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2年目の夏の章

120話

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「…‥‥」
「‥‥‥」
「えっと、その、二人とも?」

 馬車の中で、呆然とするルースとエルゼの二人に、レリアは声をかけた。


「いや、その、な‥‥‥」
「いやまぁ、自分も公爵令嬢だからそれなりな予想が出来ていたけど‥‥‥」

「「王女って、本当だったんだ‥‥‥‥」」
「驚くところがそこ!?」


 二人の感想に、レリアは声を荒げた。




 現在、学園の終業式が終わり、帝国へ向かうためにルースたちはレリアの馬車に同乗していた。

 だがしかし、その馬車が…‥‥なんというか、豪勢過ぎたのである。


 外観は派手さを抑え、全体的に漆塗りに近い様だが高級感を溢れさせ、内部は外観よりも広く感じさせるように作り込まれ、座席や長期旅行に備えた就寝部屋まで付いている大型の馬車。

 足を延ばせ、そして横になっても充分にリラックスできるスペースがあり、隠してある小さな扉を開けば、そこには万が一の時に武装できるらしい武具や防具が最低限詰め込まれていた。


 馬車を引くのは、帝国でも名高い御者が、召喚魔法で呼び寄せたという馬のようなモンスター。


 翼が生え、臨機応変に応じて馬車ごと空を駆け抜けることができるらしい。

「『ペガサス』か‥‥‥初めて見たなぁ」


――――――――――
『ペガサス』
優雅さや気品さでは、この世界のモンスターの中でもかなり高い位置に値する馬型のモンスター。
翼が生え、大空を舞う姿は絵画にも描かれることが多く、召喚魔法で呼びだせる確率は極めて低いとされる。
シーホースなどの馬型のモンスターに比べると力は劣るが、機動力は高い。
また、その抜け毛は高級品としても扱われることがあり、召喚できればその毛を売って一生遊んで暮らすことができるともされる。
―――――――――――

「何だろう、今初めてまともにレリアを王女だったと認めさせられたような気がするよ」
「今まではどうだったの!?」

 ルースは改めてレリアが帝国の王女であったことを再認識した。

 いや本気で忘れかけていたというか、そうは見えなかったというべきか…‥‥





 とはいえ、この馬車の乗り心地は中々快適である。

 揺れも少なく、大型で広く作られているために窮屈さもない。

 タキに乗って帝国を目指したほうが早いかもしれないが…‥‥ゆっくりと行くのも悪くはないだろう。

「とはいえ、夏休みの期間は1カ月半ほどだけど…‥‥往復でどのぐらいかかるんだっけか」
「ああ、その事なら心配いらない。精々2日ほどで到着するから、往復4日だな」

 案外短かった。

 でも、よくよく考えると、国外行きだと遠くて半年から2年という国もあるのだが‥‥‥‥この馬車は帝国の中でも相当早いそうで、通常ならば2週間ぐらいかかる道のりらしいのに、そこまで短縮できているのだからすごいものである。

 ちなみにタキならばより早く着くだろうな。

 ここ最近、朝駆け……要はジョギングを始めたそうで、なにやら脚力が少しだけ上がって、速度が向上したらしいからね。

 なお、始めた理由としてはダイエットらしい。
――――――――――――――――――――――――

 思い出されるのは1週間ほど前、夏休みも迫る中、去年もやった宿題輸送方法をやってもらおうと、エルモア先生宅に居ついている彼女に頼みに行き、ついでにその場でお茶をしていた時の光景である。

【最近、都市内の甘いものを喰っていたせいか、少々脂肪がついてな‥‥‥そのために朝駆けをやり始めたのじゃが、これが中々効果がありそうなのじゃよ】
「あらあら?女狐がただの毛玉になるようね?」
【腹の肉は変わらぬが、人型になった際にちょっと着物で胸の部分がきつ、」

ズバッツ!!
【く……ちょっと待つのじゃ小娘。いや、どこから出したのじゃよその大剣!?すっごい切れ味が良さそうなのじゃが!?】
「くふふふふふ…‥‥氷魔法で作っただけなのよねぇ。まぁ、でもきついならば斬り落とせば楽でしょう?」

 瞬時に目の前で大剣を、いや氷の剣というべきか、それを精製してタキの目の前に振りかぶったエルゼに、タキは冷や汗を流した。
 
「ちょっとエルゼ!?その言い方はシャレになっていないんじゃないか!?」
「黙って胸デブ!!よく考えればあなたも同じだったわね!!」

 慌ててフォローに入ったレリアであったが、火に油を注いだ。

 うん、胸囲だとかなりレリアも大きいからね。

 その為に、激怒して怒りの炎の熱量で、エルゼの周囲が揺らぎ、般若が実体化しているように見えた。

 ちなみに、ルースとバトとエルモアは、すでに避難済みで少々離れた場所からその様子を見ることにした。


 巻き込まれたら死亡確定だからである。

「む、胸デブ!?そんな言われ方初めてだが、侮辱していないか!?」
【そ、そうじゃぞ!!しかも我の方も見て言っておるし、それは完全なる侮辱行為だと】

「‥‥‥黙りなさい」

 レリアとタキの言葉に対して、地の底から響くような声でエルゼがそう言葉にする。

 
「大体、胸囲が90後半及び100前半の二人に言われても仕方がない事でしょう?トップバストとアンダーバストでカップが決まっても、その差が大きい二人でかなりのものでしょう?あたしなんて、あたしなんて、あたしなんて…‥‥」
「【ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!?】」

 エルゼが血涙を流し、手に持つ魔法で精製した氷の剣の持ち手が砕けていくのを見て、その恐ろしい雰囲気にレリアとタキは互いにくっつき、その恐怖に震える。


 平和的なお茶の時間だったのに、胸囲の話がでたことによって、脅威の存在を目覚めさせてしまったようであった。


 それから1時間後、なんとか目覚めてしまったものは封印された。

 必死になって皆でフォローし、機嫌を直してもらい、どのようなものでも大雑把に四捨五入してしまえば同じであり、それで世界が決まるわけでもないなどと言いくるめ、危機は去ったのだ。


…‥‥正直言って、フェイカーなんかよりも恐ろしくて、世界の滅亡を覚悟したレベルであった。

――――――――――――――


 まぁ、そんないきさつもありつつ、とりあえず脂肪を減らす方面でタキは朝駆けを日課にしているらしい。

 とはいえ、その場合トップとアンダーの差がより出るような気もするし、そもそも胸のほうに脂肪が言っているのではないだろうかという意見もあるのだが…‥‥黙殺である。

 口に出したが最後、世界は終わりそうだ。




 そんな恐怖の出来事があったが、一応、今は帝国まで無事な馬車の旅になりそうである。

 盗賊とかも心配されるが…‥‥このメンバーであれば撃退どころかオーバーキルも可能であろう。

 とにもかくにも、馬車は帝国へ向けて進む。

 このまま何事もなく、たどり着けるだろう……と、ルースは思いたかった。

 これまでの経験上、何かが起きそうな予感がするが、本当に何事もなくたどり着けることを願うばかりである‥‥‥
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