転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波

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2章 学園初等部~

2-16 流されるとうっかりと

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 エルスタン帝国の王城は、それなりに大きいながらもあちこちにしっかりとした華やかさもあり、堅牢なイメージ以外のものを見せてくれる。

 そしてその中庭にも、季節に合わせた綺麗な花々で彩られており…‥‥

「ここでお茶会を開くのも、楽しいのよねぇ。今日は可愛らしいお客さんが来てくれたのは嬉しいわ」

 にこにことした正妃様ではあるが、指をパチンと鳴らすたびに使用人たちが一糸乱れぬ動きで従い、素早くお茶会の用意をして行く。

 庭の中央部分の広場に長い机を置き、ささっと赤いテーブルクロスが敷かれ、椅子が並べられていく。

 そしてあれよあれよという間に僕らも座らせられつつ、紅茶が入ったティーカップが置かれ、お菓子も並べられていく。


‥‥‥イメージ的には、不思議の国のアリスのお茶会風景であろう。

 ただし、うさぎやアリスというようなものではなく、僕とハクロに正妃様という絵面である。

「ええっと、本当に僕なんかが参加して良いのでしょうか?」
「ふふふ、心配しなくても大丈夫よ。夫たちが会議室で待っているのは分かっているし、手短に済ませて楽しんでもらうだけよ。普段は他の貴族の方々とやるけれども、小さな子や美しいモンスターとやる機会は無いからこそ、むしろ新鮮な気分ね」

 にこにこと正妃様はそう告げる。

 うん、そりゃ新鮮かもしれないけど‥‥‥やられる僕からすれば、相手は帝国の最高権力者である皇帝陛下の正妃。

 その相手に誘われて茶会に出ても、権力者であるのは間違いないだろうし、かなりの指針的な圧力がかかるのだ。

【キュルゥ?キュルルルゥ】
 
 そしてその一方で、いつの間にか作られていたらしい専用の椅子らしいものに彼女が腰かけ、ハクロは物珍しそうに机の上を見渡していた。

「ふふふ、どうぞ好きに飲み食いして良いわよ。お茶会だけれども、正式な物でもないし、ちょっと無礼講で良いわよ」
【キュルル‥‥‥キュル?】

 どうするの?と言いたげな目を向けられたので、ひとまずは手近にあった紅茶を飲ませてもらう。

 というか正直、緊張感があるせいで喉が渇いているので、飲めるのであればありがたい。

「‥‥‥美味しいですね」
「そうね。この紅茶は最近新しく発売されたもので、深い甘みがあるからこそ、子供受けがいいかと思っていたのだけれども‥‥‥」
【キュルル♪】
「その様子だと、気に入っていただけたようね」

 緊張はしていたけれども、ちょっと緩んだ。

 紅茶を飲みつつ、お菓子が美味しかったのかハクロが手を伸ばして行儀よく食べていく。

…‥‥勢いよくバクムシャと食べるかと思ったけど、ちゃんとそのあたりの作法はしっかりしていたようだ。

「それにしても、可愛らしい二人ねぇ。夫が何かと気にかけるのが分かるわね」
「皇帝陛下がですか?」
「そうよ。最初こそ、この帝都内で堂々とモンスターを闊歩させて良いのかと思ったらしいけれども…‥情報を集めていくと、あなたたちに危険は無いってことが分かったの。いえ、むしろあなたたちの方がより警戒すべきなのにしていないというか、どことなく不安になって来たのよねぇ」

 正妃様曰く、皇帝陛下は僕らの事を調べていたらしい。

 ハクロが結構優しいとはいえ、モンスターな事はモンスターである。

 家畜化されて無害になったようなものもいるが、人を襲って血肉を喰らうような凶暴なものもいるので、そのあたりの判断を慎重に行っていたそうだ。

「まぁ、美しい女性の姿を持つ、という例自体が非常に目にすることが無いというか‥‥‥そのせいで、余計なところからの手出しなども考えられて、忙しくもなった事だけは恨めしそうに言っていたわ」

‥‥‥無害とわかればそれはそれで良いのだが、ハクロの容姿は美しいゆえに、狙うような輩が出るのが目に見えている。

 今は本当に無邪気なものでも、狙うような輩の悪心に触れる事で人に害を与えるような類になるのは避けたかったらしく、色々と対策を立ててくれていたらしい。

「皇帝たるもの、民の幸せを願い、最大限にやりきるのである…‥‥というのも、夫の考えの一つね。その考えに基づいて、働く姿も素敵なのよねぇ」

 ふふっと笑いながらも皇帝陛下を思うようにそう口にする正妃様。

 夫婦仲が良いという噂を聞いたことはあったが、どうやら本当のようだ。

「‥‥‥あれ?でも…」
「あら、どうしたのかしら?」
「いえ、ちょっとした疑問をついもらしそうになっただけで、気にすることではないのですが」
「大丈夫よ。いい機会だし、何でも聞いて良いわよ」

 ふと思った疑問というか、考えれば当たり前かもしれないこと。

 でも、聞くべきかどうか一瞬迷ったが、どうやら尋ねても良さそうなので思い切って聞いてみることにした。

「正妃様‥‥‥と呼んでますけど、普通は皇帝の妃であれば皇妃って言い方の方が合っているような気がしたのですが、何か理由があるのでしょうか?」

 普通、「皇妃」って呼ぶとは思うのだが、噂で聞く限りでは「正妃」という言い方の方が一般的である。

 皇帝という立場にある以上、側室なども用意している可能性もあるので、そこから呼び方が来ているのかもしれないと思って問いかけたところ、正妃様は答えてくれた。

「‥‥‥ええ、もちろん理由はあるわよ。他の王国では王妃、帝国なら帝妃や皇妃って呼ぶけれども、この国では正妃と言うのにも、理由があるの。それはね、私がここで唯一無二の妻であると宣言してもらっているからなのよね」


‥‥‥話によれば、元々皇帝陛下が皇帝になる前‥‥‥もっと幼い時から婚約関係を持っていたらしい。

 婚約の事情に関しては、政略的な意味もあったのだがそんなことは二人にはどうでもよく、愛をはぐくんでいたそうだ。

 ついでに言うのであれば、本当は皇帝陛下は皇帝になる予定は無くて、兄の方が皇太子として選定されており臣下に下って公爵家として尽くすはずだったそうだ。

「あとね、夫には弟もいて、その弟と協力して帝国を支えるはずだったのよ」

 なお、帝国の教育機関である学園で学ぶのではなく、他国に留学していたそうで、様々な国の教育機関を転々と渡り歩いて知識を蓄えに蓄え、将来に備えて勉強熱心だったそうだ。

 だがしかし、そんなある日…‥‥その皇帝陛下の兄は変わってしまった。

 きっかけは些細な物で、他国にその兄も留学していた際に、その国の貴族家の令嬢が目を付け接近してきたそうだ。

 最初は単なる学友として接していたそうだが…‥‥いつの間にかその関係が深まっていたらしい。

 さらにその令嬢は次々に他の貴族家の男子も手玉に取り始めていたそうなのだ。


「どうもね、その令嬢は魅了の魔法…‥‥何処の国でも今は禁止されているようなものを使って、相手の好むような容姿に見せかけていたようなのよ」

 魔法がある世界だけあって、魅了という魔法があった。

 その魔法のせいで過去に滅んだ国もあり、絶対に使ってはならない決まりがどの国にもあったが…そもそもその魅了の魔法の修得自体は非常に難しい物で、使えるような人自体がいなかった。

 だがしかし、どういう訳かその令嬢は魅了を生まれつき自由に操っていたらしい。

「最初こそは、ほんのちょっと好かれるだけの良い娘だったのでしょうけれども…‥‥どこかで性格がねじ曲がったようで、だんだん酷い行動が見られてきたわ。そして、ついには夫にも手をかけようとしていて‥‥‥」

 当時はまだ皇帝ではなく、皇太子でもないただの皇族。

 けれども、帝国の皇族という血筋事態にその令嬢は価値を見出し、汚れ切った醜悪な思いで虜にしようとして来たらしい。

「でも、夫の弟が事態に気が付き、わたくしに連絡を取った次の瞬間に動いていたのよねぇ」

 迫るは魅了を扱う令嬢もとい悪女であり、まさに手中におさめられようとしていた場面。

 だがしかし、そんな二人の間に正妃様はさっそうと現れて‥‥‥‥

「その場で思いっきり、夫を殴ってしまったのよねぇ」
「え?」
【キュル?】

 何かこう、ヒーローの参上というようなシーンを想像していたところで出てきたその言葉に、思わず僕らは目を丸くした。

 殴ったと言っても、一令嬢に過ぎない正妃様の拳はそこまで強くはないはずなのだが…‥‥その時は火事場の馬鹿力が出たというか、後の診察で皇帝陛下の顔の骨にいくつかヒビが入るほどの力が出ていたようだ。

「今でこそ、夫の正妃だけれども、昔のわたくしはやんちゃな面もあったのよね。本当ならば夫を盗ろうとした泥棒猫の方を殴るべきだったんでしょうけれども、誑かされそうになっているその事実の方につい頭に来ちゃって…そのおかげもあって殴った後に夫の胸ぐらをつかんで…‥‥」

…‥‥殴って顔面が前も見えない潰れたパン状態だったらしいが、そんなことも構わずに往復ビンタを炸裂させたそうだ。

 そしてしっかりと皇帝陛下を見据えて、叫んだらしい。

「『あなたはわたくしの夫であるはず!!こんな女の安っぽい魅了に負けるような人じゃないでしょ!!』と、叫んだのは今でも覚えているわねぇ。淑女としてはしたないかもしれないけれど、それだけ必死だったのよね」
「うわぁ‥‥‥」
【キュルルゥ】

 大体どういう風になっていたのかが想像がついて思わず当時の皇帝陛下に同情するが、ハクロの方は堂々とした言い方が面白かったのか、目を輝かせていた。

「そしたらね、夫ははっと目が覚めたようになって‥‥‥かけられようとしていた魅了を気合いではじき返して無効化してみせたのよ」

 その様子を見て、魅了が効かないと悟ったその令嬢は、自身の身の危険を感じて虜にしていた取りまきたちに襲わせようとしたらしい。放置しておけば絶対に不味いとでも思ったのだろう。

