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5章 高等部~そして卒業まで

5-20 望まぬものでも解釈次第

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「‥‥‥そうか、我らが神は姿を見せられたか」
「そうでございますが、直ぐに見失いました。再び眠りについたかと思われます」

‥‥‥とある洞窟内に作られた、礼拝堂のような造りの建物内。

 長い年月を経て老朽化はしているはずなのだが、何度も改修を行って保ち続けつつ、誰にも気が付かれぬように隠された、彼らの崇拝の場。

 その場にて、彼らは報告をしあっていた。

「我らが神よ、我らが神よ、あなた様は何故姿をお隠れになられるのか。我々はただ、あなた様にこの世に顕現していただくために、活動しているというのに」
「贄も供物も捧げているというのに、それでも目覚めてくださらぬのか」
「それとも我らの信仰が足りぬゆえに、まだ語りかけてくださらぬのか」

 報告を聞き終え、そう口々に叫び、祈りをささげる者たち。

 行動さえまともであれば熱心な信者だっただろうが、その行動の中身が色々とおかしいゆえに、狂信者という段階を踏み越え、既に狂っていた。

 これはこれで、狂気の世界が出来上がっていたのかもしれないが、狂気というのは触れ続けていると分からなくなり、この場にいる者たちは自分たちの行動に正当性を感じている。

 その行為が既に、人としてはやってはいけない倫理を踏みつぶし、行ってはならない領域に踏み入ろうとしていることを自覚させないままに。

‥‥‥いや、もう人ではないような者たちだからこそ、人の領域を考えなくていいのかもしれない。



【…‥我らが神は、供物も贄も信仰も、足りぬとは言っておらぬ】
「おおお!?教祖様!!」
「お目覚めでしょうか!」

 っと、彼らが熱心に祈りを捧げているところで、ふと聞こえてきた声に彼らは歓喜する。

【形あるものならば、既に十分な量がある。だがしかし形無きなものとされるものが足りぬからこそ、行動で示せということのみを告げておられるのだ】
「ちゅ、抽象的なものなどでしょうか?」
「しかしそれならば、信仰心などがその例に挙げられそうなのですが‥‥‥」
【ああ、そうかもしれぬ。だが、我らが信仰心は形を成し、ものとなる。そしてその信仰によって贄を得られるのだからこそ、形あるものとして判断されておられるのだ】

 おおお、そうかと感心するかのように信者たちは納得しつつ、その様子を見ながら教祖は話を続ける。

【ゆえに形無きもの、我らが信仰心では得られぬもの…‥‥多くの恐怖と混沌が、より必要とされるのだ。それらが無ければ、我々の神は顕現されぬのだ】
「で、ですがどうしたらいいのでしょうか!」
「帝国の統治が多くて、既に戦争などを引き起こしたくとも争うような国々は少なく、時たま愚物どもを操っていいようにしようとも、駄目になられます」
「それに、この間も失敗作共を多く使い、まき散らそうとしたのですが、全てが忌まわしき翼の者に‥‥‥」
【‥‥‥お前たちは馬鹿か?すでに答えは出ているだろうに】

 口々に出る叫び声に、呆れたような声を出す教祖。

【お前たちは何を見て来た?これまで、恐怖と混沌、狂気に満ちた世界のためにしてきたことを思い返せ】
【そもそも既に、お前たちは挑んでいるだろう?】

「‥‥‥狂気を満たすために、翼の娘を堕とせと?」
「しかし、その方法は現在やっていますが、なかなかうまくいきませぬ」
「特別に調整を施し、前よりももっと扱いやすくなった我らが手の物も、既に捉えられるようになっているようなのです」
【ふははは、確かに捉えられるだろう。あのものはすでに我々の領域を、概念という手段をもって触れることができるようになっているからだ。だがしかし、その触れることが出来ていることは逆に言えば、奴を我々の領域へ引きずり込みやすくなったと言えるだろう】

 触れることができなかった相手なのに、触れることができるようになったもの。

 けれどもそれは、こちらの領域へ引きずり込みやすくなった証だと、教祖は面白そうにそう口にする。

【とは言え、やすやすとできぬのは分かっておる。だからこそ、まだ楽に落とせそうな番を狙っているようだが、そちらもうまくいかぬのだろう?】
「はい、呪いなどの類は翼の娘に弾き飛ばされ」
「先日、別の方法も試そうとしたのですが捕らえられず」
「太陽が天高く上がる時にこそ、最高の威力をもって洗脳させる魔道具も、狙う的を得られなければ不発に終わってしまい、次の使用までまた月日がかかってしまう状態になっているのです」

 教祖の問いかけに対して、手を尽くして既に手段がないと嘆く信者たち。

 ここでもうさっさと諦めて、切り上げて別の方向からゆっくりやっていけばいいと思っていたようだが‥‥‥教祖は違った。

【‥‥‥我らが神が望まれる、狂気の世界。その世界が作れぬのであれば我々のいる意味がない。だからこそ、手っ取り早い手段を取るために、力として翼の者を得ようとしたようだが‥‥‥おそらくそれは、我らが神が用意した、愚者の回答なのかもしれぬのだ】
「どういうことでしょうか?」
【はっきりとした回答は、それが正解の道だとしても最も遠回りな手段にすぎぬとおっしゃられているのだろう。考えて見ろ、まともに相手をして、我々が得られると思うのか?】
「「「「‥‥‥」」」」

 絶対に無理だ、とその場にいた者たちはこれまでの経験からそう感じ取る。

 しかし、やる方法としてはこれが一番の近道だと思っていたようだが…‥‥教祖はそうではないと答える。

【力で狂気を作り上げようにも、不完全だろう。所詮、人が創り上げる狂気にも、限界がある。‥‥‥だがしかし、それはこの世界・・・・だからこその話だ】
「「「「?」」」」
【…‥‥過去の歴史を振り返ると、時たまこの世界の者ではない、どこからか辿り着いた流浪の民といえるような、いや、異なる世界の者といえるようなものの存在がいたことを知っているか?そう、世界は何も、この世界だけではない】
「‥それは、秘文や古文書などに記されている、転生者だとか転移者とかでしょうか?」
【ああ、そうだ。異なる世界が存在するのは、そのような者たちが存在していることで既にわかっていることだ】
「ならば、その異なる世界とやらに我々が向かえば、狂気の世界が作れると?」
【‥‥‥惜しいな、そうではないだろう】

 ある意味それも正解なような気がしなくもないが、信者の案に対して惜しいと告げる教祖。

 であれば、どうすればいいのかという問いかけがされ、答えを口にする。


【簡単な事だ。我々が向かい、狂気の世界を作り上げるのではない。…‥‥異なる世界の中に入るのではなく、我々のみで狂気の世界を作り上げるのだ。そう、いわば世界の創造だろう】
「ですが、どうすればいいのでしょうか?」
「普通に世界を作ると言っても、やり方などは‥‥‥」
【‥‥‥あるのだ。我らが神に授けられた、狂気の中にその答えが。だからこそ、ここで教えよう】






‥‥‥その日、狂信者集団と呼べる者たちはその内容を聞き、そして知った。

 けれども、まともな方法では作れないことも同時に理解し、作業の難航を予想できた。

 だが、それでくじけるような者たちではない。そもそもそんな集団でなければ、当の前に無くなっていてもおかしくもないのだから…‥‥‥

【我らが神に、狂気と混沌を捧げよ。そしてその供物は、世界そのものであり…‥‥】
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