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――がっぷん!!

…‥‥たった一人の召喚士ディーが、ゲイザーに捕縛され、捕食されたその光景。

 人々が見れば、犠牲者が出てしまった‥‥‥いや、まだ食べられて間もないのであれば、すぐにでも助け出すことさえできれば、生きて救出できるだろうと考えるだろう。

 だが、この襲撃時にすぐにそのような判断ができるはずもなく、ものの数秒も経たないうちに、その場の空気が切り替わる。


カチッ


 その音が、まさに空気の切り替えのスイッチを押した音ではなかろうか、と、後日その場に居合わせていた者たちはそう語る。

 持久戦にも近いような状況だったはずが…‥‥一瞬のうちに、絶対零度を思わせるような、冷たい空気へ変貌する。

 それもそうだろう。何しろ、彼女達の・・・・目の前で、その主が捕食されたのだから。

 まだ直ぐの事であり、絶命していないとはいえ、主を失うような悲しみと怒りが、瞬時に沸き上がったのだから。

「‥‥‥ご主人様」
「マスター‥‥‥」
「主殿‥‥‥」
「…‥御前様」

 ぽつり、ぽつりと、個々での異なる言い方をしつつ、求める者への言葉。

 その言葉は、いつもであれば主である召喚士へ向けられ、嫉妬の目線で見る人も多いが、それでも仲が良さそうな光景の前には、ちょっと温かさを感じていた。

 だが、今は違う。

 その言葉に込められていたのは、失ったかもしれない喪失感と、その主を喰らったものへの怒り。

 それも、何もかも焼き尽くし、何もかも凍てつかせるような、矛盾するものでもありつつ、言い表せない様な、深淵の怒り。


「ゲ、ゲザァァァ!!」

 空気の変わりように、ゲイザーが怯えを隠すように声を荒げ、自らを奮い立たせる。

 今やっと、厄介そうな相手の司令塔らしい人物を、己の中に摂り込むことが出来た。

 ゆえに、死んでようがいまいが、攻撃しにくい状態にしたはずだ‥‥‥と、ゲイザーは思っているだろうが、それは非常に悪手。

 ゲイザーは、やってはいけない事‥‥‥‥わかりやすく言えば、とんでもない地雷を思いっきり踏み抜き、爆発させてしまった。


「「「「‥‥‥返せぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」」」」

 次の瞬間、ごうっとものすごい暴風が荒れ狂い、それぞれが怒りの声を共にして、そう叫ぶ。

 後に、その光景を見たとある王子たちはそれぞれ語る。

「あれは、確実にゲイザーは死んだと思った。いや、その声だけで滅されると思った」
「普段から、ディー君に親しい彼女達だったからねぇ…‥‥アレは本気で、世界消滅させられそうだったよ」
「幼女でも少年でもないけど、一応それなりに美醜の基準は人並みにあったが…‥‥美女が、本気で怒るのは怖すぎる」

…‥‥後に、その場にいた者たちは思った。

 もし、ゲイザーが今の声だけで絶命していたら、どれだけ幸せな事だったのだろうか、と‥‥‥‥













――――ぴちょん
「‥‥‥っ」

 ふと、何か水滴が落ちてきて、それで俺の目は覚めた。

 ぐぐっと体を起こしてみれば…‥

ぐにぃ
「ひえっ!?」
 
 なにやら滅茶苦茶気色の悪い感触に俺は思わず悲鳴を上げ、立ち上がった。

「こ、ここどこだよ!?」

 周囲を見渡すと、光源は無…‥‥あ、あった。なんか壁の方が光っているわ。

 見れば、ヒカリゴケとか、洞窟に映える類の発光植物のようで、思いのほか明るい。

 俺がいる場所は、どうも周囲が真っ赤な液体の海のような場所であり、そこに浮かぶ骨の上のようであった。

「‥‥‥あ、そっか」

 そこでふと、俺はさっきまでの事を思い出した。

 ノインたちに指示を出している中で、ゲイザーに狙われたことを。

 そして、捕らえられ、速攻で捕食された、その瞬間を。


 どうやらそこから気絶していたようで、どれだけ立ったのか分からないが‥‥‥あまり長い時間は立っていないだろう。

「というか、そう考えると…‥‥ここが、ゲイザーの腹の中なのだろうか?」

 上を見渡しても出入り口とかはないし、周囲を満たすのは赤い液体。

 あの目玉の化け物の体内に、こんな場所があるとはちょっと想像しにくいが…‥まぁ、モンスターだからという理由で、適当に納得する。そう、例えるならばノインの空間拡張建築のようなものだ。あれはあれで頭が痛くなるが‥‥‥便利なので、考えない方針で逝こう。

「胃だとすると、消化液とかあるだろうし…‥‥もしかして、骨は溶けないやつか?」

 ちょっとそう考え、軽く指を液体にちょっとつけて見れば…‥

じゅっ!!
「熱ぅぅ!?」

 慌てて指を離し、ふーふーっと息を吹いて冷やし、溶けたかと思ったが、どうやらセーフ。

 ほんのわずかにであれば、辛うじて大丈夫のようだ。

 そしておそらくというか、いやな仮定…‥‥周囲のこの液体は、消化液であるというものが当たったようである。

 肉のみを溶かし、骨を溶かさないのは良かった。この骨の上にちょうど乗ったのは、本当に運が良かったのだろう。と言うか、浜辺に来る前にでっかいのを食べていたようである…‥‥骨の形状からして、多分クラーケンの甲と呼ばれる部分かな?

