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緋色の転生編

2.スキルと魔物の群れ

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「ユージーンとソフィアの子、リコリス。光指す道を行く者よ。神の御名において汝に祝福と加護があらんことを」



 転生してからはや五年。
 私リコリス、5歳になりました。
 以前はベッドから脱出するので精一杯でしたが、今ではすっかりタップダンスも踊れる健脚っぷり。
 子どもの成長すっごい。

「リコリス様、お花摘んできましたー」
「リコリスさまーうちの畑で採れたトマトです!」
「リコリス様、お手紙書いたの読んでください」
「うむうむ。くるしゅうないくるしゅうない。近うよれ近うよれ」

 いや、あの…うん。
 女の子たちが無条件に貢ぎ物とか手紙を持ってくるくらいには成長したようです。



 この世界の子どもは5歳になると教会や神殿で祝福を受け、それをきっかけに神様から授かった能力――――スキルを使えるようにらしい。
 私の場合は産まれたときから神様にもらった百合チートがあるもんで、それが遺憾なく発揮されていたわけだけど。
 村の牧師さんの祈祷が終わって、私の中の力の輪郭がハッキリしたのがわかった。
 百合チート…正確には【百合の姫】――――百合専門商業雑誌ではない――――ってユニークスキルらしいんだけど。
 ユニーク…つまり私だけのスキルらしい【百合の姫この力】が、またとんでもないというかろくでもないというか。
 年齢問わず女の子からの好感度が上がり、尚且つ性別が雌なら人間以外にも好かれるのだ。
 おかげで村の女性、主に近い歳の子たちにモテてモテてウヘヘヘへ。
 対してこのスキル、同じようにすでに心から愛する人が居る…お父さんとお母さんのような人たちにも効果は薄いらしい。
 同じように男にもまったく効果が無い。
 男に興味が無いからそこはべつに構わないと思っていたんだけど、不肖私元学生、なまじ処世術ってやつを理解している分、歳の割には愛嬌があるらしく、能力関係無しに好感度は高いようです。
 人生イージーモード確定しちゃったかー?ハッハッハ。
 などと調子コキまくっていた時期が私にもありましたとさ。



 それは森へ果物を採りに行ったときのこと。
 ポヨン
 その水色半透明の物体は現れた。

「スライム?こんなところに魔物なんて珍しい」

 説明しよう。
 私は神様からもらったもう一つのスキル【鑑定】で魔物の詳細がわかるのだ。
 なになに?スライム。スキル【自己再生】、【痛覚無効】。大陸全土に生息するモンスター。全然危険ではない。弱い。
 可哀想なくらいシンプル。
 倒した魔物からは素材や魔石というものを剥ぎ取れて、それは交易でいいお金になるらしい。
 ちょっとしたお小遣いじゃー、なーんて棒一本持って倒そうとしたら。

「あぶぶぶぶぶぶぶぶ!!」

 返り討ちにあったよ、てへっ☆
 無理無理無理無理無理無理無理無理!!
 なんか口入った息出来ない溺れる死ぬ!!
 第二の人生の幕閉じちゃうぅ!!
 うおおまだ女の子とイチャイチャしてないのに死んでたまるか!!
 唸れ五歳児の筋力ぅぅぅ!!

「ぶはぁ!!はぁはぁ…死ぬかと思った…!!」

 いや弱すぎんか我?!
 そりゃ元の世界でもケンカとかしたことないけども。
 にしてもスライムに負ける私とは。
 くそぅスライムめ。
 煽るみたいにポヨンポヨンしやがって。
 魔物が居る世界で最弱のスライムより弱いとか致命的すぎる…
 可及的速やかに対処が必要だ。
 さてどうしたものか……

「ん?」

 なんかめちゃくちゃすり寄ってくるなこのスライム。
 人懐っこいっていうか。
 ……雌か貴様。
 まさか【百合の姫】に反応してるのか?
 ていうかスライムに雌雄ってあるの?

