59 / 80
森羅継承編
51.森羅の厄災
しおりを挟む
氷で覆われたアウラを見て、クルーエルとティルフィの両名は呆れるでも落胆するでもなく、小さく息をつくだけだった。
「まさか隊長まで負けるなんて」
そう言うと、クルーエルは蒼炎で氷を溶かした。
アウラの身体を受け止めると、酷く衰弱しているのが見て取れた。
「お前たち…」
アウラもまた傷付いた同胞の姿を視認し、多くを語ることはなかった。
人間風情にと、悔しさと憎らしさに歯噛みもしない。
「よう」
ヘルガも同様、足取り重そうに現れた。
そして、
「ネイアは先に逝ったみてえだぜ」
魔力の気配が消失した事実を、まるで今日の天気を語るように口にした。
「そうか。ならば、寂しい思いはさせまい」
「ですね」
「はい」
「そうだな。…ハッ、これが約束を破った奴の末路ってわけか」
エルフの騎士たちが何処ぞへと足を向けようとするのを、一つの影が阻んだ。
「まったくどいつもこいつも、大人しく寝ておればよいものを。……なんじゃな、今の言い回しでは妾が悪役のような。まあよいわ」
「吸血鬼…」
「そういうわけにもいかぬ事情があるのは概ね察するがのう。ずっと感じておった禍々しい気配が、先程一層強まった。言え。そなたらは何をしようとしている」
「その目で確かめろよ。じきにわかることさ。生きていられればな」
「クハハ、不老不死にそれを説くのは皮肉が利いておるわ。では忠告しておこう。そなたらが何を望み、何を成そうとしようとも、我が最愛の女が必ず止める。悲願というならば成就せぬ覚悟をせよ。その後でそなたらに何が残るのか、今一度己が心に問え」
テルナの言葉に反応は無く、四人は足下の転移陣に乗り消えた。
淡く光っていた陣が、輝きを失った後に音を立てて砕ける。
アウラらが追跡を防ぐために陣を破壊したらしい。
初からテルナに追跡の意図は無かったのはさておき、吸血鬼は陣の跡を蹴って舌打ちした。
「長命種ほど自らの命を軽んじる」
命を諦めた顔をしたエルフたちを叱責するように、内なる魔力を昂らせる。
「度し難いことこの上ない」
止めねばなるまいて。
さもなくばリコリスが悲しむと、妾は魔力の残滓を辿った。
――――――――
今までいろんな魔物を倒してきた。
最近だとアンノウンなんて未知の魔物も。
だけど、目の前にいるノアという名前の何かは、それらとは明らかに違う。
内側から魔力が爆発するかのように膨れて、葉脈のような光を何度も瞬かせる。
流動的だった身体が定まりだして、やがて上半身だけの巨人みたいになった。
黒い靄を髪みたいに、慄えるくらい澱んだ緑の目を見開くと、ノアは奇怪な叫びを上げて私を襲った。
「ぐっ!!」
形態が変わっても動きは私より速くない。
腕を薙ぎ払う攻撃も、爪を立てて飛ばしてくる斬撃も避けられる。
怖いのは周囲を空気ごと腐らせる瘴気のブレスだけど、瞬間的に【聖魔法】を全開にすることでなんとか防ぐことが出来た。
端的に言えば隙だらけだ。
こちらから仕掛けるタイミングはいくらでもある。だけど…
『助けて…』
たしかに聞こえたんだ。
ドロシーのじゃない誰かの声が。
それがもし、もしもこのノアって何かの声なんだとしたらって考えたら。
どうしたら止められる?
どうしたら抑えられる?
どうしたら。
「ああ゛ァァァアあぁ゛ーーーー!!!」
「ヤッバ……」
判断遅れた。
硬質化した瘴気の剣。
斬られ――――――――ビュンッ!
