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門出の時と終わりの時で章

298話

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「…‥‥ヤバイ、すごい緊張してきた」

 空に浮かぶ浮島。

 そこに作られた、特別結婚式会場の新郎控室内にて、ルースはそうつぶやく。

 
 爵位も貰え、新たにルース=バルモ=フォル公爵となり、色々な手続きを経てようやく行える結婚式だが、準備も万全にしているというのに、体が緊張で震えるのである。

 結婚式前のブラコン王子たちの強襲だとか、ルーレア皇妃の突撃襲撃だとか、挙句の果てにはタキとつながりがある国滅ぼしモンスター組合の顔合わせとか、色々濃いことがあったというのに、やはり緊張する場ではどうしても拭い切れないのだろう。


「俺ーっちとしては、一気に嫁さんが大量にもらえるのは良いなぁとは思うけどな」
「そう言われても、やっぱり緊張することはするんだよ」

 友人でありつつ、客席の方にはおらず、こちらへわざわざ来たスアーンの軽口にそう返すことぐらいしかできない。

 正直言って、反魔導書グリモワール組織フェイカーとの戦い以上のプレッシャーがあるような気がしなくもない。




‥‥‥でも、今はきちんと落ち着かなければならないだろう。

 この結婚式の場で、ようやく彼女達と婚姻を結び、新たな公爵として門出を祝ってもらうのだから。

 入学当初には、こんなことになるとは思わなかったが…‥‥うん、人生何が起きるか分からないものである。


「‥‥‥『魔導書グリモワール顕現』っと」

 スアーンが出ていき、あと数分足らずで呼び出され、会場に姿を現さなければいけない時に、ふとルースは思いつき、魔導書グリモワールを顕現させた。

 思い返せば、目の間に輝くこの黄金の魔導書グリモワールから、全てが始まったような気がする。


「いや、そもそも前世の死から始まっていたんじゃなかろうか…‥‥」

 前世の死因、結局なんだったのか調べて見たりもしたのだが…‥‥どうもおそらくそのせいで、こんな数奇な運命になったのだろう。

 自分が扱える力は魔導書グリモワールもあるが、前世の死因でもある「何処かの世界からの力」もあるのだから。

 善悪があるというか、はっきりしないような力だが、何となくこれは俺と同じように異世界から来た力なのかもしれない。

 それも、世界の壁を超えるほどの代物でありつつ、ゲームや漫画で思い描くような魔王とか勇者とか、その類が持つ様なものではないかと推測できるまで詳細をしらべたのだ。

 そもそも前世の世界がある時点で、他の世界がある可能性も肯定しているからなぁ…‥‥どこかの世界で、その力がぶん投げられ、それで激突して入り込んだせいでショック死したというのが、前世の死因でもあるようだ。

 すごい迷惑というか、その力のせいでこの世界に生まれ変われたというか‥‥‥感謝すべきか恨むべきかちょっとわかりにくいが、まぁ感謝した方が良いのだろう。

 そのおかげで、この世界に転生し、色々な騒動に巻き込まれつつも生き延びれたのだから。

 心臓潰されかけただの、皇妃の戦闘で死にかけているだの、その他諸々死に直結しそうな場面が多かったとはいえ、それでも生き延びれたのだはその力による生命力強化だと思いたい。



「あとはやっぱり‥‥‥この魔導書グリモワールだよなぁ」

 力云々はそれで良いとして、残っている謎とすればこの黄金に輝く魔導書グリモワールぐらい。

 そもそも色があるグリモワールで、こんな黄金何て無かっただろうし、複合魔法が扱えるにしても限度はあるはず。

 それなのにその限界すらも見えず、挙句の果てには寝ている時に語り掛けてくる時があるし、謎が大きすぎるままなのだ。

(‥‥‥でも、その語る謎に関しては、なーんか聞いたことがあるような無いような‥‥‥)
 
