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学園1年目

60話

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 妖精の繭の身の安否を考えるのであれば、このまま保護しておいたほうが良い。

 そうエルモアが言ったところで、繭の目がぱっちりと開いた。


――――――ン…‥アレ?ココハドコ?‥‥‥ッテ、人間!!

 目覚めて早々、また気絶するかと思いきや、今度は何とか踏みとどまったようである。

 一応この声がルース以外に聞こえていないか聞いてみたところで、誰も聞こえていないようであった。


 どうやら偶然にも、現在会話可能なテレパシーの領域にルースが入っているらしい。

 その理由は不明であり、おそらくは偶然だろうとエルモアが推測を述べる。


「落ち着け、ここにお前を害するようなやつはいないってば」
――――――嘘ダ!!母ノ兄ノ彼女ノ親戚ノ息子ノ友人ノ祖父ガ「人間危ナイ」ッテ言ッテタモン!!

「‥‥‥いや、それ他人だよね?」
――――――他人ジャナイ!!皆家族ダッタモン!!‥‥‥ッテ、アレ?何デ会話デキテイル?


 ルースのツッコミに反論しようとしたところで、繭はルースと意思疎通ができていることに気が付いたようである。

 繭の表面の小さな目をぱちくりさせて、驚愕しているようであった。








 落ち着いてもらい、何とか害を与えないことを理解してもらったうえで、この状況に至った説明をルースは繭にしっかりと言い聞かせた。

 とはいえ、会話がルースとしか成り立たないので、繭と他の人が話すために、魔法で文字を浮かべる者を利用して、ルースが通訳する羽目にもなった。

‥‥‥使用魔法『蛍光信号』。

 光魔法と火魔法の複合で、空中に輝く文字を浮かばせる魔法である。

 別に複合しなくても、他の属性でも使える魔法だが、こちらの方が早くタイピングというか、表示しやすいのであった。



「…‥‥ってことはやっぱり、他の妖精たちと意思疎通が出来なくなって取り残されたと」
―――――ソウダヨ。幼虫時代ハ皆話セタノダケレドモ、コノ姿ニナッテカラ声ガ届カナクナッタ。


 悲しげな声でそう伝えてくる妖精の繭。

 どこかしょぼんと落ち込んだ様子であり、皆もその悲しそうな雰囲気が分かった。


 やはり、繭になった段階で何らかの原因によって他の妖精と意思疎通が不可能になって、その結果仲間たちから見放されたそうだ。

 自然界の厳しさとでもいうべきか、意志疎通ができない仲間はどうしても見捨てることしか選択肢がなかったそうである。

 そして、一人でさまよい、適当に通りがかった馬車に飛び移ったりして、あてもなく突き進んだ結果、どういうわけかあの倉庫に迷い込み、落ちてきた缶詰にすっぽり入って、出られなくなったそうだ。

 

 妖精の繭には移動用の触角があるのだが、さすがに持てる重さには限度があり、あの缶詰はその限度を超え、このままではそこで生涯を終えてしまうと思った様である。

 仲間にも見捨てられ、ほこりにまみれた倉庫内の缶詰の中で死ぬのも運命なのかとまで考えたそうだ。

 だがしかし、やっぱりどうしても生きたいと願って、必死になって仲間には届かないテレパシーを辺りに滅茶苦茶に飛ばしまくったそうな。


 その結果、偶然にもルースに届き、こうして助かったのである。


――――――「人間=危険」ト思ッテイタケド、改メテ助ケテクレテアリガトウ。

 ぺこりと器用に繭の中央から体を曲げ、お礼を繭が述べた。



「‥‥‥にしても、よく今まで生きてきたなこいつ」
「繭の間は栄養が必要なく、その上衝撃を吸収するもこもこ素材でできているからちょっとやそっとじゃたいした大けがもしなかったんだろうな」

 とりあえずここまでの繭の生涯を聞き終え、皆に伝えてルースがつぶやいた言葉に、エルモアはそう推測を述べる。

「で、この後どうしようか」
―――――羽化マデアトチョット。羽化シタラ、仲間ガイルハズノ場所ヘ行キタイ。

 その言葉をルースが通訳すると、エルモアは難しそうな顔になった。

「それはたぶん無理かもしれないな。妖精は今でこそ狩ることは禁じられているとはいえ、やはり珍しい種族。うかつに野生で、群れでもなく一体だけの状態でうろついていたら、それでこそ餌食にされる可能性が高いな。それに、仲間の下へというが…‥‥おそらく迎え入れてもらえないだろうな」
「どういうことですか先生?」

