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147 回れ~右!!(全力)

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「‥‥‥‥な、何があった?」
「インキュバスの話だと、色々やった後に来たはずで、そこまでの惨劇になっていないらしかったのじゃが‥‥‥」

…‥‥深夜のインキュバスの襲撃から辿り着いた、ゼネを狙う一派の宿。

 起きてしまったものは仕方がないし、早めに解決できそうでありつつ、相手にちょっと悲惨な悲劇がある程度で捕縛できるチャンスという訳で、わざわざ寮を出てこの宿屋に来たのまでは良い。

 ああ、一応学生がこんな真夜中に出るのも世間体の問題があるので、屋根からバレないように不法侵入させてもらったわけなのだが…‥‥


「悲惨というか、口に出した良くないレベルでござるな」
「凄惨、無残、惨劇祭り」
「祭りと言って良い類ではないでありんすが‥‥‥本当に何があったのでありんすか、この惨状」

 全員、絶句しかけるのも無理はないだろう。

 想定していたのは精々見苦しい光景の方ではあったが、これは流石に酷すぎる。

 狙ってきた相手達だというのに、肉塊と化しているこの状態は…‥‥

「‥‥‥うぇっ」
「ご主人様、吐きそうになるのも無理はないデス。エチケット袋はこちらにありマス」

 今まで見たことがない凄まじさに、思わず吐き気がした。

「…‥‥グゲェ」
「正直、儂もこれは嫌じゃのぅ…‥‥アンデッドの大群の光景を見たこともあれども、生の光景はちょっと精神的にきついのぅ」

 なんというか、一家惨殺大惨劇事件というべき状態。

 一体何者が引き起こしたのかは見当がつかないが‥‥‥これは間違いなく、とんでもない事をやらかした末路だろう。

「というか、息あるかアレ?」
「辛うじて、生命反応はありますが…‥‥無理ですネ。この惨状は、流石に専門外すぎマス」

 手当もできず、相手はもう息を引き取るのを待つだけだろう。

 しかし、一体何者がこの惨状を…‥‥

ビ!プシュワァ~…‥‥
「ン?」
「どうしたノイン、なんか一瞬そのアホ毛が反応したように見えたんだけど」
「センサーに感アリ。データ照合ですが…‥‥アレ?」

 ちょいちょいっと自身の飛び出ているアホ毛を触りつつ、ノインは首をかしげる。

「…‥‥照合結果、作動不可能?既存データに照合しつつも、ブレ幅が大きく、正確なデータがつかめまセン」
「どういうことだ?」

 何やら記録していた生体反応が近づき、ノインのアホ毛のセンサーは感知したらしい。

 だが、その反応が同もおかしく、正確な判断が下せないのだとか。

「‥‥‥なんかすごい嫌な予感がするのじゃが…‥‥ノイン、その辛うじて記録していた反応の方は、何じゃったんじゃ?」
「ええっと‥‥‥ゼネの妹及びその取りまきらしい方々の者ですネ」

 その言葉に、俺たちは一瞬何のことか疑いたくなった。

 それもそうだろう。その者たちは、昼間にノインたちの手によって罠の奥底へ封じられたはずなのだから。

 そして、脱出しようにも色々細工済みであり、簡単には動けないはずなのだから。

「…‥‥反応箇所、屋根と確認。壁を伝い‥‥‥現在、私たちの真上デス」
「…‥‥って、ことは‥‥‥」

 なんというか、もう既に俺たちはこの惨状が起きた原因を悟ってしまった。

 ここにいた、あの肉塊たちは元々ゼネを狙おうとしていた一派だろう。

 しかも、インキュバスを利用していた者たちであり、ゼネの女性としての部分を狙おうとしていた可能性も非常に大きい。

 そんな奴らを、あの恐怖の死者ともいえるゼネの妹及びその他が放置するだろうか?いや、できまい。

 そして、あの人外じみた探索能力で、このような事を見破れないのか?いいや、見破れるだろう。


 であれば、何が起きるのかは単純明快。

 ゼネを襲おうとしたことに対して、まず確実に非常に強い怒りを抱き、その感情に任せて暴れまわるだろう。

 そして、暴れることができていたという事は、あの罠から脱出できているという事で、ゼネの元へ向かっていたに違いない。

 ということは、向かったはいいものの、ここに彼女が来ていると分かれば‥‥‥


ビシィッツ!!
「「「!!」」」


 天井に、突然ひびが入り始め、だんだん大きくなってゆく。

 どんどんっと叩きつけるような、それでいて色々と抉り取るような、削り上げるような音も聞こえており、それがどんどん迫ってきている。


 皆を見渡せば、全員同じ結論に至ったようで、特にゼネが青さを通り越して恐怖で真っ白状態。

「…‥‥ぜ、全員回れ右!!全力で退散!!」
「「「「「「了解!!」」」」」」

 素早く指示を理解し、特にこの大人数では直ぐに動きにくいので、全員大慌てでリリスの箱の中に入り込み、ノインのロケットパンチを側面に連結させ、緊急加速で部屋から退出する。

 そしてその数秒後、天井が落ち、何かが落ちてきた。

 それを確認する間もなく、一気に大空へ飛翔し、リリス用のホバーブーツを装備し、浮上したが‥‥‥



「「「「ま~~~~~~つ~~~~の~~~~で~~~す~~わぁぁぁぁ!!」」」」

 後方から聞こえてくるのは、異様な静止を求める声。

 その声に対して、箱からちらっと顔を出し、その主を確認し…‥‥後悔する。

「「「「お姉様ぁぁぁあAAAAAAAAAAAAAAA!!】】】】

 途中までは辛うじて人の声でありながらも、終わりごろにはもはや化け物の叫び声にしか聞こえない咆哮。

 そこにいたのは、確かに人間であるはずのゼネの妹たちではあったが…‥‥何と言うか、色々とやばい状態。

「ゼネ、お前の妹人間やめてないかアレ!?」
「やめているどころか、生物として滅茶苦茶やめている化け物になってないかのぅ!?」
「あ、センサーで分析できましたが…‥‥恐ろしいことに、アレ、まだ人間ですネ」
「「なんでぇ!?」」

 その結果に俺とゼネはツッコミを入れつつ、後方から迫りくる名状しがたき存在を再確認し、信じられずにもう一度確認してもらい、再度ツッコミを入れる。

 確かにあれは人間であり、それ以外の何物でもないらしいのだが、その分析を行う部分が壊れているのではないかとツッコミを入れる。

【【【【お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様おおおおおおおおおおおおおおお!!】】】】

「怖い!!あれ確実に化け物の類どころか、化け物という例えが全力で逃亡するんだけど!!」
「暴走しているようにも見えるのじゃが、それでも元がああなのではないのかと疑いたくなるほど不気味すぎるのじゃぁぁぁぁあ!!」
「人間のままのようですが‥‥‥どうやら、ゼネへの異常な愛、私たちでの封印による影響、そして今回の肉塊共への怒りゆえに、大変貌を遂げたようデス。これもある意味、愛の力なのでしょうガ…‥‥」
「こんな愛、絶対無いからな!?」

 とにもかくにも、今ならあれが、あの惨状を生み出した元凶なのが十分に理解できる。

 むしろあれでよく済んでいたなと思えるほどであり、這いよる混沌というべきか、愛の化け物の凄まじさに俺たちは恐怖を覚える。

「ぜ、全速前進!!あれに捕まったら絶対駄目な奴だあれぇぇぇぇ!!」
「グゲェ!!」

 箱の底にあるホバーブーツをフル稼働させ、俺たちは上空へ逃亡しつつ、加速し、振り切る作戦へ出る。

 だがしかし、相手の方が早く、このままでは追いつかれるだろう。

…‥‥そしてそれは、物理的な速さよりも超えてやって来た。



ぶわっつ!!
「!?」

 突如として、月明かりも星空もあった夜の空が消え去り、周囲の光景が切り替わる。

 それは何処か大きな洞窟のようであり、いつの間にかそこへ俺たちは入り込んでいた。

「グゲェ!?」
「ふむ、相手の愛の力‥‥‥捻じ曲げてきましたネ」
「捻じ曲げたって、どういうことだ?」
「凄まじい愛の力ゆえに、空間そのものに影響を与えたようデス。ここは既に、奴らのテリトリーへとつながってしまい…‥‥あ、不味いですネ」

 説明途中で、ふとゼネがそう口にした途端、ぷっすんっという音が鳴った。

「‥‥‥何、今の音?」
「ホバーブーツ、機能停止。リリスの箱の内外は彼女の耐性のおかげで無事ですが、強制的な空間転移によって、ブーツ内部の装置が影響を受け、壊れたようデス」
「つまり?」
「落下しマス」

 言うが早いが、一瞬浮遊感が出た後に、箱が落下した。

 幸い、内部に衝撃はなく、無事に落下したが…‥‥ここで、追いつかれてしまったようだ。

「グゲェ!?」
 
 リリスが全力で蓋を閉じ、外からの攻撃を耐える態勢を取ったが…‥‥どうやら無駄であった。
 
 箱にどういう訳か潜り込み、どろりとした名状しがたき者たちが流れ込み、俺たちの前で形作る。

【ぅふふふふふふ】
【くふふふふふ】
【はふふふふふ】
【ふんすはぁふんすはぁ…‥‥お、お姉様、ようやく出会えましたねぇ】

「ひ、ひぇっ!!」

 ずずっとそれが人の形を取り戻し、言葉を発し、ゼネが震えあがる。

 そこに現れたのは、ゼネの妹及びその時まきたちだが…‥‥先ほどの愛の大暴走化け物になっていた影響なのか、人間であるはずなのに人間でないように感じさせる雰囲気を纏っている。

【ああ、ああ、ああああああ!!ついにようやく落ち着いて出会えましたねぇ、お姉様!!】

 今にもとびかからんとしているようだが、何かを目的にしているのか、自らそれを抑えるゼネの妹。

「お、お主たちは何をしているんじゃ!!というか、あの惨劇は!!」
【あれ?お姉様の愛しい妹に出会って、まずはそれですの?まぁ、別に良いですわねぇ…‥‥】

 震えつつ、ゼネがそう言葉を投げかけると、相手は案外冷静なのか直ぐに返答した。

【あの肉塊?あの惨状?ええ、えええええ!!お姉様に害なそうとした存在ですもの!!かつてお姉様を処刑にしたあの者のように見え、ついうっかり怒りでああなったのですわぁ】

 にまぁっと笑みを浮かべ、褒めて欲しそうにも見える顔だが…‥‥その瞳は人が放てないような、狂気じみた光を持っていた。

 思わずその目を見て俺たちは悪寒で震えてしまう。

【お姉様への深い深い深い深い深い愛で、地の底から這いあがり、まずは処分を優先したのですわ。そして、ゆっくりとお姉様の元へ寄ろうとしている中で、その麗しい匂いを嗅ぎつけ、ようやく来たのですわぁ!!】

…‥‥ノインいわく、まだ反応的には人間の類らしい。

 けれども、うっとりしたように話すその顔や雰囲気的に、どう考えてもすでに人ならざる者へと変貌したようにしか見えない。

「‥‥‥来たなら、すぐに帰らぬかのぅ?そもそも、儂に会う意味なんぞないじゃろう?儂はすでに、お主らの知っている生きた儂でもないし、聖女でもない」
【いえいえいえいえ否否否否否!!お姉様はお姉様であり、人ならざるモンスターに変貌していても、お姉様であることは変わりありませんわぁ!!そうですわよね、皆様?】
【【【ええ、ええ、えええ!!まさにそのその通り!!お姉様はお姉様のままなのです!!】】】

 ゼネの妹の問いかけに対して、彼女についていた取りまきらしい人たちは口をそろえてそう告げる。

 一瞬、洗脳の類かもと思ったが、どうも心底本気で慕っているようで、嘘偽りもないように感じられる。

 というか、そろそろ普通の人間に戻ってほしいのだが…‥‥喋り方がなんかやけに不気味すぎる。

【ああ、でも悲しいですわぁ!!お姉様が野生であればまだやりようがあったのに、今はお姉様は、そこに入る召喚士の召喚獣なのでしょう?】

 っと、びしっと指を向けられ、思わず俺はびくっと震えた。

「‥‥‥それがどうかしたかのぅ?」
【お姉様が召喚獣である限り、その者の召喚獣。ああ、ああ、お姉様が生涯私たちの元にいてくれるためには、そのモノをどうにかしなければいけないのが確定ですもの!!】

 何やら物凄い寒気が走り始め、良からぬ予感がしてきたのかノインたちが一気に警戒態勢となり、戦闘に対応するために各自武器を持つ。

「…‥‥のぅ、妹よ。何か良からぬ策を持って、御前様を害する気かのぅ?そうであれば、儂は思いっきりお主らと戦わねばならぬのじゃが」

 恐怖があるはずなのに、さっと俺の前に出て、杖を向けるゼネ。

【いえいえいえいえ!!お姉様が悲しむような真似は、わたしたちは致しませんわ!!だって、お姉様の笑顔は全員が見たいですもの!!】

 その言葉に肯定しているのか、頷くゼネの妹の取りまきたち。

 けれども、何かをしでかしそうなのは変わりない。

【当初は暗殺も考えてましたけれども、それですとお姉様を確実に悲しませてしまう…‥‥ならばこそ、彼を我が国へ引き取るなどの対策しか取れない。けれども、狙うのはいるでしょうし、そうそう容易く従ってくれるとも思っていませんわ】
「なら、このまま帰ってくれた方が良いのじゃが…‥‥」
【だ・か・ら・こ・そ!!彼を引き入れるために、手に入れてきましたの!!】


 ゼネの言葉を遮り、彼女達がドロッと何か液体をしたらせつつ、体から何かを取り出す。

 それは何やら複雑な魔法陣の図面が書かれているもののようであり、嫌な予感を感じさせた。

「なんじゃそれは?」
【これはですねぇ、これはですねぇ、これはこれはこれはこれは――――――!!】


‥‥‥‥先ほどからというか、最初からというか‥‥‥彼女達はおかしかった。

 人間であるはずなのに名状しがたき者へ変貌し、このリリスの箱内へ入り込み、人の姿に戻る。

 どの時点でも人間のようだが、それでいて狂っているような感覚がずっとあり、今再びその狂気が表に出始めた。

 ごぼごぼっと何か嫌な音を立て始め、形が崩れていく。

「リリス!!全員を一旦吐き出せ!!」
「グゲェ!!」

 流石にこの空間内ではまずいと思い、一気に距離を取るために彼女に箱から吐き出させ、全員飛び出る。

 名状しがたき者へ変貌し始めていたゼネの妹たちも吐き出され、俺たちはすぐに距離を取ってその様子を見る。

 
 地面の感触を確認し、都市近隣とは違う場所に来てしまったことを理解しつつ、その変貌に対して彼女達が持っていた魔法陣が輝き、反応する様を見た。

 混ざり合い、何かを吐き出し合い、どんどん姿を変えていく。

 そして、魔法陣を取り込み、最終的に出来上がったのは…‥‥

【お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様おおおおねえおおおねえええええええええあああああああああAAAAAAAaAAaaa!!】


…‥‥既に壊れていたというか、愛が限界突破してしまったというか、それとも何か別の作用によるものか。

 そこに立っていたのは、ゼネの妹たちであったもの。

 けれども、今いるのは謎の魔法陣を取り込み、大怪物へと変貌した化け物。


 全身がピンク色に染まりつつ、ぎちぎちと体中にある牙が鳴り響き、強靭・巨大になった腕を地面につけ、バランスを取る。

 巨人というか、何と言うか…‥‥もはや、狭愛の怪物であろう。

「‥‥‥‥ゼネ、お前の妹、本当に人間だったのか?」
「なんかもう、全然返答できぬのじゃ」
「‥‥‥あ、人間反応が消えましタ。完全にやめちゃったようデス」

【OOOOOOOOOOOOOO!!】

 咆哮をあげるな中、ノインのその分析結果に俺たちはようやく納得がいった。

 いや、したくなかったが…‥‥何だろう、この間違っているような答えに対してようやく正答が出たような安心感は。

「狂愛の化け物と言ったところでしょうか…‥‥行き過ぎた狂気はすさまじいですわね」
「その言葉で片付かぬような気がするでござる」
「グゲェ」
「うーん‥‥‥不味くないでありんすかね?今回、わっちどうにもできぬでありんす。あれ、ツボぜんぜんみえないでありんすもん」
「というかあれ、もう動き出している」

 アナスタシアの言葉通り、直ぐに化け物は動き出した。

 どしんどしんと駆け抜け、そのまま腕を振りかぶり、こちらへ振り下ろす。

 狙いはどうやら…‥‥

「…‥‥暗殺しないとか言っていたのに、俺かよ!?」

 その拳の行く先をすぐに理解し、とっさに腕時計に収納された装備を装着し、素早くかわした。

「いや、殺す気はないようじゃが…‥‥ふむ、どうやら物理的に御前様を取り込むことにしたようじゃな」
「ああ、殺さずにかつ引き入れやすくか‥‥‥いやいやいや!?どんな結論を出したらそうなるの!?」

 とにもかくにも、ここでぼさっとしているわけにもいかない。

 どうやら俺たちは、深淵を覗いてもいないのに、勝手に相手の方が這い上がって来て見せ付け、引きずり込もうとしている狂愛の怪物に狙われてしまったようだ。

「全員、戦闘態勢!!」

 素早く武装し、沈静化…‥‥できれば消滅を狙うために、俺たちは動き始めるのであった…‥‥





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