 思い出してみると、フェイカー関連の時ぐらいにしか喋ってなかったようで、以降はほとんど会話もないが‥‥‥何でだろうか。

 その疑問も、今となってはもう考えられないだろう。

コンコン
「時間ですよー」
「あ、今行きます」

 思考の海へ沈もうとしたところで、どうやら時間が来たらしい。

 さっと身支度を行い、汚れも何もない事を確認しつつ、魔導書グリモワールをしまい込む。

 そして彼は、結婚式会場へ案内され、式を始めるのであった…‥‥







―――――――――――――――――

‥‥‥ルースは知らない。もう、その黄金の魔導書グリモワールは、語ることができないことを。

 その魔導書グリモワールには、とある「想い」が残っており、その想いは今はもう宿ってないことを。



 ほんの少し、昔の話をしよう。とある男の人生を。

 その者はとある組織生み出した者の、兄弟であった。

 自分自身も実験台にしつつ、何もかも恨んでいた日々が多かったのだが…‥‥そんなある日、兄弟喧嘩を起こし、色々あって流されたのだ。

 記憶も力もすべて奪われ、その者はそのまま亡くなるはずであったが‥‥‥運命というべきか、彼が拾われ、一人の女性と共に生活をする中で、自分の間違いに気が付いた。

 そして、記憶もしっかりと取り戻しつつも、その日々を失いたくないがゆえに黙っていたが‥‥‥残念ながら、その日々はとある襲撃によって失われてしまう。

 その襲撃の最中で、その男は自身の死期を悟ったが、幸か不幸かそのタイミングで奪われた力を何故か取り戻したのだ。

 最後の力を振り絞り、その力を用いて彼は願った。

 自身の最愛の女性を守るために、そしてその彼女の中に宿っていた自分の子供の気配に気が付き、その子供が襲撃者共に狙われないように、守る力になりたいと。

 その想いが彼から抜け出し、彼自身は消滅すれども、その想いは愛する者の中へ入り込み、その子供にも宿った。

 


‥‥‥気が付けば、彼は一冊の魔導書グリモワールになっていた。

 それも、自分の力が変に作用したのか、通常のものとは異なる魔導書グリモワールへ。

 その時は意識がなかったのだが、時折意識を取り戻し、その時に決まって何か起きた。

 何度も何度も意識を戻し、話し合い、助けていく。

 けれども、単なるその願いそのものはその体に力を失い、最後の時を迎えた。

 でも、その時に丁度全てを終え、彼は後世の憂いを無くし、自分の子供の成長に満足したのだ。

 もう、何も思い残すことはない。愛した女性も今は一人でいつつも、安全な地におり、死の危険がないのだから。

 まぁ、あえて言うのであれば、孫ができる時まで残っていたかったかもしれないが…‥‥残念ながら、そこまでの力もない事を、理解して受け入れていた。


 最後の会話の時、彼はその秘密を打ち明ける。

 けれども、その秘密を打ち明けても、自身の正体について彼は記憶を消し去った。

 もう、いなくなる死者でもあり、生まれた時からともにあれども父親らしいことはできなかったのだから。

 自分はもう、何者でもなく、ただの想いなだけであり、もう関わることはできない。

 けれども、それで良いのだ。自分の愛する者たちが幸せになってくれるだけで、本当に満足なのだ。

 すべてが終わり、想いはそこで消え失せた。



 もう二度と、その魔導書グリモワールは喋ることはないが、それでも自分が存在する力だけは消えても、守るための力だけは宿ったまま。

 想いはなくとも、想いがあるというどこか矛盾したような感じではあるが‥‥‥‥それでも、彼は満足に逝った。

 そしてのちに、その魔導書グリモワールの持ち主はおのずと思い出すだろう。その消された記憶を。

 想いを残さずにということで消されたというが、それでもやっぱり思い出してしまうだろう。

 でも、その真実を、持ち主の母親に告げる以外は誰にも話さなかった。

 正直、自分の父親の想いだけがずっと残っていたという話は、どこか気恥しくもあったのだから‥‥‥‥
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