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森羅継承編
53.伝う涙
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ウルの背中に乗せられ、魂が向かった方へ行く。
そこでは師匠が赤いドームを展開していた。
「テルナ、アウラたちは」
アウラたちの横に、エヴァがリルムからネイアを受け取り、そっと安置する。
心配するドロシーの前で、宙に漂っていた魂が肉体に戻るけど、これといって反応は無い。
というか…
「ねえ、テルナ。アウラたちの魂は戻ったんでしょ?なのに…なんで目を覚まさないの?」
「たしかに魂は戻った。肉体に魂が定着することで人は生きているとするのは道理。しかし…」
「しかし…何よ。ねえ、なんなの?」
「魂を繋ぎ止めていたとはいえ、こ奴らは紛れもなく一度死んだのじゃ。蘇生と一言で表すことは容易じゃが、それが如何に世の理に反することか、そなたとてわからぬわけではなかろう。ましてや生きる意思の無い者らならば尚の事」
「そんな…」
シャーリーの肩を借りてウルから降りる。
今のアウラたちは仮死状態ってことみたいだけど、眠ってるみたいに顔は安らかだ。
アウラたちのことを考えるなら、このまま休ませるのは一つの道なんじゃないかとも思う。
だけど、ドロシーの顔を見たらとてもそんなことは言えなかった。
「お願いリコリス…お願い、アウラたちを助けて…」
「その願いは責任を感じているが故にですか」
アルティの真っ直ぐな質問に、ドロシーは同じく真っ直ぐな目で返す。
「そうよ。それが何か可笑しい?…何も変わらないのよ。道を違えても、立場が変わっても、アタシは起きたことを受け入れるしかないの。アウラたちが犯した罪も、命も、アタシが背負って生きていく。それが今まで逃げて目を背けてきたアタシの罪だから」
「罪ね…なら、私も背負ってやらないとね」
「リコリス…」
「だって、ドロシーは私の女だからな。好きな人の願いくらい、何だって叶えてあげるよ」
と、ウインクを一つ。
私は足元に魔法陣を広げた。
「何をする気じゃ?」
「んー魂の干渉…的な」
「魂の干渉?」
指を噛み切りアウラたちの口に当てる。
「ノアからドロシーを助け出すときに感覚は掴んだからね。【百合の姫】を使って魂で繋がれば、精神で直接呼びかけられるでしょ。それに生命力を分け与えることも」
「そ、そんなこと、で、出来るんです…か?」
「たぶん。ていうかやる」
「失敗すればそなたも危ういぞ」
「大丈夫でしょ。私、失敗しないので」
たまにしか。
「…それならアタシも手伝う。精霊の力に目覚めた今なら、より強くアウラたちに干渉出来ると思うの。アタシの精霊…。アタシの声が届いてるなら…もう一度声を聞かせて」
ドロシーの髪と羽が輝くと、球体状の光が弾け、その中からパステルブルーの髪と瞳、それに透き通る羽を持った小さな精霊が現れた。
「じゃっじゃーん!呼ばれて飛び出て颯爽登場!私がドロシーの精霊!月の精霊だよ!よろしくね!」
テンション高めでちっちゃ可愛い~。
えー精霊ってこんな可愛いの?