 何にしても、ある程度の広さがある骨の島なので、ついうっかりで落ちることはないだろう。

 けれども、外部のゲイザーの動きに合わせて動く可能性もあり、油断はできない。

「さて、どうするべきかな?」

 助かったのも、運がいい。

 これなら、なんとかなりそうではある。

「まずは‥‥‥彼女達を呼ぶか」

 飲まれた瞬間に見た、悲しそうなノインたちの顔。

 俺が食べられた瞬間なんて、そりゃ見たくもなかっただろうなぁ…‥‥




 とにもかくにも、無事を知らせるためにも召喚する必要がある。

 まだ戦闘している可能性もあるが、まぁ内部から攻撃して、腹を食い破るのも手だろう。

「とりあえず、召喚!!ノイン、カトレア、ルビー、ゼネ!!」

 さぁ、ここからこのゲイザーを腹の中から…‥‥‥アレ?




「『来たれ、我がモノ、異界の者よ』‥‥‥」
「『来たれ、来たれ、この地に来たれ』‥‥‥」
「『来たれ、飛来し、我が元へ』‥‥」
「『来たれ、冥界のものよ、我が元へ』…‥‥」

‥‥‥単純な詠唱のせいなのか分からないので、彼女達を召喚した時の正式な詠唱を全文読み上げ、試みる。

 だが…‥‥全然、彼女達は現れなかった。

「うんともすんとも言わないというか…‥‥どうなっているんだ?」

 ここが、ゲイザーの腹の中なのが原因か?でも、ダンジョンとかだとできていたし‥‥‥全然分からない。


 まず、今の外の状況とかも不明。ゲイザー自身が動いているのであれば、この腹の中とか動きそうなものなのだが…‥‥どうも微動だにする様子もない。

 もしかすると、この腹の中の空間は、外部とはまた違った空間扱いになっていて、そのせいで召喚が不可能にされているのだろうか?

「確か、そういうモンスターもそれなりにはいるような…‥‥」

 お腹の中身が、別次元の扉となっているようなモンスター。

 キングビッグマウス、スライムボックス、デッドリーヴァイパー…‥‥かっさばいてみれば普通のお腹をしているというのに、生きている時の内部は全くの別物であるモンスター。

 大きなネズミ、箱型のスライム、巨大蛇と、それぞれ異なるのに、中身が似たような類らしい。

 そう考えると、このゲイザーもビームではなく水流を打ち出す特徴から、同じようなヘンテコな内臓というか、仕組みになっていてもおかしくはないだろう。

 だが、そうだと考えると、それはそれで余計に厄介な問題になってしまう。

 召喚できないし、食い破っても脱出できる保証もない。

 今いるのはただの骨の浮島だけであり、食料も水もない、絶海の孤島。

「…‥‥うわぁ、これ、確実に何もできないな」

 外部にいるはずのノインたちがゲイザーを倒して、俺を助け出してくれればいいかもしれないが、倒した瞬間にここがどうなるのかもわからない。

「何かいい手はないか、何かいい手はないか…‥‥ん?」

 頭を抱え込み、できる限りの知恵を絞ろうとしたところで…‥‥ふと、俺はある物が眼に入った。

 この骨の浮島より、やや向こうの方にある別の骨の浮島。

 そこに、何か一瞬きらめいた光が見えたような気がしたのだ。

「…‥‥行ってみるか」

 考え込んでいても仕方がないし、気になる物があればそれが脱出の手立てにならないかと思い、ひとまずその光の正体を確かめることにしたのであった。









「‥‥‥船の残骸か」

 骨を使ってオール代わりにして、浮島を進めた先にあった骨の島。

 上陸し、きらめく正体をみれば、そこにあったのは船の残骸である。

 どうやら海上でこのゲイザーの被害に遭った帆船のようであり、その残骸の一部が光って見えたのだろう。

「しかも、髑髏マークがある、立派な海賊旗‥‥‥海賊船か」

 探ってみると、乗組員だった者らしき骨があちらこちらに散らばっており、相当な年月が経過したか、もしくは消化液によってやられてしまったものであると推測できる。

 ついでに新しい情報として、この消化液はあくまでも肉の消化のみに力を入れていたようで、木や金属などは溶けていない模様。いや、それが分かっても意味ないが。

「あとは‥‥‥ああ、海賊船だけに、お宝も搭載していたのか」

 ある程度残骸をどかしてみると、そこにはお宝が散乱していた。

 どこかの島国とか盗んできたのか、広がるのは金銀財宝の数々。

 もしここがゲイザーの腹の中でなければとんでもない発見だったかもしれないが、この場所だと文字通り宝の持ち腐れであり、意味が無さすぎる、

 使えないし、どうしようもないし…‥‥考えても、精々この浮島の領地を増やすためにぐらいか‥?


