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秋の訪れで章

140話

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……皆が寝静まる深夜、ふとエルモアの家にてタキは目を覚ました。

【‥‥‥ん?】

 耳を立て、何か聞こえた物音に警戒する。

 泥棒が入り込んできたのかと思ったが、音は外からであり、家の中ではない。

 というか、人がたてるような音ではなく、無数の羽音のような感じである。



【なんじゃ?】

 疑問に思いつつ、警戒を怠らないようにして窓から外を見て‥‥‥月明りに照らされた光景に、タキは驚愕した。



 そこにあった光景は…‥‥うじゃうじゃっと、物凄い大群の小さな羽虫のような群れであったからだ。

【‥‥‥な、なんじゃこりゃぁ!?】

 思わず心中で叫ぼうとして声に出し、タキは目を凝らしてその群れをよく見た。

 小さな羽虫の群れかと思っていたが、どうもよく見れば長のような翅を持ち、それぞれ色は異なるが、月明かりの下で、その光を翅が反射しているようで、まるで光の絨毯のような光景が広がっている。

 そして、その羽虫…‥‥いや、よく見れば、姿は違えども似たような姿をタキは知っていた。

【まさか…‥‥妖精じゃと!?】



 そう、そこに集結しうごめいていたのは妖精。

 小さな人の体に、大きな翅を付けた妖精たちが密集し群れを成して動いていたのだ。

……身近な妖精と言えばバトがいたが、あれは単体であるからこそまだ可愛い領域なのだが、こうも密集し、ものすごい数でいられると……ちょっとぞっとするかのような恐怖も沸く。

 別にタキは怖がりでもないのだが、この怖いのジャンルがホラーとは、少し異なるような気もした。



 しかし、妖精たちがなぜここに大量に集結しているのかタキは分からない。

 それも、こんな誰もが寝静まる真夜中に、都市に侵入しているとは‥‥‥‥


【ふむ、エルモアを起こすかのぅ】

 こういう時ばかりは、己の知識ではわからないので、詳しそうなエルモアを彼女は起こすことにした。

 彼女の部屋に行き、寝ている彼女を優しく、


【起きるのじゃ、エルモア!】
バシィィン!
「痛ったぁぁぁぁぁぁっぁぁ!?」

 いや、己の尻尾の一つで強打して、たたき起こしたのであった。








「痛たいんだけど‥‥‥しかも、モフっとした尻尾のせいで微妙にダメージがじんわりするのが腹が立つな」
【いやまぁ、すまんかったとは思うが‥‥説教はまた後にして、アレを見るのじゃ】
「いや、何を見ろと‥‥‥‥は?」

 寝起きで不機嫌なエルモアだが、タキが指さした外の光景をみて、一瞬で眠気と怒りが吹き飛び、間抜けな声を漏らした。


「‥‥‥ちょっと待て、一体なんでこんなに妖精が集結しているのかな?」

 信じられないものを見たという目で、エルモアはタキの方を向いて尋ねる。

【分からないのじゃよ。何やら音が聞こえると思って見たら、こんなことになっていたのじゃよ】
「ふむ……」

 タキが何かやらかしたわけでもないと理解すると、エルモアは家の中から妖精の群れを観察し始めた。


「なんというか、不思議な光景だな。妖精は本来、こんな人が多い都市内に、それもこんな大規模な群れで現れることはないはずなのだが…‥‥なぜこうも集まったのだろう?」
【我も初めて見る光景じゃし、何がどうなっているんじゃろうか?】

 二人で疑問に思いながら考えても、その妖精大集結の理由は分からない。


 と、そこでふとエルモアはあることに気が付いた。

「ん?そういえばあの妖精の群れ…‥‥どこかへ向かってないかな?」
【なんじゃと?…‥‥言われてみれば、皆何処かへ向けてゆっくり動いてるのじゃよ】

 エルモアの言葉を受け、よく観察してみると確かに妖精たちは全部がバラバラに動いているのではなく、何処かへ目指すようにゆっくりと飛行していた。

 月明りの下、うごめく妖精の大河とも言うべき光景。

 その彼等が目指す方向を見て、タキたちは気が付いた。

【あれ?そういえば奴らが目指す方向って…‥‥グリモワール学園の方じゃないかのぅ?】
「学園へ向けて動く妖精の群れ…‥‥確か、学園の近くに学生用の寮があったよな」
【ああ、あの恐怖の小娘や帝国の戦姫、それに召喚主殿に…‥‥あ】

 そこまで口にして、タキたちはある可能性が頭に浮かんだ。


 タキの召喚主‥‥‥ルースの傍に、確か妖精のバトがいたことを。

 先日訪れ、大妖精になるような兆しがあり、その経過観察を行っていたのが…‥‥。


「そう言えば、彼女は妖精で、そろそろ大きな変化が起きる頃合いだったはずだな。それとこの妖精たちが何か関連しているのかわからないが、少なくとも無関係ではないことは確かだな」
【となれば、その大妖精とやらにバトがなりそうで、その影響か何かを受けてここまでの妖精の群れが集結しているということなのかのぅ?】
「おそらくそうとしか思えないな」


 とにもかくにも、このまま家の中にいて見るだけでは真実は分からない。


【真夜中じゃから召喚主殿が寝ていた場合、召喚されぬし…‥‥自力で行くかのぅ】
「妖精に警戒されないように、屋根伝いで目につかぬように動くかな」

 家からそっと出て、妖精を刺激しないようにそろそろりっと屋根の上に行き、タキは大きな狐の姿になり、エルモアは存在が忘れられていそうな己の背にある翼を広げ、学園へ向かって動き出す。


 タキは屋根伝いにジャンプし、大きな音を立てないように工夫して動き、エルモアは翼をはばたかせつつ、無駄に力を使わないように滑空を繰り返す。

「こうして上から見れば、やはり学園の方へ向かっていることが目に見て取れるな」
【というか、これ都市の外部からずっと集まっているのが分かるのじゃが‥‥‥】

 ジャンプして空中から周囲を見渡してタキはそうつぶやく。


 今夜は月明りがはっきりしているようで、都市内もかなり照らされている。

 そして、その月の光を反射するらしい妖精の翅の光があちこちで確認され、まるで妖精の洪水のような光景になっていることに驚愕した。


「ここまで妖精が大集結するのも珍しいが‥‥‥‥はて?確かこんな光景の文献があったような」

 上空から見て分かる妖精たちの大きな群れに、ふとエルモアは何かを思い出しそうになる。

 だが、もう喉まで出かかっているのになかなかでないもどかしさのような物があって、それが何なのか断定できない。


 何にせよ、この妖精の群れの行き先…‥‥おそらくルースの傍にいるはずのバトのところへ向かえばはっきりするはずだと思い、今はただ学園近くの寮へと向かうのであった。











 ちょうど同時刻、ルースはぐっすりと己の寮室で熟睡していた。


「ぐぅ……すぅ……」

 本日はゆっくりと快眠できており、満足する眠りである。

 だが、その傍にはバト用の寝床にて、バトが目を覚ましていた。

 いや、正確には彼女の意識は起きていない。

 ただ単に、身体が本能的に動かき、翅をはばたかせる。



 そして、窓を開け、外に出て寮の屋上へ彼女はたどり着いた。


 そこから真下に見える光景は、妖精の大群衆。

 そして、その誰もが屋上へ目を向け、じっとその時がくるかのように待ち構えていた。



 そんなことも気にせずに、バトの身体は自然に動く。

 自分用に作ってもらった衣服を脱ぎて、月明かりの下でその光を翅に受け止め‥‥‥輝いていく。

 自ら発光し始め、だんだんその光量が増していき、小さな太陽が屋上に生まれたかのような明るさになる。


 それと同時に光に包まれた彼女の体の大きさも変化していき、周囲の空気も同時に渦を巻き始め、何かを生み出していく。

 
 まるで大きな光の繭のようなものができあがった後、その眉が内部から破けていく。

 そこから出てきたのは、妖精の‥‥‥いや、身体は大きくなり、人と全く変わらないサイズになり、大人びた姿に成長したバト。

 その背中の翅はより一層美しさを増し、精細な模様が描かれ、細かな光の鱗粉が舞い散り、彼女を輝かせた。



……そして、下の方に集まっていた妖精たちが屋上へ昇っていき、素肌をさらしている彼女へ、彼等が盛って来た衣服を着せていく。



 飾り付けられ、その頭の上に小さなティアラのようなものが何もないところから生まれ、彼女の頭の上にできて、その変化はそこで終わった。

 翅をはばたかせ、その風圧を受けて妖精たちは吹き飛びそうになるがこらえ、そして歓喜の声を上げ始める。


――――――誕生シタ!
―――――超・久シブリニ顕現ナサッタ!
―――――我ラガ妖精ノ最上位者!
―――――『妖精姫フェアリープリンセス』ガ、今宵誕生シタゾー!

 歓喜の声に包まれ、小さな声でありながらもざわざわと波のように広がり、妖精たちはいっせいにその場から飛び立っていく。

 妖精たちにとって、最も見逃せない瞬間を彼等は目撃するために、彼等はこの都市に集まり、その瞬間を見た後は各地へその話題を広めるために、彼等は散会し、その場からいなくなっていく。

 残されたのは、屋上で立つバトのみ。




―――――フワァ……アレ!?ナンナノコレ!?

 本能的に動いていたゆえに意識がなかったが、ようやく目を覚まして彼女が気が付いたときには、その周囲には誰もいなかった。

 ただ彼女が分かるのは、自分がどうも大きくなっているらしく、着ているものも変化しており、一体何をどうしたのか理解できない状況だけであった。


―――――誰カ説明ヲシテェェェェェ!!

 寝ていたはずなのに、いつの間にか起きた変化に混乱し、バトは叫ぶ。

 この後、この屋上に向かってきたタキとエルモアが彼女のもとへ駆け寄り、事情を説明されるまで彼女は混乱しまくるのであった。












 それから朝日が昇るころ、都市の時計塔にて偶然にもその光景を目撃していた者がいた。

「‥‥な、襲撃予定日だったのに、なんでこんなことが起きたんだ?このままだと確実に騒ぎが起きるだろうし、襲撃の予定が狂ってしまう!!い、急いで変更し、さらに3日後に今度こそ襲撃をかけることを伝えなくてはならない!!」

 大慌て動き、己の立てていた計画に狂いが生じるかもしれないと、綿密な計算をし始めるその人物が、今回のことで一番の貧乏くじを引いたのかもしれない……



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