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3章 学園中等部~

3-12 着火剤はすぐそばに

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 風が吹き抜け、そろそろ太陽が真上へ上がってくる頃合い。

 肉を狙うモンスターが向かってくる可能性を考えるのであれば、こちらの移動速度も踏まえるとそろそろ遭遇してもおかしくはないので、お手軽な昼食をささっと済ませ、警戒をし始める。

 出てくるのであればさっさと出てきてほしい所ではあったが…‥‥どうやらその願いは通じたらしい。

【‥‥‥キュル、来た】

 駆け抜けていた足を止め、そうつぶやくハクロ。

 目をすっと細め、先を見据えるようにして糸を出して構え、僕もその方向に目を向ける。

 見れば、ここは平原地帯であり見晴らしが良いのだが…‥‥どうやら馬車道を利用しているのか、遠くの方から点が見えてきた。



【ギュリリリ!!】

 雄たけびを上げ、迫って来るのは巨大な蜘蛛のモンスター。

 ただし、かつてのハクロの姿とは異なり、刺々しいというか毒々しい色合いをしたものであり、体格的にも一回りも二回りも大型である。


「糸や毒液での攻撃手段から、いくつかのモンスターが絞られたけど…‥‥ここまではっきりと、姿が見えると、『ブラッディポイズンスパイダー』、『マッドポイズンタラテクト』…‥‥後者かな?」

――――――――――――――――
『ブラッディポイズンスパイダー』
血液その物が猛毒となっており、全身を巡って何処か傷つくだけでも周囲へ毒をまき散らす蜘蛛のモンスター。体表も毒の色が出ており、毒の種類によってさらに細かい分類訳と名称に分けられる。

『マッドポイズンタラテクト』
毒液も自身の体に生えている棘に付けたり、射出することによって獲物をしとめる蜘蛛のモンスター。その体格は通常の蜘蛛のモンスターよりも大きめであり、凶暴なものが多い。
――――――――――――――――

 サイズから考えると後者だが…‥‥この様子を見る限り、明かに敵意を持っていると言っていいだろう。

 なにやらギラギラとした大きな8つの目がこちらへ向いており、棘からは毒液らしい液体がじわっと出てきているようだ。

【ん?でもこの言葉…‥‥】
「どうした、ハクロ?」
【‥‥‥なんか威嚇と、別の混じっている】

【ギュリリリリリリリリリリッ!!】


 ドドドと迫る蜘蛛のモンスターの雄たけびだが、どうやらその内容が分かるらしい。

 考えて見れば今でこそ人の言葉を彼女はだいぶ話せるようになっているのだが、モンスターとしての言葉も捨てきったわけでもないので、理解できてしまうのだろう。

 ただ、すごい勢いで迫ってくる相手の言葉の内容をしばし考えこんだ後…‥‥ぶわっとハクロの毛が逆立った。

【キュル、シュルルルルルル!!ない、それ無い!!流石にドン引き!!】

 威嚇音を出しつつも、思わず後ずさりをするハクロ。

 毛が立ったというか、鳥肌が立っているというか、何の内容を聞いたのだろうか?

【というか、仲間でもない!!思い出したけど、あなた、上から35番目の兄さんだけど、全員嫌っていた!!】
「‥‥‥ハクロの兄さん!?」

 ハクロの叫んだ言葉にしばしあっけにとられたが、聞えたその言葉に思わず僕はそう叫んだ。


 なにやら群れで色々あったらしいが、どうやらあのマッドポイズンタラテクトは、ハクロの生き別れの兄のような者らしい。

 彼女がかつていた群れでの何かには巻き込まれなかったようだが‥‥‥どうやら、感動の再会という訳でもない様子。

 むしろ、普段人懐っこい姿があるのに、物凄く毛嫌いをしているというか、生理的に無理とでも言うかのような反応を彼女はしており、その様子を見てもマッドポイズンタラテクトの接近は止まらない。


【ギュリリリリリリリ!!】
【い、いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!】

 だいぶ近づいてきたところで、雄たけびを上げてばっと地面をけり上げ、飛び掛かってきたマッドポイズンタラテクト。

 そしてその姿に彼女は叫び、魔法を発動させる。


ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォウ!!
【ギュリヤァァァァァァ!?】

 拒絶するかのように突き出された手の先から出るのは、普段は消費量が激しいから出さないようにしていた火の魔法。

 しかし今は、何やらすっごく拒絶しまくりたかったのか、焼き尽くして存在そのものを消したくなるほどだったのか、そんな事も考えずに大出力で解き放たれ、マッドポイズンタラテクトの全身が炎に包まれる。