「肉体を持って具現化するほどの精霊じゃと?そなたもしや、森羅皇に連なる者か?」
「うん!ノアが株分けした魂の一つってところかな。話は聞いてたよ。みんなを助けたいんだよね。私が力を貸すよ!」
月の精霊は私が翳した手に触れると、小さな身体に似合わない奔流のような魔力を溢れさせた。
これならやれそうだなって、私は魔力を高めた。
私とドロシー、それにアウラたちを繋ぎ、体内の隅々にまで魔力を巡らせる。
そんな折、彼女たちの記憶の一部が見えた。
――――――――
「まったく、女皇は何をお考えなのか」
「人間と交わったばかりでなく、あのような忌み子を産むとは」
ドロシーに向けられていたのは、大人たちの忌避の視線と声。
まだ幼いながら、ドロシーは自分の置かれている境遇に顔をうつむかせた。
そんなドロシーの護衛役だったのが森羅騎士団、アウラたちだった。
「護衛っていっても、ようは体のいい監視役なんですよね」
「建国以来初めてのことだからな。皇族に人間の血が混じったなんて」
「まあ、結局は古めかしい老人たちがやいのやいの騒いでるだけなんだけど」
「ふあぁ…めんどくさいですね…」
「無駄口を慎め。訓練中だ」
「はーいはい…っと」
「おっと、悪い。掠めた」
「平気ですよこのくらい」
薄っすらと腕に切り傷を負ったクルーエルに、ドロシーは小さな手で薬を差し出した。
「これ…」
「もしかして、自分で調合したんですか?」
コクン
「姉さんに教えてもらいながら」
目に生気が無い。
精霊の加護も持たず、大した魔力も持っていない。
自分は産まれてきてはいけなかった存在だという声を聞き続け、それでもなんとか存在の意義を見出そうと、薬の調合を始めたのだろうと、アウラたちは瞬時に理解した。
薬を受け取ったのは、そういった哀れみもあったのかもしれない。
それでも、
「ありがとうございます、ドロシー様」
「……うんっ」
ドロシーの無垢な笑顔は、アウラたちのただの護衛の騎士という立場を変えるきっかけとなった。
「ドロシー様、そろそろお勉強の時間です」
「うえぇ…勉強嫌いぃ…」
「またそんなことを言って」
「だって…」
「…終わったら街へ美味しいものでも食べに行きましょうか」
「ほんと?!」
「はい」
「やった!アウラ大好き!」
「…フフッ。はい」
「あーもう!クルーエルったらまたケガして!」
「ちょっと魔物と遊んでて。こんなのへっちゃらですよ」
「丈夫でもダメなものはダメよ!クルーエルは女の子なんだから!ほらこっち!薬塗ってあげるから!」
「はーい。エヘヘ」
「どうしたの?」
「ドロシー様に優しくされて嬉しいなーって」
「もう…そんなこと言って、次ケガしても知らないんだからね」
「私はいくらケガしてもいいんですよ。ドロシー様がケガしないなら。それが騎士ってものですから」
「ふーん?よくわからない」
「いつかわかってもらえる日が来ますよ」
「ねえヘルガ」
「どうした姫さん?」
「なんでみんなはアタシに優しくしてくれるの?」
「そりゃあ騎士だからな。皇族を守るためにおれたちは存在するからさ」
「そっか…」
「なにしょぼくれた顔してんだ。たとえお前が皇族でなくても、おれたちはお前の傍にいてやるよ」
「本当?」
「ああ。約束だ」
「すぅ、すぅ…」
「こんなところで寝てたら風邪引いちゃうわよ、ティルフィ」
「んーむにゃむにゃ…ドロシー様もお昼寝しましょー」
「あなた一応見張り番してるのよね?そんでアタシ一応は皇女なんだけど?」
「だってぇ、こーんなにいい天気なんですよー?平和っていいですねー」
「クスッ、そうね。いつまでもこんな日が続けばいいのに」
「続きますよ、きっと。そのために私たち騎士はいるんですから」
「~♪」
「あら、今日は機嫌がいいじゃないドロシーちゃん」
「わかる?前から研究してた新しいポーションが完成したの。これでネイアたちがどれだけケガしても治してあげられるわ」
