510 / 718
Ver.5.0 ~世界の焔と、導きの篝火~
ver.5.1-94 入り乱れ・巻き込まれ
しおりを挟む ◆
ブランカが死んで1年が経つ。辺境伯から一房の白い毛が送られてきた。彼女の遺骸は森に埋められたそうだ。
レオナルドの環境はまた激変した。懲りずに襲撃してきた王妃を返り討ちにして、母がその座に就いたのだ。まさに下剋上だ。
軍を辞め、継承権第一位の王子として執務をこなす。掌を返した宮廷人らのおべっかを聞く。レオナルドはどこか満たされなかった。何かが足りない。そう思いながら日々に流されていた。
母の侍女と同時に婚約者候補を募集することになった。貴族たちがうるさいので試験で決めることにしたのだ。アイリーンの件もあって、レオナルドは冷めている。どうせ似たり寄ったりの令嬢しかいない。
◆
「で…殿下!今すぐ試験会場へ!」
執務室にレフが駆け込んできた。書類を読んでいたレオナルドは顔を上げた。
「まだ侍女の試験中だろ」
彼の出番は午後のはずだ。乗り気でないが。
「ブランカ様ですよ!お帰りになりました!」
「!」
それを聞いた王子は部屋を飛び出した。今度は何だ。蝶でも何でも良い。見れば分かる。会場のドアを蹴破るように開けた。そこには白い髪の少女を抱きしめる母がいた。
「ブランカ!」
少女が顔を向けた。紅玉の瞳。確かに。だが確かめねば。
「レオ。見て。帰って来てくれたのよ!」
母は涙を流しながら、少女を彼の方に向かせた。彼女は神々しく微笑んでいる。
レオナルドは少女の前で立ち止まった。じっと赤い目と見つめ合う。彼は手を差し出した。
「お手」
「はい」
少女は華奢な白い手を乗せた。
「おかわり」
「はい」
「お座り」
「はい」
何の迷いも無く令嬢は跪いた。そしてレオナルドの手に顔を摺り寄せ、舐めた。
「ちょっと待ったーっ!!セクハラですからーっ!」
「何やってんの!変態!?」
副官と母が2人を割いた。付き添いで来ていた辺境伯夫人が、後ろで倒れていた。
◇
お母様とお母上にこっぴどく怒られた。レオナルド王子に会った瞬間に理性が消えてしまった。なかなか狼の習性が抜けない。
「えーっと。侍女の試験はどうなったんでしょうか?」
ブランカはお母上に訊いた。まだ名乗ってもいなかった。別室に連れていかれて、王子と辺境伯夫人の4人でお茶を飲んでいる。
「もちろん合格よ!今の名前は?」
何か縁故採用みたいになってしまった。ブランカは王妃に挨拶をした。
「ビアンカ・ルビーノと申します。王妃殿下」
「西の辺境伯、ルビーノ家の三女でございます。至らぬ点も多いかと思いますが、宜しくお願い致します」
お母様が大幅に補足してくれた。
「いや。俺の婚約者にしたい」
王子が割り込んで来た。ビアンカはびっくりした。元狼だよ。
「こんな色ですし。レ…殿下にふさわしくないです」
髪は染められるけど、目はねぇ。眼帯でもしてみようか。お洒落だし赤目も気にならないかも。そう言ったら、お母上と王子が大笑いした。
結局、王妃と王子がビアンカを取り合ったので、侍女兼婚約者候補というものに落ち着いた。
◆
「あの子は何故か自分が醜いと思っているのです」
ビアンカは王妃宮の部屋を見に行った。辺境伯夫人はため息をつきながら言った。
「誰かにそう思い込まされたのでしょう。私たちが否定しても、家族だからと信じてもらえません」
レオナルドは驚いた。バカな。あんなに美しい女はいない。もうその姿が見たくてたまらないというのに。
「宮廷で多くの殿方に褒められれば大丈夫よ」
母がつまらぬ事を言う。レオナルドのこめかみに青筋が走った。
「俺が褒めます。他の奴らは不要」
「あらあら。結納金の相談でもしましょうか?ルビーノ夫人」
「少し気が早いですわ。王妃殿下」
母親たちは笑った。そこにビアンカが戻ってきた。部屋は気に入ったらしい。明日から侍女見習いとして働くことになった。
「1日1回は俺の宮に来い。宴のパートナーも務めてもらう。ドレスや装飾品はこちらで用意するから心配ない」
レオナルドは雇用契約のような命令を下した。レフが後ろでメモを取っている。
「舞踏会では俺以外の男と踊ってはならん。話すのも禁止だ」
「どうして?」
ビアンカは無邪気に質問した。独占欲丸出しで母たちは笑いを堪えている。素直に“お前が好きだからだ”と言えない。レオナルドは誤魔化した。
「あれだ。護衛なんだ。お前は。だから俺から離れてはダメだ」