「なんか宝箱もあるな」

 見つけたボロボロの宝箱。

 手持ちサイズの程よいサイズ。いや、これどっちかと言えば小物入れ?

 これだとたいしたものもなさそうだなと思っていた…‥‥その瞬間であった。


がたがたがたぁっ!!
「うおっ!?」

 手に持とうとしたその瞬間、小物入れサイズの宝箱が震えだす。

 中身に何か、変な生き物でも入っていたのかと思わず後ずさったが…‥‥どうも違ったらしい。


「グゲゴゲェ!!」
「み、『ミミック』!?」

 バカッと開き、宝箱の内部の様子が出ていた。

 箱の内側部分にはいくつもの鋭い牙があり、べろんっと飛び出た青い下に、中身が真っ黒に塗りつぶされていながらも、宝石のように光る眼がある。

――――――――――――――――
『ミミック』
人食い箱、パンドラボックスなどと呼ばれるモンスター。
その種類は宝箱から壺、タンス、小物入れなど数が多く、ダンジョン内部に生息していることが多い。
特徴とすればどれもきちんと何か物そのものでありつつ、開けた瞬間に特徴的な牙としたが出るぐらい。
大きなサイズでは人を丸のみにし、小物サイズではがぶりっと齧る程度である。
なお、討伐すると肉体が残るわけではなく、何故かその物が消えうせ、宝石のみが後に残るという。
――――――――――――――――

 どうもこの海賊船、お宝の箱と間違えてミミックを思いっきり乗せていたようだ。

 ただ、様子を見る限り‥‥‥どうも人食い系統ではなさそうだ。

「グゲゴゲェ!!グゴエゴゲェ!!」
「わっと!?」

 とびかかって来たかと思えば、足元にすり寄って鳴き声を上げるミミック。

 どうも悲しんでいる声というか、ようやく見つけてくれたとでも言いたいような、そんな声である。

「…‥‥もしかして、間違えて乗せていたとかじゃなくて‥‥‥海賊船のクルーだったとか?」
「グゲゴゲ!!」

 俺のそのつぶやきに肯定を示すのか、そう叫んで舌を器用に人の手のようにサムズアップしてみせるミミック。

 ミミックは人食い箱ともされるモンスターではあるが、実はどちらかと言えば犬に近いところがあるそうで、うまく懐かせればお宝発見機や、トラップモンスターとしての本領か長期間の番人代わり、遊び相手などになりやすいとされている。

 まぁ、人の肉の味を覚えたやつらが人食いになり、人の肉よりも普通の肉の方に見出したほうがペットのような存在になるそうだが…‥‥この様子だと、このミミックは後者の方だ。

 海賊の一員として加わっていたようだが…‥‥運の悪いことにこのゲイザーに出くわし、喰われてしまったようである。

 しかも、ミミックには肉がない。いやまぁ、こんな箱だからこそ当たり前かもしれないが‥‥‥ゆえに、消化液にさらされることがなく、生き残っていたようだ。

「グゲェ!!ゴエ!!」

 相当長い年月でも経っていたのか、人を見てうれしそうに声を上げている。

 小箱なのに、なんか犬にしか見えない‥‥‥人懐っこい小型犬にしか見えんぞコレ。

「寂しかったのかお前…‥‥」
「グゲェェ!」

 その言葉に、うんうんと頷くミミック。言葉も分かるようで、割と知能も高そうである。いやまぁ、ゲイザーもそうだが、こういう異形すぎる生物の頭って、本当にどこにあるのか分からないが‥‥‥。



 まぁ、心細く感じてきていたこの状況では、こんなちょっとしたことでもかなり嬉しい。

「長い間、ココにいたようだけど…‥‥他に俺のような奴はいないのか?」
「グゲェ…‥‥」

 問いかけて見たところ、どうもそういう事は無かったようで、瞬時に意気消沈した。

 なんか悪かったな…‥‥ごめん、そんなことを聞いて。



 とにもかくにも、やや心細くなっていたこの状況下で、俺はちょっとした友を得たような気になるのであった。

「…‥‥脱出する手段、まだわからないけどな。お前、出口とか知らない?」
「グゲェ?」
「あ、知らないか…‥‥ここにいたのなら、しょうがないか」

 できれば早く脱出したい。一人ぼっちで無くなったのは良いけど、早く彼女達に会いたい‥‥‥あと、何となくひしひしと感じるけど、外ですっごい不味い状況になっていそうな気がするんだよなぁ‥‥‥‥
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