「ドロシーちゃんの薬は本当によく効くものね。けど薬のことばっかりじゃなくて、たまには浮ついた話も聞きたいものだわ」
「浮ついた話って?」
「そうね、好きな人の話とか」
「好きな人…」
「恋人とか欲しいなーって思ったりしないの?クスクス、ドロシーちゃんにはまだ早いかしら。歳もまだ二桁になったばかりだものね」
「バカにしないでよ。アタシだって好きな人の一人や二人…」
「へえ、それは初耳だわ。ぜひ紹介してほしいわね。未来の皇帝陛下に」
「意地悪…。フンッ、今はいいの。今は今で満足してるから。…アタシね、嬉しいの」
「どうして?」
「アタシは人間との間に産まれて、皇族には相応しくなくて、母さんや姉さん以外にはよく思われてないけど…それでも騎士団のみんなはアタシをよく思ってくれてるから。だから…姉さんがいっぱいみたいで、すごく嬉しいの」
「…そう。私たちも嬉しいわよ。可愛い妹が出来て」
「フフッ」
「もう国庫の金が尽きた」
「前皇の崩御から僅か数年…最早これまでか」
「人間など皇帝に据えるべきではなかった」
「女皇は耄碌なされたか」
「森羅騎士団よ、勅命じゃ」
皇帝陛下を抹殺せよ。
滅びゆく国で騎士たちは立ち上がり、その剣を血に染めた。
「呆気ないもんですね」
「何の力も無い人間の男一人、首を刎ねるなんてわけないだろ。なあ隊長さん」
しかし、最早それだけでは事態は収束しないところまで来ていた。
国は機能せず、蔓延する瘴気に森は死んだ。
飢え、渇き、枯れ、果てて…全ての元凶である皇帝が死に、恨みの矛先は生き残った皇族に向いた。
「お前たちのせいで!」
「森を返せ!」
「皇族に呪いを!」
「死を!」
「死を!」
「死を!」
違う。
アウラたちは反論した。
悪いのは人間の男だけだ、元凶は取り除いた、あとは国を立て直すだけだ、と。
けれど、そんな風に庇ったアウラたちの前から、ドロシーたちは消えた。
それはドロシーたちにとっては身を守るための避難でも、アウラたちにとっては責任から目を背けるだけの逃亡も甚だしかった。
「何故…」
最後まで騎士であろうとした者たちは吠えた。
盾であろうとした者たちは叫んだ。
姉であろうとした者たちは嘆いた。
何故…何故、と。
それが百年に渡る憎悪の始まりなどと、いったい誰が知り得ただろう。
愛した者に刃を向けるなど。いったい誰が。
そして――――――――
――――――――
「…………」
「よお。気分はどう?」
「貴様は…」
とりあえず蘇生成功ってとこかな。
アウラが目を覚ますと、続けて他の四人も目を覚ました。
今の状況を察し、弱々しく唇を動かす。
「そう、か…。我々は…死に損なったのか」
「そう言うなよ。人生生きててなんぼでしょ。な、ドロシー」
ドロシーはスッと、横たわるアウラの隣に膝をついた。
「アウラ」
「…殺せ」
「嫌よ」
「生き恥を晒したくはない」
「生きてれば良い事もある。アタシはこの身でそれを知ったわ。逃げて目を背けてきた罪深いアタシにも、生きてていい場所があるんだって。アタシの大好きな人が教えてくれた」
アウラは崩れた天井から空を見上げて、ドロシーに毒を吐いた。
「人間によって国が滅んでも、貴様は人間を愛すると…そう言うのか。そう…言えるのか」
「アタシね、ずっと母さんのことが理解出来なかった。父のせいでアタシは忌み嫌われて、国がおかしくなって、父が処刑されても涙を流せるような人で、死ぬ間際まで父を恨まないでって言うような人だったけど…。愛するってことを知って、母さんの心がやっとわかった。どんな人でも信じたいの。守りたいって思うの。好きって気持ちは止まれない。嘘をつけない。それがたとえ誰かにとっては悪人でも、どうしようもないクズでも、たとえ裏切られても、自分にとってはかけがえのない宝物に思えるの」
ドロシーは毅然とその一言を言い放った。
「たとえ国を追われた愚かな女皇でも、アタシは一人の男を生涯愛し続けた母さんを誇りに思うわ」
