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卒業までの間で章

245話

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……深夜、ゲルマー侯爵家の屋敷に、忍び込む者たちがいた。

 それは人であろうか?いや、人ではない。

 特徴的な翅をはばたかせ、誰にも気が付かれないようにそっと中に入り込むのは、小さな妖精たち。



 バトの配下であり、諜報部隊も兼ねていたが‥‥‥この度、この侯爵家の元跡継ぎである長男によるマロへの襲撃を受けて、その仕返しのための報復部隊のテストのために、選ばれた妖精たちなのだ。

 日々の厳しい訓練を受けつつ、今ここに、ようやく日の目を見るのであった。

―――――ココガ目的ノ邸ダナ?
―――――間違イナイヨ。
―――――ターゲット以外ニハ手ヲダサナイヨウニト言ウ命令ダッタナ。
―――――アア、コノ日ノタメニ鍛エタ我々ノ成果ヲ試スイイ機会ダ。
―――――絶対ニ成功サセヨウ!!

 互に確認しあい、目的の達成のために妖精たちは細工を施し始める。

 小さな体であるが、それでもやれることは多い。

 そして何よりも、今回は彼らにとって成果を目に見える形で示すチャンスなのだ。

 やる気十分、細工は流流仕上げを御覧じろ。

…‥‥もはやこの時点で、この家の長男の運命は決まってしまったようなものであった。








「‥‥‥‥まずぅぅぅぅっぅぅ!」

 朝、ゲルマー侯爵家の屋敷の離れにある部屋にて、その声が響き渡った。

「ど、どうしたんですか!ゲルゴビッチ様!!」

 ゲルマー侯爵家、元次期当主だった長男ゲルゴビッチのその叫びに、面倒を見ていた執事が尋ねた。

「この朝食が、口にできるモノではなくなっているぞ!!」
「はい?これはいつも通りの朝食のはずですが‥‥‥どれ、一口」

ぱく
「‥‥‥ぶぐぶしゃわ!?ま、ま、まずぅぅぅ!!」




 余計な犠牲者が出たが、とにかく邸の者たちはあることを理解した。

 ゲルゴビッチに渡す食事が…‥‥なぜかすべて激マズのものになっているのだ。

 調理段階では何もないはずなのに、ゲルゴビッチの前で突然変異を起こしたかのように、とんでもない味になっていた。

…‥‥だがしかし、これはまだ序章に過ぎなかった。




びきぃぃっつ!!
「ぎやぁぁぁぁぁ!?」
「どうしたのですかゲルゴビッチ様!?」
「りょ、両足が同時につったぁぁぁぁ!!」


ごそっ
「ひぃぃぃぃぃ!!」
「こ、今度はどうしたのでしょうかゲルゴビッチ様!!」
「頭がむず痒いなと思って触ったら、髪の毛が一気に全部抜けたぁぁぁ!!」


ゴッ!!
「痛あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「何が起きましたかゲルゴビッチ様!!」
「両足の小指が、何もないところにぶつけて激痛がぁぁぁぁぁ!!」


…‥‥なぜか、微妙かつ確実に嫌な不幸が次々とゲルゴビッチに襲い掛かった。

 ドアを閉じようとしたら、指を挟んだ。

 トイレを終え、立ち上がろうとしたら足が滑って便器にはまった。

 外を歩けば、鳥の大群に糞を落とされまくった。

 くしゃみをしたら、鼻血大爆発して真っ赤な花が咲いた。


 等々…‥‥命に係わるほどでもないのだが、精神的に来る不幸が、通常ではありえないほど襲い掛かってくる。


 そのあまりの不幸ラッシュに、屋敷にいた使用人や、家族は何か呪われているように感じたが、彼らには心当たりがなかった。


 けれども数日後、当主宛にある一通の手紙が届いた。

…‥‥その内容は、ゲルゴビッチがどうやらチンピラを雇って、やらかしたという事実である。

 捕まったチンピラたちが白状し、その詳細の確認のために出された手紙なのだが…‥‥そのチンピラたちがゲルゴビッチに言われてやった内容を見て、当主はここまで起きたゲルゴビッチの不幸の原因が分かった。





「‥‥‥ゲルゴビッチ、お前は一体何をしたんだ?」
「ち、父上!!いえ、わたしは何もしては…‥‥」
「お前が隠し持っていたお金で、人を雇って襲撃を計画したという手紙が来たが?」

 隠そうとしたゲルゴビッチに対して、当主はその手紙を見せつける。


「そのうえだ…‥‥お前はこの家を潰したいのか?」
「え?」
「お前が狙っていたのは、どうやら珍しいコカトリスのようだが…‥‥それはペットで、その主人がたいそうお怒りだそうだ」
「そ、そんなもの我が家の権力で握りつぶせ、」
「ばっかもぉぉぉぉぉぉん!!そんな話で済むか!!見ろこの内容を!!」

 ばっぎぃぃぃ!!っと殴るように手紙を叩きつけ、当主はゲルゴビッチにその内容を読ませた。


「…‥‥コカトリスの捕縛に関して、その所有者は‥‥‥ルース?聞いたこともないような名だな」
「ああ、そりゃそうだろうよ。来年に新たに増える貴族の名前なのだが‥‥‥‥」
「で、でしたら男爵とかそう言った低い地位の者なのでは」
「馬鹿野郎、良く読め!!」
「えっと…‥‥ふわ!?こ、こ、こ、こ、公爵になる人物だと!?」


 その内容を読み、ゲルゴビッチは目が飛び出るような衝撃を受けた。

 そう、彼が狙っていたコカトリスはルースのペットでもあり、そのルースは来年度から公爵の地位を貰う、つまりゲルゴビッチのゲルマー侯爵家よりも爵位は上だったのだ。


「ここ最近のお前の不幸と関連がある可能性もがある。そりゃ、我々よりも圧倒的上位の貴族を怒らせたのだからな…‥‥しかも、彼のつながりは相当広いと聞く。下手すればこの侯爵家が潰れてしまうんだぞ!」
「そ、そんな単純に行くわけが」
「それが案外あっさり行くこともあるんだぞこのバカ息子がぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 状況を飲み込めていないゲルゴビッチに対して、当主は全力で殴りかかる。




……それから数日後、ゲルゴビッチは勘当され、屋敷から追い出された。

 ルースの下にはゲルマー侯爵家からの謝罪の手紙が届き、これ以上何事もないようにという内容であった。

 そして、追い出されたゲルゴビッチは、その行く先々で不幸になり、別名不幸を呼ぶ外道と呼ばれ、その凄まじい転落っぷりに飽きらかな人為的なものが見られ、それがもしかするとルースが原因かもしれないと、各貴族はそう結論付け、恐怖に震えて敵対しないように心掛け始めるのであった…‥‥
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