するとビアンカは目を輝かせた。
「はいっ!剣もお父様に習いました!」
ぱっとドレスの裾が宙を舞った。
「ぎゃっ!」
レオナルドはレフの眼鏡を叩き落とした。ビアンカは白い脚に巻いたベルトから短剣を抜いた。下着まで丸見えだった。
「絶対に刺客を寄せ付けません!」
カッコよく短剣を構える。あまりの可愛らしさに王子は悶絶した。
「「ビアンカ!何してるの?!」」
だがまたしても母親達の雷が落ちた。城への武器の持ち込みには許可が要る。色々と教育が必要そうだ。レオナルドは短剣を取り上げた。ビアンカは涙ぐんだ。
「俺以外に肌を見せてもいかん。涙もな」
「どうして?」
濡れた赤い目が訊く。
「お前は美しいからだ。誰もが愛さずにはいられない。それは困る」
王子は白い恋人を抱きしめた。
(終)
ブランカが死んで1年が経つ。辺境伯から一房の白い毛が送られてきた。彼女の遺骸は森に埋められたそうだ。
レオナルドの環境はまた激変した。懲りずに襲撃してきた王妃を返り討ちにして、母がその座に就いたのだ。まさに下剋上だ。
軍を辞め、継承権第一位の王子として執務をこなす。掌を返した宮廷人らのおべっかを聞く。レオナルドはどこか満たされなかった。何かが足りない。そう思いながら日々に流されていた。
母の侍女と同時に婚約者候補を募集することになった。貴族たちがうるさいので試験で決めることにしたのだ。アイリーンの件もあって、レオナルドは冷めている。どうせ似たり寄ったりの令嬢しかいない。
◆
「で…殿下!今すぐ試験会場へ!」
執務室にレフが駆け込んできた。書類を読んでいたレオナルドは顔を上げた。
「まだ侍女の試験中だろ」
彼の出番は午後のはずだ。乗り気でないが。
「ブランカ様ですよ!お帰りになりました!」
「!」
それを聞いた王子は部屋を飛び出した。今度は何だ。蝶でも何でも良い。見れば分かる。会場のドアを蹴破るように開けた。そこには白い髪の少女を抱きしめる母がいた。
「ブランカ!」
少女が顔を向けた。紅玉の瞳。確かに。だが確かめねば。
「レオ。見て。帰って来てくれたのよ!」
母は涙を流しながら、少女を彼の方に向かせた。彼女は神々しく微笑んでいる。
レオナルドは少女の前で立ち止まった。じっと赤い目と見つめ合う。彼は手を差し出した。
「お手」
「はい」
少女は華奢な白い手を乗せた。
「おかわり」
「はい」
「お座り」
「はい」
何の迷いも無く令嬢は跪いた。そしてレオナルドの手に顔を摺り寄せ、舐めた。
「ちょっと待ったーっ!!セクハラですからーっ!」
「何やってんの!変態!?」
副官と母が2人を割いた。付き添いで来ていた辺境伯夫人が、後ろで倒れていた。
◇
お母様とお母上にこっぴどく怒られた。レオナルド王子に会った瞬間に理性が消えてしまった。なかなか狼の習性が抜けない。
「えーっと。侍女の試験はどうなったんでしょうか?」
ブランカはお母上に訊いた。まだ名乗ってもいなかった。別室に連れていかれて、王子と辺境伯夫人の4人でお茶を飲んでいる。
「もちろん合格よ!今の名前は?」
何か縁故採用みたいになってしまった。ブランカは王妃に挨拶をした。
「ビアンカ・ルビーノと申します。王妃殿下」
「西の辺境伯、ルビーノ家の三女でございます。至らぬ点も多いかと思いますが、宜しくお願い致します」
お母様が大幅に補足してくれた。
「いや。俺の婚約者にしたい」
王子が割り込んで来た。ビアンカはびっくりした。元狼だよ。
「こんな色ですし。レ…殿下にふさわしくないです」
髪は染められるけど、目はねぇ。眼帯でもしてみようか。お洒落だし赤目も気にならないかも。そう言ったら、お母上と王子が大笑いした。
結局、王妃と王子がビアンカを取り合ったので、侍女兼婚約者候補というものに落ち着いた。
◆
「あの子は何故か自分が醜いと思っているのです」
ビアンカは王妃宮の部屋を見に行った。辺境伯夫人はため息をつきながら言った。
「誰かにそう思い込まされたのでしょう。私たちが否定しても、家族だからと信じてもらえません」
レオナルドは驚いた。バカな。あんなに美しい女はいない。もうその姿が見たくてたまらないというのに。
「宮廷で多くの殿方に褒められれば大丈夫よ」
母がつまらぬ事を言う。レオナルドのこめかみに青筋が走った。
「俺が褒めます。他の奴らは不要」
「あらあら。結納金の相談でもしましょうか?ルビーノ夫人」
「少し気が早いですわ。王妃殿下」