「私の言葉わかったりする?」

 プルプルプル

「わかってるっぽいな…」

 意思疎通出来るなら倒しにくい…

「……うち来る?」

 プルプルプルプルプルプルプルプル

「来るっぽいな…」



「ってことでこの子うちで飼ってもいい?」
「スライムが懐くなんてな。リコリスにはテイマーの才能があるのかもしれないな」

 テイマーとな。
 魔物の調教師的なあれね。

「この子のスキルは色々と前例が無いものね。ちゃんと言うことを聞かせられるの?」
「ちゃんと言うこと聞く?」

 プルプル

「聞くって」
「ならいいわよ。ちゃんとお世話するのよ」
「うんっ。スライムって何食べるの?」
「何でも食べるぞ。このサイズのスライムなら石とか草とかだな」
「人間も食べる?」
「自分から襲うことはないぞ。スライムは基本臆病な生き物だからな」

 だから私は襲われたのか…
 ゴメン…スライム…

「仲良くしようね」

 プルプル
 おほぉう、愛い奴め。
 そうだ名前を付けてあげよう。
 キレイなクリアブルーのスライム…
 うん、決めた。

「リルム。あなたの名前はリルムにしよう」

 プルプルプルプルプルプルプルプル
 どうやら気に入ってくれたらしい。

「お友だちが出来てよかったわね。さあ、ご飯にしましょう。今日はキノコのグラタンよ」
「わーい!グラタン大好き!」



「リコリス、あーん」
「あーん。んー!おいしー!私ね、ママのグラタンだーい好き!」
「嬉しいわ。いっぱい食べてね」
「うんっ!」

 おいしすぎてなーんにも考えられーん。
 グラタンさいこー。

「リルムも食べる?」

 プルプル
 スプーンは食べちゃダメね。
 プルプルプルプル
 そうじゃろううまかろう。

「ご飯が終わったらお風呂に入りましょうね」
「入るー!」

 お母さんとお風呂!
 お母さんとお風呂!
 うっひょおおお!

「よーし今日はパパと一緒に」
「ガルルルルルル!」
「もしかしてリコリスっておれのこと嫌いか?」

 嫌いではない。
 育ててもらってありがとうございます。
 けどお母さんとの至福のお風呂タイムを邪魔することなかれ!



 リルムが友だちになって数日後。

「よぉリコリス。お、リルムも一緒か。いちご食うか?甘くてうまいぞ」
「あらあら今日も可愛いわねリコリスちゃん。これお菓子、リルムちゃんと一緒に食べてね」

 すっかり私の頭の上が定位置になったリルム。
 私の人気は相変わらずとして、リルムもすっかり村に馴染んだらしい。
 出たゴミとか汚れとか、そういうのを食べて村に貢献した結果みたいなんだけど、あくまで結果論で、リルムに村人に好かれようとかいう意思があったのかは定かじゃない。
 まあそんなことはさておき、ちょっと大変なことが起きた。
 それが、

「へぶっ!」

 こんな風に転んでも痛くない。
 すり傷もちょっとしたらすぐに治るっていう不思議現象だ。
 おそらく、というか間違いなく、リルムをテイムしたことの影響だと思う。
 【自己再生】と【痛覚無効】。
 私自身を【鑑定】した結果、リルムが持ってるスキルが私に反映されているらしい。
 効果はシンプルだけど大変強力なスキルなので、とりあえずスキルが使えてしまっていることはお父さんたちには内緒にしてる。
 何故こんなことに…っていうか、【百合の姫】がその性能を発揮しているのだろうことは、さすがの私にも理解出来た。
 スキルのことをもっと知ろうと神様が与えてくれた知識を頼りにしてみると、ひ・み・つ♡と出た。
 ふざけんな神様でもスキルはありがとう。
 今日はスキルの検証とかしてみようと思ってたんだけど、どうやらお客さんが来るらしい。
 そのお客さんとは。



「リコちゃーん!」
「ぐふっ!」

 それがこの子…
 五歳児ながら見事なタックル…

「会いたかったよぉ!」
「う、うん…私もだよアルティ…」
「寂しかったんだからね!なんで遊びに来てくれないの!」
「あの…首…締まっ…」

 この人生死が近すぎるんだが。

「こらアルティ。リコリスちゃんが困ってるわよ」
「困ってないもん!」
「すまないねリコリスちゃん。アルティは君に会うのを楽しみにしていたものだから」
「い、いえ…。お久しぶりですヨシュア様、マージョリー様」
「ハハハ、相変わらず子どもとは思えない礼儀作法だ。ユージーンたちの育て方がいいのかな。ここでは気兼ねなくおじさんと呼んでくれていいんだよ」
「は、はい。ヨシュアおじ、様」
「フフ」
「パパばっかりリコちゃんとお話するのズルい!アルティもリコちゃんとお話したいのに!」