「グッフ!!」
何かが私の腹に突撃した。
結果的に難を逃れたんだけどさ…
「ゲイル?!」
もうちょい助け方ってあったろ貴様…
『アルジサマ、ナカ』
「ああ」
『タスケル、タスケタイ、タスケテ』
「そのつもりだよ。心配すんな、ドロシーは絶対」
『チガウ。アルジサマダケ、チガウ』
「?」
ゲイルはどことなく悲しそうな目でそれを見やった。
『ノアサマモ、タスケテ』
「ノア…様?」
何が何だ?と思っているところ、ノアは開けた口に瘴気と光を集束させた。
極太のレーザー状の高速のブレスだ。
剣で受けて逸らそうとしたら。
「闇大穴!!」
私とノアとの間に割り込む影が、息を荒らげて渦を広げた。
「エヴァ!」
「っ、防ぎきれない…!」
「いえ、私もいます」
空から降ってきたアルティが、膨大な冷気を宿した手を薙いだ。
「氷獄の断罪!!」
街一つを凍らせるほどのそれを局所的に発動させることで私たちへの被害を防ぎ、ノアの身体を氷漬けにする。
ノアは簡単に氷から脱出したものの、ダメージは通っているように見えない。
魔法への抵抗力が尋常じゃない証拠だ。
「サンキュー二人とも。助かった。無事で何より…って言っていいのかはともかく」
「こ、このくらい…なんでも…」
「ドロシーはまだあれの中ですか」
「ああ。おまけにネイアも取り込んでこの有り様だよ」
「ひっ人を取り込むことで成長する魔物…ってこと、ですか…?」
「ノアって名前なんだってさ。魔物かどうかもわからないけどね」
「それで?どうするつもりですか?」
「どうしようかね」
私は呑気にも頭を掻いた。
正直、さっきまではお手上げだったんだけどさ…あら不思議。
仲間ってのはいいね、そばにいるだけで勇気が湧いてくる。
それが大好きな私の女なら尚更。
「ま、全員助けてやろうぜ」
「全員…ですか」
「おうよ」
「この女好きめ」
「ニシシ、最高の褒め言葉だ」
「やれ、ますか…?私たちに…」
「何だって出来るさ。私の仲間は全員もれなく強いからな。そんでもって」
更に二つ。
穴の底に降り立つ影。
シャーリーとミオさん、それにリルム、シロン、ルドナ、ウルが揃って凛と私の前に並び立った。
「女のために戦う私は無敵だぜ」
「状況はわかりかねますが」
「ええ、やるべきことは変わりません。私の技も心も、全てリコリスさんのご随意のままに」
「ノアを止めてドロシーたちを助ける。手ェ貸せよ」
「了解」
「が、頑張ります!」
相手はスキルも魔法も通じない得体が知れなさすぎる何か。
けど、私たちならやれる。
「行くぞ!!」
待ってろ、今助けるからな。
――――――――
ここはどこ?
アタシは死んだの?
頭がボーっとする。
上も下もわからない暗いところ。
たまに青い光が遠くで瞬いた。
「――――――――で」
何?
「――――んで」
何て言ってるの?
「私を、呼んで」
あなたは、誰?
「私は――――――――」
自分を求めろというその声は、たしかにアタシの耳に届いた。
けれどそんな資格は無いと本能が拒絶する。
このまま眠るのが楽だって。
アタシは闇の中で目を閉じた。
「お願い…私を呼んで…ドロシー」
――――――――
「青薔薇の剣!!」
「救世一刀流、梦幻散華!!」
『傲慢王の斬駆裂爪!!』
『強欲王の空落破柱!!』
『蟲旋穿角弩砲』
アルティ、ミオさん、ウルにルドナにゲイルが、こっちが息苦しくなるほどの攻撃の波を敷く。
【聖魔法】の能力上昇系魔法をかけているけど、どれもこれも致命打にはならず、ノアは構わず私たちを襲った。
『暴食王の晩餐』
『永遠の安寧』
ノアの攻撃に対してはリルムとシロンが対応する。
リルムの捕喰能力でノアを削るけど、その度に超速で再生される。
また、明確な攻撃手段を持たないシロンだけど、こと防衛に関しては群を抜いていて、攻撃そのものを【怠惰】で消沈させ、私たちを守ってくれた。
『リコリス、早くしないとこっちが先にやられるぞ』
「わかってる!もうちょい堪えて!」
私の持ち手で唯一効果が期待出来そうなのが【聖魔法】だ。
小出しにするんじゃなくて特大のを一気にお見舞いするのに溜めがいる。
みんなにやってもらってるのは時間稼ぎだ。
「物理攻撃が効かないとなると、私はほとんど出番がありませんね」
と、シャーリーは投げたナイフがすり抜ける様を見て、不甲斐ないと自分の無力を憂い、そして憤った。
「リコリスさんのお役に立てないなんて、どうしようもない無能…。愛しき人の前で無力を晒して…ああ嘆かわしい。そんなことで、リコリスさんに報いれるものですか…!!」
シャーリーの中でドス黒い感情が渦巻き形になって現れる。
「真影解放!!」
長い髪を振り撒きながら地面に踵を落とす。
するとノアの足元から無数の剣が突出しノアの身体を貫いた。
「魔法?!シャーリーが?!」
【神眼】…【影魔法】?闇属性の魔法の中でも、影を操ることに長けた魔法か。
驚いたけどシャーリー自身も困惑している様子だ。
いや、シャーリーだけじゃない。
なんかみんな強くなってね?
リルムたちも魔力の総量爆増してるっぽいし…これまさか【混沌の王】が影響してる?
……性欲が強くなるだけのスキルじゃなかったのか。
私と繋がってる対象の能力が開化、昇華されるスキル…ことこの状況においては助かりまくりだけど、繋がってるっていやんエッチ!
「リコ今余計なこと考えてませんか?!氷漬けにしますよ!!」
「さーせん!!」
監視の鬼かよ。って。
「アルティ!上だ!」
「問題ありません」
攻撃が当たる前に弾ける。
【星天の盾】…全自動で反応する防御機構か。
またえらくアルティの性格を体現したようなスキルだ――――と感心していると、ノアは再びブレスを吐いた。
「っと…!」
「大丈夫…です」
進化したのは私もだと、エヴァが私を守るために飛んだ。
「【混沌付与魔術】…闇大穴・冥王魔獣!!」
エヴァの【重力魔法】、闇大穴が異形の獣を形取り空を走る。
従来の吸収能力に加えて、新たに取り込んだネイアの毒を魔法に付与してるのか。
「うっお…かっけー」
「エッエヘヘヘヘヘ…こんなくらい、も、もう何発だって連射しちゃいますよヘヘヘヘあ、魔力切れする気持ち悪い吐きそう…」
急に調子乗り子さん。
対象に【混沌】を付与する【混沌付与魔術】か…。
【混沌の王】が凄いのか、それをきっかけに力を開化させるみんなが凄まじいのか。
……うん、難しいことは後でいいや。
「行ってください!リコ!!」
「任せろ!!」
みんなが作ってくれたチャンスだ。
絶対決める。
「聖光浄化!!」
頭部に手を触れ直に魔法をくらわせる。
【聖魔法】の中でも邪気を払うことに特化した浄化の上位版。
いかに魔法が通じにくいといっても、ゼロ距離から【聖魔法】を撃たれれば沈黙せざるを得なかったらしい。
ノアは空を仰いだまま硬直した。
「…死んだわけではないですよね?」
「これを生体反応と呼んでいいのか微妙なところですけど、まだ魔力は流れています」
「しょ、瘴気は鎮静化してさっきよりマシになってますし…」
何回【神眼】で診ても身体の構造すらわからん。
そもそもステータス自体診れないんだけどね。文字化けしたりして。
腹を掻っ捌けばドロシーたちが出てくるわけでもないだろうし。
とりあえず魔法でグルグル巻きにしてはみたもの、さあどうしようか。
こういうとき師匠がいてくれればな。
『――――リス』
「んぁ?」
『聞こえるかリコリス!!』
師匠から【念話】?
なんか慌ててる?
「師匠?無事?よかった、【念話】が通じるようになったんだ」
瘴気が薄れた影響かな。
「今どこにいる?とりあえず合流してほしいんだけど」
『話は後じゃ!そこにノアがいるな!!』
「いるっていうか…まあ、うん。今動きを止めたとこだけど…なんでそんな切羽詰まった感じなの?」
『そのまま押さえつけよ!!多少手荒になるのも厭うな!!何が何でもじゃ!!』
「は?師匠?」
そりゃノアの危険さは私でもわかるけど、一応は制圧したんだ。
なのにこの慌てようはおかしい。
「何があったの?いや、何が起ころうとしてるの?」
『訳合って妾はこの場を動けぬ!!よく聞け!!ノアは魔物でもなければ怪物でもない!!ノアは――――』
師匠の言葉が紡ぎ終わるよりも早く、空から雫が落ちてきた。
それは黒く紅く、けれど光り輝いて眩い小さなもの。
ノアの開いた口の中に落ちると、ドクンと心臓が跳ねて衝撃が生まれ、私たちを吹き飛ばした。
いやだ、助けてと、泣くような声が聞こえた。
――――――――
時を遡ること僅か十数分。
「ここは…神殿か…?」
妾は転移陣の残滓を追い、皇都の外れへとやって来た。
神像さえも崩れ落ちた廃墟。
微かにじゃが聖なる気が残留しておる。
エルフが神事の際に使用していた場所のようじゃな。
天井が崩れ陽の光が差し込む神殿の中央。
陣の四方に立つ奴らは、剣を掲げて光に包まれていた。
「スン…この匂い、血で描かれておるな。妾でも見たことがない術式…いや、強化と結晶化を重複し合わせたことで複雑化しておるが、ベースは…復活の魔法か!!」
それもただの封印解除ではない。
代償を指定した生贄を捧げる魔法陣。
「このッ、愚か者共!!」
宿命ヲ架ス鉄血ノ磔なら止めることは容易。
しかし、ときに一念は力を凌駕する。
「頼むよ吸血鬼。もう、邪魔をするな」
まるで巨山を前にしているかのような鉄の塊が降ってくる。
風前の灯は最大の揺らめきを見せるというが、まさにそれであった。
血の刃で乱斬りにする、ほんの僅かな足止めが致命的に時間を奪った。
「我らの憎悪を」
「我らの憤怒を」
「その身に宿し覚醒せよ」
「森羅万象を蝕み殺せ……ノア!!!」
黒い光が極限まで強まり、陣の中心に赤黒い血のような雫が集まる。
すると四人は糸が切れたようにその場に倒れ、雫は彼方へと飛んだ。
あの方向は城か…しかし先のノアというのは…
「まさかあのノアか…?いやしかし…そんなことがありえるのか…?そうじゃとしたら…まずい!リコリス!聞こえぬのかリコリス!!」
妾が想像しているとおりなら…
はやく、はやく繋がってくれと【念話】を試みる一方、四人の安否も気にかける。
「くっ!世話の焼ける!救恤ノ園!!」
はたして、これでどれだけ保たせられるか。
「リコリス…リコリス!!」
種族のゴタゴタが、よもやこんなことに発展しようとは。
さしもの妾とて予想だにせなんだよ。
リコリスよ応えよ。
でなければ…世界が破滅するぞ。
「まさか隊長まで負けるなんて」
そう言うと、クルーエルは蒼炎で氷を溶かした。
アウラの身体を受け止めると、酷く衰弱しているのが見て取れた。
「お前たち…」
アウラもまた傷付いた同胞の姿を視認し、多くを語ることはなかった。
人間風情にと、悔しさと憎らしさに歯噛みもしない。
「よう」
ヘルガも同様、足取り重そうに現れた。
そして、
「ネイアは先に逝ったみてえだぜ」
魔力の気配が消失した事実を、まるで今日の天気を語るように口にした。
「そうか。ならば、寂しい思いはさせまい」
「ですね」
「はい」
「そうだな。…ハッ、これが約束を破った奴の末路ってわけか」
エルフの騎士たちが何処ぞへと足を向けようとするのを、一つの影が阻んだ。
「まったくどいつもこいつも、大人しく寝ておればよいものを。……なんじゃな、今の言い回しでは妾が悪役のような。まあよいわ」
「吸血鬼…」
「そういうわけにもいかぬ事情があるのは概ね察するがのう。ずっと感じておった禍々しい気配が、先程一層強まった。言え。そなたらは何をしようとしている」
「その目で確かめろよ。じきにわかることさ。生きていられればな」
「クハハ、不老不死にそれを説くのは皮肉が利いておるわ。では忠告しておこう。そなたらが何を望み、何を成そうとしようとも、我が最愛の女が必ず止める。悲願というならば成就せぬ覚悟をせよ。その後でそなたらに何が残るのか、今一度己が心に問え」
テルナの言葉に反応は無く、四人は足下の転移陣に乗り消えた。
淡く光っていた陣が、輝きを失った後に音を立てて砕ける。
アウラらが追跡を防ぐために陣を破壊したらしい。
初からテルナに追跡の意図は無かったのはさておき、吸血鬼は陣の跡を蹴って舌打ちした。
「長命種ほど自らの命を軽んじる」
命を諦めた顔をしたエルフたちを叱責するように、内なる魔力を昂らせる。
「度し難いことこの上ない」
止めねばなるまいて。
さもなくばリコリスが悲しむと、妾は魔力の残滓を辿った。
――――――――
今までいろんな魔物を倒してきた。
最近だとアンノウンなんて未知の魔物も。
だけど、目の前にいるノアという名前の何かは、それらとは明らかに違う。
内側から魔力が爆発するかのように膨れて、葉脈のような光を何度も瞬かせる。
流動的だった身体が定まりだして、やがて上半身だけの巨人みたいになった。
黒い靄を髪みたいに、慄えるくらい澱んだ緑の目を見開くと、ノアは奇怪な叫びを上げて私を襲った。
「ぐっ!!」
形態が変わっても動きは私より速くない。
腕を薙ぎ払う攻撃も、爪を立てて飛ばしてくる斬撃も避けられる。
怖いのは周囲を空気ごと腐らせる瘴気のブレスだけど、瞬間的に【聖魔法】を全開にすることでなんとか防ぐことが出来た。
端的に言えば隙だらけだ。
こちらから仕掛けるタイミングはいくらでもある。だけど…
『助けて…』
たしかに聞こえたんだ。
ドロシーのじゃない誰かの声が。
それがもし、もしもこのノアって何かの声なんだとしたらって考えたら。
どうしたら止められる?
どうしたら抑えられる?
どうしたら。
「ああ゛ァァァアあぁ゛ーーーー!!!」
「ヤッバ……」
判断遅れた。
硬質化した瘴気の剣。
斬られ――――――――ビュンッ!
「グッフ!!」
何かが私の腹に突撃した。
結果的に難を逃れたんだけどさ…
「ゲイル?!」
もうちょい助け方ってあったろ貴様…
『アルジサマ、ナカ』
「ああ」
『タスケル、タスケタイ、タスケテ』
「そのつもりだよ。心配すんな、ドロシーは絶対」
『チガウ。アルジサマダケ、チガウ』
「?」
ゲイルはどことなく悲しそうな目でそれを見やった。
『ノアサマモ、タスケテ』
「ノア…様?」
何が何だ?と思っているところ、ノアは開けた口に瘴気と光を集束させた。
極太のレーザー状の高速のブレスだ。
剣で受けて逸らそうとしたら。
「闇大穴!!」
私とノアとの間に割り込む影が、息を荒らげて渦を広げた。
「エヴァ!」
「っ、防ぎきれない…!」
「いえ、私もいます」
空から降ってきたアルティが、膨大な冷気を宿した手を薙いだ。
「氷獄の断罪!!」
街一つを凍らせるほどのそれを局所的に発動させることで私たちへの被害を防ぎ、ノアの身体を氷漬けにする。
ノアは簡単に氷から脱出したものの、ダメージは通っているように見えない。
魔法への抵抗力が尋常じゃない証拠だ。
「サンキュー二人とも。助かった。無事で何より…って言っていいのかはともかく」
「こ、このくらい…なんでも…」
「ドロシーはまだあれの中ですか」
「ああ。おまけにネイアも取り込んでこの有り様だよ」
「ひっ人を取り込むことで成長する魔物…ってこと、ですか…?」
「ノアって名前なんだってさ。魔物かどうかもわからないけどね」
「それで?どうするつもりですか?」
「どうしようかね」
私は呑気にも頭を掻いた。
正直、さっきまではお手上げだったんだけどさ…あら不思議。
仲間ってのはいいね、そばにいるだけで勇気が湧いてくる。
それが大好きな私の女なら尚更。
「ま、全員助けてやろうぜ」
「全員…ですか」
「おうよ」
「この女好きめ」
「ニシシ、最高の褒め言葉だ」
「やれ、ますか…?私たちに…」
「何だって出来るさ。私の仲間は全員もれなく強いからな。そんでもって」
更に二つ。
穴の底に降り立つ影。
シャーリーとミオさん、それにリルム、シロン、ルドナ、ウルが揃って凛と私の前に並び立った。
「女のために戦う私は無敵だぜ」
「状況はわかりかねますが」
「ええ、やるべきことは変わりません。私の技も心も、全てリコリスさんのご随意のままに」
「ノアを止めてドロシーたちを助ける。手ェ貸せよ」
「了解」
「が、頑張ります!」
相手はスキルも魔法も通じない得体が知れなさすぎる何か。
けど、私たちならやれる。
「行くぞ!!」
待ってろ、今助けるからな。
――――――――
ここはどこ?
アタシは死んだの?
頭がボーっとする。
上も下もわからない暗いところ。
たまに青い光が遠くで瞬いた。
「――――――――で」
何?
「――――んで」
何て言ってるの?
「私を、呼んで」
あなたは、誰?
「私は――――――――」
自分を求めろというその声は、たしかにアタシの耳に届いた。
けれどそんな資格は無いと本能が拒絶する。
このまま眠るのが楽だって。
アタシは闇の中で目を閉じた。
「お願い…私を呼んで…ドロシー」
――――――――
「青薔薇の剣!!」
「救世一刀流、梦幻散華!!」
『傲慢王の斬駆裂爪!!』
『強欲王の空落破柱!!』
『蟲旋穿角弩砲』
アルティ、ミオさん、ウルにルドナにゲイルが、こっちが息苦しくなるほどの攻撃の波を敷く。
【聖魔法】の能力上昇系魔法をかけているけど、どれもこれも致命打にはならず、ノアは構わず私たちを襲った。
『暴食王の晩餐』
『永遠の安寧』
ノアの攻撃に対してはリルムとシロンが対応する。
リルムの捕喰能力でノアを削るけど、その度に超速で再生される。
また、明確な攻撃手段を持たないシロンだけど、こと防衛に関しては群を抜いていて、攻撃そのものを【怠惰】で消沈させ、私たちを守ってくれた。
『リコリス、早くしないとこっちが先にやられるぞ』
「わかってる!もうちょい堪えて!」
私の持ち手で唯一効果が期待出来そうなのが【聖魔法】だ。
小出しにするんじゃなくて特大のを一気にお見舞いするのに溜めがいる。
みんなにやってもらってるのは時間稼ぎだ。
「物理攻撃が効かないとなると、私はほとんど出番がありませんね」
と、シャーリーは投げたナイフがすり抜ける様を見て、不甲斐ないと自分の無力を憂い、そして憤った。
「リコリスさんのお役に立てないなんて、どうしようもない無能…。愛しき人の前で無力を晒して…ああ嘆かわしい。そんなことで、リコリスさんに報いれるものですか…!!」
シャーリーの中でドス黒い感情が渦巻き形になって現れる。
「真影解放!!」
長い髪を振り撒きながら地面に踵を落とす。
するとノアの足元から無数の剣が突出しノアの身体を貫いた。
「魔法?!シャーリーが?!」
【神眼】…【影魔法】?闇属性の魔法の中でも、影を操ることに長けた魔法か。
驚いたけどシャーリー自身も困惑している様子だ。
いや、シャーリーだけじゃない。
なんかみんな強くなってね?
リルムたちも魔力の総量爆増してるっぽいし…これまさか【混沌の王】が影響してる?
……性欲が強くなるだけのスキルじゃなかったのか。
私と繋がってる対象の能力が開化、昇華されるスキル…ことこの状況においては助かりまくりだけど、繋がってるっていやんエッチ!
「リコ今余計なこと考えてませんか?!氷漬けにしますよ!!」
「さーせん!!」
監視の鬼かよ。って。
「アルティ!上だ!」
「問題ありません」
攻撃が当たる前に弾ける。
【星天の盾】…全自動で反応する防御機構か。
またえらくアルティの性格を体現したようなスキルだ――――と感心していると、ノアは再びブレスを吐いた。
「っと…!」
「大丈夫…です」
進化したのは私もだと、エヴァが私を守るために飛んだ。
「【混沌付与魔術】…闇大穴・冥王魔獣!!」
エヴァの【重力魔法】、闇大穴が異形の獣を形取り空を走る。
従来の吸収能力に加えて、新たに取り込んだネイアの毒を魔法に付与してるのか。
「うっお…かっけー」
「エッエヘヘヘヘヘ…こんなくらい、も、もう何発だって連射しちゃいますよヘヘヘヘあ、魔力切れする気持ち悪い吐きそう…」
急に調子乗り子さん。
対象に【混沌】を付与する【混沌付与魔術】か…。
【混沌の王】が凄いのか、それをきっかけに力を開化させるみんなが凄まじいのか。
……うん、難しいことは後でいいや。
「行ってください!リコ!!」
「任せろ!!」
みんなが作ってくれたチャンスだ。
絶対決める。
「聖光浄化!!」
頭部に手を触れ直に魔法をくらわせる。
【聖魔法】の中でも邪気を払うことに特化した浄化の上位版。
いかに魔法が通じにくいといっても、ゼロ距離から【聖魔法】を撃たれれば沈黙せざるを得なかったらしい。
ノアは空を仰いだまま硬直した。
「…死んだわけではないですよね?」
「これを生体反応と呼んでいいのか微妙なところですけど、まだ魔力は流れています」
「しょ、瘴気は鎮静化してさっきよりマシになってますし…」
何回【神眼】で診ても身体の構造すらわからん。
そもそもステータス自体診れないんだけどね。文字化けしたりして。
腹を掻っ捌けばドロシーたちが出てくるわけでもないだろうし。
とりあえず魔法でグルグル巻きにしてはみたもの、さあどうしようか。
こういうとき師匠がいてくれればな。
『――――リス』
「んぁ?」
『聞こえるかリコリス!!』
師匠から【念話】?
なんか慌ててる?
「師匠?無事?よかった、【念話】が通じるようになったんだ」
瘴気が薄れた影響かな。
「今どこにいる?とりあえず合流してほしいんだけど」
『話は後じゃ!そこにノアがいるな!!』
「いるっていうか…まあ、うん。今動きを止めたとこだけど…なんでそんな切羽詰まった感じなの?」
『そのまま押さえつけよ!!多少手荒になるのも厭うな!!何が何でもじゃ!!』
「は?師匠?」
そりゃノアの危険さは私でもわかるけど、一応は制圧したんだ。
なのにこの慌てようはおかしい。
「何があったの?いや、何が起ころうとしてるの?」
『訳合って妾はこの場を動けぬ!!よく聞け!!ノアは魔物でもなければ怪物でもない!!ノアは――――』
師匠の言葉が紡ぎ終わるよりも早く、空から雫が落ちてきた。
それは黒く紅く、けれど光り輝いて眩い小さなもの。
ノアの開いた口の中に落ちると、ドクンと心臓が跳ねて衝撃が生まれ、私たちを吹き飛ばした。
いやだ、助けてと、泣くような声が聞こえた。
――――――――
時を遡ること僅か十数分。
「ここは…神殿か…?」
妾は転移陣の残滓を追い、皇都の外れへとやって来た。
神像さえも崩れ落ちた廃墟。
微かにじゃが聖なる気が残留しておる。
エルフが神事の際に使用していた場所のようじゃな。
天井が崩れ陽の光が差し込む神殿の中央。
陣の四方に立つ奴らは、剣を掲げて光に包まれていた。
「スン…この匂い、血で描かれておるな。妾でも見たことがない術式…いや、強化と結晶化を重複し合わせたことで複雑化しておるが、ベースは…復活の魔法か!!」
それもただの封印解除ではない。
代償を指定した生贄を捧げる魔法陣。
「このッ、愚か者共!!」
宿命ヲ架ス鉄血ノ磔なら止めることは容易。
しかし、ときに一念は力を凌駕する。
「頼むよ吸血鬼。もう、邪魔をするな」
まるで巨山を前にしているかのような鉄の塊が降ってくる。
風前の灯は最大の揺らめきを見せるというが、まさにそれであった。
血の刃で乱斬りにする、ほんの僅かな足止めが致命的に時間を奪った。
「我らの憎悪を」
「我らの憤怒を」
「その身に宿し覚醒せよ」
「森羅万象を蝕み殺せ……ノア!!!」
