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268 急がば回れともいうが

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「‥‥‥『来たれ、我がモノ、異界の者よ 汝は常に、我が元へ、命じるままでもあり、自由を求める者でもある 我が命を受け、浮かび上がれ、さすれば汝に名を与えん さぁ、さぁ、さぁ、顕現せよ、汝に与えし名はノイン!!我が元へ来たまえ!!』」

…‥‥かなり久し振りというか、彼女を召喚するための正式な詠唱。

 それら全部を唱え終え、用意した召喚陣などの反応を確認するが‥‥‥‥何も変わらない。

「やはり、召喚できないようになっているか」
「どうやっているのかはわからぬのじゃが‥‥‥‥対策されているようじゃな」

 日が昇り、船上で何度も試してみたが効果はない。

 攫われてしまったノインを呼び出したかったが‥‥‥‥召喚への対策が施されているのは非常に厄介。



「だからこそ、全員を呼べない可能性も考えて船で移動しているが…‥‥この調子で、大体どのぐらいで到着するんだ?」

 ノインの残していた杖なども収納し、船を利用しているのだが‥‥‥結構じれったい。

 装備品で一気に移動し、現地で皆を召喚してという手段も考えたが、封じられている現状、現地でも使えない可能性が大きい。

「というか、そもそも海洋王国の方にいるのでありんすかねぇ?国王の体を残したという事は、そもそも国に戻る意味もなさそうでありんすけれど‥‥‥」
「いや、あるとは思うぜ?何しろ、わざわざ長い間憑りついていた場所だし、拠点としては海の上は好条件だとは思うからな。情報の洩れも船の行き来に気を遣えば特にないだろうし、海上だけじゃなくて島国なら地下に掘るという手段も取れるしな」
「そもそも、組織と縁を切ったという話じゃったが…‥‥フェイスマスクの手段などを考えると、それを継承して地下に作っている可能性も大きいからのぅ」

 攫われたその宛先は不明だが、海洋王国のどこかに連れ去られたという可能性は非常に大きい。

 国王の肉体は捨てたようだが、長年そこにいたのであれば活動拠点としてもその地が向いているだろうし…‥‥そこに手掛かりがありそうであるならば、向かうしかあるまい。

 だからこそ、今こうやって船をちょっと借りているのである。

「それで聞きたいが、この航路であれば数日以内に海洋王国にたどり着くのか?」
「ああ、間違いない」

 俺の問いかけに対して、この借りている船の持ち主‥‥‥第8王女グレイはそう答えた。





 ノインを連れ去られた後、海上で用済みと言わんばかりに爆破された、海洋王国の王家の船。

 とはいえ、素早い人命救助によって被害は減り、船自体も消火活動である程度の損傷は免れたので…‥‥軽く応急処置を施し、利用させてもらうことにしたのである。

 とはいえ、海洋王国までの道のりを俺たちは知らないので、道中をどう進むのかという問題になったが‥‥‥ここで第8王女が案内役に出てくれた。

 というのも、今回の一件は海洋王国側にも被害があるというか、国王そのものが駄目になったというべきか‥‥‥

「そもそも、父上がいかに屑でダメな親だとしても、憑りつかれていたことに気が付けなかったのが悔しいのだ‥‥‥‥かたき討ち、というか敵を討つほどの親でもなかったが、私とて王家に属するものであり、黙っているわけにはいかないのだ!!」

‥‥‥本音が全然ごまかせていないというか、割と駄々洩れなような気がするが、とにもかくにも海洋王国の王家に属する彼女としては、王家に害をなしたアポトーシスが許せないらしい。

 色々と酷すぎた父親だったとはいえ、親は親であり、その敵を討ちたいそうだ。



 なので、その意気込みもあり、彼女も交えて船をできる限り航行可能な状態にまで修復した後、こうやって向かっているのであった。

「とはいえ、いくらか王子たちも交えて情報交換をしたとは言え‥‥‥まさか、そんな組織がいるとはな」
「海洋王国の方では、仮面の組織フェイスマスクの情報が伝わっていなかったのか?」
「いや、各国で警戒レベルに値するような情報は出来る限り入れるようにしていたはずだが‥‥‥おそらくは父上、いや、そのアポトーシスとやらがどこかで妨害してはいらないようにしていたのかもしれない」

 向かっていて何もしないのもあれなので、浜辺で簡易的に王子たちも巻き込んだ話し合いをして、情報交換したことを改めて整理することにしたのだが、どうも海洋王国の方ではフェイスマスクの動きは目立たなかったようだ。

 いや、目立たなかったというよりも隠されていたのか、あるいはすでに内部にまで浸食されていたのか‥‥‥それについては、現時点ではまだ不明だ。

 ただ、それでもアポトーシスが海洋王国の国王の肉体を利用して王位についていた期間はそれなりにあり、その間に様々な工作がなされている可能性もある。

「しかし、そうなると分からないこともあるな」
「何がだ?」
「父上、もとい成り済ましていた下手人アポトーシスの行動だ。聞けば、そちらのメイドは非常に優秀だからこそ狙われる理由が多くあるのは分かるのだが、もう一つの方が不明なんだ」
「ああ、王家の血を引くのに引いてない扱いになる人たちを処す指示だったか?」
「それだ」