母親たちは笑った。そこにビアンカが戻ってきた。部屋は気に入ったらしい。明日から侍女見習いとして働くことになった。
「1日1回は俺の宮に来い。宴のパートナーも務めてもらう。ドレスや装飾品はこちらで用意するから心配ない」
レオナルドは雇用契約のような命令を下した。レフが後ろでメモを取っている。
「舞踏会では俺以外の男と踊ってはならん。話すのも禁止だ」
「どうして?」
ビアンカは無邪気に質問した。独占欲丸出しで母たちは笑いを堪えている。素直に“お前が好きだからだ”と言えない。レオナルドは誤魔化した。
「あれだ。護衛なんだ。お前は。だから俺から離れてはダメだ」
するとビアンカは目を輝かせた。
「はいっ!剣もお父様に習いました!」
ぱっとドレスの裾が宙を舞った。
「ぎゃっ!」
レオナルドはレフの眼鏡を叩き落とした。ビアンカは白い脚に巻いたベルトから短剣を抜いた。下着まで丸見えだった。
「絶対に刺客を寄せ付けません!」
カッコよく短剣を構える。あまりの可愛らしさに王子は悶絶した。
「「ビアンカ!何してるの?!」」
だがまたしても母親達の雷が落ちた。城への武器の持ち込みには許可が要る。色々と教育が必要そうだ。レオナルドは短剣を取り上げた。ビアンカは涙ぐんだ。
「俺以外に肌を見せてもいかん。涙もな」
「どうして?」
濡れた赤い目が訊く。
「お前は美しいからだ。誰もが愛さずにはいられない。それは困る」
王子は白い恋人を抱きしめた。
(終)
10
お気に入りに追加
2,048
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果
安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。
そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。
煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。
学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。
ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。
ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は……
基本的には、ほのぼのです。
設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~
シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。
目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。
『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。
カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。
ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。
ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

大賢者の弟子ステファニー
楠ノ木雫
ファンタジー
この世界に存在する〝錬金術〟を使いこなすことの出来る〝錬金術師〟の少女ステファニー。
その技を極めた者に与えられる[大賢者]の名を持つ者の弟子であり、それに最も近しい存在である[賢者]である。……彼女は気が付いていないが。
そんな彼女が、今まであまり接してこなかった[人]と関わり、成長していく、そんな話である。
※他の投稿サイトにも掲載しています。

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明
まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。
そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。
その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる