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迷宮探究編
37.英雄譚
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私は人とは違う。
暗くて、話し下手だけど、すごい魔法が使えた。すごいスキルが使えた。
私はこの力で人の役に立てるようになろう。
みんなを守れる英雄になろう。
そう心に決めて。
「怪物みたい…」
鏡に映った自分があまりにも怖くて、私は視界を覆うように髪を伸ばし始めた。
――――――――
青い炎が揺らめく松明に導かれながら、私たちは長い通路を進んだ。
その道中。
「リコリスさん、ついてきてくれてありがとうございます」
「?」
「師匠が心配で来てくれたんですよね。嬉しいです」
「大げさだって。当たり前のことだよ」
「いいえ、本当に嬉しいんです。師匠は本当にすごい人なのに、あの性格だからあんまり…というか全然世間には認知されてなくて…。それが悔しいというか、歯痒いというか…まあ、実際に有名になったらなったで師匠はあたふたして終わる気もするんですけど」
あー想像に容易い。
「ほんの少しでも、師匠のすごいところを、いいところを知っててくれる人がいるだけで、私はすごく嬉しいんです。皆さんが旅の途中だっていうのはわかってます。でも、もしご迷惑でないのなら…これからも師匠と仲良くしてくれませんか?」
「アハハ、サリーナちゃんお母さんみたいだね」
私はサリーナちゃんの頭に手を置いた。
「そのつもりだよ。エヴァちゃんいい子っぽいし。めっちゃ可愛いし♡なんかほっとけない感じがして目が離せなくなるんだよね。なんとなくだけど。あ、もちろんサリーナちゃんも可愛いよ♡地上に帰ったらお姉さんといいことしよーね♡」
「はへっ?!」
「不埒」
「死罪」
「限りなく厳選された言葉のナイフ」
通路を進むに連れて、徐々に足が重くなるのがわかった。
薄い膜を何重にも張られてるみたいな進みづらさ。
それはまるで、この先に待ち構えているものが、私たちの侵入を拒んでいるかのようだった。
そしてそいつは私たちを視界に捉えるなり、青い炎を滾らせた。
「マリスシャープリッパー…」
「まだ生きてたのか、あの死にぞこない」
「レイス相手に洒落の効いた皮肉だこと」
「今度こそ跡形もなく消し飛ばしてやんよ」
マリスシャープリッパーは、異形となった身体を痙攣したように震わせた。
奇怪な唸り声が耳を劈き、私たちを苦悶させる。
すると、周囲から無数の霊魂が現れた。
「なんですか…?」
マリスシャープリッパーが口を開けると、霊魂が猛烈な勢いで吸い込まれていく。
腹が膨れ、身体中が膨れ、頭が膨れ。
最後の霊魂を飲み込んだとき、霊体は轟音を立てて破裂した。
自爆…それで終わりならよかったけど、現実は甘くない。
「あ゛ァ…」
産み落ちたそいつは、人の形をした何かだった。
闇に大きな一つ目がくっついたみたいな化け物。
【神眼】でもそれが何ものなのかわからない。魔物なのかどうかすら。
正体不明。未知の何か。
「アンノウン…とでも名付けとこうかな」
「名前に意味があるかはわかりかねますが…」
「いいんじゃない?新種の魔物なら歴史的発見なわけだから」
普通に話をして心を冷静に保とうとする。
そうでもしなきゃ、怖がる妹たちを更に怖がらせるだけだったから。
「何もわからないなら出方を窺って様子を見るのが定石なのでしょうけれど」
「向こうが何かしてくる前に、全開でぶっ潰す。マリア、ジャンヌ、ドロシーとサリーナちゃんを守ってて。出来る?」
「う、うん!」
「わかりました!」
「私とシャーリーが前衛、アルティとエヴァちゃんが後衛。私たちのことは気にしないでいいから、ガンガン魔法使ってけ」
「了解」
「ええ」
「わかっ、わかりました」
剣を抜いたのを皮切りに、私とシャーリーは並んで駆け出した。
地面が陥没するくらい力を込めて。
「青薔薇の剣」
「重力核」
二人の魔法が凄まじい魔力を巻き起こして炸裂する中、私は剣を振って左肩から右の脇腹までを斬り、シャーリーは蹴りを頭へとめり込ませた。
全部が全部一撃必殺の威力。
にも関わらず、アンノウンは闇の中に出現させた口を大きく裂かせて笑った。
「ぐっ!!」
「シャーリー!!っあ!!」
背中から生えた触手がシャーリーを弾き飛ばし、鎌に変化させた左手を剣で受け止めた私は、体勢を崩して地面に叩きつけられた。
バカ強いんだが…
私じゃなかったら頭割られて死んでたぞ…
「リコ!!」
アンノウンは叫んだアルティの方に向いて、触手を槍のように硬質化させた。
「鈍足化!拘束!」
間一髪、ドロシーの魔法が間に合い致命傷は避けたけど、アルティの腕が掠めて血が流れた。
邪魔されたことに苛立ちでも覚えたか、アンノウンはアルティたちにも触手を向けた。
「せやあっ!!」
「たあっ!!」
マリアとジャンヌが応戦するけど、手数も速さもアンノウンが上。
続けざまにみんなが傷を負わされ額に青筋を立てた。
「てめえ…なに私の女に手ェ出してんだ!!」
突き出してくるそれを引きちぎって前進し、両腕と首を切り飛ばす。
けれどアンノウンは倒れることはおろかすぐに再生し、ダメージさえ無いように尚も不気味に笑い続けた。
「【魔力吸収】」
腹の底に響くような声が聞こえた瞬間、私たちの身体が重くなった。
「これは…」
「魔力が…吸われて…」
触手で払われて壁に激突する。
それ自体は効いてないけど、立ち上がったときにはみんなほとんど地面に倒れていた。
こいつ、人の魔力を自分の力に変えるのか。
「う…」
「くぅ…」
かろうじて立ててるのは私とシャーリー、それに魔力の容量が多いアルティだけだけど、エヴァちゃんだけは少しも狼狽えていなかった。
「かなりキツい攻撃だったけど、エヴァちゃんは平気なの?」
「あ、いえ…魔力はもう、ほとんど無い、です。でも…私は、倒れちゃいけないから…」
「エヴァちゃん…?」
エヴァちゃんは呼吸を整えると、膝を曲げて前に飛び出した。
速いわけじゃないのに触手の攻撃を躱してアンノウンの懐に潜り込む。
「……っ!」
強そうに見えない、構えなんてないような、ただ振り回しただけのパンチが突き刺さって、アンノウンを壁際まで吹き飛ばした。
「うっお…マジか…」
「魔法じゃない、身体能力だけで?」
「何者…?」
いやいや呆気に取られてる場合じゃねえ!
攻められるときに攻めろリコリス!
「おおおっ!!」
風の刃を飛ばすのと同時に、アルティが氷の矢を降り注がせ、シャーリーが秒間十数発の蹴りを放つ。
アンノウンの威圧に圧倒されながら、私たちは渾身を見舞った。
けれどアンノウンは逆境を嘲笑う。
束ねた触手が私の剣を折り、アルティとシャーリーを続けざまに薙ぎ倒して、エヴァちゃんの腹を穿った。
「…っ」
フラフラとよろめくエヴァちゃんに、アンノウンは触手を数本突き出した。
左肩を、脚をと貫いて、真っ赤な血が辺りに飛び散った。
「みんな!!エヴァちゃん!!……この野郎!!」
風で触手を切りエヴァちゃんを抱きかかえる。
重傷だ。すぐにポーションを飲ませないと…と、ポケットから試験管を取り出して、私は目を疑った。
「傷が…塞がってる…?」
「あの、私…」
何かを言う前にアンノウンが攻撃を仕掛けてきて、伸ばした触手に対してエヴァちゃんが私を庇う形で前に出た。
今度は貫かれない。
硬い触手がエヴァちゃんに当たって逸れた。
目を丸くした。
攻撃を弾いたことよりも、エヴァちゃんの腕が瑠璃色の鱗に覆われていたからだ。
「私は…目立たなくて、頼りないけど…誰かを守るために、戦うんだ…」
エヴァちゃんは、私たちの前で姿を変えた。
「本気で…行く…!」
――――――――
第二階層の転移陣を用いて地上に出た妾と王女。
妾が木陰で休もうとする反面、王女はすぐに救援に向かうべきだと騎士団を送り込もうとした。
「やめておけ王女よ。必要はあるまい」
「ですが!」
「必要は無いと、この妾が言うのじゃ。そなたらはここで大人しくしておれ」
まったく。
人というのは総じて心配性でいかん。
本気で危険と思うたならば、撤退などせず妾が手を下したというのに。
「あの場にはリコリスがおる。それだけで案じる必要の無い理由にはなろう。それに大賢者であるアルティを始め、百合の楽園は精鋭で構成されたパーティーじゃ。万が一は無い。それに、あのエヴァとかいう娘もいる」
言うと、王女は怪訝な顔をした。
確かに大賢者だが…とでも言いたそうな。
…よもや、気付いておらぬのか?
あの娘がいったい何者なのか。
本人も話そうとしなかったのか、理由など定かではないが。
「ともかく、妾らはここで悠然と奴らの帰りを待っておればよい」
必ず帰ってくる。
こんなところで、妾らの旅路は途絶えぬよ。
のう?リコリス。
――――――――
鱗を鎧みたいに纏った腕。
コウモリの羽。
無骨な爪、剣の髪に蛇の尻尾。
触手、棘、獣の頭。
瞳孔が縦に避けた瞳。
およそ人間とはかけ離れた姿で、エヴァちゃんはアンノウン相手に立ち向かった。
引き裂かれて、貫かれる度に、引き裂いて貫く。
勇ましく、剛く、悍ましく、それでいて…
――――――――
この姿のとき、私の運動能力と魔力は上昇する。
戦略も何も無いただの力押し。
けどこのときの私が一番強い。
怖がらせてゴメンなさい。
せめてすぐに終わらせようって、力いっぱいパンチを叩き込んだ。
「ァ…ああ…あ゛ァァァァ…」
アンノウンは顔の部分以外に出現させた目でギョロリと睨みつけて、鋭利な触手で私の右肩から先を切り飛ばした。
腕は再生する。
けど、アンノウンはそれより速く私の喉を抉ろうとしてきた。
「ぜぇりゃあ!!」
間一髪のところでリコリスさんの蹴りがアンノウンを吹き飛ばす。
「あっぶ…ギリギリ…。大丈夫?」
「へ?あ、はい…」
「心なしかエヴァちゃんの攻撃は効いてるような気がするんだけどなんで?物理でガン殴りしてるだけじゃないでしょ?」
「え、と…毒で…」
「なるほど毒か。再生能力がエグちすぎて盲点だった」
倒れた私を腕で支えながら、冷静に状況を分析する。
それよりも…
「あの…」
「どうしたの?」
「いや…私、こんな姿なのに…」
「だから?」
「怖く…ないんですか?」
リコリスさんは本気で何を言ってるのかわからないと首を傾げてから、ニシシと歯を見せて笑った。
「なんで?かっけーじゃん」
「…………!」
怖がられるかと思った。
遠ざけられるかと思った。
けど、この人は…
「それより今はあいつだ。エヴァちゃんの攻撃が効くんなら、私が盾になって隙を作るよ」
「盾って…いやでも、リコリスさん…」
リコリスさんは折れた剣で腕を斬ってみせた。
赤い血が吹き出して、すぐに傷が治る。
「それ…」
「エヴァちゃんと一緒。私もちょっとだけ特別なんだよ。だからエヴァちゃんが何者でも信じられる」
だから…と握られた手は力強く熱かった。
「エヴァちゃんも私を信じて」
「……はい!」
それ以外の言葉が、まるで私の中から消失したかのようで。
「行くぜ」
勝利を信じてやまないその目に、魔法のような声に。惹かれるまま、私の足は地面を蹴っていた。
――――――――
エヴァちゃんが何者でもいい。
みんなを守ろうとした以外の答えなんかいらない。
ごちゃごちゃしたことは後回しだ。
今は、あいつを倒す!
「【影分身】!【神速】!」
私以外に4つの分身が生まれ、衝撃波を発生させる勢いで風を切る。
手には新しい剣を。
【記憶創造】…私が造ったことのあるものなら、魔力を消費して瞬時に同じものを創造出来る、アテナから授かったユニークスキルによる力。
分身も剣も造ったそばから打ち消されていったけど、全部囮ならなんの問題も無い。
本命はこっちだ。
「受けられるもんなら受けてみろ!!【暴食】!!」
発動がラグくて全部は取り込めなかったけど、黒いエネルギーが渦巻いてアンノウンの右腕を丸々呑み込んだ。
【暴食】は喰らった対象を時空間の外に幽閉するスキル。
回復はおろか再生の影響も受けない。
【暴食】の発動直後、私は動けなくなってその場に突っ伏したけど…一瞬の隙を作れればよかった。
後は頼むよ…
「行け!エヴァ!!」
「混成獣の毒針」
左手の先の狼の頭が口を開け針を飛び出させる。
それは針とは言い難いサイズで、アンノウンの胸に大きな風穴を開けた。
体内へと侵入した毒が身体を破壊していく。
アンノウンは悪あがきとばかりに触手をエヴァちゃんに向けた。
「【強欲】!!」
いい加減終われこのやろー。
【強欲】は、相手の能力の強制奪取スキル。
簒奪とも呼ぶべき力に、アンノウンは目と口を閉じて沈黙し、ただの黒となってその場で霧散した。
今度こそ、迷宮皇の攻略が完了したのだ。
はー…終わったぜー…
「リコリス、さん…えと…」
そんなカッコいい姿でモジモジすんなよ。
そこも可愛いけど。
「おつかれ、戦友」
「…!は、はい…!リコリス……ちゃん…うわわわわすすすすすみませんすみませんちゃん付けとかして調子に乗りましたすみませんお金払います!」
「解決策が生々しいって」
ちゃん付けか…久しくなかったこの感じ。
いいじゃん。
なんか心が近付いた感じでさ。
「さて、とりあえず」
ぐぎゅるるるる…
「お腹、すいたぁ…がくっ」
「リコリスさ、ちゃ、あ…あわわ…どどどどうしよう…えと、えっと…………スッ」
「死んでねえから拝むんじゃねえ」
「むしゃむしゃ…はーお菓子うめぇ~」
「戦いの後でよく食べられますね」
「いや食べたくて食べてるわけじゃねーんだわ」
この【暴食】ってスキル…リルムのユニークスキルなんだけど、使ったら異常にお腹すくんだよね。
強力なんだけど、字面のとおり食欲がエグいことになるのは、これがリルム専用のスキルだからなのかもしれない。
使い所を間違えたら自滅するから、間違いなくとっておきである。
「人間の身体に合ってないんじゃない?」
「かもね。他のスキルも要注意だ。でも【強欲】は使ってもそんなになんだよなぁ。なんでだろ」
「それはあんたが普段から度の過ぎた欲張りだからでしょ」
「ハッハッハ、それが回復かけてやった私への態度か頭を垂れて蹲え貴様!」
何はともあれ、みんな無事でよかった。
「あ、地上への転移陣です!」
「宝箱も出たー!」
中身に興味はあるけど、フィニッシャーはエヴァだ。
「エヴァ」
「むぐっ?!ゴリッガキン…ゴクッ…あ、は、はい…!なな、なんでしょう?」
今魔石食っとったな。
あれがエヴァの力の源ってとこか。
「宝箱。中身はエヴァのものだよ。何が入ってるか開けてみて」
「い、いや、この勝利はみんなのもので」
「そんなことありませんよ。おぼろげながら二人の戦闘は見ていました」
アルティの言葉に、エヴァは一瞬ビクッとした。
「事情は知りません。あなたが秘密にしておきたいのならそうします。エヴァさん…いえ、エヴァ。私は、大賢者としてのあなたを尊敬します。他者を守るために力を奮えるあなたを、心から」
「アルティ…さん…」
「ちゃん付けでいいですよ。リコにもそうしているでしょう?」
「はい…アルティ、ちゃん」
アルティが差し出した手を掴んで、二人は気恥ずかしそうに顔を赤らめた。
美少女の友情てぇてぇ~。
この初々しい感じすこ~。
永久に続いてくりゃしゃんせ~。
のち、宝箱の確認。
宝箱の中には、指輪とブレスレットが一つずつ入っていた。
それぞれ、迷宮の指輪と亜空のブレスレット。
迷宮の指輪は自分の魔力と意思に応じた迷宮を作成する能力があり、亜空のブレスレットは無限にアイテムを収納出来る宝具だった。
フィニッシャーはエヴァだけど、エヴァの計らいでどちらか一つを私がもらえることになった。
【アイテムボックス】持ちでこれ以上の収納を必要としない私に迷宮の指輪を。
女王陛下からは、見つけたアイテムは自分のものにしていいと賜っているので、遠慮なくもらっておく。
「迷宮を造れる指輪かぁ…。……触手とローションたっぷりのクソエロ迷宮造ろーっと♡」
「没収しますよ。指ごと」
「特○呪物じゃねーんだよ」
地上に出た頃には、とっくに夜になっていた。
リエラが泣きそうな顔でおかえりのハグをしてくれてよっしゃーってなったり、師匠によくやったと頭を撫でてもらったり。
照れくさいけど、帰りを待っててくれる人たちがいてとても嬉しかった。
まあ、その後の女王陛下への報告に時間がかかって、私たちが解放されたのは深夜になったけど。
「ご苦労。報酬については後日改めて支払うことにしよう。今日は城で休むといい」
女王陛下の図らいにより身体が沈むロイヤルなベッドを堪能出来るので、まあ良しとしよう。お城に泊まれて妹たちも大喜びしてるみたいだし。
ただ、シャーリーだけはそれを拒んだので、リルムたちと共に宿で寝泊まりすることになった。明日、一人ぼっちにさせたお詫びでもしよう。
鉱石を始めとした様々な資源は、今後王国の財源として有益に活用するとのこと。その他金銀財宝も同じく。
幾つかの宝具も発見したみたいだけど、私たちが見つけたものに関しては前約束どおりちゃんといただいた。
指輪とブレスレットに関しては、女王陛下が睨んできたような気もするけど。気にしない☆
アンノウンに関しては、正体も詳細も不明のまま。
ひとまずは迷宮が生んだバグやイレギュラーとして扱われたけど、今後あんな強敵が生まれないことを祈るばかりだ。
【暴食】で取り込んだアンノウンの腕があるけど、下手に取り出してこれが暴れ出す…なんてことになったら目も当てられないと、とりあえずはそのままにしておくことにした。
世界は知らないことで満ちているなんて、たかが18の娘が悟るには尚早かもしれないけどね。
王都についてすぐのドタバタ騒ぎだったけど、明日からはゆっくりしたいものだ。
……いや、アンドレアさんとの開業相談とかあったわ。
はよ寝て明日に備えよ。
眠りにつこうとして、ふと窓の外のテラスに人影が見えた。
「エヴァ」
「あ、リコリス…ちゃん」
「どした?寝られない?」
「いや、あ…元々夜型なのでいつもこの時間は起きてて…。そろそろ寝ようかと思ってたんですけど、でも、なんかそんな気になれなくて、あの」
「大変だったもんね今日。あ、一人でいたかった?」
「いいいいえいえそんなことないです!リコリスちゃん…には、その、話したいこともあったし」
「お?告白?いいよー♡いつでもウェルカム♡どっからでもかかってこいやー♡」
「ぐはァ!!女遊び慣れしてる人特有のオーラで目がぁ!!」
「しっぽり夜を編んでるかと思いきやめっちゃ騒ぐね」
夜風を浴びながら。
手すりに身体を預けて月を見上げる。
「エヴァのあの秘密のこと、訊くのってやっぱり礼儀知らずかな?」
「い、いえ大丈夫です。リコリスちゃんは戦友なので、ヘヘヘヘ。あ、あれは…混沌神の加護を受けて産まれた私に与えられたユニークスキル…なんです」
「ユニークスキル!てかエヴァも加護持ちなんだ。ニシシ、私も私も。私のは自由神の加護っていうんだけど」
「自由神…ってことはリベルタスの…」
「そっ。ちょっと訳あって、花の神の加護なんてのも授かってるんだけど。ちなみに師匠…あの吸血鬼は最高神の加護を授かってるよ」
「す、すごい…ですね」
加護持ちって珍しいはずなんだけど。
結構いるのはいるんだな。
で、加護は授かった人に様々な効果を与える。
自由神の加護はスキルが覚えやすくなって、花の神の加護は運命の出会いを齎す効果がある。
全能神の加護はよくわかんないけど、師匠のユニークスキル【全知全能】がたぶんそれに該当するんだろう。
なら、混沌神の加護っていうのは。
「【混沌】…それが、加護を持った私に与えられたスキルです…。食べたものの力を自分のものに出来て、無限に生み出せる力」
「食べたものを力にっていうのはわかるけど、生み出せるって?」
「えっと…」
エヴァは掌に牙が生えた口を出現させると、そこから何かを吐き出した。
瑠璃色の鱗。
エヴァの腕を覆っていたあれだ。
「魔物の素材や、植物や鉱石…どんなものでもこうやって生み出せるんです。不気味…ですよね…ハハ、すみません変なもの見せて」
「え?なんで?全然変じゃないけど」
「へ?」
「てかこれめっちゃすごくない?!普通にチートじゃん!うっわすっげー!物流に革命起きるわ!え?食べたものなら何でも出せるの?!」
「あ、は、はい…完成品は無理ですけど素材なら…」
「超すごいじゃん!食糧問題一気に解決しちゃうんじゃないのそれ!羽とかも生えてたよね!キメラっぽくてめっちゃかっけー!他にはどんなの出せる?!もっと見せて見せて!」
ひとしきりはしゃぐと、エヴァは月明かりにもわかるくらい顔を真っ赤にしていた。
「あ、ハヘ…ふひっ…」
照れたような戸惑っているような、褒められ慣れてない風に視線を泳がせた。
エヴァの【混沌】を知っているのは、あの場にいた私たちの他には、実の両親だけらしい。
私は素直に褒めたつもりだけど、この力を秘密にしているあたり、エヴァ自身はあまりよく思っていないのかもしれない。
「エヴァはなんで、そのスキルを秘密にしてるの?」
だから、私のこの質問は不用意だった。
だいたいスキルなんて、そうそう人に話すものでもないのに。
すぐに失言だったと気付いて謝ろうとしたけど、エヴァは怒りもせず、視線を下げたまま静かに理由を語った。
――――――――
人間のお父さんと、魔人のお母さんとの間に産まれたハーフ。それが私。
私には、才能があった。
【重力魔法】っていう魔法の才能。
他の誰も持っていない力。
それともう一つ。
食べたものの力を自分のものに出来るユニークスキル、【混沌】。
食べれば食べるだけ強くなるスキル。
すごい。カッコいい。
特別だってはしゃいで、英雄になれるかもって初めてその力を試したとき…私は思った。
魔物みたいだ、って。
こんなのを見せたら気味悪がられる。怖がられる。
こんなのは英雄じゃない。
なら隠そう。隠して生きよう。
そう決めた。
「誰かを怖がらせなくてもいいような、すごい魔法使いになろう…って。頑張って頑張って大賢者になりました…。ここから私の輝かしい未来が始まるんだって思ったらアルティちゃんに全部上書きされましたけど…」
「不憫すぎる…」
「た、確かにトラウマなんですけど…も、元からこんな性格なので…目立つのも下手だし、気の利いたことも言えなくて…。だからそれはべつによくて、あの…。こんな地味で取り柄も無い私が目立ってキラキラしようとか、そういうのが烏滸がましいっていうか…」
リコリスちゃんは、うつむいて喋る私の頬に手をやった。
「エヴァの性格をどうこう言うつもりはないけど、"こんな"とか言うな。私が認めた女が、自分を卑下するのは許し難え」
「認め…いい女…あ、うぇ…と」
燃えるような緋色のキレイな眼が私を覗いてくる。
リコリスちゃんの言葉で頭がいっぱいになる。
あまりに眩しく煌めいていて私は視線を逸らさざるを得なかった。
「ででも、私が化け物なのは変わらなくて…。それで、あ、いや、それなのに私と仲良くしてくれて…信じてくれて、すごく嬉しかった、です。それを伝えたくてその…あり、ありゃりゃしたッ!!」
……舌噛んだ。
ダメだまともに顔見れない…。
力いっぱい瞼を閉じていたら、いい匂いがした後、全身をあったかいものが包み込んだ。
「化け物なんて言うなよ」
「リコリスちゃん…」
「【混沌】、魔物を食べてその能力を使えるようになるって…再生はしても痛みが無くなるわけじゃないんでしょ?」
「それは…」
「見てたらわかるよ。それなのにエヴァは勇気を出して戦った。耐えて、堪えて、我慢した。誰にも出来ることじゃない。そんな人を化け物なんて呼ぶはずないし、私が誰にも言わせない。みんなのために戦ってたエヴァは、あの場の誰よりカッコよかった」
「……!」
「お礼を言うのはこっちの方だよ。ありがとう、私たちの英雄さん」
おでこに当たった柔らかい感触。
なんだろう、この気持ちは…
嬉しい。けど嬉しいだけじゃない。
褒められて、認められて、私が欲しかったものがここにあって。
それ以上の何かが…
「ニシシ、今のは二人っきりの秘密だぜ♡」
「は、い…」
「んーっ、そろそろ寝るかー。おやすみエヴァ。また明日」
「お、おやしゅ…」
熱い…
熱い…
冷たい夜風に撫でられても収まらずに。
私は次の日の朝まで、謎の熱に悶えた。
暗くて、話し下手だけど、すごい魔法が使えた。すごいスキルが使えた。
私はこの力で人の役に立てるようになろう。
みんなを守れる英雄になろう。
そう心に決めて。
「怪物みたい…」
鏡に映った自分があまりにも怖くて、私は視界を覆うように髪を伸ばし始めた。
――――――――
青い炎が揺らめく松明に導かれながら、私たちは長い通路を進んだ。
その道中。
「リコリスさん、ついてきてくれてありがとうございます」
「?」
「師匠が心配で来てくれたんですよね。嬉しいです」
「大げさだって。当たり前のことだよ」
「いいえ、本当に嬉しいんです。師匠は本当にすごい人なのに、あの性格だからあんまり…というか全然世間には認知されてなくて…。それが悔しいというか、歯痒いというか…まあ、実際に有名になったらなったで師匠はあたふたして終わる気もするんですけど」
あー想像に容易い。
「ほんの少しでも、師匠のすごいところを、いいところを知っててくれる人がいるだけで、私はすごく嬉しいんです。皆さんが旅の途中だっていうのはわかってます。でも、もしご迷惑でないのなら…これからも師匠と仲良くしてくれませんか?」
「アハハ、サリーナちゃんお母さんみたいだね」
私はサリーナちゃんの頭に手を置いた。
「そのつもりだよ。エヴァちゃんいい子っぽいし。めっちゃ可愛いし♡なんかほっとけない感じがして目が離せなくなるんだよね。なんとなくだけど。あ、もちろんサリーナちゃんも可愛いよ♡地上に帰ったらお姉さんといいことしよーね♡」
「はへっ?!」
「不埒」
「死罪」
「限りなく厳選された言葉のナイフ」
通路を進むに連れて、徐々に足が重くなるのがわかった。
薄い膜を何重にも張られてるみたいな進みづらさ。
それはまるで、この先に待ち構えているものが、私たちの侵入を拒んでいるかのようだった。
そしてそいつは私たちを視界に捉えるなり、青い炎を滾らせた。
「マリスシャープリッパー…」
「まだ生きてたのか、あの死にぞこない」
「レイス相手に洒落の効いた皮肉だこと」
「今度こそ跡形もなく消し飛ばしてやんよ」
マリスシャープリッパーは、異形となった身体を痙攣したように震わせた。
奇怪な唸り声が耳を劈き、私たちを苦悶させる。
すると、周囲から無数の霊魂が現れた。
「なんですか…?」
マリスシャープリッパーが口を開けると、霊魂が猛烈な勢いで吸い込まれていく。
腹が膨れ、身体中が膨れ、頭が膨れ。
最後の霊魂を飲み込んだとき、霊体は轟音を立てて破裂した。
自爆…それで終わりならよかったけど、現実は甘くない。
「あ゛ァ…」
産み落ちたそいつは、人の形をした何かだった。
闇に大きな一つ目がくっついたみたいな化け物。
【神眼】でもそれが何ものなのかわからない。魔物なのかどうかすら。
正体不明。未知の何か。
「アンノウン…とでも名付けとこうかな」
「名前に意味があるかはわかりかねますが…」
「いいんじゃない?新種の魔物なら歴史的発見なわけだから」
普通に話をして心を冷静に保とうとする。
そうでもしなきゃ、怖がる妹たちを更に怖がらせるだけだったから。
「何もわからないなら出方を窺って様子を見るのが定石なのでしょうけれど」
「向こうが何かしてくる前に、全開でぶっ潰す。マリア、ジャンヌ、ドロシーとサリーナちゃんを守ってて。出来る?」
「う、うん!」
「わかりました!」
「私とシャーリーが前衛、アルティとエヴァちゃんが後衛。私たちのことは気にしないでいいから、ガンガン魔法使ってけ」
「了解」
「ええ」
「わかっ、わかりました」
剣を抜いたのを皮切りに、私とシャーリーは並んで駆け出した。
地面が陥没するくらい力を込めて。
「青薔薇の剣」
「重力核」
二人の魔法が凄まじい魔力を巻き起こして炸裂する中、私は剣を振って左肩から右の脇腹までを斬り、シャーリーは蹴りを頭へとめり込ませた。
全部が全部一撃必殺の威力。
にも関わらず、アンノウンは闇の中に出現させた口を大きく裂かせて笑った。
「ぐっ!!」
「シャーリー!!っあ!!」
背中から生えた触手がシャーリーを弾き飛ばし、鎌に変化させた左手を剣で受け止めた私は、体勢を崩して地面に叩きつけられた。
バカ強いんだが…
私じゃなかったら頭割られて死んでたぞ…
「リコ!!」
アンノウンは叫んだアルティの方に向いて、触手を槍のように硬質化させた。
「鈍足化!拘束!」
間一髪、ドロシーの魔法が間に合い致命傷は避けたけど、アルティの腕が掠めて血が流れた。
邪魔されたことに苛立ちでも覚えたか、アンノウンはアルティたちにも触手を向けた。
「せやあっ!!」
「たあっ!!」
マリアとジャンヌが応戦するけど、手数も速さもアンノウンが上。
続けざまにみんなが傷を負わされ額に青筋を立てた。
「てめえ…なに私の女に手ェ出してんだ!!」
突き出してくるそれを引きちぎって前進し、両腕と首を切り飛ばす。
けれどアンノウンは倒れることはおろかすぐに再生し、ダメージさえ無いように尚も不気味に笑い続けた。
「【魔力吸収】」
腹の底に響くような声が聞こえた瞬間、私たちの身体が重くなった。
「これは…」
「魔力が…吸われて…」
触手で払われて壁に激突する。
それ自体は効いてないけど、立ち上がったときにはみんなほとんど地面に倒れていた。
こいつ、人の魔力を自分の力に変えるのか。
「う…」
「くぅ…」
かろうじて立ててるのは私とシャーリー、それに魔力の容量が多いアルティだけだけど、エヴァちゃんだけは少しも狼狽えていなかった。
「かなりキツい攻撃だったけど、エヴァちゃんは平気なの?」
「あ、いえ…魔力はもう、ほとんど無い、です。でも…私は、倒れちゃいけないから…」
「エヴァちゃん…?」
エヴァちゃんは呼吸を整えると、膝を曲げて前に飛び出した。
速いわけじゃないのに触手の攻撃を躱してアンノウンの懐に潜り込む。
「……っ!」
強そうに見えない、構えなんてないような、ただ振り回しただけのパンチが突き刺さって、アンノウンを壁際まで吹き飛ばした。
「うっお…マジか…」
「魔法じゃない、身体能力だけで?」
「何者…?」
いやいや呆気に取られてる場合じゃねえ!
攻められるときに攻めろリコリス!
「おおおっ!!」
風の刃を飛ばすのと同時に、アルティが氷の矢を降り注がせ、シャーリーが秒間十数発の蹴りを放つ。
アンノウンの威圧に圧倒されながら、私たちは渾身を見舞った。
けれどアンノウンは逆境を嘲笑う。
束ねた触手が私の剣を折り、アルティとシャーリーを続けざまに薙ぎ倒して、エヴァちゃんの腹を穿った。
「…っ」
フラフラとよろめくエヴァちゃんに、アンノウンは触手を数本突き出した。
左肩を、脚をと貫いて、真っ赤な血が辺りに飛び散った。
「みんな!!エヴァちゃん!!……この野郎!!」
風で触手を切りエヴァちゃんを抱きかかえる。
重傷だ。すぐにポーションを飲ませないと…と、ポケットから試験管を取り出して、私は目を疑った。
「傷が…塞がってる…?」
「あの、私…」
何かを言う前にアンノウンが攻撃を仕掛けてきて、伸ばした触手に対してエヴァちゃんが私を庇う形で前に出た。
今度は貫かれない。
硬い触手がエヴァちゃんに当たって逸れた。
目を丸くした。
攻撃を弾いたことよりも、エヴァちゃんの腕が瑠璃色の鱗に覆われていたからだ。
「私は…目立たなくて、頼りないけど…誰かを守るために、戦うんだ…」
エヴァちゃんは、私たちの前で姿を変えた。
「本気で…行く…!」
――――――――
第二階層の転移陣を用いて地上に出た妾と王女。
妾が木陰で休もうとする反面、王女はすぐに救援に向かうべきだと騎士団を送り込もうとした。
「やめておけ王女よ。必要はあるまい」
「ですが!」
「必要は無いと、この妾が言うのじゃ。そなたらはここで大人しくしておれ」
まったく。
人というのは総じて心配性でいかん。
本気で危険と思うたならば、撤退などせず妾が手を下したというのに。
「あの場にはリコリスがおる。それだけで案じる必要の無い理由にはなろう。それに大賢者であるアルティを始め、百合の楽園は精鋭で構成されたパーティーじゃ。万が一は無い。それに、あのエヴァとかいう娘もいる」
言うと、王女は怪訝な顔をした。
確かに大賢者だが…とでも言いたそうな。
…よもや、気付いておらぬのか?
あの娘がいったい何者なのか。
本人も話そうとしなかったのか、理由など定かではないが。
「ともかく、妾らはここで悠然と奴らの帰りを待っておればよい」
必ず帰ってくる。
こんなところで、妾らの旅路は途絶えぬよ。
のう?リコリス。
――――――――
鱗を鎧みたいに纏った腕。
コウモリの羽。
無骨な爪、剣の髪に蛇の尻尾。
触手、棘、獣の頭。
瞳孔が縦に避けた瞳。
およそ人間とはかけ離れた姿で、エヴァちゃんはアンノウン相手に立ち向かった。
引き裂かれて、貫かれる度に、引き裂いて貫く。
勇ましく、剛く、悍ましく、それでいて…
――――――――
この姿のとき、私の運動能力と魔力は上昇する。
戦略も何も無いただの力押し。
けどこのときの私が一番強い。
怖がらせてゴメンなさい。
せめてすぐに終わらせようって、力いっぱいパンチを叩き込んだ。
「ァ…ああ…あ゛ァァァァ…」
アンノウンは顔の部分以外に出現させた目でギョロリと睨みつけて、鋭利な触手で私の右肩から先を切り飛ばした。
腕は再生する。
けど、アンノウンはそれより速く私の喉を抉ろうとしてきた。
「ぜぇりゃあ!!」
間一髪のところでリコリスさんの蹴りがアンノウンを吹き飛ばす。
「あっぶ…ギリギリ…。大丈夫?」
「へ?あ、はい…」
「心なしかエヴァちゃんの攻撃は効いてるような気がするんだけどなんで?物理でガン殴りしてるだけじゃないでしょ?」
「え、と…毒で…」
「なるほど毒か。再生能力がエグちすぎて盲点だった」
倒れた私を腕で支えながら、冷静に状況を分析する。
それよりも…
「あの…」
「どうしたの?」
「いや…私、こんな姿なのに…」
「だから?」
「怖く…ないんですか?」
リコリスさんは本気で何を言ってるのかわからないと首を傾げてから、ニシシと歯を見せて笑った。
「なんで?かっけーじゃん」
「…………!」
怖がられるかと思った。
遠ざけられるかと思った。
けど、この人は…
「それより今はあいつだ。エヴァちゃんの攻撃が効くんなら、私が盾になって隙を作るよ」
「盾って…いやでも、リコリスさん…」
リコリスさんは折れた剣で腕を斬ってみせた。
赤い血が吹き出して、すぐに傷が治る。
「それ…」
「エヴァちゃんと一緒。私もちょっとだけ特別なんだよ。だからエヴァちゃんが何者でも信じられる」
だから…と握られた手は力強く熱かった。
「エヴァちゃんも私を信じて」
「……はい!」
それ以外の言葉が、まるで私の中から消失したかのようで。
「行くぜ」
勝利を信じてやまないその目に、魔法のような声に。惹かれるまま、私の足は地面を蹴っていた。
――――――――
エヴァちゃんが何者でもいい。
みんなを守ろうとした以外の答えなんかいらない。
ごちゃごちゃしたことは後回しだ。
今は、あいつを倒す!
「【影分身】!【神速】!」
私以外に4つの分身が生まれ、衝撃波を発生させる勢いで風を切る。
手には新しい剣を。
【記憶創造】…私が造ったことのあるものなら、魔力を消費して瞬時に同じものを創造出来る、アテナから授かったユニークスキルによる力。
分身も剣も造ったそばから打ち消されていったけど、全部囮ならなんの問題も無い。
本命はこっちだ。
「受けられるもんなら受けてみろ!!【暴食】!!」
発動がラグくて全部は取り込めなかったけど、黒いエネルギーが渦巻いてアンノウンの右腕を丸々呑み込んだ。
【暴食】は喰らった対象を時空間の外に幽閉するスキル。
回復はおろか再生の影響も受けない。
【暴食】の発動直後、私は動けなくなってその場に突っ伏したけど…一瞬の隙を作れればよかった。
後は頼むよ…
「行け!エヴァ!!」
「混成獣の毒針」
左手の先の狼の頭が口を開け針を飛び出させる。
それは針とは言い難いサイズで、アンノウンの胸に大きな風穴を開けた。
体内へと侵入した毒が身体を破壊していく。
アンノウンは悪あがきとばかりに触手をエヴァちゃんに向けた。
「【強欲】!!」
いい加減終われこのやろー。
【強欲】は、相手の能力の強制奪取スキル。
簒奪とも呼ぶべき力に、アンノウンは目と口を閉じて沈黙し、ただの黒となってその場で霧散した。
今度こそ、迷宮皇の攻略が完了したのだ。
はー…終わったぜー…
「リコリス、さん…えと…」
そんなカッコいい姿でモジモジすんなよ。
そこも可愛いけど。
「おつかれ、戦友」
「…!は、はい…!リコリス……ちゃん…うわわわわすすすすすみませんすみませんちゃん付けとかして調子に乗りましたすみませんお金払います!」
「解決策が生々しいって」
ちゃん付けか…久しくなかったこの感じ。
いいじゃん。
なんか心が近付いた感じでさ。
「さて、とりあえず」
ぐぎゅるるるる…
「お腹、すいたぁ…がくっ」
「リコリスさ、ちゃ、あ…あわわ…どどどどうしよう…えと、えっと…………スッ」
「死んでねえから拝むんじゃねえ」
「むしゃむしゃ…はーお菓子うめぇ~」
「戦いの後でよく食べられますね」
「いや食べたくて食べてるわけじゃねーんだわ」
この【暴食】ってスキル…リルムのユニークスキルなんだけど、使ったら異常にお腹すくんだよね。
強力なんだけど、字面のとおり食欲がエグいことになるのは、これがリルム専用のスキルだからなのかもしれない。
使い所を間違えたら自滅するから、間違いなくとっておきである。
「人間の身体に合ってないんじゃない?」
「かもね。他のスキルも要注意だ。でも【強欲】は使ってもそんなになんだよなぁ。なんでだろ」
「それはあんたが普段から度の過ぎた欲張りだからでしょ」
「ハッハッハ、それが回復かけてやった私への態度か頭を垂れて蹲え貴様!」
何はともあれ、みんな無事でよかった。
「あ、地上への転移陣です!」
「宝箱も出たー!」
中身に興味はあるけど、フィニッシャーはエヴァだ。
「エヴァ」
「むぐっ?!ゴリッガキン…ゴクッ…あ、は、はい…!なな、なんでしょう?」
今魔石食っとったな。
あれがエヴァの力の源ってとこか。
「宝箱。中身はエヴァのものだよ。何が入ってるか開けてみて」
「い、いや、この勝利はみんなのもので」
「そんなことありませんよ。おぼろげながら二人の戦闘は見ていました」
アルティの言葉に、エヴァは一瞬ビクッとした。
「事情は知りません。あなたが秘密にしておきたいのならそうします。エヴァさん…いえ、エヴァ。私は、大賢者としてのあなたを尊敬します。他者を守るために力を奮えるあなたを、心から」
「アルティ…さん…」
「ちゃん付けでいいですよ。リコにもそうしているでしょう?」
「はい…アルティ、ちゃん」
アルティが差し出した手を掴んで、二人は気恥ずかしそうに顔を赤らめた。
美少女の友情てぇてぇ~。
この初々しい感じすこ~。
永久に続いてくりゃしゃんせ~。
のち、宝箱の確認。
宝箱の中には、指輪とブレスレットが一つずつ入っていた。
それぞれ、迷宮の指輪と亜空のブレスレット。
迷宮の指輪は自分の魔力と意思に応じた迷宮を作成する能力があり、亜空のブレスレットは無限にアイテムを収納出来る宝具だった。
フィニッシャーはエヴァだけど、エヴァの計らいでどちらか一つを私がもらえることになった。
【アイテムボックス】持ちでこれ以上の収納を必要としない私に迷宮の指輪を。
女王陛下からは、見つけたアイテムは自分のものにしていいと賜っているので、遠慮なくもらっておく。
「迷宮を造れる指輪かぁ…。……触手とローションたっぷりのクソエロ迷宮造ろーっと♡」
「没収しますよ。指ごと」
「特○呪物じゃねーんだよ」
地上に出た頃には、とっくに夜になっていた。
リエラが泣きそうな顔でおかえりのハグをしてくれてよっしゃーってなったり、師匠によくやったと頭を撫でてもらったり。
照れくさいけど、帰りを待っててくれる人たちがいてとても嬉しかった。
まあ、その後の女王陛下への報告に時間がかかって、私たちが解放されたのは深夜になったけど。
「ご苦労。報酬については後日改めて支払うことにしよう。今日は城で休むといい」
女王陛下の図らいにより身体が沈むロイヤルなベッドを堪能出来るので、まあ良しとしよう。お城に泊まれて妹たちも大喜びしてるみたいだし。
ただ、シャーリーだけはそれを拒んだので、リルムたちと共に宿で寝泊まりすることになった。明日、一人ぼっちにさせたお詫びでもしよう。
鉱石を始めとした様々な資源は、今後王国の財源として有益に活用するとのこと。その他金銀財宝も同じく。
幾つかの宝具も発見したみたいだけど、私たちが見つけたものに関しては前約束どおりちゃんといただいた。
指輪とブレスレットに関しては、女王陛下が睨んできたような気もするけど。気にしない☆
アンノウンに関しては、正体も詳細も不明のまま。
ひとまずは迷宮が生んだバグやイレギュラーとして扱われたけど、今後あんな強敵が生まれないことを祈るばかりだ。
【暴食】で取り込んだアンノウンの腕があるけど、下手に取り出してこれが暴れ出す…なんてことになったら目も当てられないと、とりあえずはそのままにしておくことにした。
世界は知らないことで満ちているなんて、たかが18の娘が悟るには尚早かもしれないけどね。
王都についてすぐのドタバタ騒ぎだったけど、明日からはゆっくりしたいものだ。
……いや、アンドレアさんとの開業相談とかあったわ。
はよ寝て明日に備えよ。
眠りにつこうとして、ふと窓の外のテラスに人影が見えた。
「エヴァ」
「あ、リコリス…ちゃん」
「どした?寝られない?」
「いや、あ…元々夜型なのでいつもこの時間は起きてて…。そろそろ寝ようかと思ってたんですけど、でも、なんかそんな気になれなくて、あの」
「大変だったもんね今日。あ、一人でいたかった?」
「いいいいえいえそんなことないです!リコリスちゃん…には、その、話したいこともあったし」
「お?告白?いいよー♡いつでもウェルカム♡どっからでもかかってこいやー♡」
「ぐはァ!!女遊び慣れしてる人特有のオーラで目がぁ!!」
「しっぽり夜を編んでるかと思いきやめっちゃ騒ぐね」
夜風を浴びながら。
手すりに身体を預けて月を見上げる。
「エヴァのあの秘密のこと、訊くのってやっぱり礼儀知らずかな?」
「い、いえ大丈夫です。リコリスちゃんは戦友なので、ヘヘヘヘ。あ、あれは…混沌神の加護を受けて産まれた私に与えられたユニークスキル…なんです」
「ユニークスキル!てかエヴァも加護持ちなんだ。ニシシ、私も私も。私のは自由神の加護っていうんだけど」
「自由神…ってことはリベルタスの…」
「そっ。ちょっと訳あって、花の神の加護なんてのも授かってるんだけど。ちなみに師匠…あの吸血鬼は最高神の加護を授かってるよ」
「す、すごい…ですね」
加護持ちって珍しいはずなんだけど。
結構いるのはいるんだな。
で、加護は授かった人に様々な効果を与える。
自由神の加護はスキルが覚えやすくなって、花の神の加護は運命の出会いを齎す効果がある。
全能神の加護はよくわかんないけど、師匠のユニークスキル【全知全能】がたぶんそれに該当するんだろう。
なら、混沌神の加護っていうのは。
「【混沌】…それが、加護を持った私に与えられたスキルです…。食べたものの力を自分のものに出来て、無限に生み出せる力」
「食べたものを力にっていうのはわかるけど、生み出せるって?」
「えっと…」
エヴァは掌に牙が生えた口を出現させると、そこから何かを吐き出した。
瑠璃色の鱗。
エヴァの腕を覆っていたあれだ。
「魔物の素材や、植物や鉱石…どんなものでもこうやって生み出せるんです。不気味…ですよね…ハハ、すみません変なもの見せて」
「え?なんで?全然変じゃないけど」
「へ?」
「てかこれめっちゃすごくない?!普通にチートじゃん!うっわすっげー!物流に革命起きるわ!え?食べたものなら何でも出せるの?!」
「あ、は、はい…完成品は無理ですけど素材なら…」
「超すごいじゃん!食糧問題一気に解決しちゃうんじゃないのそれ!羽とかも生えてたよね!キメラっぽくてめっちゃかっけー!他にはどんなの出せる?!もっと見せて見せて!」
ひとしきりはしゃぐと、エヴァは月明かりにもわかるくらい顔を真っ赤にしていた。
「あ、ハヘ…ふひっ…」
照れたような戸惑っているような、褒められ慣れてない風に視線を泳がせた。
エヴァの【混沌】を知っているのは、あの場にいた私たちの他には、実の両親だけらしい。
私は素直に褒めたつもりだけど、この力を秘密にしているあたり、エヴァ自身はあまりよく思っていないのかもしれない。
「エヴァはなんで、そのスキルを秘密にしてるの?」
だから、私のこの質問は不用意だった。
だいたいスキルなんて、そうそう人に話すものでもないのに。
すぐに失言だったと気付いて謝ろうとしたけど、エヴァは怒りもせず、視線を下げたまま静かに理由を語った。
――――――――
人間のお父さんと、魔人のお母さんとの間に産まれたハーフ。それが私。
私には、才能があった。
【重力魔法】っていう魔法の才能。
他の誰も持っていない力。
それともう一つ。
食べたものの力を自分のものに出来るユニークスキル、【混沌】。
食べれば食べるだけ強くなるスキル。
すごい。カッコいい。
特別だってはしゃいで、英雄になれるかもって初めてその力を試したとき…私は思った。
魔物みたいだ、って。
こんなのを見せたら気味悪がられる。怖がられる。
こんなのは英雄じゃない。
なら隠そう。隠して生きよう。
そう決めた。
「誰かを怖がらせなくてもいいような、すごい魔法使いになろう…って。頑張って頑張って大賢者になりました…。ここから私の輝かしい未来が始まるんだって思ったらアルティちゃんに全部上書きされましたけど…」
「不憫すぎる…」
「た、確かにトラウマなんですけど…も、元からこんな性格なので…目立つのも下手だし、気の利いたことも言えなくて…。だからそれはべつによくて、あの…。こんな地味で取り柄も無い私が目立ってキラキラしようとか、そういうのが烏滸がましいっていうか…」
リコリスちゃんは、うつむいて喋る私の頬に手をやった。
「エヴァの性格をどうこう言うつもりはないけど、"こんな"とか言うな。私が認めた女が、自分を卑下するのは許し難え」
「認め…いい女…あ、うぇ…と」
燃えるような緋色のキレイな眼が私を覗いてくる。
リコリスちゃんの言葉で頭がいっぱいになる。
あまりに眩しく煌めいていて私は視線を逸らさざるを得なかった。
「ででも、私が化け物なのは変わらなくて…。それで、あ、いや、それなのに私と仲良くしてくれて…信じてくれて、すごく嬉しかった、です。それを伝えたくてその…あり、ありゃりゃしたッ!!」
……舌噛んだ。
ダメだまともに顔見れない…。
力いっぱい瞼を閉じていたら、いい匂いがした後、全身をあったかいものが包み込んだ。
「化け物なんて言うなよ」
「リコリスちゃん…」
「【混沌】、魔物を食べてその能力を使えるようになるって…再生はしても痛みが無くなるわけじゃないんでしょ?」
「それは…」
「見てたらわかるよ。それなのにエヴァは勇気を出して戦った。耐えて、堪えて、我慢した。誰にも出来ることじゃない。そんな人を化け物なんて呼ぶはずないし、私が誰にも言わせない。みんなのために戦ってたエヴァは、あの場の誰よりカッコよかった」
「……!」
「お礼を言うのはこっちの方だよ。ありがとう、私たちの英雄さん」
おでこに当たった柔らかい感触。
なんだろう、この気持ちは…
嬉しい。けど嬉しいだけじゃない。
褒められて、認められて、私が欲しかったものがここにあって。
それ以上の何かが…
「ニシシ、今のは二人っきりの秘密だぜ♡」
「は、い…」
「んーっ、そろそろ寝るかー。おやすみエヴァ。また明日」
「お、おやしゅ…」
熱い…
熱い…
冷たい夜風に撫でられても収まらずに。
私は次の日の朝まで、謎の熱に悶えた。
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