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第一章
あの人の過去
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***
正午間近、本部の階段を踏みしめていた俺は、頭上から見下ろしてくる人影を視界におさめた。
連れていた部下をどこかへ向かわせ、憎い敵でも見るようなーー憎悪に満ちた表情で、ハリス副団長は俺を凝視していた。
ここはとりあえず、おとなしく頭でも下げておこう。
「遅くなってすみません、副団長」
「本当にな。ブラックフォード団長をお待たせするとは、いいご身分だな、ルーカス」
まだ若いというのに、副団長殿は眉間に深々としわを刻み、目力を強める。
さらに頭を深く下げる俺の前を通り過ぎ、先に団長の部屋へ足を向けていた。
その後ろ姿を見ると、なぜか小さな笑みが浮かんだ。
あの人は、俺が嫌いだ。
性格上どうしても合わない人種は存在するが、あの人の場合、俺と会った瞬間から嫌悪感を露わにしていた。
綺麗な白髪の陰で光る鋭利なまなざしは、言葉よりも確かに、俺への憎悪を表していた。
嫌われるようなことをした覚えはもちろんない。
一週間前、団長から副団長を紹介されたのが初対面だ。
きっと、俺の中にある"何か"を感じ取り、嫌悪しているのだろう。
俺としては仕事を円滑に進めるためーーいや、彼とは仲良くしたい。
あの若さでの組織幹部職。そして、幼さが残っているが、人目を惹く凛とした顔。
あの人が俺に一瞬で憎しみを抱いたように、俺も一瞬であの人に好感を持った。
差し出された手を振り払われても、不思議と嫌な気も起きなかった。
今も、卑下されるような視線で見下ろされていても、むしろ話しかけてもらえたことが嬉しかった。
俺も小走りで副団長の後を追い、団長の部屋へ足を踏み入れた。
「失礼いたします、団長」
部屋の最奥にある執務用の机に着き、何か書類を見ていた団長は、俺の顔を見ると笑みを浮かべた。
「やあ、ルーカス。よく来たね」
「そりゃ、任務とあればいつでも駆けつけますよ」
「さすが、私の懐刀だ」
俺が机に近づくと、団長は片手を伸ばし、俺の頬に触れた。頬から唇、髪をたどり、ハリス副団長とは違う慈愛に満ちた目で、俺を見てくれた。
この人は、俺自身が驚くくらい、俺を大切にしてくれている。
でも、俺に向けられているはずの眼差しは、俺を通して、別の誰かを見ているようだった。
それでもいい。俺は、この人に全てを捧げると決めたのだから。
「それで、俺の初任務は何でしょうか」
俺が訊ねると、団長は読んでいた書類を俺に差し出した。
「昨晩、ヴァンパイアとの戦闘があったのは知っているね?」
「はい。雑魚ばかりだったと聞いていますが」
「そう。その雑魚が逃げ込んだ場所に、王族が身を隠している地下王国への入り口があるようなんだ」
書類を持つ手が震えた。
ついにーーついに、俺の獲物の尻尾を掴んだ。
「では、俺の任務とはーー?」
「私たちが雑魚の気を引いている間に、奴らの王国に潜入しなさい。そして、黒髪の王族バンパイアを捕獲するんだ」
黒髪の王族ヴァンパイアーー。
今朝、スクリーンに映し出されていた、あの男だ。
人間を騙し、補食するための美貌。
柔和な顔をしているが、本性は血に飢えた化け物にすぎない。
奴を殺せば、この戦いも終わる。
世界があるべき姿に戻るのだ。
だが、今団長は捕獲と言ったか?