 この娘、アルティことアルティ=クローバー。
 村に同年代が居ないから、同い年の友だちはアルティただ一人だ。
 このクローバー領を収める領主の娘さんだと知ったのは、わりと最近のこと。
 アルティのお父さんのヨシュアさんは辺境伯というやつらしく、うちのお父さんたちとは浅からぬ仲で、時たま隣のクローバータウンから馬車で交流しに来るのだとか。
 辺境伯と浅からぬ仲ってうちの両親何者なんだろう。

「ゴメンゴメン。リコリスちゃん、アルティと遊んであげてくれるかい?」
「はい。もちろんです」
「わぁ!何して遊ぶ?鬼ごっこ?かくれんぼ?」
「アルティのやりたいことでいいよ」
「じゃあ結婚しよ!」

 五歳児の無邪気なプロポーズ可愛い~。

「結婚は出来ないよ」
「でもアルティリコちゃんのこと好きだよ?」
「そんなの私だって好きだけど」
「じゃあ出来るよ結婚!」

 押しが強いんじゃ。

「じゃあおままごとしよっか」
「する!リコちゃんはアルティのお嫁さんね!」

 結局結婚するんかい。
 貴族と結婚とか玉の輿でいいかもしれない。
 裕福とは打算の積み重ねなのである。
 でも礼儀作法とか覚えるのしんどそうだな。

「ねえリコちゃんその子は?」
「友だちになったの。スライムのリルム」

 ポヨン

「可愛い!」
「従魔?リコリスちゃんスライムをテイムしたの?その歳で?」
「それが従魔契約とは違うみたいなの。単に懐いてるというか。人に危害を与えないし、リコリスと意思疎通が出来ているから、何も心配無いと思うんだけど」
「パパ、この子とも一緒に遊んでもいい?」
「ああ。リコリスちゃんに懐いてるなら大丈夫だよ」
「やった!行こリコちゃん!リルムちゃん!」

 ちょ待っ!
 力強っ!

「仲良くするのよ」
「はーい!」

 

「ねえねえ、リコちゃんも神様から祝福してもらったんでしょ?どんなスキル貰ったの?」
「家族以外には言っちゃダメなんだよ」
「リコちゃんアルティの家族でしょ?」
「ううん。アルティはヨシュアおじ様とマージョリーおば様の子。私はパパとママの子」
「でも結婚したら家族だよ?」

 結婚したらね。
 純真無垢な顔でキョトンてするの可愛いなー。
 いやじゃなくて、それ抜きにしてもスキルのことは話せなすぎる。
 【百合の姫】はほとんど無害な精神支配だし、目の前の人や植物、鉱物、魔物などの情報を開示出来る【鑑定】はプライバシー保護的にアウトだし、他人には絶対秘密をお父さんたちに誓ったくらい。

「ねーリーコーちゃー」
「ダーメーでーすー」

 うひひひ。
 幼女がもたれかかってくるのさいこー。
 
「やっぱりそうなのか」

 ん?
 隣の部屋の声が。

「ああ。例年に比べて魔物の数が増えている。それに目撃情報が無かった場所に魔物が出現しているという報告も多数あるようだ」
「スタンピードが起きたか…どこかに迷宮ダンジョンでも生まれたか?」
「かもしれない。現在調査中だが、この辺りもいつ魔物が襲ってくるとも限らない。充分に注意してくれ」
「ああ、わかってる。子どもや村の奴らには手出しさせねえよ」
「ええ。任せて」
「頼りにしているよ、クローバーの英雄殿」

 英雄?
 そんな風に呼ばれてるの?うちの両親。
 あらやだカッコいい。
 それにしても魔物の増加か…リルムが森に居たのもその影響なのかな。
 何か良くないことが起きそうな予感がする。