 そして火だるまになって地面に落下し、悶え苦しんでいたのだが‥‥‥‥すぐに動かなくなり、そのまま焼かれていくのであった。

【嫌、嫌、嫌‥‥‥‥はひゅん‥】
「っと、ハクロ!!」

 相手が動かなくなったが、それでもまだ拒絶していたのか、ぼすんぼすんっと小さな火を出しつつも消え失せ、ハクロが倒れた。

 あれだけの猛烈な火を出したからこそ、それだけ魔力の消費はすさまじかったようであり‥‥‥魔力切れになったらしい。

 そのままバタンと、彼女も地面に倒れてしまうのであった…‥‥‥。














―――――ぱちぱちっと、音がする。

 ハクロはそう思いながら目を開けてみれば、辺りは既に暗くなっていたようで、音の発生音は焚火の音だった。

 周囲を見渡せば、どうやらこれはアルスの作ったログハウスの中のようであり、気絶しながらもこの場所に運んでくれた‥‥‥いや、それはない。

 アルスは自分よりも非力だし、状況から考えると、おそらくは地面に直接薬を打ちこんで、運ぶ手間を省いたのかもしれない。

【キュル‥‥‥アルス、どこ?】
「ここだよ」
【あ、いた】

 いつも通りすぎて自然だったのだが、自分の背中に彼がいた。

 ふわふわした毛の上で寝転がっていたが、薬瓶が周囲に転がっている。

【‥それ、何の薬?】
「魔力回復薬と溶解薬。魔力の方はこれで回復し切っただろうし、あのマッドポイズンタラテクトの肉体は一応、消しといたよ」

 アルスに話を聞けば、どうやら私が気絶した後、あの燃え尽きた蜘蛛を消したらしい。
 
 一応、討伐した証明をしっかりと残すことも考え、魔石という部分を抜き取ってその残りを消してくれたようだけど…‥‥

「ハクロの兄らしい蜘蛛だったけど、それでも一撃で絶命させていたからね‥‥‥色々と訳がありそうなのを察して消したけど、余計な事だったかな?」
【ううん、余計な事じゃない。むしろ、これでよかったの】



‥‥‥あれからもう、それなりに年月は経ているのに、今でも思い出す群れの皆の事。

 楽しい思い出が多いのだが‥‥‥それでも、中には嫌な想いでもある。

 あのような姿にはなっていなかったが、昔、あの兄はやらかしていた。

 それにより、皆で追い出したはずであったが‥‥‥‥まさか、今まで生き延びていたとは思わなかった。

 そして、こちらへ向かっていた時に発していた言葉が、すごく嫌だった。

 本当に色々と何と言うか…‥‥あの群れにいた時でも、姉や妹たちに対して言っていた言葉と同じようなもの。

 けれどもそれが、この姿になるとさらに嫌悪感を増したというか‥‥‥‥本気で、嫌だと思えた。

 唯一残っていた血の分けた仲間、けれども仲間にあらず、番でもなく、ただの堕ちた獣。

 そんなものの言葉で私は取り乱し…‥‥つい、使わないようにしていた魔法で、盛大に焼いてしまった。


【キュルゥ‥】

 思い出すだけでもぞくっと悪寒を感じ、体が震えてしまう。

 そしてアルスの方を見れば、私の震えを感じ取ったようで‥‥‥そっと私の体に手を触れる。

「‥‥‥ハクロ大丈夫?なんか震えているというか…‥‥恐怖を感じてしまったのかな?」

 心配しているかのような声で、そっと触れてくれるアルス。

 悪寒で震えていた体が、その温かい手でほんわりと温められ、体の震えが止まる。

【アルス、ちょっと抱かせてほしいけど、良い?】
「別に良いよ。ハクロの心が何か不安なら、力になるよ」
【なら、お言葉に、甘える】

 私の体からそっと持ち上げ、腕の中にアルスを抱き込む。

 力が強いのは自覚しているので、そしてなおかつこの胸部のもので窒息する可能性も知っているので、しっかりとわきまえて彼を抱え、安心感を得る。

 アルスは良く、私の体がふわもこで気持ちが良いとか言うけど、アルスも十分気持ちが良いと思う。

 柔らかくて、温かくて、優しい香りがしていて、どことなく安心できる。

 アルス、アルス、アルス‥‥アルスでいっぱいで、先ほど逝った兄の存在はすぐに消え失せる。


【…‥‥アルス、ありがとう、心配してくれて】
「心配しないわけがないよ。魔力を使い切って倒れたし、焼けてもあの死体が動き出さないとは限らなかったし、倒れたままだと危険だったからね。本当は何でああなったのか聞きたくもあるけど‥‥‥何かと嫌そうだったし、聞かないでおくよ」