「殺すのではないのですか?」
「ああ。黒髪の王族は利用価値がある。銀髪の王族は殺してもかまわないが、黒髪の彼だけは、間違っても殺すな。いいな?」
「・・・・・・了解」
「君なら、地下王国にも入り込める。頼んだぞ、ルーカス」
団長の手が俺の頬を包み込む。
暖かな感触に、わずかな疑問が溶けていくようだ。
黒髪の捕獲。俺の初任務。
「お任せください、団長。必ずやり遂げます」
この方のため、俺がやるべき事を完遂するのみ。
結構は今夜十九時。
ヴァンパイア共にとって動きやすい時間帯だろうが、問題ない。
俺にとっても、夜は力がみなぎる時間なのだから。
「じゃあ、俺は作戦に向けて準備をしてきます」
「ああ、その前にローガンに敵の情報を聞いておくといい」
とっさにハリス副団長の方を見ると、彼はこれでもかと顔をしかめ、団長を見据えていた。
「なぜ俺が・・・・・・」
「君はルーカスの上官だから、当然だろう。ついでに準備も手伝ってあげなさい」
「分かりました、団長」
ハリス副団長は大股で出口まで闊歩すると、顎で俺に、着いてこいと示した。
団長に軽く頭を下げてから副団長について行くと、彼の執務室に通された。
先ほどの団長の部屋と同じくらい広いのに、家具が必要以上に揃えられていないためか、寂しさを感じる。
上着を脱いで、薄手のシャツ一枚の姿になった副団長を見つめていると、彼は俺の視線に気づき、盛大にため息を付いた。
「はあ・・・・・・その辺の椅子に座れ。手短に説明をすませる」
「はい、失礼します」
言われたとおり近くの椅子に座ろうとすると、ふと棚の上に一枚だけ飾られている写真が目に入った。
写真立てのガラスは割れ、蜘蛛の巣のようにひびが入っている。
その中に納められた写真には、二人の青年が写っていた。
一人はハリス副団長だ。今とは違い、満面の笑みを浮かべた、快活な表情をしている。
その横で不機嫌そうに目線を背けているのは、短い黒髪の端整な顔立ちの男。どこかで見たことのある顔だ。
「この男・・・・・・」
「ーー触るな!」
写真立てを持ち上げた俺に、ハリス副団長の怒号が飛んできた。
猛然と近づいてきた彼は、俺から写真立てをもぎ取り、胸に抱えた。
すごく大切な宝物のように写真を抱きしめる姿が、なぜか俺を苛立たせた。
「その写真の方は、同僚の方ですか?」
答えてくれるはずもないのについ訊ねると、驚くことに、ハリス副団長はか細い声で言った。
「・・・・・・俺の、たった一人の相棒だ。背中を任せられる、大事な奴だった」
副団長にとって、特別な人。
俺には憎しみの感情しか抱いてくれない人に、悲しい表情をさせるその男。
「その方は、今どうされているんです?」
「・・・・・・一年前に死んだ」
「あ・・・・・・すみません、無神経なことを・・・・・・」
「別に、おまえには関係のないことだし」
そう言って、副団長は写真を元の場所へ静かに置いた。
彼の細い指先が、黒髪の男を愛おしむように撫でる。
彼の心を未だ絡めて離さない男に、俺はきっとーー嫉妬している。
「あの、副団長・・・・・・」
「お前と無駄話をするつもりはない。お前は敵の情報を一発で頭に入れ、俺の手を煩わせなければいい」
顔写真の付いた二枚の書類を机に広げ、副団長は片方の書類を指さした。
「この銀髪はエルヴィス。現在ヴァンパイアの中では最強と言われる王族ヴァンパイアだ。接近戦はもちろん、王族特有の能力での戦闘も長けている」
確か、現存するヴァンパイアの中でも最高齢。
最も注意するべき相手だ。
「そしてこいつは、今ヴァンパイアの頂点に立つ男ーーライアン」
気のせいか、書類を指さすハリス副団長の手に、力がこもった気がした。
「この王族は、何が得意なんですか?」
「こいつは・・・・・・」
「・・・・・・副団長?」
副団長は写真を指さしたまま、小さく震えていた。
彼に対して、常に冷静沈着なイメージを勝手に持っていたためか、意外だった。
怖がっているのか、憎んでいるのか。
彼が何を思ってこのヴァンパイアの顔を見ているか分からないが、一つだけ気づいた。
この王族の顔は、あの写真に写っていた黒髪の男とーーうり二つだ。
「副団長、この王族ヴァンパイアはーー」
「こいつが、俺の相棒を殺した。炎を操るのが得意な奴だから、気をつけろ」
「は・・・・・・」
何も聞くな。そう、副団長は言っているように見えた。
今彼が言ったことが確かなら、震えている理由は怒りと憎しみのせいだろう。
しかし、ろうそくの炎のように揺らめく眼差しは、愛憎がこもっているように感じられた。
正午間近、本部の階段を踏みしめていた俺は、頭上から見下ろしてくる人影を視界におさめた。
連れていた部下をどこかへ向かわせ、憎い敵でも見るようなーー憎悪に満ちた表情で、ハリス副団長は俺を凝視していた。
ここはとりあえず、おとなしく頭でも下げておこう。
「遅くなってすみません、副団長」
「本当にな。ブラックフォード団長をお待たせするとは、いいご身分だな、ルーカス」
まだ若いというのに、副団長殿は眉間に深々としわを刻み、目力を強める。
さらに頭を深く下げる俺の前を通り過ぎ、先に団長の部屋へ足を向けていた。
その後ろ姿を見ると、なぜか小さな笑みが浮かんだ。
あの人は、俺が嫌いだ。
性格上どうしても合わない人種は存在するが、あの人の場合、俺と会った瞬間から嫌悪感を露わにしていた。
綺麗な白髪の陰で光る鋭利なまなざしは、言葉よりも確かに、俺への憎悪を表していた。
嫌われるようなことをした覚えはもちろんない。
一週間前、団長から副団長を紹介されたのが初対面だ。
きっと、俺の中にある"何か"を感じ取り、嫌悪しているのだろう。
俺としては仕事を円滑に進めるためーーいや、彼とは仲良くしたい。
あの若さでの組織幹部職。そして、幼さが残っているが、人目を惹く凛とした顔。
あの人が俺に一瞬で憎しみを抱いたように、俺も一瞬であの人に好感を持った。
差し出された手を振り払われても、不思議と嫌な気も起きなかった。
今も、卑下されるような視線で見下ろされていても、むしろ話しかけてもらえたことが嬉しかった。
俺も小走りで副団長の後を追い、団長の部屋へ足を踏み入れた。
「失礼いたします、団長」
部屋の最奥にある執務用の机に着き、何か書類を見ていた団長は、俺の顔を見ると笑みを浮かべた。
「やあ、ルーカス。よく来たね」
「そりゃ、任務とあればいつでも駆けつけますよ」
「さすが、私の懐刀だ」
俺が机に近づくと、団長は片手を伸ばし、俺の頬に触れた。頬から唇、髪をたどり、ハリス副団長とは違う慈愛に満ちた目で、俺を見てくれた。
この人は、俺自身が驚くくらい、俺を大切にしてくれている。
でも、俺に向けられているはずの眼差しは、俺を通して、別の誰かを見ているようだった。
それでもいい。俺は、この人に全てを捧げると決めたのだから。
「それで、俺の初任務は何でしょうか」
俺が訊ねると、団長は読んでいた書類を俺に差し出した。
「昨晩、ヴァンパイアとの戦闘があったのは知っているね?」
「はい。雑魚ばかりだったと聞いていますが」
「そう。その雑魚が逃げ込んだ場所に、王族が身を隠している地下王国への入り口があるようなんだ」
書類を持つ手が震えた。
ついにーーついに、俺の獲物の尻尾を掴んだ。
「では、俺の任務とはーー?」
「私たちが雑魚の気を引いている間に、奴らの王国に潜入しなさい。そして、黒髪の王族バンパイアを捕獲するんだ」
黒髪の王族ヴァンパイアーー。
今朝、スクリーンに映し出されていた、あの男だ。
人間を騙し、補食するための美貌。
柔和な顔をしているが、本性は血に飢えた化け物にすぎない。
奴を殺せば、この戦いも終わる。
世界があるべき姿に戻るのだ。
だが、今団長は捕獲と言ったか?
「殺すのではないのですか?」
「ああ。黒髪の王族は利用価値がある。銀髪の王族は殺してもかまわないが、黒髪の彼だけは、間違っても殺すな。いいな?」
「・・・・・・了解」
「君なら、地下王国にも入り込める。頼んだぞ、ルーカス」
団長の手が俺の頬を包み込む。
暖かな感触に、わずかな疑問が溶けていくようだ。
黒髪の捕獲。俺の初任務。
「お任せください、団長。必ずやり遂げます」
この方のため、俺がやるべき事を完遂するのみ。
結構は今夜十九時。
ヴァンパイア共にとって動きやすい時間帯だろうが、問題ない。
俺にとっても、夜は力がみなぎる時間なのだから。
「じゃあ、俺は作戦に向けて準備をしてきます」
「ああ、その前にローガンに敵の情報を聞いておくといい」
とっさにハリス副団長の方を見ると、彼はこれでもかと顔をしかめ、団長を見据えていた。
「なぜ俺が・・・・・・」
「君はルーカスの上官だから、当然だろう。ついでに準備も手伝ってあげなさい」
「分かりました、団長」
ハリス副団長は大股で出口まで闊歩すると、顎で俺に、着いてこいと示した。
団長に軽く頭を下げてから副団長について行くと、彼の執務室に通された。
先ほどの団長の部屋と同じくらい広いのに、家具が必要以上に揃えられていないためか、寂しさを感じる。
上着を脱いで、薄手のシャツ一枚の姿になった副団長を見つめていると、彼は俺の視線に気づき、盛大にため息を付いた。
「はあ・・・・・・その辺の椅子に座れ。手短に説明をすませる」
「はい、失礼します」
言われたとおり近くの椅子に座ろうとすると、ふと棚の上に一枚だけ飾られている写真が目に入った。
写真立てのガラスは割れ、蜘蛛の巣のようにひびが入っている。
その中に納められた写真には、二人の青年が写っていた。
一人はハリス副団長だ。今とは違い、満面の笑みを浮かべた、快活な表情をしている。
その横で不機嫌そうに目線を背けているのは、短い黒髪の端整な顔立ちの男。どこかで見たことのある顔だ。
「この男・・・・・・」
「ーー触るな!」
写真立てを持ち上げた俺に、ハリス副団長の怒号が飛んできた。
猛然と近づいてきた彼は、俺から写真立てをもぎ取り、胸に抱えた。
すごく大切な宝物のように写真を抱きしめる姿が、なぜか俺を苛立たせた。
「その写真の方は、同僚の方ですか?」
答えてくれるはずもないのについ訊ねると、驚くことに、ハリス副団長はか細い声で言った。
「・・・・・・俺の、たった一人の相棒だ。背中を任せられる、大事な奴だった」
副団長にとって、特別な人。
俺には憎しみの感情しか抱いてくれない人に、悲しい表情をさせるその男。
「その方は、今どうされているんです?」
「・・・・・・一年前に死んだ」
「あ・・・・・・すみません、無神経なことを・・・・・・」
「別に、おまえには関係のないことだし」
そう言って、副団長は写真を元の場所へ静かに置いた。
彼の細い指先が、黒髪の男を愛おしむように撫でる。
彼の心を未だ絡めて離さない男に、俺はきっとーー嫉妬している。
「あの、副団長・・・・・・」
「お前と無駄話をするつもりはない。お前は敵の情報を一発で頭に入れ、俺の手を煩わせなければいい」
顔写真の付いた二枚の書類を机に広げ、副団長は片方の書類を指さした。
「この銀髪はエルヴィス。現在ヴァンパイアの中では最強と言われる王族ヴァンパイアだ。接近戦はもちろん、王族特有の能力での戦闘も長けている」
確か、現存するヴァンパイアの中でも最高齢。
最も注意するべき相手だ。
「そしてこいつは、今ヴァンパイアの頂点に立つ男ーーライアン」
気のせいか、書類を指さすハリス副団長の手に、力がこもった気がした。
「この王族は、何が得意なんですか?」
「こいつは・・・・・・」
「・・・・・・副団長?」
副団長は写真を指さしたまま、小さく震えていた。
彼に対して、常に冷静沈着なイメージを勝手に持っていたためか、意外だった。
怖がっているのか、憎んでいるのか。
彼が何を思ってこのヴァンパイアの顔を見ているか分からないが、一つだけ気づいた。
この王族の顔は、あの写真に写っていた黒髪の男とーーうり二つだ。
「副団長、この王族ヴァンパイアはーー」
「こいつが、俺の相棒を殺した。炎を操るのが得意な奴だから、気をつけろ」
「は・・・・・・」
何も聞くな。そう、副団長は言っているように見えた。
今彼が言ったことが確かなら、震えている理由は怒りと憎しみのせいだろう。
しかし、ろうそくの炎のように揺らめく眼差しは、愛憎がこもっているように感じられた。
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