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海上旅情編
28.常夏のパラダイス
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白い砂浜に船を停め、降り立った私たちを迎えたのは、果物の甘い香り。
緑が揺れる風。
陽気な音楽。
そして、
「アローハー♪アイナモアナ公国、ハロハロ島へようこそー♪」
果物みたいに豊満な南国美女たち!!
こんがり日焼け肌が健康的で、水着みたいな薄着の衣装がたまらーん。
ほっぺにウェルカムキスまでされちゃってまぁ……ハワイだなぁ。
途端に異世界感が消えたんだが。
んー……まあいいや!!
「アローハー♡アイナモアナの麗しきお姉さんたちー♡ひゅー♡」
「きゃー♡」
「可愛い子ね♡チュッ♡」
みんなほっぺチューしてくれる~♡
最高~♡永住する~♡
「ノリが良いのう」
「あいつはどんな環境でも生きていけそうね」
なんとでも言うがよいわフハハハ。
「それでは皆さん。アイナモアナへの滞在は、船の整備を見合わせて四日間を予定しています。宿は手配してありますので、出港までどうぞ各々楽しんでください」
「はーい!よしっ!行くぞ百合の楽園!」
「お姉ちゃん、どこへ行くんですか?」
「郷に入っては郷に従え!まずは……着替えだ!!」
ということで最寄りの民芸品屋で衣装を揃えたぞ☆
「ちょほっ♡ちょほほほほほほほほぉぉ♡きゃわっ、きゃわたんだねぇみんなぁ~♡似合ってる似合ってるよふほぉ~♡」
私とアルティはビキニ。アルティはそれにパレオを合わせて、ドロシーは青い水着の上に薄いローブを羽織ってる。
マリアとジャンヌはワンピースタイプの水着がお気に入りらしい。
師匠は…スク水みたいだな。可愛いけど。
「顔がだらしなさすぎる」
「だらしなくもなろうてー♡グフフフ~♡」
「して、リコリスよ。これからどうするのじゃ?」
「そんなの決まってるでしょ!」
泳ぐんじゃーーーーい!!♡
「うわっはーーーい!」
バシャーンと豪快に弾ける水。
冷たいっ。気持ちいいっ。しょっぱいっ。
「ぷはっ!さいっこー!みんなも早く早くー!」
「わーいっ!」
「アハハッ、冷たーい!」
マリアとジャンヌはさすがの運動神経だ。
もう泳いどる。
ドロシーと師匠は、店で借りたパラソルを立てて長椅子でくつろいでる。
「はしゃぐのは子どもだけでいいのよ」
「まったくじゃ」
これだから長命種は。
リルムたちも波打ち際でバシャバシャやってる。
『きもちー』
『暑いぞ…』
南国だからな。
アルティは…
「どうしたー?」
「いえ、今まで泳いだことがないので…」
「怖い?」
「少し…」
「なら手を握っててあげるよ。大丈夫だからおいで」
アルティは物怖じしながら私の手を取った。
ニヤっと笑って引っ張り、自分ごと海に倒れてやる。
「きゃあっ!」
水しぶきが舞う。
「はぁはぁ、もうっ!リコ!」
「ゴメンって。でも、気持ちいいだろ?」
煌めく海の冷たさと美しさにほだされたらしい。
アルティは膨れっ面を解いた。
「悪くありません」
「ニッシッシ。さ、遊ぼーぜ」
それから私たちはいっぱい遊んだ。
水泳競争に砂遊び。
予め作っといたボールでビーチバレーしたり、ボートで沖に出たり。
途中途中で【水泳】のスキルと、砂浜で砂遊びしてて【芸術家】のスキルなんか覚えちゃったりしたけど。
マジで何してても楽しい~。
「本ッ当…楽園だな」
「ゆったりと羽を伸ばせていいところですね」
くぅぅ…
マリアとジャンヌのお腹が鳴った。
「お腹すいたぁ」
「ペコペコですぅ」
「遊ぶのに夢中になってたものね」
「食事にしよっか。どこかいいところはーっと」
そんな会話が耳聡く聞こえたのか、私たちに一人の女の子が声を掛けてきた。
「アローハーお姉さんたちっ」
おほほーボーイッシュな快活健康的美少女。
「外から来た人たちだよね?あたしナニ。そこの食堂で働いてるんだけど、良かったら食べに来ない?サービスするよっ」
「行く行くー♡サービス期待してまーす♡」
おっぱいを器にフルーツ盛りなんかいいですねぇフヘヘ♡
「そんなわけないでしょう」
「そんなわけないでしょ」
「そんなわけないじゃろ」
揃って思考読むなや。
と、ナニちゃんに連れられてやって来た、さざ波食堂。
こぢんまりとしてるけど、テラス付きの南国っぽいカフェみたいだ。
出された料理は、豪快に網焼きされたシーフードに、果物のソースで甘く煮られた肉。それにこれでもかってくらいのフルーツの盛り合わせ。
「さぁ召し上がれ。うちの料理はどれも最高だよ」
「いただきまーす」
はむ…むしゃむしゃ…
んーこれはこれは。
「んまいっ!」
「うむ、大味かと思いきや素材の味を活かしておる」
「ふにゃあ!お肉もお魚もおいしーい!」
「果物も甘くてジュワってして幸せですぅ!」
うんうん、確かに。
さすが南国。
私も果物と種を仕入れようっと。
「アハハッ、よかった喜んでもらえて。アイナモアナは初めて?」
「うん。さっき着いたとこ。ドラグーン王国からね。私たちこれで冒険者でさ、みんなで旅してるんだ」
「へえ楽しそうっ。よかったら島を案内しようか。ハロハロ島は、アイナモアナの島の中でも一番の果物の産地なんだ」
へぇ、島ごとに特色が違うのか。
「じゃあお願いしようかな」
「任せて。その代わりチップは弾んでね」
谷間寄せておねだりとは。
この子わかっとるわー♡
よーしその魅惑の峡谷に金貨挟んじゃうぞ♡
食事が終わって、ナニちゃんに島を案内してもらうことになった私たち。
まず向かっているのは果樹園。
同行するのは私とアルティ、マリアとジャンヌ、それにリルムだ。
「アタシはパス。アンドレアさんに街のオススメの薬屋を聞いておいたの。こっちはこっちでやってるから、そっちも楽しんでらっしゃい」
「妾はお昼寝じゃ。アイナモアナに来たのは数百年ぶり故な。しばしこの風を楽しませてもらうとしよう」
各々好きに過ごしたらいいさ。
何かあったら呼んでと、みんなには【管理者権限】で【念話】をコピーし渡しておいた。
「便利というか恐ろしいですね、そのスキル」
「せいぜい使い道は間違えないようにするよ」
「でも、こうしてリルムたちと話せるようになったのは嬉しいです」
『リルムもー。リルムね、アーとお話したいなーってずっと思ってたからー』
「フフッ、いっぱいおしゃべりしましょうね」
リルムはアルティの頭の上でご機嫌だ。
リルムたち魔物組は、アルティとの付き合いでいったら私とほぼ変わらんくらいだもんな。
そりゃお互い嬉しいか。
「そういえばナニちゃん、聞いた話だとアイナモアナ公国は確か十の島に分かれてるとかって」
「そうっ。まずここハロハロ島が、交易の中心で果物の名産地」
工芸の島、ヤハ島。
漁業が盛んなポンポ島。
大人御用達のラキラキ島。
放牧と酪農のミューゼ島。
歌と音楽の島シアシア島。
島全体に鉱脈が広がるオマオマ島。
太古の遺跡が眠るナナナ島。
温泉の名地のシャワシャワ島。
「最後に、大公様のお屋敷があるパルテア島。あそこに見えるでしょ。アイナモアナで一番大きな火山島だよ」
「大公様?」
「アイナモアナを統治してる偉い人。とってもキレイで優しいの」
ほほう。
それはぜひ一目お逢いしたいものですな。
「島と島とは船で二十分から三十分くらいね。往復便があるから便利だよ」
シャワシャワ島の温泉とかいいなぁ。
みんな誘って行ーこうっと。
「さあ着いたよ。ここがハロハロ島一の果樹園。アイナモアナから輸出される果物の約四割が、ここから出荷されるんだよ」
「おー壮観だな」
「甘くていい匂いですね」
パイナップル、マンゴー、バナナ、ライチ…どれも熟れてて今が食べ頃だ。
「ここは銀貨1枚で食べ放題の果物狩りも体験出来るんですよ。魔物は大銅貨5枚ね」
「「食べ放題!」」
妹たちが目を輝かせるもんで。
あんまり食べ過ぎちゃダメだよお腹痛くなっちゃうから。
お金を払って果物を採らせてもらう。
おうおう、マンゴーのずっしり重いこと。
「マンゴーはこうやって斜めに格子切りにしてやると…ほら、食べやすくなるだろ」
「お姉ちゃんすごい!」
「すごいです!」
「おーお姉さん詳しいねえ」
昔喫茶店でバイトしてたもんでね。
「あむっ…おいしいですね」
『おいしー』
丸ごと食っとる。
おいしいならいいけど。
「お姉ちゃん、これは?」
「トゲトゲです」
「パイナップルね。見た目はあれだけど、中身はこんなんだよ」
「ナニお姉ちゃんのお店で食べたやつです!」
「甘くて酸っぱくておもしろい味!私これ好き!」
次はバナナのコーナーか。
…………ふむ。
「アルティアルティ~♡あーん♡」
「あーん…むぐ」
「おいしい?♡」
「ほいひいれふへほ…」
「そうかそうかおいしいか私のバナナは♡んー?♡」
「若い子連れたおじさんがたまにそういうことしてるよ」
誰が中身はおっさんじゃ。
身も心も旬な女の子だが?
「アイナモアナは年中安定した夏の気候で、果物がよく育つの。たっぷりの日差しで育った果物は、他のどこより甘くてジューシーなんだ」
「うーん確かにジューシーですなー♡たわわに実ってじつにおいしそうでばふっ!!」
「果樹園の土に就職しますか?」
「しぃましぇん…」
「女の人が女の人の頭殴るとこ初めて見た…」
広大な土地を案内されている最中。
「ふにゃっ!!」
「ふみゅう!!」
突然マリアとジャンヌの足が止まり、何とも言えない顔で鼻を押さえた。
リルムはさておき、アルティも顔をしかめている。
「どうした?」
「リコ、何ともないんですか…?」
「何ともとは?」
「アッハハ、お姉さん強いね。ここから先は地元の人もあんまり入らないんだ」
「?」
確かに人が少ない。
なんだ?
木に果物が…ああ。
「なるほど、ドリアンか。それでみんな足を止めたのか」
世界一臭い果物。
それはこっちの世界でも同じらしい。
私は【状態異常無効】で悪臭にも耐性があるからわからなかった。
これはあって損するスキルじゃないし、折を見てみんなのステータスにコピーしておこう。
「ドリアンは私も食べたことないな。一つ失敬して」
「食べられるんですか、それ…」
「腐った匂い~」
「鼻がおかしくなっちゃうです…」
獣人族は特に鼻が利いちゃうらしい。
涙目のみんなは見ててちょっとおもしろい。
「匂いはアレだけど、中身はおいしいらしいよ。栄養も豊富だって話だし」
「私たちは離れてます…。マリアとジャンヌもつらそうなので」
「なら、次の名所に案内するよ。景色がキレイなんだ」
マジでか置いて行かれたんだが…そんなことある?
なんで観光地で寂しい思いせにゃならんのだ。
「血も涙もない奴らだ。冷たくされても好きだけど」
『リー、はやくー』
「はいはい。どれどれ…パク」
ねっとりとした舌触り。
これは熟してるのか?味はクリームみたい。
キャラメルの風味にも似た匂いもする。
食べ比べたことがないからわかんないけど、まあおいしいんじゃないかな?
「食べられないことはない、くらい?好き嫌いはあるかもしれない。リルムはどう?」
『おいしいー』
丸ごと食っとる。
「やっぱり臭いありきの食べ物ってことか…納豆みたいな」
よし、ちょっと【状態異常無効】をオフにして…
「ぶっは!!ゲホゲホおっえくっさ何ッじゃこりゃあ!!」
口の中で風呂嫌いのおっさんたちがおっさんず○ブぶちかましてる!!
思わず浄化連発したわ。
「これは慣れるまで時間かかるやつだ…もう食べたくないって魂が叫んでるけど…」
「クスクス」
そんな私を笑う声が聞こえた。
ハワイアンドレス姿の上品な女の子だ。
「あっ、失礼。つい目に止まってしまって。あまり大きな反応をしているものでしたから」
「こちらこそお目汚しを、ステキなレディ」
「まあ。紳士なお方」
この匂いの中でも平然としてるってことは、この国の人かな。
歳は私より下くらい。
焼けにくい体質なのか肌は白い。
「外からのお客様ですね」
「まあね。私はリコリス。旅の途中でこの国に立ち寄ったんだ。こっちは私の従魔でスライムのリルム」
「ご丁寧にありがとうございます。私はヒナ=マノマハロと申します。お見知り置きを」
「こちらこそ。ヒナちゃんも果物狩り?」
「ええ、まあ…そんなところです」
なんか、厳しい家から抜け出してきた貴族令嬢みたいな雰囲気だな。
あからさまに視線外されたし。
訳アリっぽいけど…うん、まあ詮索はするまい。
「仲間に置いてかれちゃって寂しかったんだ。もしよかったら一緒に回らない?」
「よろしいのですか?お邪魔では」
「こんな可愛い子を邪魔に思うわけないって。いいから行こ行こ」
「それでは、お供させてください」
なんかナンパみたくなったけど…うん、セーフ。
置いて行った奴らが悪い。
私は果樹園で出逢ったヒナちゃんとデートすることにした。
――――――――
小一時間ほど街を歩いてみたけど、さすが南国。
見たことのない植物の宝庫だわ。
「この白い…目玉みたいな模様のは何?」
「ノニっていう木の実です。とても苦いですけど、とても身体にいいんですよ。ジュースにして飲むんです。試飲してみますか?」
「ええ、じゃあ…」
薬師として、魔女として興味はある。
受け取ったそれは、まるで墨を煮詰めたみたいに黒々としていた。
匂いも独特で嗅いだことがない匂いをしてる。
「コク……~~~~ゲホッゲホッ!!マッズぁ!!こっちの人ってこんなものを毎日飲んでるの?!」
「嫌ですよお客さん。そんなマズいのを好んで飲む人なんかいませんて」
「あんたが店員じゃなかったらぶん殴ってるわよ」
けどおもしろいので、木の実数個とジュースを一本だけ買ってみた。
元々観光客向けにジョークで置いてあるらしいけど。
フフッ、リコリスに飲ませたらさぞいい反応をしそう。
他にも薬草や、美容向けのオイルを幾つか購入した。
我ながらかなり楽しんでるわね。
「いっぱい買っちゃったし、一度宿に戻った方が良さそうね」
腕にパンパンの紙袋を抱えてたら、ポロッとノニが一つこぼれ落ちた。
拾うのが面倒ね、なんて思ってたら。
「どうぞ」
親切な人が拾ってくれた。
「ゴメンなさい。どうもありがと、う…あら?」
不思議なことに、木の実を拾ってくれたはずの人は、私の前にはいなかった。
辺りを見渡してもそれらしい人は見当たらない。
「おかしいわね…。でも、さっきの声…どこかで…」
夏の日差しに当てられたかしら、なんて。
アタシは宿へと戻った。
――――――――
「く、ああ…ふあ、よく寝たのう…」
なんじゃまだ誰も帰っておらぬではないか。
外は夕暮れじゃというのに。
皆初めての国に浮かれているようじゃな。
何より何より。
「しかし、小腹が空いたの…」
夕餉にはちと早い。
かと言って何か摘まむには微妙な時間。
リコリスがおれば軽く血を吸わせてもらうんじゃが。
そんなことを思ったせいか。
「スン…何じゃ、この匂い」
えらく敏感になった。
何人ものそれが混ざった、ドス黒いまでの血の匂いに。
窓を開け、匂いが香って来た方へと翼を広げる。
飛んできたのは船着き場じゃが、そこにはもう残り香しかない。
どうやら船で違う島に向かったらしい。
「そこな船頭よ」
「ん?どうしたお嬢ちゃん。向こうの島まで行きたいのか?」
「そうではない。今しがた、ここから誰か船に乗って行きはしなかったか?」
「船には色んな客が乗るからなあ。誰かって言われても…。ああいや、そういえばとびきり美人が一人いたな。この国の人間じゃなさそうな」
心を読むが横顔が少し見えるだけか。
しかしが好みそうな美人じゃ。
宿からは離れた場所。
こんな距離まで香ってくるくらい強烈とは。
顔も知らぬ誰かじゃが、よほど殺しに縁深い者らしい。
「何も起こらなければよいがの」
未だ波は穏やか。
嵐が来ぬことを、妾は静かに願った。
――――――――
「いやーすっかり日が暮れちゃったね」
「あちこち連れ回してしまってゴメンなさい。こんな風に遊び回るのなんて久しぶりで。疲れていませんか?」
「全然。体力には自信があるんだ」
フンス、と力こぶを作るポーズを執る。
ヒナちゃんの案内が楽しすぎて、気付けばもう夕陽が西の海に沈みかけてる。
「めっちゃ楽しかった。ステキな時間をありがとう、ヒナちゃん」
「こちらこそとても楽しい思いをさせていただきました。リコリスさんはエスコートがとてもお上手で。私何度かドキドキさせられたんですから」
「ウッヘッヘ。それほどでも」
「ですがそろそろ帰らないと。家の者が心配します」
「送ろうか」
我ながらセリフが送り狼的な…
そんな気は無くてもそんな風に聞こえる不思議。
「いえ。お気遣いだけいただいておきます。この国は庭のようなものですから。リコリスさんはいつまでご滞在を?」
「四日とか言ってたかな」
「そうですか…。では、もしよろしければ…明日私の家に来ませんか?昼食でもご一緒に。もちろん皆さんで」
「それはありがたい申し出だけど、いいの?そんな急に」
「はい!」
おぉ、急に圧。
めちゃくちゃ嬉しそうな顔するなこの子。
ヒナちゃんはそこら辺の木から手の平ほどの大きさの葉っぱを取ると、そこに一筆したためた。
「これを船着き場の船頭に見せれば案内をしてくれます。絶対に来てくださいね、待っていますから」
「女の子の頼みなら断らないよ。喜んで招待されますとも」
「嬉しい…楽しみにしていますからね」
ヒナちゃんは太陽にも負けない満面の笑みで、私の手を握った。
「また明日」
人懐っこい。
子犬みたいな女の子だったな。
「リコ。こんなところにいたんですか。探しましたよ」
「ん?おーアルティ。ゴメンゴメン寂しい思いさせ……た、わけじゃなさそうだな…」
両手にお土産抱えてんじゃねーか。
私がいなくても満喫しやがってチクショー。
「ナニちゃんは?」
「お店があるからと先に戻りました」
「そかそか」
「お姉ちゃんお腹すいたー」
「今日一日食べっぱなしだったろ君たち。あんまり食べてばっかだと豚さんになっちゃうぞー?」
「豚さんじゃないもん、猫だもん」
「お姉ちゃんひどいです」
「シシシ。さて、じゃあ帰るか。おいしいご飯作ってあげるからね。いっぱい食べて大きくなりたまえよ妹たち」
特に乳と尻な。
その夜。
子どもたちは疲れたみたいで、すぐに眠ってしまった。
「よし」
そんな中、物音を立てないよう、私はひっそりと宿を出た。
右よし左よし。
いざ…
「何をしとるんじゃ」
「うひゃイ!!って…なんだ師匠か…ビックリさせんなよ…」
「夜出歩く不良になったか。こんな時間に外に出る理由など知れておるが」
「いやぁ…ハハハ…」
お見通しか…
いやー、ねえ?
ナニちゃんから聞いた十の島の内の一つ、ラキラキ島。
大人御用達~なんてそんな島、興味が無いわけないじゃありませんかと。
「成人してないと入れないしさ…さすがに子どもたちに内緒じゃないとマズいでしょ」
「確かにの。内緒にしておきたいのはマリアとジャンヌというより、アルティとドロシーのような気もするが。そこは言及しまい。そなたとて羽を伸ばしたいときもあろう」
「さす師!わかってるわー!」
「その代わり、妾も連れてゆけ。一人で酒に溺れるなど無粋じゃろ」
自分の見た目鏡で見てこいのじゃロリ。
ギルドカード見せても引っ掛かるわ。
「まあ、さすがに妾とて空気は読む」
師匠は指を鳴らした。
すると闇のベールが師匠を覆って、瞬く間に姿を大人の女性のそれに変えた。
「うっおー!めっちゃ美人じゃん師匠!そんなことも出来たんだ!すっげー!」
やっぱ容姿変化って吸血鬼の嗜みだよなぁ。
「乳でっけー!腰細っそ!尻プリップリ!総じてえっちー!最初それで出逢ってたら惚れてたわ!」
「クハハハ、どうじゃどうじゃ。絶世の美人じゃろう。なんせ妾伝説の吸血鬼じゃからの。こんなこと朝飯前じゃ。この美しさたるやそなたにも劣らんぞ」
「いや私は全ての美を超越した完ぺきスーパー美少女だぞ私のがレベチで可愛いに決まってるだろ」
「自己肯定感の怪物かそなたは。いいから行くぞ。今夜はとことん飲むのじゃ♡」
中身はどうあれ美人のお姉さんには変わらない。
私はウキウキ気分で、アイナモアナ公国の歓楽街、ラキラキ島へ向かった。
夜なのに明るい。
それに人も多い。
そして何と言っても、どこを向いてもお姉さんお姉さんお姉さん!!♡
「アローハー♡」
「わぁ、可愛い子たち♡」
「ねえねえお姉さん、うちのお店寄ってってよー♡」
「サービスしちゃうわよ♡」
パーラダーイス!!
うおー布薄いー!!谷間もスリットもチラッチラしてるー!!
色気ムンムンで酔っちゃうよぉー!
ハァハァが、ハァハァが止まらん…
「師匠…今ここで私がお姉さんたちにキャーキャーちやほやされたいがためだけに【百合の姫】全開にしたら軽蔑する?」
「何をマジメな顔しとるのかと思えばどシンプルにクズじゃのう。どこでも良いから早く店に入るのじゃ」
「もう…色んなことさておいて娼館行かない?」
「そなたは本当…顔面以外はゲスの部類に入る人間じゃな…」
正直今性欲が九分九厘占めてるわ。
師匠いなかったら娼館行ってたな…
まあヘタレて店の前でウロウロして終わったかも知れないけどね☆えへっ♪
「さ~てと、どこのお店にしーよーおーかーなー」
「おや、リコリスさん」
「んあ?アンドレアさん」
「奇遇ですね。リコリスさんと…そちらは…」
「妾じゃ」
「ああ、ブラッドメアリー様。あまり麗しいお姿なもので気付きませんでした」
「うむうむ。致し方あるまい」
チョロリババア。
「リコリスさんたちも飲みにいらしたんですね。よろしければご一緒しませんか?行きつけの店があるんです」
「やった。ぜひぜひ。ちなみに綺麗所なんて…」
「ええもちろん。とびきりの美女たちが揃っていますよ」
「ひゅー!漲ってきたぜー!」
お姉さんとお酒♡お姉さんとお酒♡
「アローハー♡ワンナイトへようこそいらっしゃいませー♡」
うああああああ!!キラッキラしてるンゴー!!
高級感ヤッベー!
でもそれ以上にキラッキラな人間、獣人、ドワーフ、オーガ……お姉さんたちみんなエッッッロい!!
ふえええんビジネスおもてなしでも好きになっちゃうよー!!
「キャー♡アンドレアさん久しぶりー♡」
「全然遊びに来てくれないんだもーん♡寂しかったー♡」
「ハハハ、失礼。今日は大切なお客様を連れてきたよ。リコリスさんとテルナさんだ。失礼の無いよう頼むよ」
「こここここにちゃっ!」
「えー緊張してる可愛い~♡」
「超キレイな子~♡こういうお店初めて?♡」
「楽しんでいってね♡」
「こっちの方もステキ~♡」
「美しすぎてクラクラしちゃう♡」
「クハハハ、よきにはからえ」
お姉さんたちに囲まれてお酒飲めるとかヤベー…
飲んでないのにフラッフラする…
とりあえず…
「お酒じゃんじゃん持ってこーーーーい!!♡♡♡」
「イェーーーー♡♡♡」
始まるぜ、大人タイム。
――――――――
小高い崖の上で。
風を身に浴び、暗殺者は眼下に灰色の視線を向けた。
「仕事の時間ですね」
ナイフを月の光に煌めかせて。
シャルロット=リープは夜を跳んだ。
緑が揺れる風。
陽気な音楽。
そして、
「アローハー♪アイナモアナ公国、ハロハロ島へようこそー♪」
果物みたいに豊満な南国美女たち!!
こんがり日焼け肌が健康的で、水着みたいな薄着の衣装がたまらーん。
ほっぺにウェルカムキスまでされちゃってまぁ……ハワイだなぁ。
途端に異世界感が消えたんだが。
んー……まあいいや!!
「アローハー♡アイナモアナの麗しきお姉さんたちー♡ひゅー♡」
「きゃー♡」
「可愛い子ね♡チュッ♡」
みんなほっぺチューしてくれる~♡
最高~♡永住する~♡
「ノリが良いのう」
「あいつはどんな環境でも生きていけそうね」
なんとでも言うがよいわフハハハ。
「それでは皆さん。アイナモアナへの滞在は、船の整備を見合わせて四日間を予定しています。宿は手配してありますので、出港までどうぞ各々楽しんでください」
「はーい!よしっ!行くぞ百合の楽園!」
「お姉ちゃん、どこへ行くんですか?」
「郷に入っては郷に従え!まずは……着替えだ!!」
ということで最寄りの民芸品屋で衣装を揃えたぞ☆
「ちょほっ♡ちょほほほほほほほほぉぉ♡きゃわっ、きゃわたんだねぇみんなぁ~♡似合ってる似合ってるよふほぉ~♡」
私とアルティはビキニ。アルティはそれにパレオを合わせて、ドロシーは青い水着の上に薄いローブを羽織ってる。
マリアとジャンヌはワンピースタイプの水着がお気に入りらしい。
師匠は…スク水みたいだな。可愛いけど。
「顔がだらしなさすぎる」
「だらしなくもなろうてー♡グフフフ~♡」
「して、リコリスよ。これからどうするのじゃ?」
「そんなの決まってるでしょ!」
泳ぐんじゃーーーーい!!♡
「うわっはーーーい!」
バシャーンと豪快に弾ける水。
冷たいっ。気持ちいいっ。しょっぱいっ。
「ぷはっ!さいっこー!みんなも早く早くー!」
「わーいっ!」
「アハハッ、冷たーい!」
マリアとジャンヌはさすがの運動神経だ。
もう泳いどる。
ドロシーと師匠は、店で借りたパラソルを立てて長椅子でくつろいでる。
「はしゃぐのは子どもだけでいいのよ」
「まったくじゃ」
これだから長命種は。
リルムたちも波打ち際でバシャバシャやってる。
『きもちー』
『暑いぞ…』
南国だからな。
アルティは…
「どうしたー?」
「いえ、今まで泳いだことがないので…」
「怖い?」
「少し…」
「なら手を握っててあげるよ。大丈夫だからおいで」
アルティは物怖じしながら私の手を取った。
ニヤっと笑って引っ張り、自分ごと海に倒れてやる。
「きゃあっ!」
水しぶきが舞う。
「はぁはぁ、もうっ!リコ!」
「ゴメンって。でも、気持ちいいだろ?」
煌めく海の冷たさと美しさにほだされたらしい。
アルティは膨れっ面を解いた。
「悪くありません」
「ニッシッシ。さ、遊ぼーぜ」
それから私たちはいっぱい遊んだ。
水泳競争に砂遊び。
予め作っといたボールでビーチバレーしたり、ボートで沖に出たり。
途中途中で【水泳】のスキルと、砂浜で砂遊びしてて【芸術家】のスキルなんか覚えちゃったりしたけど。
マジで何してても楽しい~。
「本ッ当…楽園だな」
「ゆったりと羽を伸ばせていいところですね」
くぅぅ…
マリアとジャンヌのお腹が鳴った。
「お腹すいたぁ」
「ペコペコですぅ」
「遊ぶのに夢中になってたものね」
「食事にしよっか。どこかいいところはーっと」
そんな会話が耳聡く聞こえたのか、私たちに一人の女の子が声を掛けてきた。
「アローハーお姉さんたちっ」
おほほーボーイッシュな快活健康的美少女。
「外から来た人たちだよね?あたしナニ。そこの食堂で働いてるんだけど、良かったら食べに来ない?サービスするよっ」
「行く行くー♡サービス期待してまーす♡」
おっぱいを器にフルーツ盛りなんかいいですねぇフヘヘ♡
「そんなわけないでしょう」
「そんなわけないでしょ」
「そんなわけないじゃろ」
揃って思考読むなや。
と、ナニちゃんに連れられてやって来た、さざ波食堂。
こぢんまりとしてるけど、テラス付きの南国っぽいカフェみたいだ。
出された料理は、豪快に網焼きされたシーフードに、果物のソースで甘く煮られた肉。それにこれでもかってくらいのフルーツの盛り合わせ。
「さぁ召し上がれ。うちの料理はどれも最高だよ」
「いただきまーす」
はむ…むしゃむしゃ…
んーこれはこれは。
「んまいっ!」
「うむ、大味かと思いきや素材の味を活かしておる」
「ふにゃあ!お肉もお魚もおいしーい!」
「果物も甘くてジュワってして幸せですぅ!」
うんうん、確かに。
さすが南国。
私も果物と種を仕入れようっと。
「アハハッ、よかった喜んでもらえて。アイナモアナは初めて?」
「うん。さっき着いたとこ。ドラグーン王国からね。私たちこれで冒険者でさ、みんなで旅してるんだ」
「へえ楽しそうっ。よかったら島を案内しようか。ハロハロ島は、アイナモアナの島の中でも一番の果物の産地なんだ」
へぇ、島ごとに特色が違うのか。
「じゃあお願いしようかな」
「任せて。その代わりチップは弾んでね」
谷間寄せておねだりとは。
この子わかっとるわー♡
よーしその魅惑の峡谷に金貨挟んじゃうぞ♡
食事が終わって、ナニちゃんに島を案内してもらうことになった私たち。
まず向かっているのは果樹園。
同行するのは私とアルティ、マリアとジャンヌ、それにリルムだ。
「アタシはパス。アンドレアさんに街のオススメの薬屋を聞いておいたの。こっちはこっちでやってるから、そっちも楽しんでらっしゃい」
「妾はお昼寝じゃ。アイナモアナに来たのは数百年ぶり故な。しばしこの風を楽しませてもらうとしよう」
各々好きに過ごしたらいいさ。
何かあったら呼んでと、みんなには【管理者権限】で【念話】をコピーし渡しておいた。
「便利というか恐ろしいですね、そのスキル」
「せいぜい使い道は間違えないようにするよ」
「でも、こうしてリルムたちと話せるようになったのは嬉しいです」
『リルムもー。リルムね、アーとお話したいなーってずっと思ってたからー』
「フフッ、いっぱいおしゃべりしましょうね」
リルムはアルティの頭の上でご機嫌だ。
リルムたち魔物組は、アルティとの付き合いでいったら私とほぼ変わらんくらいだもんな。
そりゃお互い嬉しいか。
「そういえばナニちゃん、聞いた話だとアイナモアナ公国は確か十の島に分かれてるとかって」
「そうっ。まずここハロハロ島が、交易の中心で果物の名産地」
工芸の島、ヤハ島。
漁業が盛んなポンポ島。
大人御用達のラキラキ島。
放牧と酪農のミューゼ島。
歌と音楽の島シアシア島。
島全体に鉱脈が広がるオマオマ島。
太古の遺跡が眠るナナナ島。
温泉の名地のシャワシャワ島。
「最後に、大公様のお屋敷があるパルテア島。あそこに見えるでしょ。アイナモアナで一番大きな火山島だよ」
「大公様?」
「アイナモアナを統治してる偉い人。とってもキレイで優しいの」
ほほう。
それはぜひ一目お逢いしたいものですな。
「島と島とは船で二十分から三十分くらいね。往復便があるから便利だよ」
シャワシャワ島の温泉とかいいなぁ。
みんな誘って行ーこうっと。
「さあ着いたよ。ここがハロハロ島一の果樹園。アイナモアナから輸出される果物の約四割が、ここから出荷されるんだよ」
「おー壮観だな」
「甘くていい匂いですね」
パイナップル、マンゴー、バナナ、ライチ…どれも熟れてて今が食べ頃だ。
「ここは銀貨1枚で食べ放題の果物狩りも体験出来るんですよ。魔物は大銅貨5枚ね」
「「食べ放題!」」
妹たちが目を輝かせるもんで。
あんまり食べ過ぎちゃダメだよお腹痛くなっちゃうから。
お金を払って果物を採らせてもらう。
おうおう、マンゴーのずっしり重いこと。
「マンゴーはこうやって斜めに格子切りにしてやると…ほら、食べやすくなるだろ」
「お姉ちゃんすごい!」
「すごいです!」
「おーお姉さん詳しいねえ」
昔喫茶店でバイトしてたもんでね。
「あむっ…おいしいですね」
『おいしー』
丸ごと食っとる。
おいしいならいいけど。
「お姉ちゃん、これは?」
「トゲトゲです」
「パイナップルね。見た目はあれだけど、中身はこんなんだよ」
「ナニお姉ちゃんのお店で食べたやつです!」
「甘くて酸っぱくておもしろい味!私これ好き!」
次はバナナのコーナーか。
…………ふむ。
「アルティアルティ~♡あーん♡」
「あーん…むぐ」
「おいしい?♡」
「ほいひいれふへほ…」
「そうかそうかおいしいか私のバナナは♡んー?♡」
「若い子連れたおじさんがたまにそういうことしてるよ」
誰が中身はおっさんじゃ。
身も心も旬な女の子だが?
「アイナモアナは年中安定した夏の気候で、果物がよく育つの。たっぷりの日差しで育った果物は、他のどこより甘くてジューシーなんだ」
「うーん確かにジューシーですなー♡たわわに実ってじつにおいしそうでばふっ!!」
「果樹園の土に就職しますか?」
「しぃましぇん…」
「女の人が女の人の頭殴るとこ初めて見た…」
広大な土地を案内されている最中。
「ふにゃっ!!」
「ふみゅう!!」
突然マリアとジャンヌの足が止まり、何とも言えない顔で鼻を押さえた。
リルムはさておき、アルティも顔をしかめている。
「どうした?」
「リコ、何ともないんですか…?」
「何ともとは?」
「アッハハ、お姉さん強いね。ここから先は地元の人もあんまり入らないんだ」
「?」
確かに人が少ない。
なんだ?
木に果物が…ああ。
「なるほど、ドリアンか。それでみんな足を止めたのか」
世界一臭い果物。
それはこっちの世界でも同じらしい。
私は【状態異常無効】で悪臭にも耐性があるからわからなかった。
これはあって損するスキルじゃないし、折を見てみんなのステータスにコピーしておこう。
「ドリアンは私も食べたことないな。一つ失敬して」
「食べられるんですか、それ…」
「腐った匂い~」
「鼻がおかしくなっちゃうです…」
獣人族は特に鼻が利いちゃうらしい。
涙目のみんなは見ててちょっとおもしろい。
「匂いはアレだけど、中身はおいしいらしいよ。栄養も豊富だって話だし」
「私たちは離れてます…。マリアとジャンヌもつらそうなので」
「なら、次の名所に案内するよ。景色がキレイなんだ」
マジでか置いて行かれたんだが…そんなことある?
なんで観光地で寂しい思いせにゃならんのだ。
「血も涙もない奴らだ。冷たくされても好きだけど」
『リー、はやくー』
「はいはい。どれどれ…パク」
ねっとりとした舌触り。
これは熟してるのか?味はクリームみたい。
キャラメルの風味にも似た匂いもする。
食べ比べたことがないからわかんないけど、まあおいしいんじゃないかな?
「食べられないことはない、くらい?好き嫌いはあるかもしれない。リルムはどう?」
『おいしいー』
丸ごと食っとる。
「やっぱり臭いありきの食べ物ってことか…納豆みたいな」
よし、ちょっと【状態異常無効】をオフにして…
「ぶっは!!ゲホゲホおっえくっさ何ッじゃこりゃあ!!」
口の中で風呂嫌いのおっさんたちがおっさんず○ブぶちかましてる!!
思わず浄化連発したわ。
「これは慣れるまで時間かかるやつだ…もう食べたくないって魂が叫んでるけど…」
「クスクス」
そんな私を笑う声が聞こえた。
ハワイアンドレス姿の上品な女の子だ。
「あっ、失礼。つい目に止まってしまって。あまり大きな反応をしているものでしたから」
「こちらこそお目汚しを、ステキなレディ」
「まあ。紳士なお方」
この匂いの中でも平然としてるってことは、この国の人かな。
歳は私より下くらい。
焼けにくい体質なのか肌は白い。
「外からのお客様ですね」
「まあね。私はリコリス。旅の途中でこの国に立ち寄ったんだ。こっちは私の従魔でスライムのリルム」
「ご丁寧にありがとうございます。私はヒナ=マノマハロと申します。お見知り置きを」
「こちらこそ。ヒナちゃんも果物狩り?」
「ええ、まあ…そんなところです」
なんか、厳しい家から抜け出してきた貴族令嬢みたいな雰囲気だな。
あからさまに視線外されたし。
訳アリっぽいけど…うん、まあ詮索はするまい。
「仲間に置いてかれちゃって寂しかったんだ。もしよかったら一緒に回らない?」
「よろしいのですか?お邪魔では」
「こんな可愛い子を邪魔に思うわけないって。いいから行こ行こ」
「それでは、お供させてください」
なんかナンパみたくなったけど…うん、セーフ。
置いて行った奴らが悪い。
私は果樹園で出逢ったヒナちゃんとデートすることにした。
――――――――
小一時間ほど街を歩いてみたけど、さすが南国。
見たことのない植物の宝庫だわ。
「この白い…目玉みたいな模様のは何?」
「ノニっていう木の実です。とても苦いですけど、とても身体にいいんですよ。ジュースにして飲むんです。試飲してみますか?」
「ええ、じゃあ…」
薬師として、魔女として興味はある。
受け取ったそれは、まるで墨を煮詰めたみたいに黒々としていた。
匂いも独特で嗅いだことがない匂いをしてる。
「コク……~~~~ゲホッゲホッ!!マッズぁ!!こっちの人ってこんなものを毎日飲んでるの?!」
「嫌ですよお客さん。そんなマズいのを好んで飲む人なんかいませんて」
「あんたが店員じゃなかったらぶん殴ってるわよ」
けどおもしろいので、木の実数個とジュースを一本だけ買ってみた。
元々観光客向けにジョークで置いてあるらしいけど。
フフッ、リコリスに飲ませたらさぞいい反応をしそう。
他にも薬草や、美容向けのオイルを幾つか購入した。
我ながらかなり楽しんでるわね。
「いっぱい買っちゃったし、一度宿に戻った方が良さそうね」
腕にパンパンの紙袋を抱えてたら、ポロッとノニが一つこぼれ落ちた。
拾うのが面倒ね、なんて思ってたら。
「どうぞ」
親切な人が拾ってくれた。
「ゴメンなさい。どうもありがと、う…あら?」
不思議なことに、木の実を拾ってくれたはずの人は、私の前にはいなかった。
辺りを見渡してもそれらしい人は見当たらない。
「おかしいわね…。でも、さっきの声…どこかで…」
夏の日差しに当てられたかしら、なんて。
アタシは宿へと戻った。
――――――――
「く、ああ…ふあ、よく寝たのう…」
なんじゃまだ誰も帰っておらぬではないか。
外は夕暮れじゃというのに。
皆初めての国に浮かれているようじゃな。
何より何より。
「しかし、小腹が空いたの…」
夕餉にはちと早い。
かと言って何か摘まむには微妙な時間。
リコリスがおれば軽く血を吸わせてもらうんじゃが。
そんなことを思ったせいか。
「スン…何じゃ、この匂い」
えらく敏感になった。
何人ものそれが混ざった、ドス黒いまでの血の匂いに。
窓を開け、匂いが香って来た方へと翼を広げる。
飛んできたのは船着き場じゃが、そこにはもう残り香しかない。
どうやら船で違う島に向かったらしい。
「そこな船頭よ」
「ん?どうしたお嬢ちゃん。向こうの島まで行きたいのか?」
「そうではない。今しがた、ここから誰か船に乗って行きはしなかったか?」
「船には色んな客が乗るからなあ。誰かって言われても…。ああいや、そういえばとびきり美人が一人いたな。この国の人間じゃなさそうな」
心を読むが横顔が少し見えるだけか。
しかしが好みそうな美人じゃ。
宿からは離れた場所。
こんな距離まで香ってくるくらい強烈とは。
顔も知らぬ誰かじゃが、よほど殺しに縁深い者らしい。
「何も起こらなければよいがの」
未だ波は穏やか。
嵐が来ぬことを、妾は静かに願った。
――――――――
「いやーすっかり日が暮れちゃったね」
「あちこち連れ回してしまってゴメンなさい。こんな風に遊び回るのなんて久しぶりで。疲れていませんか?」
「全然。体力には自信があるんだ」
フンス、と力こぶを作るポーズを執る。
ヒナちゃんの案内が楽しすぎて、気付けばもう夕陽が西の海に沈みかけてる。
「めっちゃ楽しかった。ステキな時間をありがとう、ヒナちゃん」
「こちらこそとても楽しい思いをさせていただきました。リコリスさんはエスコートがとてもお上手で。私何度かドキドキさせられたんですから」
「ウッヘッヘ。それほどでも」
「ですがそろそろ帰らないと。家の者が心配します」
「送ろうか」
我ながらセリフが送り狼的な…
そんな気は無くてもそんな風に聞こえる不思議。
「いえ。お気遣いだけいただいておきます。この国は庭のようなものですから。リコリスさんはいつまでご滞在を?」
「四日とか言ってたかな」
「そうですか…。では、もしよろしければ…明日私の家に来ませんか?昼食でもご一緒に。もちろん皆さんで」
「それはありがたい申し出だけど、いいの?そんな急に」
「はい!」
おぉ、急に圧。
めちゃくちゃ嬉しそうな顔するなこの子。
ヒナちゃんはそこら辺の木から手の平ほどの大きさの葉っぱを取ると、そこに一筆したためた。
「これを船着き場の船頭に見せれば案内をしてくれます。絶対に来てくださいね、待っていますから」
「女の子の頼みなら断らないよ。喜んで招待されますとも」
「嬉しい…楽しみにしていますからね」
ヒナちゃんは太陽にも負けない満面の笑みで、私の手を握った。
「また明日」
人懐っこい。
子犬みたいな女の子だったな。
「リコ。こんなところにいたんですか。探しましたよ」
「ん?おーアルティ。ゴメンゴメン寂しい思いさせ……た、わけじゃなさそうだな…」
両手にお土産抱えてんじゃねーか。
私がいなくても満喫しやがってチクショー。
「ナニちゃんは?」
「お店があるからと先に戻りました」
「そかそか」
「お姉ちゃんお腹すいたー」
「今日一日食べっぱなしだったろ君たち。あんまり食べてばっかだと豚さんになっちゃうぞー?」
「豚さんじゃないもん、猫だもん」
「お姉ちゃんひどいです」
「シシシ。さて、じゃあ帰るか。おいしいご飯作ってあげるからね。いっぱい食べて大きくなりたまえよ妹たち」
特に乳と尻な。
その夜。
子どもたちは疲れたみたいで、すぐに眠ってしまった。
「よし」
そんな中、物音を立てないよう、私はひっそりと宿を出た。
右よし左よし。
いざ…
「何をしとるんじゃ」
「うひゃイ!!って…なんだ師匠か…ビックリさせんなよ…」
「夜出歩く不良になったか。こんな時間に外に出る理由など知れておるが」
「いやぁ…ハハハ…」
お見通しか…
いやー、ねえ?
ナニちゃんから聞いた十の島の内の一つ、ラキラキ島。
大人御用達~なんてそんな島、興味が無いわけないじゃありませんかと。
「成人してないと入れないしさ…さすがに子どもたちに内緒じゃないとマズいでしょ」
「確かにの。内緒にしておきたいのはマリアとジャンヌというより、アルティとドロシーのような気もするが。そこは言及しまい。そなたとて羽を伸ばしたいときもあろう」
「さす師!わかってるわー!」
「その代わり、妾も連れてゆけ。一人で酒に溺れるなど無粋じゃろ」
自分の見た目鏡で見てこいのじゃロリ。
ギルドカード見せても引っ掛かるわ。
「まあ、さすがに妾とて空気は読む」
師匠は指を鳴らした。
すると闇のベールが師匠を覆って、瞬く間に姿を大人の女性のそれに変えた。
「うっおー!めっちゃ美人じゃん師匠!そんなことも出来たんだ!すっげー!」
やっぱ容姿変化って吸血鬼の嗜みだよなぁ。
「乳でっけー!腰細っそ!尻プリップリ!総じてえっちー!最初それで出逢ってたら惚れてたわ!」
「クハハハ、どうじゃどうじゃ。絶世の美人じゃろう。なんせ妾伝説の吸血鬼じゃからの。こんなこと朝飯前じゃ。この美しさたるやそなたにも劣らんぞ」
「いや私は全ての美を超越した完ぺきスーパー美少女だぞ私のがレベチで可愛いに決まってるだろ」
「自己肯定感の怪物かそなたは。いいから行くぞ。今夜はとことん飲むのじゃ♡」
中身はどうあれ美人のお姉さんには変わらない。
私はウキウキ気分で、アイナモアナ公国の歓楽街、ラキラキ島へ向かった。
夜なのに明るい。
それに人も多い。
そして何と言っても、どこを向いてもお姉さんお姉さんお姉さん!!♡
「アローハー♡」
「わぁ、可愛い子たち♡」
「ねえねえお姉さん、うちのお店寄ってってよー♡」
「サービスしちゃうわよ♡」
パーラダーイス!!
うおー布薄いー!!谷間もスリットもチラッチラしてるー!!
色気ムンムンで酔っちゃうよぉー!
ハァハァが、ハァハァが止まらん…
「師匠…今ここで私がお姉さんたちにキャーキャーちやほやされたいがためだけに【百合の姫】全開にしたら軽蔑する?」
「何をマジメな顔しとるのかと思えばどシンプルにクズじゃのう。どこでも良いから早く店に入るのじゃ」
「もう…色んなことさておいて娼館行かない?」
「そなたは本当…顔面以外はゲスの部類に入る人間じゃな…」
正直今性欲が九分九厘占めてるわ。
師匠いなかったら娼館行ってたな…
まあヘタレて店の前でウロウロして終わったかも知れないけどね☆えへっ♪
「さ~てと、どこのお店にしーよーおーかーなー」
「おや、リコリスさん」
「んあ?アンドレアさん」
「奇遇ですね。リコリスさんと…そちらは…」
「妾じゃ」
「ああ、ブラッドメアリー様。あまり麗しいお姿なもので気付きませんでした」
「うむうむ。致し方あるまい」
チョロリババア。
「リコリスさんたちも飲みにいらしたんですね。よろしければご一緒しませんか?行きつけの店があるんです」
「やった。ぜひぜひ。ちなみに綺麗所なんて…」
「ええもちろん。とびきりの美女たちが揃っていますよ」
「ひゅー!漲ってきたぜー!」
お姉さんとお酒♡お姉さんとお酒♡
「アローハー♡ワンナイトへようこそいらっしゃいませー♡」
うああああああ!!キラッキラしてるンゴー!!
高級感ヤッベー!
でもそれ以上にキラッキラな人間、獣人、ドワーフ、オーガ……お姉さんたちみんなエッッッロい!!
ふえええんビジネスおもてなしでも好きになっちゃうよー!!
「キャー♡アンドレアさん久しぶりー♡」
「全然遊びに来てくれないんだもーん♡寂しかったー♡」
「ハハハ、失礼。今日は大切なお客様を連れてきたよ。リコリスさんとテルナさんだ。失礼の無いよう頼むよ」
「こここここにちゃっ!」
「えー緊張してる可愛い~♡」
「超キレイな子~♡こういうお店初めて?♡」
「楽しんでいってね♡」
「こっちの方もステキ~♡」
「美しすぎてクラクラしちゃう♡」
「クハハハ、よきにはからえ」
お姉さんたちに囲まれてお酒飲めるとかヤベー…
飲んでないのにフラッフラする…
とりあえず…
「お酒じゃんじゃん持ってこーーーーい!!♡♡♡」
「イェーーーー♡♡♡」
始まるぜ、大人タイム。
――――――――
小高い崖の上で。
風を身に浴び、暗殺者は眼下に灰色の視線を向けた。
「仕事の時間ですね」
ナイフを月の光に煌めかせて。
シャルロット=リープは夜を跳んだ。
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