 聞かないでくれるならばそれで良い。いや、アルスにあの兄の言葉は聞かせたくはない。

「‥‥それに、ハクロは僕を守ると言っていたけど、僕もハクロを守るからね」

 私の腕の中で、そう口にするアルス。

 私がアルスを守るつもりはあるのに、今はこうやって守ってくれた…‥‥

【うん、守ってくれてありがとう、アルス】

 きゅっと抱きしめる力を調節して、潰さないように優しく彼を抱きしめつつ、私の顔を少しだけアルスに見えないようにしておいた。

 だって今、私の顔は少し熱くなって赤くなっているもの。

 運動した後や夏の暑さとは違う、私の心の熱が高まり、この想いを自覚させる。

 大好きな、大好きな‥‥‥いえ、アルスを愛する心が、あふれそうになって、彼の顔をまともに見たらちょっと我を忘れそうになるからね。

 ドマドン所長や、正妃様に、アルスに隠れて質問しておいてよかったのかもしれない。

 この想いが、人で言う恋心であるとわかったもの。

 でも、まだまだアルスの方を見ると、その想いを告げるのはもうちょっと後にしたほうが良いし…‥‥この想いはまだまだ、高まるの。


‥‥‥あの兄は、私を求めていたが、その思いは私を考えていない。ただ単純に、仲間を増やすだけに母体を求め、蠢くだけの獣だった。

 私の想いは私のものであり、あの獣に動かされるようなものではない。

 番として、私が選ぶのはあの兄ではなく‥‥‥‥アルスだもの。

 大好きであり、大事であり、そして愛している好きな人。

 私はモンスターで、彼は人間‥‥‥種は違うけれども、それでも、愛するのにそれは関係ない。


【キュルルル‥‥‥アルス、もう遅いし、このまま一緒に寝よう?私、さっきまで気絶していたけど、それでも眠気はあるもの】
「そう?まぁ、魔力が戻っても精神的には疲弊したままだろうし…‥‥なら、このまま一緒に寝ようか」

 ログハウスの寝室へ移動し、アルスがベッドに横になる。

 いつもならば私が枕になったり、ベッドになったりするけれども、今日はそれをやらないで寝ると言っておいて、彼が熟睡するのを待った。

 そして寝息を立てはじめた頃合いに‥‥‥‥そっと彼を抱きしめ、彼という存在を確認しておく。

【ふふふ‥‥まだ告げるの早い、でも、私はもう、あなたの虜。アルス、大好き‥‥愛している】

 寝息を立てている唇を重ね、キスをするとどくんっとまた脈を打った感覚を味わった。

 これが恋している感覚か、それとも私の心がまだ告げる勇気がないだけなのか、その理由は分からない。

 けれども、それでも私がアルスの事を愛しているのには変わらないし…‥‥できればアルスの方からも、私により歩み寄ってほしいと思える。

【‥‥‥覚悟して、アルス。私、少しずつ、虜になっている私の想いを伝えていく。あなたも私、大好きになって、愛してね……】

 ふわぁぁっと欠伸が出て、眠気に襲われていく。

 心地よい眠りに誘われつつ、心の火が燃え上がる。

 火の魔法は魔力消費が激しくて多くは使えないが、恋の魔法は魔力なんて関係なく、燃え上がらせるのだろう。

 そう思いつつ、ハクロも寝息を立てはじめる。



‥‥‥なお、こっそりと間諜たちが確認していたが、ハクロのその決心を聞き、盛大に応援することが決まっていたのだが‥‥‥‥その事を、アルスとハクロが知ることは無いのであった…‥‥

「なんかハクロちゃん、ついに自覚したというか、燃え上がり始めた?」
「細かい情報は不明だったが…‥‥兄と呼ばれたマッドポイズンタラテクトが、着火剤となったのか」
「どのような事を言って、あそこまで拒絶したのかはわからないけど…‥‥ろくでもない兄だったのでしょうね。けれども、それがきっかけでようやく一歩進んだのかしら?」


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