「リコちゃん」
「はいはい?」
「パパとママがね、魔物が増えたから街の外に出られないって言うんだー。こうやって遊べないのやだなぁー」
「そうだね」
「リコちゃんと一緒に住めたらいいのに」
「将来は一緒に住む?ニシシ、大丈夫。すぐいつでも会えるようになるよ。それに会えなくてもアルティが友だちなのは変わんないし」
「やー!アルティはリコちゃんとずっと一緒がいいのー!」

 子どもには難しすぎたか…
 
 

 それから私とアルティは日が暮れるまで遊んだ。
 もう帰る時間。
 この時、アルティはいつも駄々をこねる。

「やーだー!!もっと遊ぶー!!リコちゃんと一緒にいるのー!!」

 アルティが服を引っ張るもんだから、だいたいいつもダメになっちゃうんだよなぁ。

「あんまり遅くなると夜道は危ないよ。またいつでも会えるから。そうだ、今度は私が会いに行くよ」
「本当?!いつ?!今日?!」

 夜中にそっちまで行けってか。鬼か貴様。
 ヨシュアさんとマージョリーさんがなんとか宥めて帰路につくんだけど、馬車が見えなくなるまでアルティは手を振ってくる。
 子どもって本当可愛いから好き。
 百合チート様々ですわ。


 
「それじゃあ、お母さんたちは森の見回りに行ってくるけど、一人でお留守番出来る?」
「うんっ」
「リコリスなら心配いらないだろうが、火には気を付けろよ。火事は怖いからな。なるべく早く帰るから、大人しく待ってるんだぞ」
「大丈夫だって。任せてよ。ちゃんとお留守番してるから」

 いやー堂々と嘘つく背徳感ってば。
 この隙にリルムとスキルの検証だ。
 なんでリルムのスキルが私も使えるようになってるのかだけど…
 あのとき何があった?
 戦おうとして負けて、リルムが顔に貼り付いて死にそうになって…
 まさか死にかけるのがスキルを覚える条件とか言わないよね神様。

「なにかわかるかねリルムくん」

 ポヨンポヨン
 プルプルプルプル
 ふむふむ…なるほど?
 わからん。
 他の魔物とか都合よく現れてくれたら検証出来そうなんだけどなぁ。

「んぁ?」
「キュウ」

 角が生えたうさぎ?
 ロップイヤーだ可愛い~。

「キュウッ!」
「んにゃあ!!」

 突進力エグチ!!
 木に穴開いてございますが?!

「【鑑定】【鑑定】【鑑定】【鑑定】!!」

 ホーンラビット。突進に当たると痛い。
 痛いじゃすまなそうな威力なんですけどそれは?
 ていうかやっぱり普通に居るじゃん魔物。
 それにこの異様な惹かれっぷり…貴様も雌か!
 【百合の姫】には女性専用の誘引効果もあるのかもしれない。
 だとしたら落ち着け…そーっと、そーっと…こっちから撫でにいけば…

「きゅうぅ」
「はへぁ…」

 モフモフだぁ。
 やーわーらーけー。
 かぷっ

「はびゃあぁ!!」

 噛みおった!
 噛みおったぞこやつ!
 甘噛みじゃなくて普通に!
 血出とるて!
 【自己再生】と【痛覚無効】が無かったら泣き叫んでたぞまったく…
 リルムに感謝。

「まったくよぉ…って、ありゃ?またスキルが増えてる。【跳躍】…?何故?」

 うーむ…確かリルムのときは顔に貼り付いて溺れかけて…そのときちょっとリルムが口の中に入ってきたような…
 んで今回は噛みつかれて…
 もしかして…

「血…体液か!」

 この子たちが私の体液を取り込んだことで、この子たちと私の間にパスみたいなものが出来て、その結果この子たちのスキルを私が使えるようになってるんだとしたら。

「これはすごい!大発見!スキル覚え放題!人生勝ち組コースまた一歩前進だぁ!ハーッハッハッ!」
「きゅきゅう」
「うむ、君にも名前を付けてあげようね。真っ白なホーンラビットだから、よし!君はシロンだ!」
「きゅうん!」
 
 やたらめったらに突撃とか噛み付きとかしないようにね。
 もっといろんな魔物で試してみたいな。
 てことはだ、スキルを覚えようとすると唾液なり血なりを飲ませなきゃいけないってことで…
 ハードルが高すぎる…
 【自己再生】と【痛覚無効】があるからってポンポン血なんか出せるわけあるかと。
 するってぇと…

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 ぜーはーぜーはー!
 こひゅーこひゅー!
 けほけほ、げほっげほっ!!