願わくばアタシもそうなりたい。
そう綴った。
「愛…か。形はどうあれ、私たちもかつて一人の皇女に同じものを抱いた。小さく、尊く、運命に抗い生きる姿を敬った。花のように笑う姿を愛した。しかし…そいつは私たちを置いて国を捨てた。私たちを選ばなかった。騎士の本懐に泥を塗った」
何故…とアウラは震える口で言葉を紡いだ。
「何故私たちを置いていった…。私たちは皇族を守るための騎士で、あなたを守ることこそが使命だったのに。そしたら、こんなことにはならなかったのに」
涙が一つ。
アウラの頬を流れた。
「何故一言…一緒に来てと願ってくれなかったのですか。ドロシー様…」
ドロシーの目にも涙が浮かんだ。
ポロポロと大粒の涙を落とし、ゴメンなさいと何度も謝った。
ほんの些細なボタンの掛け違え。
百年という空白を埋めるには、まだまだ時間がかかるかもしれない。
だけどドロシーたちなら心配は要らない。私はそう直感した。
だって、風にさざめく木々の音が、まるでドロシーの帰還を歌っているかのように聞こえたから。
そこでは師匠が赤いドームを展開していた。
「テルナ、アウラたちは」
アウラたちの横に、エヴァがリルムからネイアを受け取り、そっと安置する。
心配するドロシーの前で、宙に漂っていた魂が肉体に戻るけど、これといって反応は無い。
というか…
「ねえ、テルナ。アウラたちの魂は戻ったんでしょ?なのに…なんで目を覚まさないの?」
「たしかに魂は戻った。肉体に魂が定着することで人は生きているとするのは道理。しかし…」
「しかし…何よ。ねえ、なんなの?」
「魂を繋ぎ止めていたとはいえ、こ奴らは紛れもなく一度死んだのじゃ。蘇生と一言で表すことは容易じゃが、それが如何に世の理に反することか、そなたとてわからぬわけではなかろう。ましてや生きる意思の無い者らならば尚の事」
「そんな…」
シャーリーの肩を借りてウルから降りる。
今のアウラたちは仮死状態ってことみたいだけど、眠ってるみたいに顔は安らかだ。
アウラたちのことを考えるなら、このまま休ませるのは一つの道なんじゃないかとも思う。
だけど、ドロシーの顔を見たらとてもそんなことは言えなかった。
「お願いリコリス…お願い、アウラたちを助けて…」
「その願いは責任を感じているが故にですか」
アルティの真っ直ぐな質問に、ドロシーは同じく真っ直ぐな目で返す。
「そうよ。それが何か可笑しい?…何も変わらないのよ。道を違えても、立場が変わっても、アタシは起きたことを受け入れるしかないの。アウラたちが犯した罪も、命も、アタシが背負って生きていく。それが今まで逃げて目を背けてきたアタシの罪だから」
「罪ね…なら、私も背負ってやらないとね」
「リコリス…」
「だって、ドロシーは私の女だからな。好きな人の願いくらい、何だって叶えてあげるよ」
と、ウインクを一つ。
私は足元に魔法陣を広げた。
「何をする気じゃ?」
「んー魂の干渉…的な」
「魂の干渉?」
指を噛み切りアウラたちの口に当てる。
「ノアからドロシーを助け出すときに感覚は掴んだからね。【百合の姫】を使って魂で繋がれば、精神で直接呼びかけられるでしょ。それに生命力を分け与えることも」
「そ、そんなこと、で、出来るんです…か?」
「たぶん。ていうかやる」
「失敗すればそなたも危ういぞ」
「大丈夫でしょ。私、失敗しないので」
たまにしか。
「…それならアタシも手伝う。精霊の力に目覚めた今なら、より強くアウラたちに干渉出来ると思うの。アタシの精霊…。アタシの声が届いてるなら…もう一度声を聞かせて」
ドロシーの髪と羽が輝くと、球体状の光が弾け、その中からパステルブルーの髪と瞳、それに透き通る羽を持った小さな精霊が現れた。
「じゃっじゃーん!呼ばれて飛び出て颯爽登場!私がドロシーの精霊!月の精霊だよ!よろしくね!」
テンション高めでちっちゃ可愛い~。
えー精霊ってこんな可愛いの?
「肉体を持って具現化するほどの精霊じゃと?そなたもしや、森羅皇に連なる者か?」
「うん!ノアが株分けした魂の一つってところかな。話は聞いてたよ。みんなを助けたいんだよね。私が力を貸すよ!」
月の精霊は私が翳した手に触れると、小さな身体に似合わない奔流のような魔力を溢れさせた。
これならやれそうだなって、私は魔力を高めた。
私とドロシー、それにアウラたちを繋ぎ、体内の隅々にまで魔力を巡らせる。
そんな折、彼女たちの記憶の一部が見えた。
――――――――
「まったく、女皇は何をお考えなのか」
「人間と交わったばかりでなく、あのような忌み子を産むとは」
ドロシーに向けられていたのは、大人たちの忌避の視線と声。
まだ幼いながら、ドロシーは自分の置かれている境遇に顔をうつむかせた。
そんなドロシーの護衛役だったのが森羅騎士団、アウラたちだった。
「護衛っていっても、ようは体のいい監視役なんですよね」
「建国以来初めてのことだからな。皇族に人間の血が混じったなんて」
「まあ、結局は古めかしい老人たちがやいのやいの騒いでるだけなんだけど」
「ふあぁ…めんどくさいですね…」
「無駄口を慎め。訓練中だ」
「はーいはい…っと」
「おっと、悪い。掠めた」
「平気ですよこのくらい」
薄っすらと腕に切り傷を負ったクルーエルに、ドロシーは小さな手で薬を差し出した。
「これ…」
「もしかして、自分で調合したんですか?」
コクン
「姉さんに教えてもらいながら」
目に生気が無い。
精霊の加護も持たず、大した魔力も持っていない。
自分は産まれてきてはいけなかった存在だという声を聞き続け、それでもなんとか存在の意義を見出そうと、薬の調合を始めたのだろうと、アウラたちは瞬時に理解した。
薬を受け取ったのは、そういった哀れみもあったのかもしれない。
それでも、
「ありがとうございます、ドロシー様」
「……うんっ」
ドロシーの無垢な笑顔は、アウラたちのただの護衛の騎士という立場を変えるきっかけとなった。
「ドロシー様、そろそろお勉強の時間です」
「うえぇ…勉強嫌いぃ…」
「またそんなことを言って」
「だって…」
「…終わったら街へ美味しいものでも食べに行きましょうか」
「ほんと?!」
「はい」
「やった!アウラ大好き!」
「…フフッ。はい」
「あーもう!クルーエルったらまたケガして!」
「ちょっと魔物と遊んでて。こんなのへっちゃらですよ」
「丈夫でもダメなものはダメよ!クルーエルは女の子なんだから!ほらこっち!薬塗ってあげるから!」
「はーい。エヘヘ」
「どうしたの?」
「ドロシー様に優しくされて嬉しいなーって」
「もう…そんなこと言って、次ケガしても知らないんだからね」
「私はいくらケガしてもいいんですよ。ドロシー様がケガしないなら。それが騎士ってものですから」
「ふーん?よくわからない」
「いつかわかってもらえる日が来ますよ」
「ねえヘルガ」
「どうした姫さん?」
「なんでみんなはアタシに優しくしてくれるの?」
「そりゃあ騎士だからな。皇族を守るためにおれたちは存在するからさ」
「そっか…」
「なにしょぼくれた顔してんだ。たとえお前が皇族でなくても、おれたちはお前の傍にいてやるよ」
「本当?」
「ああ。約束だ」
「すぅ、すぅ…」
「こんなところで寝てたら風邪引いちゃうわよ、ティルフィ」
「んーむにゃむにゃ…ドロシー様もお昼寝しましょー」
「あなた一応見張り番してるのよね?そんでアタシ一応は皇女なんだけど?」
「だってぇ、こーんなにいい天気なんですよー?平和っていいですねー」
「クスッ、そうね。いつまでもこんな日が続けばいいのに」
「続きますよ、きっと。そのために私たち騎士はいるんですから」
「~♪」
「あら、今日は機嫌がいいじゃないドロシーちゃん」
「わかる?前から研究してた新しいポーションが完成したの。これでネイアたちがどれだけケガしても治してあげられるわ」
「ドロシーちゃんの薬は本当によく効くものね。けど薬のことばっかりじゃなくて、たまには浮ついた話も聞きたいものだわ」
「浮ついた話って?」
「そうね、好きな人の話とか」
「好きな人…」
「恋人とか欲しいなーって思ったりしないの?クスクス、ドロシーちゃんにはまだ早いかしら。歳もまだ二桁になったばかりだものね」
「バカにしないでよ。アタシだって好きな人の一人や二人…」
「へえ、それは初耳だわ。ぜひ紹介してほしいわね。未来の皇帝陛下に」
「意地悪…。フンッ、今はいいの。今は今で満足してるから。…アタシね、嬉しいの」
