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Ⅰ 初志貫徹

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少しの不安と大きな期待を抱きながら、校門の前に立つ。
彼を圧迫するような、でなければ歓迎するような風貌で立ちそびえる校舎。
柔らかに、そして華やかにその花びらを落とす桜の木々。
彼は、「大宇宙おおぞら高等学校」に入学する、一生徒なのであった。

元々田舎住まいだった彼、「楠 言葉くすのき ことのは」は、中学を卒業しそのまま家業を継ぐ予定だったが、中学最後の年の担任の熱心なオファーにより高校に進学することに決めた。
しかし場所が場所で、行ける範囲に高校などなかった。
そのため、彼は上京してアパートを借り、大都会に堂々と建つ大きな学校に入学することとなった。
言葉を緊張させている原因はその建物の圧迫感もあったのだが、同時にこれからの生活への心配や勉強、クラスメイトはどんな人たちなんだろうかという思いが、頭の中でスクリーンセーバーのように跳ね回っているのもあった。
(大宇宙高校に中学からの友達いたっけ...?
 というか大きな高校だし一クラスの人数すごいんだろうな...
 あー、もう心配でしかない...)
そう考えながら煉瓦製の大きな校門を通り、校舎の入り口に貼ってあるクラス表に目を通す。
物凄く文字が小さく、その上掲示板が人混みに囲まれていたので近づけず、ひどい近眼の言葉には読むのが難しかった。
少なくともわかったのは、
(...え?)
ぼやける目を疑いながら、彼はもう一度読む。
『一年あ組 人数 104名』
(...は?)
疑問が確信に、そして困惑へと変わる。
(この高校、デカすぎでしょ...)
まあ困惑ももちろんあったが、それ以上に驚きとプレッシャーがすごかった。
普通は高校基準法で一クラス40人までと決まっているのだが、この高校は人数が多すぎる故、大宇宙高校のみクラス人数が120名までと定められていた。
法律が捻じ曲げられるほど生徒の数が多い学校で果たして自分はやっていけるのか?そのような見えない強い圧力を感じた言葉は、思い切って人混みを掻き分け、自分がどこのクラスかを見つけようとした。
自分の名前は幸い特徴的であるのと、苗字が「か行」なので作業的に見つけることは簡単だった。
言葉のクラスは、一番後ろのクラスの「一年こ組 人数 103人」。
800いることがわかった。
(この時点でレベルが違う...
 一体どんな高校に入学してしまったのかな...?)
事実周りを見ると、日本人よりも海外から来た人の方が多い。
これはわざわざ海外から来る人が多いほどこの学校が特別、または異質であることを示していた。

言葉は校舎の階段を...と言いたいところだが、生徒数が多いので校舎も6階建てで、美術館や博物館ほどの面積があるので、エレベーターを使って昇るしかなかった。
(こ組の教室は5階か...)
そう思いながらエレベーターの外を眺める。
その目は自然と彼が育ってきた町の方角に向いていた。
まなこには見えないが、心ではそこが見えていた。
そうしながらついた5階の廊下に首を向けると、そこにはとてつもなく長い道が続いていた。
廊下の奥にあるエレベーターがぽつんと見え、そこに群がる人だかりはまるで豆のよう。
ここでもこの高校のレベルが違うことを認識し、むしろこの高校が普通なのではないかと思い始めていたその時、誰かから声をかけられた。
「あなたは何組の生徒ですか?」
少し驚いてそちらを向くと、そこにはロボットが。
「あなたは何組の生徒ですか?」
機械的な言葉を繰り返すロボットの胸にはタッチパネルがあり、そこに表示されていた「こ組」を指先で触るとまた声が聞こえた。
「『急がば回れ』」
顔を上げるとそこには変わらずあのロボット...の後ろに、金髪の女性が立っていた。
「そこで回ったら、教室についてるよ。」
その女性はそう言ったが、言葉には何を言っているのかがわからず、
「え...?」
と、思わず口に出して困惑してしまった。
「いつもはこのロボットが言技ことわざ使ってくれるんだけどねぇ、入学生は、ほら、わかんないじゃん、そういうの。」
「いや、回ったら教室についてる、ってどういう意味ですか?」
「そのままさ。いいから回ってみなって。」
そういうとその女性は彼の肩を掴むと、強引に彼を体ごと回した。
視界が横に流れ、止まると、そこは教室の入り口の前。
一瞬何が起こったかわからずまた廊下を見たが、両端にはエレベーターと豆のような人だかり。
夢でも見ている感じで頭を抑えながらも、中学の頃とは二回りほど広い教室で自分の席はどこかわかるはずもなく、とりあえず探そうと思い黒板の方に目を向けると、
「おう、お前いい顔してんな、名前なんていうんだ?」
「何ですか...やめてくださいよ...」
教卓の少し右側で、ガラの悪そうな男生徒と白く長い髪をした女生徒が話していた。
少し嫌な予感がしたが、とりあえず様子を見ようと思った途端に男の方が、
「何だよ、お前女のくせにうぜえんだよ!」
そう言って女生徒を突き飛ばした。
言葉の頭にすこし血が昇った。