「フ、フフ…五歳、児のげほっ…全力、疾走…これだけ、汗、かけばぉええええエエええええ!!!」

 これが五歳児の体力ですよ。

「フフフ…これだけ汗をかいたら…。いや待て、よだれでよかったか…?」
 
 私は思ってるよりバカなのかもしれない。
 ポヨン
 お、帰ってきたかねリルムくん。
 リルムとシロンには適当に魔物をおびき寄せてもらってた。
 リルムが連れてきたのは。

「ホーホー」
「鳥…?【鑑定】、ウインディホーク、一度狙った獲物は逃さない森のハンター…ね。THE・猛禽類じゃん。鷹って初めて見た。ほれほれ、おいでおいで」
「ホー」

 汗を拭った手を差し出すと、ウインディホークは私の腕に停まってくちばしで手をつついた。
 爪もくちばしも鋭すぎてドキドキしたけど大丈夫だった。

「ホーホー!」
「【鑑定】っと。【鷹の眼】…なんかそのまんまだな…」

 と思ったら使ってみるとこれがすごい。
 視野が拡がったっていうか視界がクリアっていうか、周りの動きがゆっくりに見える。
 
「いいスキルをありがとう。君は金色のキレイな目をしてるね。金色…ゴールド…よし、君はルドナだ。よろしくねルドナ」
「ホーホー」
「気になってたけどそれ鳩の鳴き方なんじゃないの?」
「ホゥッ?!」
 
 さて、シロンはどこまで行ったのかな?
 どんな子をナンパしてくるのかなー。

「グルルルルルルルル」

 ワォ、オオカミ☆
 身体でっか。
 牙剥き出し。
 すっっごい目血走ってるー。

「きゅうっ!」

 ドヤってるー。
 私が連れてきましたみたいな顔しとるー。

「グルルルルルルルル…」

 子どもなんか丸飲みに出来ますけど?みたいな口してるの怖ぁ。
 けど一応【百合の姫】の誘引は効いてるっぽい。
 汗舐めさせて大丈夫かな…もう冷や汗だけど…
 スンスン…ペロッ
 おお舐めた…ヒヤヒヤした…

「えと、私の言ってることわかる?」
「ワンッ!」
「急に犬」
「ワンワンッ!」
「雌でしょ?!腰振るのおかしくない?!」

 さっきまでグルルル言ってたじゃん。
 尻尾振るしお腹見せるし態度が忠犬のそれ。
 でも…これがなかなかどうして可愛いじゃないか。

「毛並みが天鵞絨ビロウドみたいでキレイ。ダークウルフっていうのか…名前はーウルなんて可愛いね。どうかな、ウル」
「キャンキャンっ!」
「喜んでる喜んでる。スキルは【五感強化】と【高速移動】と【危機感知】。おほぉおいしいぃ。スキル三つ持ちなんて優秀なんだね君は。【五感強化】なんて【鷹の眼】と組み合わせたら便利そうだし」

 考えなしに魔物を増やしちゃったけど、これはお母さんに怒られそう…
 とりあえず私のペットだっていう証拠を…リボンでも巻いといたろ。
 うーんみんなかわヨさんだねぇ。
 リルムは……
 プルプル
 うん、まあ何もしなくて大丈夫だろ。
 しょぼプル。
 しかしすごいスキルだ【百合の姫】。
 こんなに簡単にスキルを増やせるのは結構異常なことなんじゃないだろうか。
 やっぱり誰かに話すのはやめておこう。
 とりあえずは新しく手に入ったスキルを試して……って。

「今何時?!!」

 いつのまにか太陽がグッバイしてる!!
 ヤバい早く帰らないとお母さんがガチおこになる!!
 ご飯が三食ピーマン炒めになる!!