 エルモアのその言葉に、皆は尋ねる。

「妖精との関係修復が進められているとはいえ、やはり過去にあったことはそう簡単に水に流すことはできないな。ゆえに、その繭の子も言っていたように、未だに人に対して嫌悪感や拒絶を示す妖精もいるな。そこに、この人間が大勢いる都市から妖精がやって来たとして‥‥‥何も疑わずに、仲間に入れられると思うかな?それも、自分たちが会話できないと思って見捨てた子に対して復讐心を考えずに済むかな?」

 その言葉に、皆は気が付かされた。

 確かに、羽化して仲間の下へなんとか戻って終わりなんてことは容易くないのだ。

 しかも、仮にその元仲間だとしたら…‥‥見捨てた相手が自分たちを恨んでいないと保証できるだろうか?よっぽどの信頼関係でもない限り、すぐに関係修復もできないだろう。



 その事に繭も気が付いたのか、物凄い絶望そうな表情を浮かべた。

 モフモフの綿毛のような繭ゆえに表情が分かりにくいが、纏う空気でかなり分かりやすい。


―――――‥‥‥ヨシ、コノママ街道ヘ行キ、適当ナ馬車ノ車輪デ、道端ノ小石ノゴトク潰サレヨウ。
「早まるなよ!?」

 自殺しようとする繭に、思わずルースはそう叫んだ。

――――――ダッテ、モウ一生一人ボッチ確定ダモン!!

 涙を流し、そう泣き叫ぶ繭。



 そのあまりの悲しそうな様子に、その場の雰囲気が重くなる。

「…‥だったら、一人じゃなきゃ良いんだよな?」
―――――え?
「せっかく生きようとして叫び、それが俺に届いたのも何かの縁。生き延びようとしたのに、そう簡単に死に逝かれても嫌だし、俺達が仲間になってやればいいよな?」

 そうルースは告げ、皆を見るとどうやら思っていたことは同じらしい。

 せっかく見つけたその命、偶然の出会いとはいえ見捨てては置けなかったようだ。

「だからこそ、この縁を大事にしたいし、生きてほしい。誰かがお前を狙おうとしても、俺達が何とかしてやるよ!」

 
‥‥‥ルースはただの平民。もし権力的な事があれば、そう守り切れるわけではない。

 だがしかし、そういう時こそ魔導書グリモワールをフル活用し、それでもダメならば他の皆と協力すればいいのだ。

 召喚できるタキは一国を滅ぼしたこともあるモンスターだし、レリアは帝国の王女で権力も負けていない。

 エルゼは公爵家の令嬢だし、スアーンは‥‥‥あ、こいつは特に何もなかった。同じ平民だった。


 とにもかくにも、一人ではなく、皆がいるからこそ守ってあげたい。

 あとそのモフモフした繭を少々堪能したいという欲もある。


 だからこそ、その妖精の繭をルースは見捨てられなかったのである。


―――――…‥‥‥‥。


 ルースのその言葉に、妖精の繭は考え込むように黙り込む。

 そして、結論が出たのかルースたちに向き直った。

――――――ウン、生キル。皆ガ見ズ知ラズノ相手ニソウマデ言ウノナラ、皆ニツイテイクヨ!!


 そうはっきりと、力強く、皆を見てそう宣言する妖精の繭。

 自殺を思いとどまり、その生きる道を選んだ繭に、皆は自然と拍手し、迎え入れるのであった‥‥‥。


「…‥って、そう言えばさっきから名前を言っていないが、名前はあるのかな?」
――――――ア、ソウ言エバ名乗ッテナカッタ。

 ふと、エルモアが思い出したようにそう尋ねると、どうやら妖精の繭の方もすっかりその事を忘れていたらしい。

――――――妖精トハ違ウ精霊ダケド、憧レトシテ人気ノアル精霊女王ノ娘カラ少シダケモライ、母ガ名前ヲツケテクレタ。『バト』ダヨ。


「なるほど、バトか‥‥‥よろしくな」
―――――ウン!皆ヨロシク!!

 そう元気よく、妖精の繭‥‥‥バトは言ったのであった。



「って、声が聞こえているのはルース君だけなのですが…‥」
「いい返事をして居そうなのは分かるのだが‥‥‥」

「「何だろう、この嫌な予感というか、微妙な感じは‥‥‥」」

 珍しいというか、エルゼとレリアがそう口をそろえて言うのであった。

 二人が口をそろえるのは珍しいけど、何をそんな微妙な顔をして言っているんだ?
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