言葉は昔からあまり喧嘩は強くないが、正義感がとても強かった。
幼いころ彼が父と散歩しているときに、前を歩いていた歩行者がタバコをポイ捨てしたのを見て、
「あー!ポイ捨てダメだよ!」
と叫び、父とその男が喧嘩に発展したこともあった。
小中学生の時も、いじめをする人を見かけると注意しに行き、結局乱暴な力を振られ、ぼろぼろになって家に帰ってくることも月一ぐらいであった。
もちろんこの件も見過ごすわけなく、その男に歩いていき、
「何してるんだ、お前?」
その言葉を聞いた男は
「見てわかんねえのか?ボケが。」
と返すが、言葉はこう返す。
「わかってるから言ってるんだろ。
 何したかわかってるのかって聞いてるんだ。」
「この女が俺に反抗してきたからやっただけだろうが!」
「そんな理由で人を傷つけられると思ってるのか?」
強めに言葉が言うと男は、
「うるせぇ!」
と逆上し、言葉の左頬を思い切り殴った。
彼は殴られた方向に少し体を傾けたが、体勢を立て直すとそのまま男の目を見た。
「なんだよ、なんか文句あんのか?」
そう男は言ったが、言葉は何も言わない。
男がまた右腕を振りかざす寸前に、教室の入り口から40代ほどの眼鏡をかけた男性が入ってきた。
「皆さん、揃っていますか?」
そう言おうとしたのだろうが、男性は起こっていることを見ると少し固まった。
「...何が起きたのですか?」
そう男性が言うと、女生徒が何か言おうとしたが、その直前に暴行男が、
「こいつら二人が俺に...」
「あぁ、話さなくともわかりますよ。」
男の話を遮るように、教師と思わしき男性は言った。そしてまた、
「そこの茶髪の君、入学式の後で一階の資料室に来るように。」
と言って言葉を指差した。
「ちょっと、待ってくださいよ!」
女生徒が言おうとしたが、次は暴行男に遮られ、
「うるせぇ、加害者に弁解の余地はねえよ!」
と返された。女生徒は驚き、少し呆れた様子で席に着いた。
言葉も空いていた自分の席に着き、教師を見ると、いかにも何かありそうな様子で眼鏡を直し、この後の日程について話しはじめた。

入学式が終わり、言葉は痛む左頬をさすりながら資料室に『急がば回れ』して(ここでもかなり困惑した)、部屋に入った。
もちろん中には彼のクラスの担任の「田中 養太たなか ようた」がいた。
「何が起きたかはわかっています。」
教師はそういうと、眼鏡を直した。
「僕を、叱るんでしょう?」
言葉は、少し緊張しながら言ったが、答えは違った。
「そんなわけないでしょう、生徒を誤解する教師がどこにいるんですか。」
そう、少し笑いながら言った。
言葉が安心したのを確認すると教師は、
「端的に言います。
 君に、資質を感じました。」
「資質...ですか?」
「人柄に、というのもありますが、君が知らないであろうものにも感じました。」
そう言い終えると、教師は少し言おうか迷うように上を見ると、
「...君は、『言技ことわざ』を知っていますか?」
「ことわざ?あぁ、「急がば回れ」みたいなものですか?」
「まぁ、半分合っていますが、私が話しているのは「言葉」の「言」に「技」です。」
そう聞くと言葉は、あの女性が言っていたことを思い出した。
「あの『回ったら瞬間移動するやつ』って…もしかして、それなんですか?」
「その通り、勘が鋭いですね。」
教師は少しネクタイを直しながらまたこう言った。
「まあ、百聞は一見に如かずといいますし、見てみますか。」
彼はそういうと、息を整え、言った。
『可愛い子には旅をさせよ』
突然周りが照明を消したときのように暗くなった。
そう思ったら、また照明が付けられたときのように明るくなったが、天井は少し雲のある青空、地面は広大な、低い草の広がる平野だった。
すると、地面が隆起しはじめ、最終的にアスレチックのコースのような地形ができ、そのゴールらしき所には田中教師がいた。
「何なんですか、これ!?」
言葉が驚いて聞くと、教師は説明し始めた。
「私の言技は、『自由に難易度を変えることができるアスレチックコースを作り、クリアした者の潜在能力を難易度に比例した具合で引き出す』というものです。」
「そもそも、言技ってなんなんですか?!こんなの訳が分かりませんよ!?」
「...言ってしまえば、言霊の一種です。
 発言にパワーを持つ人物は、それ一つ一つに何かスピリチュアル的なものが宿ります。
 その一つと思えばいいでしょう。
 あなたにもそれがあるんですよ。
 とりあえず、このアスレチックをクリアしてみてください。」
(...「彼」の願いでもありますからね。)
訳が分からない、でもやるしかない。
そう思った言葉は、ぐるぐると回る足場や出っ張りのある壁、そしてゴールへの階段に向かい走り始めた。
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