「うわあああ!!こ、【高速移動】ぉ!!」

 試すってこんな感じじゃなくてさぁ…



 で、めちゃくちゃ急いで帰ってきたら、まだ二人とも帰ってきてないんだもん。
 そんなに遠くまで見回りに行ってるのかな。
 お腹すいたなー。
 ウルのモフモフに埋もれてウトウトしてたときだ。
 なんだか外が騒がしくなって、家のドアが乱暴に叩かれた。

「牛飼いのおじさん?どうしたの?」
「ああリコリス!大変なんだ!ユージーンは居るかい?!」
「ママと一緒に森の見回りに行ってまだ帰ってきてないけど…」
「ああ、そんな…!」
「どうしたの…?」
「領主様が…領主様の乗った馬車が……魔物に襲われたんだ!!」

 血の気が引いた。
 襲われた?
 ヨシュアさんたちが…?
 アルティが…?

「護衛の兵士が知らせに来たんだ!すぐにユージーンたちに知らせないと!!」

 身体が固まった。
 どうしよう…どうしようどうしようどうしよう…!
 早くお父さんたちを…でもその間にもアルティたちは…!
 誰か…誰か…誰か…
 ポヨン

「リル、ム…?」

 プルプル

「きゅきゅう!」
「シロン…ルドナ…ウル…」

 行こうって…言ってるの…?
 行っても何も出来ないのに…
 …違うだろう。
 何が出来るかじゃない…何をするかだろリコリス…!
 怖い怖い怖い怖い…!
 うるせェ!
 私が一番、死ぬ怖さを知ってるだろ!!

「行くよ!!」

 居ても立っても居られなくて。
 ウルの背中に乗って、私たちは村を飛び出した。


 ――――――――



 この日のことは忘れない――――――――


 
 アルティ=クローバーは、母マージョリーの腕に抱かれながら、涙を浮かべて小さな身体を震わせた。
 横転した馬車。
 倒れる兵士たち。
 自分たちを守るように立ち阻かる父ヨシュア。
 それらを360°囲む魔物の群れ。

「はぁ、はぁ…っ!おおお!」

 向かってくるブラックハウンドを斬り伏せ、逆サイドのオークを一閃の下に散らすが焼け石に水。
 魔物は一向に数を減らさない。
 ヨシュアの体力は限界で、なんとか妻と娘だけでも逃がせないかと画策する。
 一人逃した兵士はタルト村にたどり着けただろうか。
 ユージーンたちは言伝を聞いてくれただろうか。
 現実逃避にも似た希望的観測が頭を過ぎり続ける。

「パパぁ…ママぁ…!」
「大丈夫だよアルティ。君たちだけでも助けてみせる。たとえこの命がここで潰えようとも」
「あなた…」
「だから、どうか最後まで諦めないでくれ」

 斬って、斬って、斬って――――――――
 腕を噛まれて、脚を射られて、背中を斬られて――――――――
 ヨシュアはそれでも倒れなかった。

「僕の宝物は…お前たちなんかに、触れさせない!!」

 魔物は簡単にその思いを踏みにじる。

「きゃあっ!」
「マージョリー!アルティ!」

 背後から忍び寄ってきたオークが、二人へと近付く。

「いや…いやぁっ!」

 アルティの手のひらから炎の球が放たれる。
 しかし火力が弱くオークは微動だにしない。
 
「やめろ…やめろ!!」
「…けて」

 オークは豚や猪のような雄叫びをあげて、錆びた鉈を振り下ろした。

「助けて、リコちゃーーーーん!!!」

 オークの巨体が、横から飛び出してきた何かに引き裂かれる。

「!」

 怒りが、祈りが届いたわけはない。
 だが…その小さな赤髪の少女は、アルティたちを守るためにやって来た。

「リコ、ちゃん…?」
「私の大切な友だちに…怖い思いさせてんなよ!!」



 ――――――――



 間に合え間に合え間に合え間に合え。
 ウルにしがみつきながら、ずっと不安と戦ってた。
 だからアルティたちが無事で心の底から安心したし、アルティを傷付けようとしてる連中に、心の底から怒りが湧いた。

