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王国漫遊編
幕間:旅立つ前の物語
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これは私を友と呼んでくれる、大切な親友との物語。
コンコン
旅立ちの前夜のことだ。
旅の荷物の最終確認をしていると、部屋の扉が叩かれた。
「どうぞ」
「こんばんは。夜分に失礼します」
入ってきたのは、枕を抱いた寝巻き姿の友人だった。
「どうしたんですか?」
「明日はついに卒業式かって思ったら、なんだか物思いに耽ってしまいまして。最後の夜くらい、たった一人の友だちと一緒に寝てもいいでしょう?ね、アル」
「夜中に出歩くのは感心しませんね」
「何があっても大丈夫でしょう?銀の大賢者様が一緒なのだから」
言っても聞かない。
リエラ=ジオ=ドラグーンという王女は、無遠慮に私のベッドに枕を置いた。
「こうして一緒に寝るのも最後ですね」
「そうですね」
「明日の今頃は、アルは王都を離れて遠い地ですか。寂しいですね」
「…そうですね」
「あなたは私の唯一の友だちでしたから」
「私は他にも友人がいましたけど」
「えええ急に性格悪いじゃないですか…」
「フフッ」
私が意地悪く笑うと、リエラは少し驚いた顔で言った。
「アルがそんな表情をするのは、なんだか初めて見た気がします」
「人を何だと…」
「いつも無機質で冷静で、それが周りには好印象でしたけど。もっと早くそんな顔を見せられていたら、恋に落ちていたかもしれません」
だいぶ失礼だけど、お世辞の上手な王女様だ。
私は軽薄に返した。
「そしたら私は玉の輿ですね」
「でも、あなたは私のものにはならないんでしょう?」
「はい」
「何度聞かされたかな。あなたのステキな幼なじみの話。甘く惚気けてくれるんだもの、聞いてるこっちが胸焼けしそうだった」
「本当に魅力的だから仕方ありません」
明日、私はリコと旅に出る。
子どもの頃の約束が果たされるときがきた。
ついに。
ようやく待ち望んだ日が訪れるのだと。
きっとリコは、私が思ってる以上に美しくなっている。
ああ、考えるだけで顔が熱い。
私は理性を保てるだろうか。
「もう心此処に在らずって感じですね」
「ええ…楽しみです…」
「眠い?」
「少し…」
「早く寝ないと遅刻しちゃいますものね。ありがとうアル。ワガママを聞いてくれて」
「こちら、こそ…ありがとうございます…リエ、ラ…………すや」
「おやすみなさい。大好きなアル」
窓から入る潮風に頬を撫でられて目が覚めると、隣で本を読んでいたドロシーが声をかけてきた。
「起きた?」
「ええ…すみません。ついウトウトと…」
「買い物疲れ?フフッ、それにしては気持ちよさそうに寝てたけど」
「夢を見ていました」
私の大切な友だちの夢。
今頃何をしているのでしょう。
たまには手紙を出そう。
私は元気にやっています、と。
親愛なるリエラに宛てて。
――――――――
これは遠き悠久の、ほんの刹那の物語。
「師匠、師匠ってば」
日向で微睡む妾を呼ぶ声。
鈴の音のようなそれに耳を傾ける心地良さに、自然と顔が綻びそうになる。
「なんじゃ」
「お菓子作った。試作なんだけど、一緒に食べよ」
そんな些細なことを自慢気に報告する。
まるで子どもが親に褒められたがっているように。
「うむ。いただこう」
ガラスの器に涼し気に盛られた白い丘。
匙で口に運べば、ひんやりと冷気を口から全身に行き渡らせる。
舌の上で儚く消える上品な甘み。
そして胸をくすぐるようなこの香り。
「美味じゃな。アイスクリーム、と言ったか?前にも食べたが、これはまた一段と美味に感じる」
「だろ?香辛料のお店にバニラが売っててさー!今までのはミルクアイスだったんだけど、これは完ぺきにバニラアイス!」
バニラとは、甘い香りのする黒い種子のようなものじゃったか。
香料に加工し香を聞くのに使用するのは知っておったが、こやつの手にかかれば、こうも甘美な芸術に変わるのか。
添えられた焼き菓子がまた心憎い。
「素晴らしい。これは至高の逸品じゃな。して、何故妾を毒見役に?」
「ウヘヘ。師匠甘いの好きでしょ?だから一番最初に食べさせてあげようって思ったんだ」
こういうことを自然に言うのじゃから、こやつは天然の女たらしよ。
血の味と美貌に骨抜きにされた妾が言うのじゃから信憑性は確かじゃ。
「これをさー、ジュースの上に乗せるとウマいんだー。シュワシュワのやつ。今度作ってあげるね」
「楽しみにしておこう」
見た目は美しく成長したが、中身は昔と変わらぬな。
まことに良き女よ。
「のう、リコリスよ」
「どした?」
「…否。なんでもない」
リコリス、妾が愛した女よ。
そなたとの交わりは、永遠なる生の中の悠久の刹那にすぎぬ。
故にいつか来る別れを惜しみ、一度は目の前から消えた。
なればこそ思いは断ち切るべきじゃと。
しかし思いは募るばかり。
ついぞ探し、再会してしまった。
罪深き女。
この妾に恋の甘さを教えるなどと。
「師匠、なんかゴタゴタで言いそびれてたんだけどさ」
「なんじゃ?」
「また逢えて嬉しい」
バカ弟子め。
そんなもの、妾の方が。
「……指でよい。少し飲ませよ」
「吸いすぎるなよ。貧血で倒れるから」
「血の再生も無限の者が何を」
差し出された指に噛みつき血を吸う。
バニラアイスよりも甘くとろける赤の味。
「んぅ、くは…」
「師匠エッロ。おいしい?」
「ん…」
はしたなく音を立てそうになる。
舐って舐って。
舐め残しがないように。
「リコリス…」
「なに?」
「妾も言いそびれていたことがある」
有無を言わさず胸に手を添え唇を重ねる。
また舐ってこれでもかと舐って。
「愛しておる、我が生涯の友よ」
これから始まる果てのない旅に、妾は密かに胸を高鳴らせた。
コンコン
旅立ちの前夜のことだ。
旅の荷物の最終確認をしていると、部屋の扉が叩かれた。
「どうぞ」
「こんばんは。夜分に失礼します」
入ってきたのは、枕を抱いた寝巻き姿の友人だった。
「どうしたんですか?」
「明日はついに卒業式かって思ったら、なんだか物思いに耽ってしまいまして。最後の夜くらい、たった一人の友だちと一緒に寝てもいいでしょう?ね、アル」
「夜中に出歩くのは感心しませんね」
「何があっても大丈夫でしょう?銀の大賢者様が一緒なのだから」
言っても聞かない。
リエラ=ジオ=ドラグーンという王女は、無遠慮に私のベッドに枕を置いた。
「こうして一緒に寝るのも最後ですね」
「そうですね」
「明日の今頃は、アルは王都を離れて遠い地ですか。寂しいですね」
「…そうですね」
「あなたは私の唯一の友だちでしたから」
「私は他にも友人がいましたけど」
「えええ急に性格悪いじゃないですか…」
「フフッ」
私が意地悪く笑うと、リエラは少し驚いた顔で言った。
「アルがそんな表情をするのは、なんだか初めて見た気がします」
「人を何だと…」
「いつも無機質で冷静で、それが周りには好印象でしたけど。もっと早くそんな顔を見せられていたら、恋に落ちていたかもしれません」
だいぶ失礼だけど、お世辞の上手な王女様だ。
私は軽薄に返した。
「そしたら私は玉の輿ですね」
「でも、あなたは私のものにはならないんでしょう?」
「はい」
「何度聞かされたかな。あなたのステキな幼なじみの話。甘く惚気けてくれるんだもの、聞いてるこっちが胸焼けしそうだった」
「本当に魅力的だから仕方ありません」
明日、私はリコと旅に出る。
子どもの頃の約束が果たされるときがきた。
ついに。
ようやく待ち望んだ日が訪れるのだと。
きっとリコは、私が思ってる以上に美しくなっている。
ああ、考えるだけで顔が熱い。
私は理性を保てるだろうか。
「もう心此処に在らずって感じですね」
「ええ…楽しみです…」
「眠い?」
「少し…」
「早く寝ないと遅刻しちゃいますものね。ありがとうアル。ワガママを聞いてくれて」
「こちら、こそ…ありがとうございます…リエ、ラ…………すや」
「おやすみなさい。大好きなアル」
窓から入る潮風に頬を撫でられて目が覚めると、隣で本を読んでいたドロシーが声をかけてきた。
「起きた?」
「ええ…すみません。ついウトウトと…」
「買い物疲れ?フフッ、それにしては気持ちよさそうに寝てたけど」
「夢を見ていました」
私の大切な友だちの夢。
今頃何をしているのでしょう。
たまには手紙を出そう。
私は元気にやっています、と。
親愛なるリエラに宛てて。
――――――――
これは遠き悠久の、ほんの刹那の物語。
「師匠、師匠ってば」
日向で微睡む妾を呼ぶ声。
鈴の音のようなそれに耳を傾ける心地良さに、自然と顔が綻びそうになる。
「なんじゃ」
「お菓子作った。試作なんだけど、一緒に食べよ」
そんな些細なことを自慢気に報告する。
まるで子どもが親に褒められたがっているように。
「うむ。いただこう」
ガラスの器に涼し気に盛られた白い丘。
匙で口に運べば、ひんやりと冷気を口から全身に行き渡らせる。
舌の上で儚く消える上品な甘み。
そして胸をくすぐるようなこの香り。
「美味じゃな。アイスクリーム、と言ったか?前にも食べたが、これはまた一段と美味に感じる」
「だろ?香辛料のお店にバニラが売っててさー!今までのはミルクアイスだったんだけど、これは完ぺきにバニラアイス!」
バニラとは、甘い香りのする黒い種子のようなものじゃったか。
香料に加工し香を聞くのに使用するのは知っておったが、こやつの手にかかれば、こうも甘美な芸術に変わるのか。
添えられた焼き菓子がまた心憎い。
「素晴らしい。これは至高の逸品じゃな。して、何故妾を毒見役に?」
「ウヘヘ。師匠甘いの好きでしょ?だから一番最初に食べさせてあげようって思ったんだ」
こういうことを自然に言うのじゃから、こやつは天然の女たらしよ。
血の味と美貌に骨抜きにされた妾が言うのじゃから信憑性は確かじゃ。
「これをさー、ジュースの上に乗せるとウマいんだー。シュワシュワのやつ。今度作ってあげるね」
「楽しみにしておこう」
見た目は美しく成長したが、中身は昔と変わらぬな。
まことに良き女よ。
「のう、リコリスよ」
「どした?」
「…否。なんでもない」
リコリス、妾が愛した女よ。
そなたとの交わりは、永遠なる生の中の悠久の刹那にすぎぬ。
故にいつか来る別れを惜しみ、一度は目の前から消えた。
なればこそ思いは断ち切るべきじゃと。
しかし思いは募るばかり。
ついぞ探し、再会してしまった。
罪深き女。
この妾に恋の甘さを教えるなどと。
「師匠、なんかゴタゴタで言いそびれてたんだけどさ」
「なんじゃ?」
「また逢えて嬉しい」
バカ弟子め。
そんなもの、妾の方が。
「……指でよい。少し飲ませよ」
「吸いすぎるなよ。貧血で倒れるから」
「血の再生も無限の者が何を」
差し出された指に噛みつき血を吸う。
バニラアイスよりも甘くとろける赤の味。
「んぅ、くは…」
「師匠エッロ。おいしい?」
「ん…」
はしたなく音を立てそうになる。
舐って舐って。
舐め残しがないように。
「リコリス…」
「なに?」
「妾も言いそびれていたことがある」
有無を言わさず胸に手を添え唇を重ねる。
また舐ってこれでもかと舐って。
「愛しておる、我が生涯の友よ」
これから始まる果てのない旅に、妾は密かに胸を高鳴らせた。
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