「どうして?」
「アタシは人間との間に産まれて、皇族には相応しくなくて、母さんや姉さん以外にはよく思われてないけど…それでも騎士団のみんなはアタシをよく思ってくれてるから。だから…姉さんがいっぱいみたいで、すごく嬉しいの」
「…そう。私たちも嬉しいわよ。可愛い妹が出来て」
「フフッ」
「もう国庫の金が尽きた」
「前皇の崩御から僅か数年…最早これまでか」
「人間など皇帝に据えるべきではなかった」
「女皇は耄碌なされたか」
「森羅騎士団よ、勅命じゃ」
皇帝陛下を抹殺せよ。
滅びゆく国で騎士たちは立ち上がり、その剣を血に染めた。
「呆気ないもんですね」
「何の力も無い人間の男一人、首を刎ねるなんてわけないだろ。なあ隊長さん」
しかし、最早それだけでは事態は収束しないところまで来ていた。
国は機能せず、蔓延する瘴気に森は死んだ。
飢え、渇き、枯れ、果てて…全ての元凶である皇帝が死に、恨みの矛先は生き残った皇族に向いた。
「お前たちのせいで!」
「森を返せ!」
「皇族に呪いを!」
「死を!」
「死を!」
「死を!」
違う。
アウラたちは反論した。
悪いのは人間の男だけだ、元凶は取り除いた、あとは国を立て直すだけだ、と。
けれど、そんな風に庇ったアウラたちの前から、ドロシーたちは消えた。
それはドロシーたちにとっては身を守るための避難でも、アウラたちにとっては責任から目を背けるだけの逃亡も甚だしかった。
「何故…」
最後まで騎士であろうとした者たちは吠えた。
盾であろうとした者たちは叫んだ。
姉であろうとした者たちは嘆いた。
何故…何故、と。
それが百年に渡る憎悪の始まりなどと、いったい誰が知り得ただろう。
愛した者に刃を向けるなど。いったい誰が。
そして――――――――
――――――――
「…………」
「よお。気分はどう?」
「貴様は…」
とりあえず蘇生成功ってとこかな。
アウラが目を覚ますと、続けて他の四人も目を覚ました。
今の状況を察し、弱々しく唇を動かす。
「そう、か…。我々は…死に損なったのか」
「そう言うなよ。人生生きててなんぼでしょ。な、ドロシー」
ドロシーはスッと、横たわるアウラの隣に膝をついた。
「アウラ」
「…殺せ」
「嫌よ」
「生き恥を晒したくはない」
「生きてれば良い事もある。アタシはこの身でそれを知ったわ。逃げて目を背けてきた罪深いアタシにも、生きてていい場所があるんだって。アタシの大好きな人が教えてくれた」
アウラは崩れた天井から空を見上げて、ドロシーに毒を吐いた。
「人間によって国が滅んでも、貴様は人間を愛すると…そう言うのか。そう…言えるのか」
「アタシね、ずっと母さんのことが理解出来なかった。父のせいでアタシは忌み嫌われて、国がおかしくなって、父が処刑されても涙を流せるような人で、死ぬ間際まで父を恨まないでって言うような人だったけど…。愛するってことを知って、母さんの心がやっとわかった。どんな人でも信じたいの。守りたいって思うの。好きって気持ちは止まれない。嘘をつけない。それがたとえ誰かにとっては悪人でも、どうしようもないクズでも、たとえ裏切られても、自分にとってはかけがえのない宝物に思えるの」
ドロシーは毅然とその一言を言い放った。
「たとえ国を追われた愚かな女皇でも、アタシは一人の男を生涯愛し続けた母さんを誇りに思うわ」
願わくばアタシもそうなりたい。
そう綴った。
「愛…か。形はどうあれ、私たちもかつて一人の皇女に同じものを抱いた。小さく、尊く、運命に抗い生きる姿を敬った。花のように笑う姿を愛した。しかし…そいつは私たちを置いて国を捨てた。私たちを選ばなかった。騎士の本懐に泥を塗った」
何故…とアウラは震える口で言葉を紡いだ。
「何故私たちを置いていった…。私たちは皇族を守るための騎士で、あなたを守ることこそが使命だったのに。そしたら、こんなことにはならなかったのに」
涙が一つ。
アウラの頬を流れた。
「何故一言…一緒に来てと願ってくれなかったのですか。ドロシー様…」
ドロシーの目にも涙が浮かんだ。
ポロポロと大粒の涙を落とし、ゴメンなさいと何度も謝った。
ほんの些細なボタンの掛け違え。
百年という空白を埋めるには、まだまだ時間がかかるかもしれない。
だけどドロシーたちなら心配は要らない。私はそう直感した。
だって、風にさざめく木々の音が、まるでドロシーの帰還を歌っているかのように聞こえたから。
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