「ウル!!」

 振り落としてもいいからと、ウルはトップスピードで駆け抜け、その爪でオークを引き裂いた。
 私はというと普通に振り落とされ、偶然アルティの前に着地した。
 不安がらせた八つ当たりも含んで、魔物の唸り声が掻き消えるくらい大きな声を出す。

「私の大切な友だちに…怖い思いさせてんなよ!!」
「リコ…ちゃ…うわあああぁ!リコちゃん!リコちゃあん!」

 よしよし…もう大丈夫…とは言えないけど、よく耐えたぞアルティ。

「リコリスちゃん…どうしてここに…。いや、助かった…。その魔物たちは」
「リルムと同じ私の友だちです。害はありません」
「そうか…。頼む…そのダークウルフなら、マージョリーとアルティを乗せて逃げられる…。どうか彼女たちを逃してやってくれないか」
「ヨシュア様は」
「盾役くらいにはなるさ」

 傷だらけで出血も多い。
 こんなの長く持つわけない。
 私たちを逃して終わりだ。

「誰か一人を犠牲に生き延びるなんていやです」
「君は賢い。どうするのが最善かは君だってわかっているはずだ」
「みんなが生きて帰るのが最善に決まってる!」

 ブラックハウンドが飛び掛かってくるのを、ウルが首を噛み砕いて防いでくれた。
 命が簡単に消える…これがこの世界だ。
 だからこそ、守りたいって思って何が悪い。

「誰も…死なせない!!」

 べつに強いわけじゃないのに、使い方も知らないのに、私は家から持ってきたナイフを抜いた。

「リルム!シロン!お願い、アルティたちを守って!」

 プルプルプルプル!

「きゅっきゅう!」
「ウルは大型の魔物優先!ルドナは私の援護!」
「ガルルルルルル!」
「ホー!」

 さぁて、めいっぱい死に抗ってやるぞ。
 ウルがオークたちを引き付けてくれてる。
 私はナイフ片手に、ゴブリンやブラックハウンドたちに立ち向かった。



「すごい…」
 
 アルティが何を呟いたか聴こえないくらいには、どうやら私は集中してるらしい。
 【五感強化】、【高速移動】、【鷹の眼】、【跳躍】。
 みんなのスキルを駆使しながら、ナイフ一本でモンスターを倒していく。
 今の私はさぞ鬼気迫る顔をしてることだろう。
 仕方ない。
 だって下手したら死ぬもん。
 【危機感知】が働きすぎて悪寒がエグい。
 死にたくないからナイフで突き刺す。
 女の子とイチャイチャする夢を叶えてないからナイフで斬る。

「うあああああ!!」

 息つらい。
 手痺れてきた。
 血の匂いで吐きそう。
 泣きそう。
 ウルたちもどんどんモンスターを倒してるけど、全然数が減ってない。
 何匹いるんだよ…
 半分くらいどっか行っちゃえばいいのに。
 そうだ…【百合の姫】なら…!

「失せろ!!」
 
 一度そうやって命令すると、私たちを取り囲んでいたモンスターの半分近くが退いていった。

「モンスターたちが退いて…!」

 おー効果あって良かったー… 
 雌の魔物に対する無抵抗な精神支配。
 この数ならって思ったけど、それでもまだ100は居るんじゃないだろうか。
 くそー夢であってくれー。

「ガウァ!」
「!」

 ヤバいヤバい足滑らせた…!

「ホー!!」

 ブラックハウンドの牙が届く前に、ルドナが鋭い爪で首を抉る。
 今のは危なかった…

「助かった…ありがとうルドナ」
「ホー!」

 集中しろ…もう少し…もう少しで守りきれるから…
 守るんだ…絶対に――――――――

 ズシン

「は――――――――?」
 
 隠れてた?
 様子見?
 偵察?
 一際デカいオークが丸太を持って脂ぎった目でこっちを見る。

「オークジェネラル…?!ダメだ、逃げろリコリス!!」

 ヨシュアさんの声が届くよりも早く。
 私の身体は宙を舞った。

「リコちゃん――――――――!!!」



 身体動かん…
 血まみれ…息しづらい…
 骨折れてる…たぶん内臓もイカれてるんじゃないか…

「げほっ!」
 
 血の味…
 痛くないのが【痛覚無効】なのか、痛みも感じないほど死にかけなのかすらわからん。
 ガサッ
 茂みが揺れる。
 あのデカ豚がとどめでも刺しに来たか…?
 こっちはナイフも粉々だってのによぉ。

