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海上旅情編

幕間:百合思う、故に百合在り

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 リコリス=ラプラスハート…私を太陽の下に連れ出してくれた人。
 気付けばどんな時でも目で追って、どんな時でも心に思い浮かべている自分がいた。

「リコリスさん…」

 彼女は人を惹きつける。
 彼女の周りには魅力的な女性がたくさん。
 私を一番に思ってほしい…なんて、そんな分不相応なことは考えない。
 考えてはいけない。
 これは、そんな迷いから始まった手遊びだ。

「へえ、器用なことするじゃない」

 たまたまその手遊びを眺めていたドロシーさんが、食い入るように手元を覗き込んだ。

「それリコリス?上手ね。ぬいぐるみって自分で作れるのね」
「布と綿があれば。針と糸を使のは得意なので」
「ふーん。ねえ、他にも編めるの?」
「え、ええ。材料があれば、一通りは編めるかと」
「馬車に乗ってると揺れるじゃない?だからお尻の下に敷くクッションがあったらいいなって思ってたのよ。買ったのだとなんか合わなくて。だからお願い。ちょうどいいのを作ってくれない?ていうかアタシも作ってみたいから、よかったら作り方を教えてよ」

 こちらの返事を待たず、ドロシーさんはちょこんと隣に腰を下ろした。
 彼女なりに気を遣ってくれているのだろうことはすぐにわかったけれど、それを口にするほど私も野暮ではない。

「私でよければ」

 糸を紡いで針を通す。
 人並みよりは器用だという自負はある。
 けれど、私の手が針仕事に向いているとは初めて知った。

「ねえ、ここどうやるの?」
「こう返して、ここを…こういう風に」
「あーなるほど。そういうことね。すごいわ、まるで魔法みたい。シャーリーって教えるの上手ね」
「そうですか?」
「とてもわかりやすいわ。丁寧だし」
「ありがとうございます」

 人数分のクッションを作った後は、2、3体ほどぬいぐるみを編んでみた。
 マリアさんとジャンヌさん用に。リルムさんたちを象ったものを。
 次は何を作ろうか。
 布切れを組み合わせたパッチワークで、皆さんの服を作ってみるのもいい。
 こんな私の作ったものを、皆さんは喜んでくれるでしょうか。
 針を通していると、ただそれだけに没入出来た。
 そんな折、ドロシーさんがこっちを見つめているのに気がついた。

「…………」
「どうかしましたか?」
「あいつが惚れるわけだわ。いい笑顔するじゃない」

 言われて、思考が停止した。
 素直に褒められることが、こんなにもむず痒いだなんて知らなかった。
 それよりも、今…私は…

「笑って、いましたか?」
「ええ。何を考えていたのかしら」
「私は自然に笑えていますか?」
「何を以て自然なのかって話はさておき。嬉しかったり楽しかったりしたら笑うでしょ」

 私が難しく考えすぎなのか、この人たちが楽天的なのか、正直わからない。
 でも、笑っていていいのなら。

「ありがとうございますドロシーさん。私は私らしく、リコリスさんを好きでいられそうです」
「一番を狙うなら手強いわよ。みんなあいつのことが大好きなわけだし。それになんたってあいつは、誰彼構わず虜にしてしまう悪女なんだからね」
「クスクス、はいっ」

 リコリスさんは、庇護下であろうと誰であろうと寵愛の対象にしてしまう。
 博愛と言えば聞こえはいいが、実際は無類の女好きだ。
 大勢の中の一に紛れないように。
 私は私に出来ることをやろう。
 差し当たって、彼女に似合う服でも。



 ――――――――



「ていっ!」
「勢いはありますが荒いですね。もっと精密に、それでいて発動を速くするよう心がけましょう」
「うん!わかった!」

 空いた時間を見つけて、たまにこうやってアルティお姉ちゃんに魔法を教えてもらってる。
 アルティお姉ちゃんはすごい。
 氷だけじゃなくて炎の魔法も使えるんだから。
 他にもいろんな魔法を使えるらしい。
 キレイで優しくて、アルティお姉ちゃんはすごい魔法使いだ。

「もう第六階位の魔法なら問題なく使えるようですね。魔法系のスキルが珍しいことを含めても、10歳でこれだけ魔法を使える人はなかなかいませんよ」
「エヘヘ。アルティお姉ちゃんは、私くらいのときどれぐらい魔法を使えたの?」
「10歳のときですか?そうですね……第二階位の魔法を覚えたて、くらいだったかと思いますが」

 アルティお姉ちゃんは魔法の天才だ。

「ですが無詠唱ゼロキャストで魔法は使えませんでしたよ。その点は、マリアもジャンヌも素晴らしい才能だと思います」
「アルティお姉ちゃんは、無詠唱ゼロキャストで魔法を使わないの?」
「使えないことはありませんが…」

 アルティお姉ちゃんは掌に炎を出してみせた。
 けど、なんかユラユラしてる気がする。

「私は詠唱した方が魔法が安定するので、あまり多様はしないようにしています」
「魔法のこと、まだまだわかってないけど…無詠唱ゼロキャストって珍しいんだよね?」
「ええ。詠唱は魔法の基本。魔法が使えれば誰でも出来る技術ですが、無詠唱ゼロキャストは完全に才能の世界なので、したくても出来ない人が大勢います」

 詠唱をすると魔法は安定するけど、発動まで時間がかかる。
 無詠唱ゼロキャストは魔法を速く発動出来るけど、その分安定しないんだって。
 
「リコリスお姉ちゃんは普通に魔法使ってるよ?」
「前にも似たようなことを言ったかもしれませんが、あれは非常に特殊な存在なので、常識から外れている点に関しては参考にするだけ時間の無駄です」

 アルティお姉ちゃんは、リコリスお姉ちゃんのことを話すとき厳しい顔をする。
 けど嫌いってわけじゃないみたい。
 好きだから厳しいんだって、前にドロシーお姉ちゃんが言ってた。

「より魔法を安定させ威力を高めたいなら、完全詠唱フルキャストを使う手もありますよ」
完全詠唱フルキャスト?」
「例えば火球ファイアーボール一つにしても…炎よ、飛礫つぶてとなりて敵を撃て…といったように、句説を設けることで魔法のイメージ、構築力を高める方法です。元来魔法は全て完全詠唱フルキャストが主流で、今の魔法は全て簡略化、高速化されたものらしいですが」
「それってもしかして、覚えるの大変?」
「階位が上がるほど文脈は長く複雑になります」

 うう…頭パンクしちゃいそう…

完全詠唱フルキャストは性質上、詠唱でどのような魔法かが先読みされてしまうという欠点もありますから、あまり勧められたものではないのですけど。話を戻しますが、どちらに優劣があるわけではありませんから、自分に合った魔法を使うのがいいと思いますよ。リコに言わせれば、詠唱は魔法使いらしくてカッコいいし、無詠唱ゼロキャストは強者感が出てカッコいい、らしいですけど」
「それはよくわかんないけど、でも魔法使いがカッコいいのはわかる!私も大人になったら、アルティお姉ちゃんみたいな魔法使いになりたい!」
「フフッ、光栄ですね。けれど私を目標にしたら、リコみたいな剣士になれなくなってしまうかもしれませんよ?」
「あぁっ!それはダメかも!リコリスお姉ちゃんの剣、私すっごく好きだもん!うう…剣か魔法か…どっちもって贅沢かなぁ?」

 頭を抱えて悩んでたら、アルティお姉ちゃんはまた笑って頭を撫でた。

「いいと思いますよ。みんなの影響を受けて。みんなあなたのお姉さんなんですから」
「うんっ!」

 みんなの良い所をちょっとずつ私の中に入れる。
 そうしたら、私もお姉ちゃんたちみたいにステキな大人になれるかな。
 いつか私より小さな子に、

「剣と魔法、あなたの好きなことをやっていいんですよ」

 なーんて教えてあげちゃったりして。エヘヘッ。
 今はまだ剣士か魔法使いで悩んでる私だけど、なりたい大人になれる日が来るのかな。
 でも今は…

「どうしたんですか?ニヤけた顔をして」
「なんでもない。ニシシ」

 頭を撫でてくれるお姉ちゃんたちに甘えようっと。



 ――――――――



 今日も今日とて、従魔たちは自由である。

『お腹すいたー』
『さっき海にいた魔物食べてたろ。海老とか蟹とか』
『踊り食いでございますね』
『ドゥヒッ魔物の身体に這うリルム殿の肢体ジュルリおっと妄想が滾ってしまうでござるな』

 我が強い。
 それは上位種だからというわけではなく、単なる彼女たちの個性だ。
 また、それは欲望のままに進化した姿でもある。

『ゲイルー』

 リルムはパンツァービートル、ゲイルの角先に登り、ダラリとその身体を垂らした。

『おしゃべりしよー』
『…………』

 寡黙。
 このカブトムシ、けして態度が冷たいわけではない。
 ただシンプルに口数が少なく、表現は主に擦り寄ったり角でツンツンする程度のもの。
 リルムたちも喋らないからと邪険にすることはなく、むしろ沈黙が心地良いまである。
 特に、余分な言葉を介さない静かな関係は、常に身体をダラけさせているシロンとの相性が非常に良い。

『ゲイルの背中はひんやり冷たくて寝心地がいいな』

 冷たく硬く、しかし確かな体温を感じさせる背中は、リルムやウルの背中に並ぶ、シロンの格好のお昼寝ポイントだ。

『そういえばあの暗殺者に操られてたって聞いたけど、ゲイルはアイナモアナで産まれた魔物なのか?』

 ツン
 角が一度揺れる。否定だ。

『じゃあどこかから連れてこられたのか。災難だったな』

 ツンともう一度。ゲイルは再度否定する。
 確かに操られていたのは良い思い出ではない。
 しかしその結果、彼女たちという心置ける仲間、そして優しき主に巡り会えた。
 それはゲイルにとってこれ以上ない幸運と言えるだろう。

『ワタシ、ミンナニアエタ、ウレシイ』

 喜びの表現らしく、ゲイルは反った角をユラユラと揺らした。
 ウレシイ、ウレシイと。

『アルジサマ、ワタシトイッショ。イッショナ、モリノニオイ。ワタシ、アルジサマスキ』

 黒真珠のような目に、深緑の情景を映して。



 ――――――――



 高い塔の上に閉じ込められて、真っ暗なお空を見上げるお姫様。

「ひやははは!ジャンヌ姫よ、お前はここから逃げることは出来ない!一生おれ様と一緒に三食を共にするのだぁ!」

 悪い魔法使いは、毎日ご飯を作らせます。
 掃除をしろ、お風呂を沸かせ。
 お姫様は毎日虐められていました。

「泣いても誰も助けになんて来ないぞ!お前は死ぬまでおれ様のものだ!ひやーはっはっは!」
「ひっく、ひっく…誰かぁ…」

 涙がポタリと落ちたとき。

「泣くのはお止めなさい、私の姫」

 真っ赤な騎士が現れたのです。

「だ、誰だ貴様!」
「悪党に名乗る名前は持ち合わせていない。その薄汚い手を離せ」
「くそっ!やれ!やってしまえ!」

 魔法使いは手下の魔物に騎士を襲わせました。

「とうっ!」

 騎士は華麗に剣を振り、次々と魔物を倒します。
 美しく、優雅に、勇ましく。

「どうした?もう終わりか?」
「この…!姫は絶対に渡さんぞ!おおおおお!」

 どうしたことでしょう。
 魔法使いは見る見る間に身体を大きな怪物へと変え、お姫様を掴んで空を飛びました。

「ひやははは!どうだ恐ろしいだろう!姫は渡さん!命が惜しくば早々に――――」

 キン――――――――

「姫を守るためなら命など惜しくはない」

 騎士の剣が鞘を鳴らすと、怪物は真っ二つになってしまいました。
 落ちるお姫様を受け止め、騎士は微笑みます。

「お怪我はありませんか?私の姫」
「あなたはいったい…」
「ジャンヌ姫、私はあなたを守る騎士。ただそれだけの存在です。では」
「待って!せめて、せめてお名前を!」

 騎士は振り返ると、お姫様の手を取りキスをしました。

「またいつか」

 そうしてお姫様は――――――――

 

「花の香りの騎士に…」
「恋に落ちたのでした、と。ほおー」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!リ、リコリスお姉ちゃん?!!なんで?!いつからそこにいたんですか?!」
「え?さっきからだけど。それジャンヌが書いたの?お姉ちゃんにも読ませてよー」
「だ、ダメです!まだ途中だし、全然上手くまとまってないんですから!もうっ、勝手に見るのダメです!禁止です!」
「えーいいじゃーん。うりうりー」
「ダメですー!」
「はいはいわかりましたよー。チェッ、ケチー。でもジャンヌ」
「?」
「自分をお姫様にしちゃうなんて可愛いねぇ♡お姉ちゃんニヨニヨしちゃったよぉ♡ジャンヌはカッコいい騎士様に憧れてるんだねぇ♡」
「~~~~~~~~!!!お姉ちゃんっ!!!」
「ニョホホホホホ~♡」

 ううううう!
 お姉ちゃんはイジワルです!
 イジワルイジワル!
 勝手に覗いたのもそうだけど、本当に好きなのも憧れてるのもただの騎士じゃないのに…

「もうっ!お姉ちゃんのバカー!!」



 ――――――――



 もうすぐこの船旅も終わりじゃな。
 夏も最盛に差し掛かろうというこの時期、海を渡る涼風すずかは心地良かった。
 その反面、船酔いも酷いものじゃったが。
 王国に戻ったら、王都まではあの商人の護衛をするんじゃったな。
 その後はどこへ行くのかのう。
 王都から西へ進めばタルト村があり、その先の国境を超えれば草木生えぬ不毛の大地が広がっておる。
 北に進めば緑豊かなサヴァーラニア獣帝国が、北東の砂漠を超えれば灼熱の国ラムールが、北西にはドワーフの国、技術国家ディガーディアーがある。
 我らがリーダーはどの道を選ぶのか。
 たとえどの道を選ぼうとも、どうせ女と騒ぎに満ちているのじゃろうがな。
 わらわたちは付き従うのみよ。
 我らが愛しき王の傍に、のう。



 しかしそんなことより。

「船…きちぃのじゃ…うっぷ」



 ――――――――



「あああ…またやっちゃった…」

 少女は陰鬱な面持ちで、重い足取りで森を歩いていた。

「またやり過ぎだって怒られる…なんで私はダメなんだろう…。こんな魔物倒すのに十分もかかっちゃうし…森を荒らしちゃうし…乱暴者だって周りから後ろ指を指されて石を投げられるんだ…。ああでも私みたいな存在感無いぼっち魔法使いのことなんて誰も興味無いか…。私が一番石ころだって話ですよ…ハハ」

 深い藍紫の髪を腰まで垂らし前髪で視界を覆った少女は、ふと青い空を見上げ、うわぁぁ…と呻いて目を焼いた。

「眩しい…溶ける…焼けちゃう…つらい…。はやく帰って寝よう…誰にも迷惑かけないように…」

 少女は再び歩き出す。
 およそ体躯の十倍はあろう怪獣…だったものを片手で引きずりながら。
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