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夏も過ぎ去り、最後の学園生活で章

閑話 異界のスアーン苦労記録 その3

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 元の世界では、季節は冬。

 そして、スアーンが今いる世界も冬に入ったようで、何となく肌寒い季節にはなってきていた。


「…‥‥でもなぁ、流石にこれはないだろ」

 そう言いながら、スアーンは目の前の惨状に溜息を吐いた。



 ここは、この世界にある国の国境付近にあったらしい研究所。

 色々と隠蔽されていたようで、かつてのどこかの組織があっていたような手口に思え、面倒な予感は初めからしてた。

 でも、その予感を越えた悪さで有れば、より一層嫌な物であった。


「氷漬け……ご丁寧に、一人一人生きているようだしなぁ」

 こんこんっと叩き、具合を確かめるスアーン。

 目の前にならんでいるのは、どれもこれも恐怖の表情を浮かべた氷像、いや、元は生きた人間たちであった。

 「元は生きた」というのも、おかしいかもしれない。

 この氷像、調べてみるとどうやら冷凍保存されている形のようで、中身は生きているようだ。





 何故、ここにいる人々が氷漬けになっているのか。

 その回答は、当の前に知れていた。

「…‥‥これが、この世界の魔王とやらの力か」

 この研究所で、どうやらとあるよからぬ実験が行われていたらしく、残されていた資料などからもどこぞやの組織並みな陰湿さが漂っていた。

 で、どうもこの世界の魔王と呼ばれるらしい存在が、それの被害に遭ったらしく、怒りを買ってここにいた者たちが皆、氷像となったらしい。

「どうしようかこれ‥‥‥‥一つ一つ溶かすのもなぁ」

 スアーンの持つのは土魔法を扱える魔導書グリモワール。熱源を生み出すことも可能かもしれないが、少々面倒くさい。

 それに、その魔王とやらが怒りで関わった場所に手を加えるのも、余計な事のようで、やろうにもやる勇気がわかない。

「何にしても、これは一旦報告すべきか……」

 そうつぶやき、スアーンはこの世界に攫ってきた元凶の元へ、この事態を報告しに帰還した。








「…‥‥へ?もう片が付いたと?」
「ああ、ご丁寧に包装してね。だから、この件はもういいよ」

 スアーンの報告に対し、その元凶・・・・・今いる神聖国のトップ、預言者とやらはそう答えた。

「まぁ、研究所とやらの職員たちはそれなりにスカポンタンというような感じだったらしいけれど、この様子だとそう美味しくなさそうだしね。魔王が処分に困ったほうを、送ってもらったし、今は良いのさ」
「そうなのか…‥‥」

 あの建物の中にいた者たちが氷像化している件について、あっさりと既にどうでもいい事にされていることに驚くスアーン。

 だが、相手はある意味こちらの常識が通じないし、目の前の預言者も同様のものなのでこれ以上の話し合いは意味がないとスアーンは悟る。

・・・なんとなく、元の世界のルースもある意味同類なのではないかと、内心思ったが、あえて言わないのであった。


「そんなわけで、こちらの方は良いんだけど…‥‥別の任務をちょっと課して良いかな?楽な奴だけどね」
「というと?」
「ちょーっとやや遠方の西方。砂漠の方にあるオアシスで作られた小国なんだけど‥‥‥‥そこで、犯罪奴隷たちが売買されるらしいんだ。その中で、更生の使用の無いような、それこそ真性のド屑的な者たちを買ってきてほしいんだよね。用途はまぁ…‥‥わかるよね?」
「‥‥‥はい」

 言われなくても、わかってはいる。

 どのような目に遭うのかも理解しているが‥‥‥‥口には出したくない。

 かと言って、これが完全に悪行でもないし、ややこしいのだが‥‥‥‥とんでもない相手に攫われてきてしまったなぁとスアーンは毎回思う。


「そうだ、ついでに一つ朗報を言おうか」

 と、ここでふと、預言者が何かを思い出したように口にした。

「朗報というと?」
「その任務で得られた分で、計算上元の世界へ送還できるからね」

 その言葉に、スアーンは目を見開いた。


 この世界に攫われて、どれだけの時間が経過したのだろうか。

 元の世界に戻るために努力してきたが、遂にその報われる時が近づいてきているというのだ。

「まぁ、できなければ伸びちゃうけどね…‥‥」
「やりますやります、俺ーっちにやらせてください!!」

 人というのは単純なもので、希望が見えてそれにすがってしまう事がある。

 スアーンもまさにそれに入ったようで、嫌嫌な気分であったものが一転し、速攻で終わらせようとかつてないやる気を漲らせるのであった。


……それがまた、非常に面倒な目に遭う羽目になるのだが、この時の彼は知る由もなかった。
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