「リコちゃん!!」

 ひゅー天使のお迎えじゃーん。

「リコちゃん!!リコちゃん!!」
「聴こえてるよー…」

 手をヒラヒラさせて応えると、アルティはハッとして手を握った。
 どうやら【自己再生】は働いている様子。
 もう少ししたら完全に回復する。はず。 
 そしたら八つ裂きにして豚カツにしてやんぜ。

「泣かなくて大丈夫だよ。すぐにあの豚倒してあげるから」
「無茶しちゃダメ!リコちゃん死んじゃうよぉ!」
「死なないために頑張んのよ…」
「でも…でもぉ…!!」
「大丈夫だって言ったでしょ」

 よっし、身体起こせる。
 めっちゃフラフラするけど、アルティを心配させたくなかったから。
 こんなに可愛い子にはさ、やっぱり笑っててほしいじゃん。

「大好きな友だちの一人くらい、いつだって守ってみせるよ」
「リコ…ちゃん…」
「だから…アルティも信じて。私が勝つって」

 アルティだって怖いのに。
 泣いてるのに。
 キュッと唇を結んでから、血まみれの私の両頬を挟んで唇と唇を重ねた。

「最愛なる我が友に…祝福と加護があらんことを…」

 教会の祝詞の真似かな?
 本当可愛い。
 成長したら絶対美人。
 ていうかもう好き。
 ガサッ
 おっと、どうやら今度は本当にデカ豚らしい。
 私をエサ認定したか?
 それとも甚振りたいだけか?
 どっちでもいいや…食われるのはお前だって教えてやる。
 ウルたちもヨシュアさんも手一杯。
 やるしかない。
 私は血まみれのまま折れたナイフを手に、フラつく足で立ち上がった。

「そこから一歩でも近付いてみろ豚野郎。分厚いステーキになりたくないんならな!」
「ブモォォォォォォォォォ!!」

 勝負だ!
 【高速移動】――――――――?!
 は?!なんか速い…!なんだこれ?!
 勢い余ってオークジェネラルを通り過ぎた。
 攻撃は避けたけど転んだ。

「オオオオオオオオオ!!」
「っ?!」

 また避けた。
 速くなってる…これ、風…?
 まさか…
 エクストラスキル――――――――【七大魔法】。
 なんで急に…いや、

『親愛なる我が友に…祝福と加護があらんことを…』

 あのときか!
 つまりこれはアルティの…
 
 けどこんなスキル急に覚えて使いこなせるわけ…魔法とかどうしたら…………だから、うるせェってんだよゴチャゴチャとよぉ!
 考えんなリコリス!
 幸せに――――なるんだろ!!

「うぉああああああああああああ!!!」

 風を纏った一段階上のスピードで丸太を避け、オークジェネラルの懐に潜り込む。
 折れたナイフに風の刃を付与し脂肪が分厚い腹に突き刺して、内側で炎を噴き上げてやる。
 オークジェネラルはそれはそれは耳障りな苦悶の声を上げた。

「がふっ!」

 力任せに腕を振って私を殴り飛ばすけど、歯が折れたけど、もう怯まない。
 【跳躍】を使って顔面まで跳び、臭い口の中に右腕を突っ込む。
 牙が食い込んで千切れそうになるのも気にしない。
 味わえ豚野郎!これが最後の晩餐だ!

「燃え尽きろ――――――――!!!」

 肉が焼ける匂い。
 血と脂が蒸発する音。
 内側を焼かれたオークジェネラルは身体から炎を噴き出し、やがて絶命した。
 オークジェネラルの死を見届けた私はというと、もう本当に心身共に限界で意識が朦朧としている。
 リコちゃんて呼ぶ声がアルティのものなのか、お迎えの声なのかすらわかんない。
 ああ神様、どうか願わくばちゃんと目を覚ましますように。
 はい、すやぴ――――――――
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