 けれども、皇帝陛下はそんな取りまきたちの攻撃をなんのそのというように見事に撃退し、その場を圧倒的な力で蹂躙して見事に制圧したらしい。

「愛の力ってすごいわと、その時思ったわ。そして、その令嬢が夫の気迫に気絶して、場が収まったあと‥‥‥改めてわたくしにプロポーズをしてくれたのよ。『今後、君以外の女性を絶対に愛さないから、今の醜態を忘れてどうか一生を添い遂げてくれ!』という‥‥‥‥ああ、今でも思いだすとちょっと情けない言い方もしていたけど、それでも物凄くかっこよかったわぁ」

 魅了に負けかけたけれども、正妃様の愛による心からの叫び僅かな暴力を添えてによって皇帝陛下は目を覚まし、魅了に負けそうであったその事実で幻滅されたくはなかったそうで、勢いに乗せてやったプロポーズ。

 もちろん、正妃様はそれを受けたそうで、今でも物凄く心に残る思い出のようだ。


「…‥‥その後は、夫の兄は魅了が解けたけれど、かかっていたことに関して自身が皇帝を継ぐ資格を失ったと宣言して皇太子の立場を退き、弟の方はやりたいことがあるので皇帝にはならないと宣言して‥‥‥その後に皇太子となって、今の皇帝へと言う道に至ったのよねぇ。だからこそ、今でも夫はわたくしだけを愛し、皇妃と呼ばずに『してくれた』という意味合いで、わたくしは正妃と呼ばれるようになったのよね」
「そう言う訳があったんですか‥‥‥」
【キュルルゥ】

 僕とハクロは納得してそう口にする。

 「皇妃」じゃなくて「正妃」と呼ばれる理由が良く分かったけど、そんな愛の話が合ったのかぁ‥‥‥噂では仲のいい夫婦と聞いていたけれども、ここまで聞くと運命的な愛情深い夫婦という印象が強まる。

 ついでに殴ったとかそう言う部分のせいで、もう一つのとある噂の方も可能性が高まったが‥‥‥うん、口にしないでおこう。なんとなく口にすれば、皇帝陛下の身に不幸が起きる気がした。


「しかし、話を聞く限り、よく皇帝陛下の元へ駆け付けるのに間に合いましたね。もう少し遅ければ、もしかすると駄目だったかもしれないのに…‥」
「あら、そのぐらい大丈夫よ。わたくしにはいざという時に、直ぐに夫の元へ向かえるようにしているのよね」
「特別な高速馬車とかですか?」
「違うわね。『瞬間移動』よ」
「…‥‥瞬間移動?」

 ん?なんかトンデモナイ言葉が出たような気がするのは気のせいか?

 瞬間移動と聞くと、超能力者とかが使うような類が想像できるのだが‥‥‥正妃様にそんな力があるのか?

「えっと、それってどういうものなのでしょうか?」
「そうね‥‥‥魔法にも転移魔法とかそう言うのはあるらしいけれども、わたくしのはそれを凌駕する性能を誇るわ。魔法であれば本来は短距離で大量に魔力を消費して動けなくなるのに対して、わたくしのはそんな代償無しでいけるのよ」
「うわぁ‥‥‥ってことは、かなりの長距離移動も可能と?」
「そうよ。大体把握している限りだと、分かりやすく言うのであれば大体地球・・から・・まで1秒もかからないぐらいね」
「滅茶苦茶早いじゃないですか!?」

 かなりの距離があるというか、ちょっと遠すぎるような距離をそんなにも早く…‥‥あれ?でも待てよ。今の例えって何かおかしかったような‥‥‥

 ふと、何かおかしい事に僕は気が付き‥‥‥ふと見れば、正妃様の顔が真面目そうなのに切り替わっていた。

「‥‥‥ええ、今のを理解できたって顔ね。でも、この世界には月はあるけれども、地球・・って言葉は、一部の人にしか伝わらないはずよ。それをあなたは、何故答えられるのかしら?」
「‥‥‥あ」



‥‥‥言われてみれば、そうである。

 この世界は前世の世界とも違うし、地球という星でもない。

 似たような環境や生物がいるけれども…‥‥地球とは違うのだ。

「ふふふ、こんな単純な事で口を滑らせるなんて、貴方はまだ甘いわねぇ。でも安心して。その言葉が通じるのは大抵、転生者か転移者だし…‥‥わたくしは、転生者だものね」

 唖然としている僕の目の前で、笑いながら正妃様はそう告げるのであった‥‥‥‥


「え‥‥‥?転生者って‥‥‥ええええ!?」

 人生、本当に何があるのかはわからない。いや、他に転生者とかがいる可能性はちょっと考えたことがあったが、まさか本当に巡り合うとは思いもしなかった…‥‥瞬間移動って、もしや同じようなチート能力の類なのか‥‥?
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