黒い光が極限まで強まり、陣の中心に赤黒い血のような雫が集まる。
すると四人は糸が切れたようにその場に倒れ、雫は彼方へと飛んだ。
あの方向は城か…しかし先のノアというのは…
「まさかあのノアか…?いやしかし…そんなことがありえるのか…?そうじゃとしたら…まずい!リコリス!聞こえぬのかリコリス!!」
妾が想像しているとおりなら…
はやく、はやく繋がってくれと【念話】を試みる一方、四人の安否も気にかける。
「くっ!世話の焼ける!救恤ノ園!!」
はたして、これでどれだけ保たせられるか。
「リコリス…リコリス!!」
種族のゴタゴタが、よもやこんなことに発展しようとは。
さしもの妾とて予想だにせなんだよ。
リコリスよ応えよ。
でなければ…世界が破滅するぞ。
10
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
人見知り転生させられて魔法薬作りはじめました…
雪見だいふく
ファンタジー
私は大学からの帰り道に突然意識を失ってしまったらしい。
目覚めると
「異世界に行って楽しんできて!」と言われ訳も分からないまま強制的に転生させられる。
ちょっと待って下さい。私重度の人見知りですよ?あだ名失神姫だったんですよ??そんな奴には無理です!!
しかし神様は人でなし…もう戻れないそうです…私これからどうなるんでしょう?
頑張って生きていこうと思ったのに…色んなことに巻き込まれるんですが…新手の呪いかなにかですか?
これは3歩進んで4歩下がりたい主人公が騒動に巻き込まれ、時には自ら首を突っ込んでいく3歩進んで2歩下がる物語。
♪♪
注意!最初は主人公に対して憤りを感じられるかもしれませんが、主人公がそうなってしまっている理由も、投稿で明らかになっていきますので、是非ご覧下さいませ。
♪♪
小説初投稿です。
この小説を見つけて下さり、本当にありがとうございます。
至らないところだらけですが、楽しんで頂けると嬉しいです。
完結目指して頑張って参ります
みんなで転生〜チートな従魔と普通の私でほのぼの異世界生活〜
ノデミチ
ファンタジー
西門 愛衣楽、19歳。花の短大生。
年明けの誕生日も近いのに、未だ就活中。
そんな彼女の癒しは3匹のペット達。
シベリアンハスキーのコロ。
カナリアのカナ。
キバラガメのキィ。
犬と小鳥は、元は父のペットだったけど、母が出て行ってから父は変わってしまった…。
ペットの世話もせず、それどころか働く意欲も失い酒に溺れて…。
挙句に無理心中しようとして家に火を付けて焼け死んで。
アイラもペット達も焼け死んでしまう。
それを不憫に思った異世界の神が、自らの世界へ招き入れる。せっかくだからとペット達も一緒に。
何故かペット達がチートな力を持って…。
アイラは只の幼女になって…。
そんな彼女達のほのぼの異世界生活。
テイマー物 第3弾。
カクヨムでも公開中。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった
ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。
しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。
リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。
現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!
異世界に来ちゃったよ!?
いがむり
ファンタジー
235番……それが彼女の名前。記憶喪失の17歳で沢山の子どもたちと共にファクトリーと呼ばれるところで楽しく暮らしていた。
しかし、現在森の中。
「とにきゃく、こころこぉ?」
から始まる異世界ストーリー 。
主人公は可愛いです!
もふもふだってあります!!
語彙力は………………無いかもしれない…。
とにかく、異世界ファンタジー開幕です!
※不定期投稿です…本当に。
※誤字・脱字があればお知らせ下さい
(※印は鬱表現ありです)
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる