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王国漫遊編

幕間:百合の夜

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 焚き火の音が小さく弾ける静かな夜。
 騒がしい日々の中で、ゆっくり流れる切り取られた時間。
 別段、寝ずの番が必要なわけじゃない。
 みんなといる時間と同じだけ、この瞬間が好きなだけ。

「ドーロシー」

 そんなアタシを気にかけたらしく、リコリスは馬車から顔を覗かせた。

「寝られない?」
「いいえ、そういうわけじゃないわ。ただ目が冴えてるだけ。先に寝ていいわよ」
「いやぁ、ちょっと小腹がすいてしまいましてのう」

 照れた風に笑うその手にはワインが握られている。

「子どもたちには内緒で、二人で飲もうぜ」
「……アタシにしてみればあんたも子どもだけど」

 ウインク一つでそれを受け入れてしまうのだから、アタシは心底こいつにあまい。



 氷魔法で程よく冷やされたワインが、夏の前の熱気を孕んだ身体にスゥっと染み込んでいく。
 
「くっはぁ、うんま」
「ええ」

 べつにこれといって話をするわけじゃない。
 隣にいるだけなのに、さっきより心が穏やかな気がした。

「おいしいお酒にはおいしいおつまみが欲しくなるよねえ」

 そんなことを言って、いそいそと準備を始めるリコリス。
 鍋に潰した一欠片のにんにく、オリーブオイルを入れて熱し、香りが立ったら具材を入れる。
 芋にトマト、干し肉を炒め煮にしたら、驚くくらい簡単に料理が出来た。

「リコリスさん特製お手軽アヒージョだ」

 聞いたことのない料理だけど、にんにくの香りがこんな時間にも関わらず食欲を湧き上がらせる。
 食べる前から罪深さを報せてくるよう。

「いっただっきまーす。はふはふ、はちっ。んーんまぁい♡」

 干し肉の旨味が溶けた油を吸った芋とトマトのおいしいこと。
 なるほど、これはワインが進む。

「マリアとジャンヌも好きそうな味。ちょっと辛味を利かせてパスタと絡めるのも良さそう」
「あーペペロンチーノね。めっちゃおいしいよ。今度作ってあげるね」
「ペペロン…なに?下ネタ?」
「ちゃうわ」

 よくわからないけど、忘れた頃にリコリスの多才さを思い出させられる。
 奔放で自由人のくせに、アタシなんかよりずっと家庭的で女の子っぽいんだから。

「ムカつく」
「ペペロンチーノが?!」
「なんでもないわよ」

 八つ当たりを飲み込むように、アタシはワインを煽った。

「アヒージョは、オイルにパンを浸してもおいしいんだぞー」
「太るわよ」
「私太らないんだよね。完☆ぺき美少女だから♡えへっ♡」
「はいはい可愛い可愛い」
「雑すぎてぴえん」

 雑に扱わないと止められなくなるくらい、アタシはあんたに惚れてるってのよ。
 まったく。
 コテン、とアタシはリコリスの肩に頭を預けた。

「酔った?」
「酔ってはいるわ」
「ドロシーのデレはおいしいなぁ♡」
「フンッ」

 身体が熱いのは焚き火と酒精だけのせいじゃない。
 ああ、もう。

「いいから、こういうときは黙ってキスしなさい」
「仰せのままに。皇女様」

 真夜中のキス。
 ワインとにんにくの匂いでムードもへったくれもない、ほんの少し塩気が利いた甘いもの。
 もっともっとと欲しくなる。

「ところでリコリス」
「なに?」
「夜に女が一人でいるところにお酒を勧めるなんて、洒落っ気の利いたと取られても仕方ないと思うんだけど…これは、そういうつもりでいいのかしら?」
「あ、いや、それはー…そのー…」
「ねえ、来て」

 髪を耳にかけて目を閉じ、唇を求めおまけにローブもはだけてやる。
 発達のいい…とは、お世辞にも言い難い身体でも、これで色気はそこそこある…はず。
 いや、あるったらある。
 
「そ、そろそろ寝よう…かな…なんて…」

 だからリコリスがヘタレて顔を赤くしたのも、アタシの色気のせいということにしよう。

「バーカ」

 膝に頬杖をついてキシシと笑う。
 切り取られた時間の中の小さな幸せ。
 おやすみなさい。いい夢を。



 ――――――――



 寝付きが悪いときが、たまにある。
 時間に縛られない冒険者という職業。決まった時間に起きなければならない道理はない。
 けれどこれで私は貴族の生まれで、尚且つ学園というタイムスケジュールが綿密に組まれた機関で半生近くを過ごしてきている。
 早寝早起きが身についてしまっている私にとって、寝ようとして眠れないのは酷く気持ちが悪いことだ。
 前にそんなことをリコに話すと。

『シロンに【誘眠】かけてもらう?ソッコー寝られるよ。まあ』
『加減を間違えると永眠しちゃうけどな』
『って言ってたけど』

 などとおよそ提案にもならない愚策を持ち出してきたので相談するのをやめた。
 ホットミルクを飲んだり、羊を数えたりするのでも足りない。
 そんなときは、こっそりとリコの服を一着拝借する。

「リコの匂い…」

 鼻先に近付けて深く息をすると、リコに包まれているかのような錯覚を覚える。
 それだけで飽き足らず、首に巻いたり、ときには自分で着たり。
 そうすると自然と笑みがこぼれ、驚くほどすんなり夢の世界に落ちていった。



 個人的には、たくさん走り回った日の服の方が好みだったりする。
 リコの匂いが濃くなるとでもいうのだろうか。
 たまに…ほんのたまに、服だけじゃ物足りたくなるときもある。
 ブーツの匂いを嗅いでみたいとか、肌着ならもっと匂いが濃くなるのにとか。
 そんな変態リコみたいなこと…さすがに理性が待ったをかけるけれど。
 たぶんこれは、リコに抱いてほしいという欲求だ。
 抱いてとは意味合いが多少含まれて…いない……ということもなく…そもそも私だって年頃なわけで…興味がないわけじゃないというか…性欲は人間の三大欲求なので有って然るべきというか…
 それでも、自分からはしたなく股を開くほど貞操を軽く扱っているわけではない。
 もとい…

『リコに…シてほしい、です…』

 自分から誘うなんて真似は、羞恥の炎に身を焼かれそうになるだけなのだけれど。

「シたいな…」

 リコのことを考える夜は、無意識に手が胸に伸びる。

『アルティ、よく見えない。自分でもっと開いて』
『こ、こう…ですか…?』
『やっらし。エッロい汁でビチャビチャにして。アッハハ、雌くっさ♡期待してるの丸わかりなんだけど』
『…………っ』
『これ、どうしてほしいの?』
『どうして…って』
『ちゃんと言ってくんなきゃわかんないよ。いいんだよ?このまま朝まで放置しても。あ、アルティはそれでも喜んじゃうか♡ひどいことされても、私のこと大好きだもんね♡』
『大、好きです…だから…だからぁ…』
『だから?なに?』
『…して、ください』
『誰を、どうしてって?大きな声で言えよ』
『リコ、の…』
『様付けろよメス豚』
『――――ッ!わ、私は…リコリス様専用の娼婦です…。リコリス様が満足するまで…犯して、ください…』
『無責任に犯して飽きたらやめるけど。いいの?』
『いいです…それでいいから…ぁ』
『フフ♡じゃ、いただきます…♡』

 ……………………こういうのも大変いい。
 こんな妄想をして、いつから私はいやらしくなってしまったのだろう。
 仕方ない。
 だってリコがあんまり魅力的だから。

「いつか責任は取ってくださいね…」

 なんて独り言を呟いて。
 私は今日も眠りに…

「……………………」

 ふと目を開けると、向かいのベッドでリコが顔を真っ赤にしてこっちを見ていた。

「な、あ――――――――!!」

 私は勢いよく身体を起こして、慌てた拍子にベッドから転げ落ちた。

「いいい、いつから起きて…?!」
「えと…私の服の匂いを嗅ぎながら、シたいな…って言って胸を触っりながら息艶っぽくしてた辺りから…」
「~~~~~~~~!!!」
「いやいやゴメン!!仲間でもプライバシーは大事だよね!!私が悪かった!!配慮が!!配慮が足りてなかった!!そりゃそう!!うん!!そりゃそうだよ年頃だし!!誰だってするよ!!する!!ただ私のこと思いながら私の目の前でおっ始めようとしてたっていうのにビックリしただけで!!じゃなくてそのあのえっとえっと…………せ、責任取ります!!」
「な、なな……なんで全部言っちゃうんですかこのッ!!バカリコ――――――――!!!!!」

 それから一週間ほど。
 私はリコの顔をまともに見られなかった。
 本当にもう…本当にもうっ!
 何もしてこないリコが悪いのか、リコを待ってるだけで自分から行動しない私が悪いのか。
 しばらくはまだ、この平行線は続きそうです。



 ――――――――



 夜。
 寝る前にちょっとだけお話するのが好き。

「あったかいねジャンヌ」
「うん、マリア」

 寒くなくて、冷たくない。
 毛布にくるまってるだけだけど。

「今日も楽しかったね」
「うん。とっても楽しかった」
「今日はね、アルティお姉ちゃんに魔法を教えてもらったんだよ」
「私はドロシーお姉ちゃんのお手伝いをしたよ。お薬を作ったの」

 お姉ちゃんはみんなすごい。
 けど、リコリスお姉ちゃんはもっとすごい。
 リコリスお姉ちゃんは何でも出来る。
 可愛くて、キレイで、とってもカッコいい。
 たまに、

「今日は一緒にお風呂入ってアワアワブクブクでヌルヌルしようね♡」
「真性の危険人物」
 
 よくわからないことを言って、アルティお姉ちゃんとドロシーお姉ちゃんに怖い顔をされてる。
 でも、二人ともリコリスお姉ちゃんが大好きなのがわかるんだ。

「みんな優しいね」
「うんっ。みんな優しくて、みんな好き」
「私も」

 鎖で繋がれてたときは、クスクスって笑うとご飯を抜きにされた。
 でもここでは何も言わないし、何もされない。
 あったかくて優しいところ。
 でもたまに、ほんの少し怖くなるときがある。
 これは全部夢で、朝になったらみんな消えちゃうんじゃないかって。
 そんなときは、二人で一緒にリコリスお姉ちゃんの隣に行くの。
 リコリスお姉ちゃんは太陽とお花みたいないい匂いがして、近くにいると怖い気持ちがスーって消えていく。
 くっついてると、そっと頭を撫でてくれるのが好き。

「ありがとう」
「大好きです」

 お姉ちゃんは私たちを太陽の下へと連れ出してくれた。
 私たちはお姉ちゃんに何が出来るかな。
 何かしてあげられるといいな。
 おやすみなさい、大好きなリコリスお姉ちゃん。
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