ!」
「かっこいいぞ!」
「リオ様ー!」
「抱いてー!」
「いつも街を守ってくれてありがとー!」

 あっという間の騒ぎの解決に、店の中は歓声で湧いた。
 人気は凄まじいらしい。
 リオと名乗ったお姉さんは、芝居がかったような礼をした。

「大変お騒がせいたしました。申し訳ありません。どうぞ皆さま、楽しいひとときをお過ごしくださいますよう。店長、これを。彼らの飲み代と店を騒がせてしまった分です」

 アフターケアも完ぺき。
 守護嬢隊ガーディアンズだっけ?警備隊っていうよりキャストさんみたい。
 あくまでお客さんを第一に考えた振る舞いをしているように見える。

「強いですね彼女たち」

 ジョッキに口を付け、シャーリーが冷静に分析した。

「じゃろう?こと体術においてはシャーリー、そなたと遜色ない」

 ケラケラと笑ってから手元の酒を煽る。

「とまあ、この国は光り輝くきらびやかな街じゃが、その分荒くれや無法者も多い故、あのようにこの街はあ奴ら守護嬢隊ガーディアンズが守っておる。テレサクロームきっての武闘派集団であり、法の番人じゃ。ルールを破れば問答無用に実力を行使される」
「もう絶賛破ってるんだけど」
「愚か者。神の加護で偽装された身分証に、精霊の力に目覚めたドロシーの霊薬じゃぞ。見破れる方がどうかしておる。わらわのように魂を見でもせぬ限り、堂々としておればバレるはずがなかろう。それに、いざというときはわらわがどうとでもしてやるのじゃ」

 師匠せんせいは、ドンと胸を叩いた。 
 なんて頼りになるロリババアなんだ。

「ようは代金の踏み倒しや暴力、許可のない立ち入り禁止区域の侵入に違反すれば、さっきみたいな目に遭うってことね」
「気を付けないとな」
「そうですね。気を付けてください」
「気を付けてよ姫」
「き、気を付けましょう、ね…」
「お前らの私への信頼感が窺えるなコノヤロー」




 小難しいことはさておき、マリアとジャンヌも遊べるところはあるとのことで。
 二人の面倒は責任を持って師匠せんせいに見てもらうことにした。

わらわは飲みたい」
「あとでいっぱい相手してあげるから。お願い師匠せんせい。やっぱり頼れる大人が一緒じゃないと」
「まったく。今日は吸わせてもらうからの」
「はいはい喜んで」
「それじゃあお姉ちゃん、また後でね!」
「行ってきまーす!」

 巨乳美少女ケモ耳っ娘たちに挟まれるのじゃロリ吸血鬼ヴァンパイアは、なんとも言えずシュールだ。
 ちなみに、下層サードにはなんでも従魔専用のリラクゼーションエリアもあるとかで、リルムたちはそっちに行っている。

『これは極楽だな』
『気持ちが良いのでございますよぉ』
『キモチイイ』
『効くでござるなぁ』

 さすがプロフェッショナル。
 一癖も二癖もある従魔たちをマッサージ一つで籠絡するとは。

『マッサージってキモチイイねー』

 スライムってどこ揉まれて気持ちいいの?
 そして残った私たちはというと。

「だーいじょうぶだってーもー!」
「信用に価しません」
「一人で行動出来るって子どもじゃないんだからー!」
「一人にすると高い酒場はおろか娼館にも行くでしょ?」
「当たり前じゃい!!なんのためにこの街に来たと思ってんだ!!そういう楽しみ方するためだろ余裕でハシゴするわ!!」
「いっそ清々しいまであるわね」
「今普通に、他の女とイチャイチャしてきますって自分の女に宣言してるもんねー。姫胆力強すぎウケる」
「言っとくけどみんなに満足してないわけじゃないから!私の欲望が常にハッピーバースデーしてるだけだから!お願いします私をこの街で自由にしてください!!」

 土下座ァァ!

「なんてキレイな土下座…」
「ほんっとクズなのよね…毎度つい許しちゃうアタシたちも、世間ではダメ女に数えられるのかもしれないけど」
「本当に…。わかりました。そこまで言うなら自由行動を許しましょう。」
「やったぁー!アルティ大好ちぃ!んチュんチュ♡」
「ただし、三つ条件があります。一つは無駄遣いしないこと。二つ、お目付け役にシャーリーとルウリを同行させること」

 私の行動に対し寛容でありながらも、諫めるときは諌められるベストな人選だ。
 釘を刺してきたなこいつ。

「三つ、あなたが何をしても咎めない代わり……帰ってきたらそれ以上に私たちを愛すること。一切の怠慢も妥協も赦しません。いいですね?」
「嫁めっちゃ可愛い~。健気~」
「相手がこんなクズじゃなければ幸せになれたでしょうに」
「私が世界で一番幸せに出来るに決まってんだろ」
「わかっていますよ。あなたが格好いいことは」
「土下座してなければね」

 こうして私は、条件を守ることを約束して自由を許され、大階段の前でアルティたちと行動を別にした。
 
「いいですね。くれぐれも節度ある行動を心がけてくださいね。頼みましたよシャーリー、ルウリ」

 アルティはそう言ってたけど。

「フフ…フフフ、ハーハッハー!何が節度!!何が自重じゃーい!!ついて来いシャーリー!ルウリ!とりあえず女の子侍らせて豪遊すんぞ!!」
「解き放たれた囚人のようですね」
「肉食獣がお肉たっぷりの檻の中に突撃してるみたいなもんだもん」
「ガオー!」
「はいはい。可愛い可愛い。で、どこ行く?どこもレベル高そうだけど」
「そうだなぁ~。って、そういえば私ヴーティルさんからお店の紹介状もらってきたんだった」
「なんというお店ですか?」
「えっとね…ダークパレスだって。ちょっとその辺の人に訊いてくる」

 ちょうどいいとこに守護嬢隊ガーディアンズのお姉さんが。

「すみません、ちょっといいですか?」
「はい。なんでしょう」
「ダークパレスってお店を探してるんですけど、どこにあるか知りませんか?知り合いから紹介状をもらって」

 すると黒服のお姉さんは目の色を変え、私たちに深々とお辞儀をした。

「マダムのお客様でしたか。大変失礼いたしました。どうぞこちらへ。私がご案内させていただきます」

 何事?

「姫、なんかしたの?」
「何かしたように見えたんかって」

 黒服のお姉さんに連れられて、大階段を一つ、また一つと昇る。
 ここって上層ファーストだよね?

「マダムのお客様をお連れしました。開門を願います」

 重たい鉄の門が開き、一層明るい街並みが目に飛び込んできた。 
 人で賑わっていた下の層とは違い、閑静というか落ち着いた雰囲気。
 シックながらも高級感がそこかしこに漂っているようだった。

「ご足労お掛けしました。こちらがダークパレスでございます」

 一際大きな、そして豪奢な建物。
 ただそこに建っているだけなのに、今まで足を運んだお店のどれよりも一線を画しているのがわかった。

「すっげ…」
「姫、もしかしてあたしら場違いだったりしない?」
「そうでなければ勘違いか」
「いやでも案内されたし…とにかく入ってみよう」

 大金貨数枚相当を思わせる扉を開けると、中は別世界。
 
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」

 金銀宝石を散りばめた豪華な内装。
 それに負けないお姉さん方の圧倒的な美貌。一糸乱れぬ丁寧な所作。

「ようこそ、ダークパレスへ」

 ホールの螺旋階段を、艶い黒髪の女性が降りてくる。
 彼女は私たちの前で、ドレスの裾をつまみ上げ一礼した。

「私はヴァネッサ=マクレーン。ダークパレスの主人マダムにして、テレサクロームの全権統括者でございます。麗しきお嬢様方。どうか現世のしがらみから解き放たれ、ひとときの夢をご堪能くださいませ」

 これが上層ファーストかと、今から期待が高まるのと同時に、この私をして気圧される。
 今から始まるただならない予感に。



 ――――――――



 リコと別行動をしたのはいいものの、さて私たちはどうしましょう。
 
「せっかくだから羽を伸ばすのもいいんじゃない?このメンツで飲むってのも珍しいし」
「私も飲むよー!」
「トトも以外に好きですよねお酒。では適当なお店に…あれ?エヴァはどうしました?」
「あそこ」

 見るととんでもない数の客引きに合っていた。

「たす、助け、て…ぇぇぇ」

 大人しく気弱で、それでいて顔のいいエヴァは格好の獲物らしい。
 下層サードよりは中層セカンドの方が、客引きは落ち着いているようなので、ひとまず移動しましたが。

「帰りたい…」
「深刻なダメージを受けてるじゃない」
「どこか静かそうなところを…」
「ねーねー姫たち~」

 姫…そんな呼び方、ルウリ以外にする人がいるのかとつい振り返った。
 私たちと同じように三人。
 男性ものの燕尾服を着込んだ、獣人族の女性たちが愛想のいい笑顔で手を振っていた。

「暇してるのー?もしよかったら、私たちのお店で飲まない?楽しいよー」

 こうして私たちもまた、テレサクロームの大いなる流れに呑み込まれていく。
 流れに身を任せるかどうかはさておき、ですが。



 ――――――――



「あーん♡」
「んぁーむ♡」
「この串焼きおーいしー♡」
「お肉もお魚もパリパリジュワッですー♡」

 わらわたちがいるのは、立ち飲み所と呼ばれる屋台通り。
 マリアとジャンヌは色気より食い気を存分に発揮している。
 飲酒を禁じられておるから仕方のないことじゃが。
 それにしても、

「姉ちゃんよく食うな。こっちの煮込みもうまいぞ、食ってみるか?」
「いいの?ありがとー!」
「いい食べっぷりだねぇ。店長、こっちのお姉ちゃんたちの分、おれに付けといてよ」
「わーい!ありがとうございます!」

 見た目は大人じゃが中身は子ども。
 そのギャップだけでも大したものじゃが、美女二人が豪快に飲み食いをする様はどうにも絵になり、周囲の者たちを虜にしていった。
 リコリスではないが、美しさは罪というやつかのう。

「そっちのお嬢ちゃんもたんと食いなよ」

 高貴で尊きわらわが猫可愛がりされているのは納得いかぬが。

「テルナお姉ちゃんも一緒に食ーべよっ!」
「はい、あーんです♡」
「まったく。あー…」
「あーんっ♡」

 わらわに差し出された肉串が、横から掻っ攫われた。

「んーお肉お~いし~♡」
「あーお姉ちゃんの串焼きー!」
「エヘヘ~♡ゴメンね~♡おいしそうだったから、つい♡」

 あどけなく笑うその横顔に、わらわは一人戦慄した。

「何故そなたがここに…いや、そなたの性格ならばこの街に居るのは必定か…」
「んー?あー♡誰かと思ったらテルナちゃんだぁ♡やーん相変わらず可愛いね~♡」

 山羊の角を生やした女は、求愛行動のように背中の羽をパタつかせ、わらわを強く抱きしめた。

「久しぶり♡元気にしてた?♡」
「そなたは…見てのとおりか。息災のようじゃなモナよ」
「うんっ♡モナはいつでも元気だよ♡んー♡」

 許可も前兆も無い。
 此奴はまるで息をするかの如く、そうすることが当然であるかのように。
 友と呼ぶにはあまりに殺伐とした旧き間柄の女は、激しくわらわの口を吸った。

「エヘヘ~♡テルナちゃんおいし――――あれ~?♡」
「痴れ者が」

 口元を拭い魔力マナを手繰る。
 唇を奪れたことに苛立ち、血の刃を以て白い首を刎ねた。
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