聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな

文字の大きさ
上 下
15 / 19
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったので、異世界でふわふわパンを焼こうと思います。

恋人がどストレートすぎて困ります。

しおりを挟む


「――メル様? 手、止まってますけど」
「……え、あっ」
 私は、朝早くから離宮にあった簡易的キッチンでシフォンケーキを焼こうとメレンゲを作っていた。
「どうかされました?」
「いや、あの……ギルバード様とどんな顔で会えばいいのか、と思って」
 あの日、――告白された私はどうやって過ごしたのか思い出せない。というか恥ずかしくて思い出すたびに真っ赤になってしまう……。
「メル様は本当に可愛らしいですね。ふふっ」
「わ、笑い事じゃないのよ! 私は真剣に悩んでいて……どうしたらいいのか」
「いつも通りでいいんじゃないですか? 副団長様もきっとそう思われますよ」
 そ、そうなのかな。でも、その“いつも通り”がどんな風だったのか思い出せない。
「……頑張る」
 メレンゲが出来上がるとさっき混ぜ合わせておいた卵黄と小麦粉やベーキングパウダーに似た粉の中にメレンゲを合わせて二つの型に流し入れた。
 そうして焼き窯に入れて焼き上げると、膨らんだふわふわのシフォンケーキが出来上がった。
「美味しそうですね!」
「でしょう? もう少し冷めたら一緒に食べましょ?」
 侍女さんに紅茶を淹れてもらってお茶を飲んでいると騎士服姿のギルバード様が部屋の中に入ってきた。
「メル、おはよ」
「お、おはようございますっ……は、早いですね」
「そうか? いつもと同じ時間に来たんだが……」
 そうだけど、いつもと同じだけど……私の心の準備が、まだでして!
「ふふっ、メル様。先程作った焼き菓子を食べていただいたらどうでしょうか」
「あっ、うん。そうだね! ギルバード様、ちょっと座って待っていてください」
 私は彼から逃げるようにキッチンに行くと、冷めているシフォンケーキを切って三つの皿に乗せてからマーマレードを乗せた。
「お待たせしました! これがシフォンケーキですっ」
 ギルバード様が座っているテーブルにトレーに乗せて運ぶ。すると、早速彼が口に入れて口をモグモグさせている。
「普通のケーキみたいだが……すごくふわふわしていて美味い」
「本当ですか?」
「ああ、とても美味い。メルの作るものは全て美味いよ。そうだ……今日も可愛いな、メル」
「へっ!?」
 ギルバード様は照れもせずに不意打ちでそんなことを言った。ド直球にそんなこと言わないで……。
「本当に今日も天使のようだ」
「……!?」
「――少し抱きしめてもいいだろうか」
 ぎ、ギルバード様どうしちゃったの!? でも、侍女さんがいるし……
「侍女殿は先程奥に下がった。だから大丈夫だ」
「えっ、でもギルバード様今から出勤では?」
「時間には余裕がある。時間は気にしないでいいんだよ……さ、おいで」
 そう言ってギルバード様は、両手を広げた。これは、飛び込めってことでしょうか……。
「あの、ギルバードさま……あの」
「なぜ、来ない?」
「いや、だって……あの」
 私が戸惑っているとギルバード様は立ち上がり私に近づく。
「ギルバードさ――」
 彼は私をぎゅっと抱きしめると髪にキスを落とした。
「ぎっ、ギルバード様っ」
 体が熱っていくのが分かる。も、もうっ! 顔、絶対赤い。顔あげられない。
「メルは可愛いな、耳が真っ赤だ」
「っ~~」
「本当に可愛い、天使のようだ」
「……っ……」
「――昼にまた来る」
 私はドキドキして仕方ないのに、ギルバード様は平然とした顔をしてここから出て行ってしまった。


 ***

「メル様? 大丈夫ですか?」
「……え、あっ! リー様!?」
「ごきげんよう」
 爽やかに笑顔を見せたリー様は、今日も美しい。本当、目の保養だわ……はぁ。
「どうかされまして? もしかして、副団長のことかしら……?」
「あっ、いや……違くて、いや違うくないんですがっ」
「……ん? その様子だとうまく行ったみたいですね。よかったわ~ふふ、そうだわ、エルサ。あれを」
 リー様は、後ろにいた侍女に声をかけると、手紙をテーブルの上に置いた。
「今度、私の婚約パーティーがあるの。メル様にも来ていただきたいわ」
「私も参加してよろしいのですか?」
「ええ! もちろんですわ……ただ、お客様には男性もいらっしゃるの。大丈夫かしら」
 リー様は申し訳なさそうにそう零した。
「……大丈夫です、きっと。それにお友だちの婚約パーティーですもの、行きたいです」
「嬉しいわ! パーティーの前に婚約者ウィリアム様を紹介いたしますね」
 いつもは凛としているリー様も婚約者様の話をするときは頬を赤らめさせて恋する乙女に見える。
「楽しみにしていますね」

 ――それから数日後のこと。
「紹介いたしますわ、メル。こちらがウィルです」
「お初にお目にかかります、エミベザ国聖女様。エレットロニカ王国王太子・ウィリアムと申します」
 この人がリー様の婚約者様か……美形だ。
「っ私は、メル・フタバ・セダールントと申します」
 私は、膝を折りドレスを摘む。
「この度は婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます……失礼ですが、聖女様は“旅の人”ですか?」
 旅の、人……?
「すみません。異界からやってきた方ですか? エレットでは異界の人間を“旅の人”と言うんです」
「そちらの国には、異界からやってきた方がいらっしゃるのですか?」
「はい、エレットにはなぜか異界人がやってくるゲートがあるのです」
 異界人……私と同じ故郷の人がいるのかもしれない?
「正しくどのくらいいるのかはわかりません。ですが、旅の人の末裔もいらっしゃいます。私が知っているのは三人ですが」
「そんなにいらっしゃるのですか?」
「はい、そうなんです」
 そっか、同じ空の下にそういう人いるんだな。そう思ったらとても嬉しくなる。
「……会いたいですか?」
「そう言うんじゃないんですが、なんだか安心して……素敵な話してくださってありがとうございました」
「いえっ、私はそんな……ですが喜んでいただけて嬉しいです。こちらこそありがとうございます」
「今夜、楽しみにしていますね」
「ありがとうございます」
 そう言うと、王子様は微笑み退出していった。
「メル様、ありがとう。副団長と仲良くいらっしゃってくださいね」
 リー様にそう言われ、今日のお茶会はお開きとなった。彼女が嫁ぐまであと一週間、あと何回リー様とお茶ができるのかな。


 


しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

私の妹は確かに聖女ですけど、私は女神本人ですわよ?

みおな
ファンタジー
 私の妹は、聖女と呼ばれている。  妖精たちから魔法を授けられた者たちと違い、女神から魔法を授けられた者、それが聖女だ。  聖女は一世代にひとりしか現れない。  だから、私の婚約者である第二王子は声高らかに宣言する。 「ここに、ユースティティアとの婚約を破棄し、聖女フロラリアとの婚約を宣言する!」  あらあら。私はかまいませんけど、私が何者かご存知なのかしら? それに妹フロラリアはシスコンですわよ?  この国、滅びないとよろしいわね?  

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...