…‥‥屑だった王ならやりかねない可能性を彼女は否定できないそうだが、アポトーシスが憑りついて指示をしていたのであれば、その意味が分からない。

 王の言い分では間引きのような者…‥‥王家の血を確実に引いているオッドアイの子だけを残す目的があったそうだが、そんなのはアポトーシスには意味がなさそうなのだ。

 それなのに、わざわざ処分を実行させるとなると‥‥‥そちらにも何か目的が隠れていそうな気がするのだ。

「それに、もしかすると伯母上や祖父母が亡くなったのも…‥‥そいつが関係しているのかもしれない」

 現状の海洋王国の王家は、亡き国王とその子供たちしかいないが、本当はその国王の父親や兄弟などがいた。

 けれども、全員が急に病に倒れるなどして逝ってしまい、あの国王が王位についたのだが…‥‥そこでもアポトーシスが動いていた可能性がある。

「何を目的にして、海洋王国に入りこんだのか‥‥‥謎が深まるな」
「何にしても、到着せぬことには分からぬしのぅ…‥‥」
「疑問/増殖。どうしろと?」

…‥‥とにもかくにも、海洋王国の方について見ないと分からない。

 そこにいない可能性もあるが、居城にしていた時期もそれなりにあるだろうし、何もないわけでもないだろう。

 今はとりあえずわずかな手がかりも求めつつ、全速力で到着するように動くしかないのであった‥‥‥

「…‥‥ところで、一つ良いか?」
「なんだ?」
「いや、早く着きたいのは分かるのだが…‥‥そちらの召喚獣の羽ばたきでの帆へ風を送っての加速や、様々な道具を利用しての推進力の付け足しがやり過ぎなのだが。この船、戦闘用に作られてはいるが、これ以上やると分解するぞ」
「‥‥‥あ、すまない」

 ちょっと加速に加速を重ねようとして、やり過ぎていたようだ。

 道理でさっきから、マストからギリギリと嫌な音が聞こえてきたわけである‥‥‥‥









…‥船上でそんなやり取りが行われていた丁度その頃。

――――こぽこぽ
 ――――ここぽ
   ――――こぽぽぽ

…‥‥暗い地下室の中で、不気味に発光する液体が入ったタンク。

 その数は多く、透明な容器に詰められているので中の様子も見えるのだが、その中身には液体だけではない。

 人の手足のようなものや、内臓、はたまたは動かなくなったモンスターの死骸など、様々なモノがホルマリン漬けのように保管されていた。

 

 そしてその中で、最奥部‥‥‥新たに作られたタンクの中に、彼女は浮かべられた。

「‥‥‥‥」
「くっくっくっく‥‥‥何もできずに、中で浮かべられるだけか。まぁ、無理もないだろう」

 投下し、蓋を閉じながら内部の様子を見て、その者‥‥‥アポトーシスはそう口にした。

「メイド服を着て、人と同じようにふるまっていたが…‥‥所詮ゴーレムの類であり、動力部を破壊されれば動けなくなるのも当たり前か」

 ここへ運ぶまでの間に破壊したがゆえに出来上がった彼女の身体の大穴を見つつ、アポトーシスはそうつぶやいた。

 それ以外にも、あちこち無理やり分解したがゆえにばらばらとなり、破損しまくっている状態で、むしろ溶液の中で浮かんでいるこの状態が一番きれいに見えるほどである。


「とはいえ、細かな情報などが見られぬようにされていたが、それでも十分だ。どのように動き、どの様に変形し、どの様な技術や道具を有していたのかというのがある程度わかったからな」

 用が済めば用済みであり、破棄すればいいだけの事。

 けれども、このメイドに対してはその持ちうるすべてが未知のものばかりであり、むしろその所有量に感嘆を覚え、ここに保管することにした。

 そう、ここに保管されているのは、アポトーシスが密かに集めたコレクションばかり。

 彼の正体に気が付き攻めて来た者や、叶わぬと知りながらもそれでも勇猛果敢にかかってきたモンスターなど、アポトーシスにとっては価値あるものばかり。


「とはいえ、技術の無駄遣いというべきか…‥‥メイド服の細部から、下着の繊維に至るまで…‥‥我輩が言えた立場ではないだろうが、使い道を思いっきり間違えていないか?なんだ、そのトンデモ技術の無駄遣いは?」

 思わず呆れてしまうほどの代物ばかりであり、調べれば調べるほど驚愕する事実。

 既にこの世界の技術力をはるかに凌いでおり、どれだけのオーバーテクノロジーが詰め込まれているのかと、その徹底ぶりに畏怖すら覚えてしまうだろう。
 
 本当は、彼女の肉体は今の肉体が無い自分の新たな依り代にという計画もあったが‥‥‥‥これだけの情報を得られれば、その必要はない。

 元にして、新しい肉体を作り出すことができるのだから。

「まぁ、ここで我輩のコレクションに加えられたまま、そこで見ているのも良かろう。動けぬまま、そこで生涯保存しておくが、今は処理の段階‥‥‥‥もう少したてば、その大穴部分も直し、よりきれいな人形として保管してやるから、今はそこで眠るが良い」

 そう言い、彼は別室へ移ることにして、その部屋につながる扉を閉じる。

 ガチャリと施錠され、部屋の明かりが消え、残されるのは液体の発光のみ。



 ぼごっと溶液の中に千切れかけた首の隙間から泡が出たが、その音を聞く者はいないだろう。

 何もかも、奪いつくされ、身ぐるみをすべて剥がされ、彼女には何も残っていない…‥‥そうアポトーシスが思うのも無理はない。

 けれども、アポトーシスは見落としているだろう。

 彼女がどれだけ、メイドとしての嗜みを忘れずにいるかを。

 そして、この状態にされてもなお、その心は折れていないことを‥‥‥‥

『動力源修復不可能 非常用動力 作動 システムチェック 開始 ERROR ERROR ERROR…‥‥‥』
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