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王国漫遊編

15.終生不変の誓い

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「くぁ~、たまにシリアスやると疲れてダメだ~。アルティ~頑張ったから頭よしよしして~。ギュッてしていっぱい褒めて褒めて~」
「手が汚れるので嫌です。いつもが気を抜きすぎなんですよ」
「やるときはやるからいいんだよーだ。あ、忘れないうちにっと。リルム、ルドナ」
『なーにー?』
「ちょっとお願い」

 【念話】でゴニョゴニョ。

「やれる?」
『うんー。わかったー』
『かしこまりましてございます、マスター』

 ルドナがリルムを掴んで飛ぶ。
 私のお願いで飛んでいく前に、リルムはドロシーの前に滞空した。

「リルム…」
『ドー、リルムねードーのこと助けたいなーって。いーっぱい頑張ったよー』

 ドロシーちゃんにリルムの言葉はわからない。
 だけど、伝わるものもある。

「ありがとう」
『うんー』

 お礼を受け取ったリルムは嬉しそうにプルプルして、ルドナと共に夜空を飛んでいった。

「ひとまずこれで安心かな」
「帰って傷の手当てをしましょう」
「だな。ドロシーちゃん、メロシーさん、立てる?怪我大丈夫?」
「は、はい…なんとか」
「よかった。さ、ドロシーちゃんも」

 手を差し伸べようとすると、ドロシーちゃんはキュッと唇を噛んだ。

「なんで…助けてくれたの?」
「助けたいと思ったから」
「アタシは…あんなに悪態をついて、あんたを遠ざけようとしたわ…。たくさん嫌な思いをさせた…。アタシに、助けられる資格なんて無かったのに」

 ドロシーちゃんは肩を震わせて拳を強く握った。
 不甲斐ない自分が嫌で、どうしようもなく嫌で。
 感情が定まっていないんだろうことがよくわかった。

「ねえ、なんで…?」
「ドロシーちゃんはさ、まだこの世界のことをよく知らないだけなんだよ、きっと。ってこんなことまだ18の私に言われても、は?ってなるだろうけどさ。人間の良くない部分だけを知って、自分の中に流れる人間の血を忌み嫌って、嫌な気持ちが大きくなって、たったそれだけがドロシーちゃんの世界になっちゃっただけ」

 そうなるだけの理由があって、事件が起きて、腐るなっていう方が無理だ。
 でも世界は案外広くて、たくさんの人がいる。
 その中にはきっと、ドロシーちゃんが好きになるような人がいる。
 ドロシーちゃんを好きになる人がたくさんいる。
 それを知ってほしいって思った。

「私がドロシーちゃんの知らない世界に連れて行ってあげる。見たことない景色を見せてあげる。もしその気があるならでいい。私たちと一緒においでよ」
「一緒に…?あんたたちと、旅をしろって言うの…?」
「うんっ」
「なんで、なんでそこまでアタシに構えるの?あんたが聖人だから?それともただの変人だから?アタシのこと…嫌いじゃないの…?」
「嫌いになんてならない。一緒に旅が出来たらいいなって、私が思ったんだもん。他の誰でもない。私の意思で選んだ。人間のことが嫌いなら、怖いっていうなら、ドロシーちゃんのために約束するよ」

 言葉にすることの重み。
 それは私自身への枷でもあった。

「何があっても守る。絶対に味方でいる。私は、仲間を…友だちを絶対に裏切らない」

 これは契約。 または誓約。
 これは束縛で、或いは誰も不幸しない呪縛だ。
 私は手を差し出してまっすぐに告げた。
 
「ドロシーちゃんが欲しい。私のものになって」



 ――――――――
 


 手を取ったら裏切られるという恐怖。
 人間なんてみんな同じ…凝り固まったアタシの思考を解かしていく。
 まるで炎…太陽のような人。
 心臓の音が大きく、身体が熱を帯びるのは、真っ赤に燃えるリコリスの花の毒に当たったからなのかもしれない。
 信じてみよう。
 頼ってみよう。
 この人なら…と、アタシは熱くなりかけた両目を乱暴に拭って視線を交わした。

「名前…ちゃんと教えなさいよ」
「リコリス=ラプラスハート」
「そう…。アタシはドロシー。真名…ドゥ=ラ=メール=ロストアイ。誇り高きハーフエルフの魔女」

 膝をついたまま姿勢を正し、差し伸べられた手を取る。
 
「あなたの言葉を信じ、アタシは今一度人間を信じる。あなたの恩義に報い、ここに終生不変の忠誠を誓いましょう」

 この人には焦がれる何かがある。
 容姿でも雰囲気でもない、この人の全てに惹かれる。
 好きになる。

「この身を…心を…生を。全てあなたに捧げるわ」

 手を取って甲に口を当てる。
 今日この日、金色に輝く月の下。
 私はこの人の……リコリスのものになった。


 
 ――――――――



「はあぁ?!失敗?!!」
「ええ」

 シャルロット=リープは、大して悪びれず結果だけをオズに告げた。

「なので今回は諦めてください」
「諦めろってあんた…それでも暗殺のプロ?!冗談じゃないわよ!もしも依頼主が私だってバレることがあったら…いいえ、あいつらのことですもの、きっと…!ちゃ、ちゃんと今からでも殺してきなさいよ!!報酬は倍…いいえもっと払うわ!!じゃなきゃ私は破滅よ!!」
「証拠は残っていないので安心してください。それに、そう言われましても、どうにも気が乗らなくて。いいえ、違いますね。他のことに興味が映ってしまいまして、ですね」
「知!ら!な!い!わ!よぉ!あんたの都合なんかァァ!!早く!あいつらをォ!!」

 苛立って投げた革袋から金貨が散らばる。
 それを1枚拾い上げ、月の光を反射させた。

「大事になさった方がよろしいですよ。どうやら子爵様、もうあまり長くはないようですし」
「は…?何言って…」

 部屋の扉が勢いよく開けられ、執事らしき男性が息も絶え絶えで入ってきた。

「た、大変ですオズ様!!魔物が…屋敷を襲って!!う、うわぁぁぁぁ!!」
「ちょっ、待っ…!!」
 
 オズが言葉を理解するより早く、その巨大な粘体はすっぽりと屋敷を呑み込もうとしていた。

「スライ、ム…?何よこれ…何よこれェェェェェ!!!」

 使用人たちが我先にと逃げ出して、最後にオズが逃げ出す。
 屋敷が、屋敷の中のもの全てが呑み込まれていく様を見て、シャルロットはクスクスと笑った。

「財産丸ごと消えてしまいましたね」

 何も残っていない。
 庭の草木さえ。
 スライムは一度大きく身体を震わせると、途端に身体を小さくした。
 一羽の魔物がスライムを鷲掴みにして飛び去っていくのを目撃したのは、シャルロットのみ。
 シャルロットは額縁に掛けられた、一際大きな緑の宝石のネックレスを一瞥すると、それを懐に忍ばせた。

「どうやら私どもに依頼するお金すら無くなってしまったようなので、あなたとのお付き合いもここまでです。それでは可哀想な子爵様」

 一曲踊るような優雅な所作で、その場に膝から崩れ落ちるオズに向かって別れを告げた。

「良い夢を」



 ――――――――



 子爵邸消滅。
 なんとも奇妙でセンセーショナルな話題で街は持ち切りだ。
 巨大スライム、子爵を襲う!なーんて。
 いやー笑えること。

「リルムとルドナに頼んだのはこれですか…」
「そっ。暗殺者っていってもギルドの体で活動してるってことは、第一に優先されるのはお金ってことになる。それなら資金源さえ断っちゃえば」
「依頼は出来なくなり狙われることも無くなる…と。発想が突飛すぎて理解不能です」
「けど一番合理的だろ。ニシシ」

 その後オズとかいうあのオネエは、スライムに襲われたことを必死に衛兵に説明したそうなんだけど、そのとき更地になった跡から地下の隠し部屋が発見されたらしい。
 そしたら、まあ出るわ出るわ汚職の証拠。
 脱税に非合法の薬の売買に携わっていたりと、結構悪どくやっていた様子。
 更には数人の男が監禁までされていたらしい。
 オネエは最後まで、全部スライムのせいよー!なんて喚いていたようだけど、投獄されるような人の戯言には誰も耳を貸さなかった。
 叩けばまだまだ埃が出てきそうだし、この先表立って西風薬局に手を出すことは不可能となりましたとさ。
 めでたしめでたし。
 おっと、暗殺者ギルドのことを忘れてた。
 シャーリー以外は全員死亡の上、素性もわからないときてるんだから、大元を辿るなんて到底不可能。
 ついでに私たちに辿り着くような証拠も残してないので、何が起きたのかを知るのは当事者だけだ。
 あれから二日経ったけど、また誰かが襲ってくる…なんてこともなく。
 ついに崖崩れの復旧作業が終わり……無事に、ドロシーは私たちとの旅立ちの日を迎えた。



「本当に…姉さんは行かないの?」
「ええ」

 メロシーさんは、一人街に残ることを選択した。
 姉妹丼はお預けのようです。

「わたくしがついて行くと、自分の考えを押し付けちゃいそうだから。自分の目で世界を見て、多くのことを知ってね。それに、またこの街に来たとき、ドロシーが帰る家が必要でしょう?」
「姉さん…」
「心配はないよ。こう見えてしっかりしてるんだからおねえちゃんは」

 と、力こぶを作るポーズ。
 細腕は見るからに華奢で、なんなら乳にしか目がいかないけど。
 頼りがいのあるいいお姉さんだ。

「ありがとう。……大好きよ」
「うん。わたくしも」

 ムフフ、姉妹のハグはいいものですなぁ。
 間に挟まりたいものですぞ。

「性欲破綻者」
「取り返しがつかないって言いたいのか貴様」
「改めてありがとうリコリスちゃん、アルティちゃん。お店までキレイにしてもらって」
「なんのなんの。ちょっと補修しただけですから。あのオネエがいなくなって人も戻ったみたいだし、これから忙しくなりますよ。頑張ってくださいねメロシーさん」
「フフッ、はい。二人ともどうかドロシーをよろしくね」
「はいっ!まっかせてくださ――――」
「嫌です」
「どぅええええぃ?!そんなパターンあんの?!嘘だろバリエーション豊富だな!!遮ることUVクリームの如しじゃん!!」

 見ろ二人のポカンとした顔!!

「私はまだ彼女の口から謝罪の言葉を聞いていません」
「謝罪?」
「リコに悪口を言ったでしょう」

 …………ちょ、おま、そんなことで?
 私の悪口言われて怒ってたの?
 おーいー…めっちゃ可愛いじゃん…そんなんよー…

「謝らないなら一緒に旅をするのは認めません」
「…そうね。そのとおりだわ。謝らないと。リコリス、ゴメンなさい」

 言って頭を下げるドロシーも律儀だし、おいおいみんな可愛さにステータス振りすぎだぞ。 

「最初から気にしてないよ。なー、アルティ」
「これでチャラです。よろしくお願いします、ドロシー」
「こちらこそ、アルティ」
「ぃよしっ!んじゃあ、わだかまりも無くなったってことで!改めてようこそ!百合の楽園リリーレガリアへ!」

 握手を交わし、いよいよ旅立ち。
 ウルが牽く馬車の荷台から、私たちはメロシーさんに手を振った。

「行ってらっしゃい!ドロシー!」
「行ってきます!」
 
 新たな仲間を乗せて。
 私たち一行は、どこぞへと向かう道を行く。
 当ては無い。
 どこへ行こうと、世界を楽しむ準備はとっくに出来てるのだから。



 ――――――――



 アタシの知らない景色。
 知らない風。
 百年以上生きてて、なんて新鮮なんだろうって思った。

「はぁー、出発前にメロシーさんのあの超乳これでもかって揉みしだいとけばよかったなばぼちゃん!!」
「この性欲お化けが…」
「生きてるんだから無限にあるだろ性欲くらい!」
「出家したらどうですか。あの世に」
「シンプルな死亡勧告すんじゃん~。ていうか私が死んじゃったらアルティ寂しいだろぉ~?」
「暑苦しい、です!」

 リコリスに顔をスリスリされて、アルティは満更でもなさそう。
 しかしここまで色に素直な女も、そんな色ボケの頭を容赦なく叩く女も初めて見る。
 この二人は幼なじみなんだっけ。
 いいわね、友だちって。
 その枠組みに自分も加えてくれた…アタシも、この二人みたいになれるかしら、なんて考えただけで楽しくなる。

「フフッ」
「楽しそうだねドロシー」

 リコリスがニヤニヤする。
 照れくさくなって顔を背けた。

「楽しいわよ…ちゃんと外に出たのなんか何十年ぶりだもの」
「引きこもりですね」
「ぅ…」
「フッフッフ。でも、楽しいことはまだまだいっぱいだぜ」

 と、リコリスは異空間から酒を取り出した。

「乾杯しよ。新しい仲間と、新しい人生の始まりに」
「バルトエールじゃない」
「お、知ってんねえ。そっ、バルト村名産バルトエール。エール愛好家御用達のお酒♡」
「引きこもってただけで世間に疎いわけじゃないもの。飲んだことはないけど」
「ウッヘッヘ、私も飲んだことなーい。なんかおいしいらしいって聞いて買ったぜ」
「あんたたちお酒好きなの?」
「いや別に」
「無かったら無かったでいいけど、盛り上げるためには必須のアイテムくらいには思ってる」
「百年の酔いも冷めるじゃない」
 
 赤が混ざった金色のエールが並々と注がれる。
 香辛料と果物が合わさったみたいな甘い匂い。
 エールなんて何年ぶりだろう。

「まだ昼間ですよ」
「昼に飲んじゃいけない法律はありませーん。それに、私たちは旅人だよ。自由に行こうぜ」
「まったく」
「んじゃ、主役のドロシーちゃんから一言」
「うえぇ?!ちょっ、いきなりそんなの無理!リーダーでしょ!あんたがやればいいじゃない!」
「えー?じゃあリーダー命令で♡」
「ぅぐ!」
「無駄ですよドロシー。リコは言ったら聞きませんから」

 アルティもアルティでいたずらっぽく笑っている。
 なるほど、マジメそうなのに意地は悪いようだ。
 このままエールの泡が弾けるのを待って、風味を落とすのはおもしろくない。
 咳払いを一つ、アタシは意を決した。

「果てない未来とまだ見ぬ世界、出逢いを齎してくれた神、大切な仲間、そして…」

 酒に遠慮は似合わない。
 アタシは精一杯表情に余裕を保って杯を掲げた。

「我が最愛のリコリスに!」

 乾杯――――――――!
 


 アタシをこんなに好きにしたんだから、ちゃんと責任取りなさいよね。
 アタシの愛しの主様。



 ――――――――



「お大事に。身体に気を付けてくださいね」
「ひゃっはあぁぁ!これで仲間の風邪が治るぜぇぇぇ!」
「早く良くなるように栄養つけなきゃだぜぇぇ!果物とか買って帰ってやるぜぇぇ!」
「おれらも手洗いうがいを心がけてやるぜぇぇぇ!」

 西風薬局は客足を取り戻し、今日も今日とてメロシーは大忙し。
 そんなある日のこと。
 カラン、と店の扉が開いた。

「いらっしゃいま、せ…?」

 一瞬言葉が詰まった。
 入ってきたのは日傘を差した、ゴシック調の服を纏った小さな女の子。
 雪原のように白く長い髪。血管が透けそうな白い肌。
 可憐な雰囲気がいかにも高貴な生まれを醸し出しているが、鼻から上を覆う髑髏の仮面が見事にそれを打ち消していた。

「このような外見で失礼。なに怪しい者ではない」
「ああ、いえ。こちらこそ失礼しました。本日はどのような薬をご所望でしょうか」
「いやなに、この辺で懐かしい匂いがしたものでな。少し寄ってみただけなのじゃ。そなた、赤髪の女に覚えはないかの?それはそれは美しく…なっているはずなのじゃが」

 メロシーの脳裏に、それに該当する少女が浮かぶ。

「ああ、その女じゃ」
「…!」
「クハハ。うむうむ、なかなかいように育っているではないか。わらわが目をかけただけはある」
「あなたは…?」
「なに、怪しい者ではない。不肖の弟子を一目見ようとする、ただの面倒見の良い師匠せんせいじゃよ」
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